戦慄の2月14日
本日は俗に言うバレンタイン。
通常はなんら気にすることのないイベントだが、ここは毎年と言って良いほど訳が違った。
妙な鼻歌が奥の部屋・・・基、キッチンから聞こえてくるのを多少顔を引きつらせながら、神妙な様子でその2人は話を進めていた。
「・・・今年もきたか」
「・・・きて、しまいましたね」
周りから良く似ているといわれる性格の2人が同時に溜息を漏らす。
それは現在人の家のキッチンを占拠し、鼻歌を歌いながらなにやらしている人物に対してのものだった。
「今年は何が混入されるのでしょうか?」
遠い目をしながらそう言うこの屋敷の現在の管理者である渓紹はぽつりと呟いた。
「さあ、な。しかし、失敗作を混ぜることは確かだ・・・」
「いい加減嫌がらせにしか思えませんよね・・・歪君様」
渓紹の言葉に静かにこくりと歪君若頭領こと、殊言草馬が頷いた。
現在キッチンを占拠しているのは、この2人の天敵ともいえる一族最強のお方・麗である。
何をしているのかというと、それはバレンタインのチョコ作りに他ならない。
合計9人分のチョコレートを作ろうと奮闘中なのである。
その9人というのはもちろん、麗の霊従・・・彼女に言わせれば『仲間』であり『家族』に対してのものである。
だが、しかし。
毎年麗が手渡すのはこの9人だけではない。
幼馴染や渓紹に対しても渡す。
ならば何故先は合計9人分と解釈したかというと、それは他が必ずまともなものとは言いがたいからである。
毎年麗はチョコレート作りのさいに失敗作も必ず作り、それを再び溶かして9人以外用のチョコレートにリサイクルする。
単に形がおかしいから失敗したのならともかく、そこにはいろいろ問題があって失敗したもので、まともなチョコレートの味ではもはやない。
それをごまかすためにいろいろとまた入れるのだが、それがまさしくロシアンルーレットになっているのだ。
まともに食べられるように上手くいったものもあるが、それ以外は壮絶な味のものである。
それだけならまだしも、麗は何年かに1度の割合で「お茶目な冗談♪」と、全く悪気もないような(まさしくそのとおりだが)笑顔で、薬物混入したチョコレートを食べさせた幼馴染あるいは育ての兄である彼らが苦しむのを見る。
拒否すれば言いという意見もあるかもしれないが、ある意味その方が何をされるか解らなくてよっぽど恐ろしい。
そして、なぜか毎年この2人は計られているのでは?と思えるぐらいに酷い目にあっている・・・
「なあ・・・」
「はい・・・・・」
「なんで、チョコレート作るのに、のこぎりだとか、かなづちだとか、チェーンソーの音まで聞こえてくるんだ?」
「さあ・・・しかし、これだけはっきりいえますね」
今作っているのは絶対俺たちの分だ!!
そう2人はまるで、打ち合わせたかのように心の声をはもらせたのであった。
一方・・・
同時刻に、渓紹の屋敷の裏山(正確にはここも渓紹の家のもの)で、くんくんと鼻をならして匂いを嗅ぎ付ける者がいた。
「・・・チョコの匂いだな」
「うん♪麗様今年も作ってくれてるんだね!」
木の幹にもたれながら、無表情でそう言うオレンジの髪の少年に対して、ぱたぱたと背中についた羽を羽ばたかせながら同意する空色の髪の少女。
「狐曜兄も天も、本当に鼻が良いよな」
「うん!幻覇の言う通り!!特殊系って、み〜〜んな鼻が良かったり、目も良かったりするよね〜〜♪」
「うん♪でも、それらを能力にしてる補助系には負けるけどね」
「あ、あの・・・そ、そろそろ、剣恙姉様たちが・・・いらっしゃるころです、けど・・・」
ピンク色の髪の少女がそう言ったのとほぼ同時に向こうの方から4人が歩いてきた。
「うい〜す!擂祢に狐曜に守亜、幻覇それに天里」
「皆様お待たせしました」
「うふふふ♪今年も、歪君若頭領様と側近様は蒼ざめてるわよ〜〜。他は既に諦めてるみたいだけど」
「・・・知由、面白そうに言うな」
人事とはいえ、少しばかり草馬達に同情して剣恙は額を抑えて溜息をついた。
「剣恙お姉ちゃん♪チョコの匂い!」
「ああ、本当だ。私は少しぐらいしか解らないが・・・」
「ふふ〜〜♪チョコ!チョ〜〜コ」
「天里さんは本当にお菓子好きですよね」
楽しげに8人の周りを飛び回る天里とほのぼのと見ながら、これまたほのぼのと茗?は呟いた。
「まったく、今年でお前いくつだ?」
それとは対照的に狐曜が狐のような尻尾と耳を少し、だけピクリと動かして呆れたように冷めた目で呟いた。
「ぶ〜〜、狐曜お兄ちゃんの意地悪〜〜〜。歳なんか関係ないじゃん!」
「そうそう♪それに、このチョコは姫さんが俺たちのために作ってくれてるものだしな」
旋旗のその言葉に狐曜はピクリと反応して耳を動かす。
「姫さんが俺たちにくれるもの・・・それだけで充分嬉しいはずだが?」
「当然だ」
旋旗の言葉に対し、まるで以前から用意していたかのようにそうきっぱりと告げる。
「本当に狐曜兄は『人間は嫌い』だけど『麗様は好き』だよね」
「同じことを何度も言わせるな。あの方をそもそも他の人間と同じにすること自体がまちがいであり、あの方に対して失礼なんだ」
このことに関しては狐曜は昔から譲らない。
それは幻覇も解っていたがあえてそれでも聞いてみたのだ。
普段は無表情で、毒舌であまり他のメンバーとも団結力があるといえない、寧ろ例えていうならば『一匹狼』のような雰囲気を漂わせている狐曜だが、こと麗の事に関しては他と団結力があり真剣そのものになる。
はっきり言って、もの凄くご都合主義といえる。
「でも、御主人様のチョコレート楽しみだよね〜〜☆」
「うん、うん。毎年凄く美味しいもんね〜〜♪」
「・・・・・そのために被害者がいることもたしか、だがな」
「は、はい」
楽しそうにしている他のメンバーの中で、剣恙と守亜の2人だけがこれから怒る天国と地獄の格差に溜息を漏らした。
そして、数時間後・・・
麗から、通称「成功作」を渡される嬉しそうな9人の霊従達の姿があった。
「今年はチョコケーキ♪」
「ほいひいひるれら」
「口に含んだままでしゃべるな、馬鹿」
擂祢の行儀の悪さに毒舌を吐きながらも何処か狐曜は嬉しそうだった。
「麗様・・・」
「なに?剣恙」
「・・・いえ」
麗の見せたその満面な笑顔に、剣恙は既に手遅れだということと、麗が自分が何を言いたいのかを察していること理解して言葉をとどめた。
そして、暫くの間被害にあっている別の9人に悪いと思うものの「仕方ないか」と何故かあっさりと割り切って、麗の手作りチョコレートケーキを他のメンバー同様食べるのであった。
「今年もあたりだな・・」
ふう、と安堵の溜息をつきながら颯は麗から貰ったチョコレートを恐る恐る食べ終わった事を周りに知らせるような言い回しをする。
「あたり」・・・・・
それは麗の「恐怖」のチョコレートの中であって、まともなかつ安全なもののことを指している。
そして颯は今まで1度も被害にあっていないという素晴らしい戦歴(?)を誇る。
「・・・・・これ、飲むか?」
そう言って、念のため用意していた自作の薬を持ち、後ろで今年も悶えている草馬、渓紹他数名を哀れむ瞳で見ながらそう言った。
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