威風堂々



「ぎゃぁあああっぁああああ!!!」
めったな事では外部の人間が来る事がない自然の中に存在するいくつかの屋敷の1つから絹を引き裂くような、とはこのことかと納得させられるような大絶叫が響き出た。
それはもう慣れたことなので近隣にいる人々は「ああ、またか・・・」程度に思い特に気にしていなかった。
だが、この大絶叫の当事者はそういうわけにもいかないわけで・・・・・


その屋敷はこの町の中でも9番目に大きなものだった。
もちろん屋敷の中も広く、初めてきたものなら絶対迷う。
そんな屋敷であるから1つ1つの部屋も普通より大きくて当たり前で・・・
その中でも特に大きい部屋の1つが1階にある蔵書庫で、ここにはありとあらゆる重要文献が保管されている事はいうまでもない。
その重要文献を・・・
大事な大事な、一族にとって貴重な重要文献を・・・
一族の幹部を代表して管理しているその重要文献を・・・
平然と荒らしてくださっている人物を目撃してこの屋敷の主(代理)は絶叫を上げたのだった。
「あれ?渓紹、今日は出かけるんじゃなかったの?」
重要なその文献を読みあさり、床に片付けもせず無造作に散らかしているその人物は特の驚きもせず平然と言ってくださった。
そして、その後無視して文献をまた読み始めるその様子に絶叫後呆然と固まっていた渓紹の堪忍袋の尾がぷっつりと切れた。
「っ!穂麗様〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
大声で名前を呼んで怒鳴りつける。
しかし、名前を呼ばれてそちらを見る表情はけろっとしたもので。
「怒ると血圧上昇するわよ。カルシウムとったら?」
と、のたもうて下さった。
「誰のせいだと思ってるんですか?!穂麗様!!」
「穂麗、穂麗ってね〜〜あたしにはちゃんと精龍麗という素晴らしい名前があるのよ〜〜」
この場合、穂麗とは術師名で、麗というほうが本名なのである。
「それに・・」
にこ〜〜と麗はどう考えても裏のあるような表情を作って立ち上がる。
それに渓紹も長年の付き合いもあって嫌な表情になる。
「あたしは若頭領、あんたは?」
「・・・側近です」
「そう!あたしは若頭領!!あんたは側近!!いってみればあたしはあんたの上司!部下が上司に逆らっていいとでも思ってるの?!」
びっしと右手人差し指を渓紹に突き刺して麗は高らかに宣言する。
「それに〜〜あたしは頭級師であんたは1級師。実力的にもあたしが上〜〜ね」
いかにも楽しそうに麗は勝ち誇ったように渓紹に告げる。
しかし、一瞬動じた渓紹だったがここで退くわけにはいかなかった。
これ以上麗の好き勝手を見逃すわけにはいかなかった。
教育がかりとして、育ての親ならぬ育ての兄として!!
渓紹は無情にも散らかっている重要文献に誓った。
「そんなこといっても退きませんよ!これがどれだけ重要なものかご存知でしょう?!」
重要文献を指差して必死に訴える渓紹の言葉に麗は何も言い返さなかった。
そしてしばらくして・・・
「ぐはっ!」
一瞬の事だった・・・
麗が金属補強されているこの蔵書庫には明らかにないようなその本をもの凄い勢いで平然と渓紹にぶつけたのは・・・
しかも角の部分が直撃していた・・・


渓紹の屋敷を出た後、麗は寄り道もせず真っ直ぐ家路に着いていた。
到着した麗の家は渓紹の屋敷よりも一回りほど大きな屋敷で、これと同じくらいの大きさの屋敷がこの町にはあと7件存在する。
「たっだいま〜〜」
屋敷の玄関をがらりと開けて元気よく上機嫌に麗が声を上げた瞬間、ばたばたという廊下を走る足音が聞こえてきた。
「若様お帰りなさいませ」
屋敷で働く女中の1人が慌てた様子で現れて麗を出迎える。
ちなみに麗は自宅の女中(お手伝いさん)達からは「若様」と呼ばれている。
これは彼女達が麗と同じ種属に属しているためである。
「桔風若頭領様がお見えになっていますが・・・」
「うん、わかってるあたしが呼んだから。部屋に通してくれた?」
「はい」
深く頭を下げながら告げた女中の言葉に満足して麗はお茶を部屋に持ってくるように頼んで意気揚々と自分の部屋に向かったのだった。


自室に着くと待っていた幼馴染が溜息で出迎えてくれた。
「人を呼んでおいて待たせるな・・・」
「ごめんごめん」
全く悪いと思っていない誤り方はいつもの事なのでそれも溜息で受け流す。
それよりも気になるのは麗が大量に持っているそれ・・・
それによって麗が今まで何をしていたか察してまた溜息をつく。
「・・・いい加減、渓紹をいじめるな」
「失礼ね〜〜。あたしは渓紹をいじめてなんかいないわよ」
そう言うと自身満々に遥か彼方に人差し指を突き刺して高らかに言う。
「とりあえず邪魔するから適当にのしてるだけよ」
面白いし・・と楽しそうに言う麗に全く表情を変えず。
「同じことだ」
きっぱりと突っ込んだ。
「や〜〜ね〜〜。そう言って颯も普段文句言わないじゃない」
「・・・大体のところは諦めているだけだ」
そして今回忠告しても聞かないという事は解っていたがとりあえず言ってみただけのようで颯も特に気にしていないようだ。
しかし・・自分達の育ての兄をよくもここまで蔑ろにする言い方(片方は実行)が2人ともできるものだ。
「それでさ〜、今日呼んだのはお願いがあったのよ」
「・・また、何かの薬を作れ・・と?」
颯の察しの良い言葉にぱちんと麗は指を鳴らす。
「うん!」
「・・・言っておくがきちんと報酬は貰うぞ」
そうしないと自分まで麗のいらぬとばっちりを受ける事になる。
あくまでも自主的に協力したのではなく、依頼として薬を作ったりしたという事実が颯にはいるのだ。
「解ってるわよ。だから、ほら」
待ってましたとばかりに麗は渓紹のところから持ってきた(奪ってきた)文献のうちの1つを差し出す。
「あんたが見たいっていってた薬術書」
「ああ・・渓紹がなかなか見せてくれなかったんだ・・・解ったありがたく活用させてもらう」
いつもの事なのか、特になにも思わず素直に颯は麗からその文献を受け取る。
こんな所で自分の家で管理している重要文献が勝手に取引の材料にされている事を知った時の渓紹の反応がうかがえる。
「この間のは代金口座に振り込んでおいたからね」
「確認した。しかし・・・」
「ああ!お金なら競馬とかで稼いでるから」
ぐっと親指を立てて自身満々に麗は宣言する。
未成年が競馬は出来ないはずという突っ込みは麗には通用しない。
実は裏工作しているためである。
颯はよくこれだけ稼げるなと思っただけで、別に麗のお金の稼ぎ道は長い付き合いでよく知っていた。
その時、不穏な音をたてて麗の部屋の扉が開いた。
「まだ・・・やっていらしたんですか・・・」
「!け、剣恙?!」
呆れたような、怒ったような目つきで麗を見つめながら剣恙は扉の所に立っていた。
「麗様・・・あれほど賭け事はお止めになると」
「け、剣恙〜〜・・」
今まで育ての兄に対しても終始余裕を持っていた麗が冷や汗をたらして気まずそうな笑顔を作る。
「えっと・・・今日は出かけてるんじゃ?」
「早くに切り上げて帰ってきました」
話をそらそうとする麗に冷静に対応し、どう考えても「詳しく事情を聞かせてもらいます」といった剣恙の雰囲気に麗も多少諦めの色を見せる。
「だってさ〜〜、お金あったらいいじゃん」
さっきまでは麗にしては信じられないが多少びくついていたにもかかわらず、そこはやはり麗なのか瞳をきらきらさせ楽しそうに語り出す。
その様子に呆れる2名。
「麗様・・・」
そして剣恙は麗をじっと静かにただ見つめる。
その様子からでるオーラが「いい加減になさいませ」というものを含んでいるため麗はうっと動揺してしまう。
そして結果・・・
「・・・もうしません」
「それならよろしいです」
あの自由奔放、我が道を行く麗がまるで親にしかられた子供のように反省の意志を表しているのを1人観察していた颯は冷静に、「相変わらず見事だな」と剣恙に感心していた。
「そ、それじゃあ・・あたしはちょっと席外すから・・」
気まずいのかそそくさと部屋から出て行く麗を見送った後、2人はまるで示し合わせたかのようにタイミングよく溜息をつく。
「・・あれで納得したのか?」
「いいえ・・あの程度で止められるような方ではありません」
きっぱりと告げる剣恙に颯はこと麗に関しては誰よりも一目置いていた。
生まれた時から幼馴染で、兄弟同然に育った間柄である自分達よりも、麗が5歳の時に霊従になった彼女の方がよっぽど麗のことを良く理解し、手綱の取り方もよく心得ている。
通常の主人と霊従の関係ではとても考えられない事である。
「私はあの方にとって『姉』のようなものですから・・・せめてこれくらい言っておかなくては」
苦笑とはいえめったに見せない笑みを剣恙は浮かべて見せた。
剣恙が笑顔を見せるのは麗の前がほとんどで、それさえもとても少ない。
しかしそれが逆に麗と剣恙・・あるいは麗と麗の霊従達との結びつきが主従以上のものであることを証拠付けている。
麗にとって自分の霊従は下僕ではなく仲間であり家族。
本当の家族である両親よりも『家族』として接しているのである。
「・・・お前達より長い付き合いの俺たちよりも、お前達の方が信頼されてるみたいだしな」
「桔風若頭領様のことも信頼されてますが・・・例の『夢』の話もしてらっしゃいますし」
「それなりには・・な」
剣恙にフォローされ、なんとなく颯は溜息を吐いた。
「とにかく・・あいつにとってお前が『姉』同様の存在であるように、俺にとってもあいつは『姉』といってもいいような存在なんだ。これからもよろしく頼む」
「言われるまでもなく・・・それに・・」
剣恙は一呼吸置いた後、意を決したかのようにその言葉を重く紡いだ。

「私の命は今もあの方にお預けしたままです」

はっきりとそう告げた剣恙の表情がいつもにも増して真剣である事を颯は良く解っていた。


「あ〜〜・・剣恙にばれちゃったか〜〜」
自分の部屋で2人がとても真剣な会話(しかも自分に関する事)を話しているとも知らずに、麗は渓紹の元から借りて(奪って)きた文献に唸りながら目を通していた。
麗が剣恙から逃げるようにしてやってきたのは長く家を留守にしている両親の部屋。
ある意味麗にとってはなんの価値もない部屋・・・
女中に頼んでこの部屋に持ってくるように言い変えたお茶が机の上で湯気をたてて麗の目の前に置かれている。
「う〜〜、『お姉ちゃん』に怒られると堪えるわ・・やっぱり」
反省は、していないようだがどうやら剣恙の言う事をできるだけ聞かねばならないという気にはなっているようである。
しかしここでおとなしく言うことを聞くようなら誰も苦労はしていない。
「さてと・・それは後で考えるとして、気を取り直して『あの一族』について調べるわよ」
そう言って文献に目を通す麗の瞳が先程までのものと違ってとても真剣そのものになり、表情も引き締まって見えるのは気のせいでない。
「・・・・・・・・でも、どうしよう」
しかし、数分立つと思考が元に戻ってしまうのはお約束なのがこの麗なのであった。






一方、射当家では・・・
「きゃ〜〜〜!側近様!!」
書庫室の様子を見に行った射当家の女中の1人が床に倒れ気絶している渓紹を発見し、悲鳴を高らかに響き渡らせた。
「そ、側近様!御気を確かに!!誰か・・誰かきて〜〜!!」
金属補強された本にさらに強化補助術のかけられた本(角)が頭に直撃した渓紹はその後自室に運ばれしばらくの間なおも眠ったままだったという。
ちなみのこれは麗を颯が彼の家の書庫室から持ち出された文献で取引をしている最中に起きた事だった・・・


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