Waking moon
一章・旅立ち(奈落)




一面の白は雪の白・・・・・・
その白が余すところなく覆い尽くされ、その冷然さ、寒光、寒苦は感じずとも見ただけで解る。
否、まともに感じればその時点でひとたまりもないであろう。
ここは奈落の最北・北の大山。
本来ならば、ここには何人たりとも入ることは禁止されているはずだった。
しかし、この山の主にして化身とも言われる『冬の守護王』がこの国の王妃・・・その当時の奈落王によってその心の中の氷雪を溶かされたことにより、彼女に近い存在のもの達であるのならば、入ることができるようになっていたし、前ほどの脅威はこの山にはなかった。
それでもやはりここに入るには結界を張ることは絶対的に必要であった。
しかしそんな中、結界もはらずこの場所で対峙する2つの影があった。
それもこの山の中でもっとも自然の脅威が結集している頂上で、である。
1人はこの北の大山の主である『冬の守護王』スノウホワイト。
そしてもう1人は、黒髪をこの吹雪になびかせることもなく、その冷淡に煌く赤の瞳でスノウを見下ろしている。
どの服装はこの場ではとても耐えられないような軽装。
黒い布を無雑作に肩からかけてはいるが、寒さをしのげはしない。
否、寒さを凌ぐための物ではないだろう。
それでも彼は平然としたまま、スノウを見下ろしつづけていた。



「情けないものだな・・・『冬の守護王』をもあろう者が・・・・・・」
「くっ・・・・・」
降ってきた言葉にスノウは小さくうめき声のようなものをあげた。
今のスノウの姿はいつもの子供の姿ではなく、本来の『冬の守護王』としての姿に戻っていた。
しかし、彼女は力なく膝を尽き苦しそうにしながら、自分を見下ろすその人物をにらみ挙げていた。
とても絶大な力を誇る『冬の守護王』とは思えないその姿・・・・・
「魔人などに絆されるからこのようになる」
「!アレクのことを侮辱するな!!」
相手の言葉にとてつもない怒りを覚えて、スノウは現在の姿の人格と子供の姿の人格が混ざり合ったかのように無意識のうちに叫び、よりいっそうその人物を睨んだ。
しかし、相手もまたスノウに対する冷淡さを帯びた視線の光を強くした。
「貴様が、魔人を庇うとはな・・・我らの中でもっとも冷淡だったお前が・・・」
「私はアレクのおかげで変われたのだ・・・ゆえに、アレクを侮辱するなら容赦しないぞ」
「だが、その結果・・・・・お前は俺に惨敗した」
「それでも私は今の私のほうがいい・・・」
あくまでも現在を否定しないスノウに、けれどもまったく動じず、その人物はなんでもないことのように話を続けた。
「まあ、良い・・・お前がどうであろうと・・・・・この『世界』はもう不要だ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・今、なんて?」
相手のその言葉に、半ば呆然と言ったようにスノウは目を見開いて信じられないといったように、聞き間違えであって欲しいというように尋ねた。
「『天上』も『奈落』も不要といったのだ。・・・・・だから、消去する」
「馬鹿な!どちらも昔よりは良い傾向に向かっていっている・・・それを」
「未だこの程度では先が知れている」
「永遠のある我らと、彼らとでは時の流れの比重が違うのだぞ!!」
「そんなことどうでも良い。創世よりもうすでに十分な月日は与えたはずだ。それでもあの方の思い描く世界になっていないのであれば、また以前の『世界』のように虚無に回帰させるのに」
スノウはその言葉に強い憤りを覚えた。
かつてその言葉は自分が最初にアレクたちに遭った時に言った言葉と同系であるのに、今の自分にはそれは酷く理不尽なものに思えて仕方がない。
「そんなことは・・・させない・・・」
「っ!貴様!!」
その時、初めてその人物は焦りのようなものを見せた。
そして次の瞬間そこにはこの山の主の姿はなかった。
しばらくその場を眺めていた人物は思い暖かのようにまた冷淡な表情で小さく呟いた。
「奈落城・・・か」
そしてその瞬間、その人物の姿も霞のように消え去っていた。





穏やかな晴天の空の下、穏やかではない喧騒が城下の町に響き渡っていた。
「これで、ラストっ」
体躯の良い男の体が華奢な少年の蹴り一撃で吹っ飛ばされ、壁に激突したショックでそのまま倒れている他ほ十数人の仲間たちとともに石畳の道に突っ伏し、そのまま意識を失うことになった。
乱闘開始から約3分。
その見事さに周りの野次馬たちから拍手喝采がとぶ。
「さっすが、王子〜〜〜」
「ホンマに1人で倒してもうたな〜〜」
こんなことを言っているが、1人でも十分に倒せるであろうという確信は2人にはあった。
特に息も乱した様子もなく、自分が倒したものたちに一瞥くれていると、野次馬の中から少し年をとっている1人の男が進み出てきた。
「ありがとうございました。殿下」
「んっ?」
「あの者たちは最近ここに来たばかりの者たちで、町で好き勝手に暴れまわっていたのです」
「ああ・・・どうりで俺の顔、知らないはずだな」
アイスは昔から城下に遊びに来ている上に、王子として公式にも顔を出している。
だから、自然と城下でこの場にいる銀髪の少年がこの奈落の王子であるということが解るのはさして時間がかからなかったし、アイス自身も隠してどうなるものでもないと、最初にばれた時に認めたのだ。
そして噂が回るのは早いもので、すぐにアイスのことは城下中に知れ渡った。
無論、アイスに良く付いてくる子供たちが王の側近である高官の子供たちであることも。
だからアイスのことをこの城下で知らないのは相当の新参ものということになる。
肩が少しぶつかったことで(しかも自分たちが悪いのに)因縁をつけるような命知らずに程近いことはまずしないはずだろう。



その男を皮切りに、野次馬たちからの激励を受けていたアイスだったが、急に目つきが変わった。
「ブリック、シエナ!帰るぞ」
「えっ?もうなん?!」
「つまんないよ〜〜」
「そんなこと言ってる場合じゃない!・・・悪いけど、そいつら近くの役人にでも突き出しといてくれ!!」
「はっ、はい・・・」
突然あせって走り出したアイスと、なんだかんだ言ってもそれについて行くブリックとシエナの3人を野次馬たちは呆然と見送っていた。
「で、どないしたんや?」
「スノウが・・・・・・」
「スノウがどうかしたの?」
「良くは解らないけど、城に帰れば解るはずだ!!」
アイスの『知るはずのないことを知る能力』はスノウの危機と、警告という2つの鐘を鳴らし続けていた。






「アクラ・・・いい加減機嫌直したらどうだ?」
ティーカップに注がれた紅茶を飲みながら未だ不機嫌を露にしたままの娘にアレクは苦笑を浮かべながら言ったが、やはり効果がなかったようで癇癪を起こしたように言葉を紡ぎ始める。
「だって、だって母上!兄上ってば、城下に遊びに行くのならあたしに一言声かければいいのに!!」
「そういう問題でもないと思いますが・・・」
こちらはこちらで、別の意味で不機嫌なテールが告げると、アクラはきっとテールを睨み付けてすぐさま兄に対する文句を続けた。
「ったく!なんで、ブリックをシエナだけ一緒なのよ!!」
「それはたまたま、アイス様が出かけられるところを2人が発見したから・・・と、シャルトが言っていたではありませんか」
1人冷静に物事の見解を述べるウォールに多少青筋を立てつつも、今度はシャルトに突っかかっていく。
「シャルトもシャルトで、なんであたしにすぐ教えなかったのよ!!」
「え・・・・・・っと」
アクラにすごまれて半泣き状態になっているシャルトをアレクが助けに入る。
「だからぁ〜〜、それはアイスがお前に言うなって言ったからだろ?シャルトはその言いつけ守っただけじゃないか」
「そ〜〜こ〜〜に納得いかないのよ!なんで、あたしに言うなっていうかな」
アクラのこの言葉に「無駄に城下で攻撃魔法を使われたら迷惑だからだろう」という事をプラチナはアクラ本人の手前何とか飲み込んだ。
「第一!あんたたちも、置き去りにされて悔しくないの?!」
「いえ、特には」
「お、置き去りじゃ・・・なくて・・・ブリックはちゃんと・・・あたしのこと、考えてくれてる・・・・・・から」
「僕の場合は置き去りにされたということより、勉強をサボられたことに対して憤りを感じずにはいられませんね」
前2人の言葉はともかく、最後のテールの言葉・・・というよりも雰囲気にウォールを除くこの場にいる全員が引いてしまう。



「あれく・・・・・・」
「んっ?」
突然か細い声が聞こえ、何もないそこに目をやった。
するとその場にスノウが姿を現して、どさりと床に倒れた。
「っ!スノウ?!」
慌てて真っ先に駆け寄ったアレクに続いて、他の5人も駆け寄る。
スノウはいつもアレクたちに姿を見せている時の子供の姿になっていて、けれどもとても衰弱しているように見えた。
「スノウ・・・お前、どうしたんだよ?!」
「そん、なことより・・・アレク・・・・・・アイスはどこ?」
「?あいつなら、城下に遊びに行ってるけど・・・」
「なら、今すぐ伝え・・・」
「父上、母上!スノウは?!」
ノックもなく乱暴な音と共に扉を開けて入ってきたのは今、話題に上がっていたアイスだった。
その様子から酷く慌てて帰ってきた様子が伺える。
「スノウ・・・?!」
スノウの衰弱振りを一目見て察したアイス、そしてブリックとシエナも目の前のスノウを見たまま驚きの表情を見せる。
それはアレク達も同じで、『冬の守護王』である彼女をここまで衰弱させられるようなものはいないはずである。
すくなくとも彼らはそう認識していた。
「なんで・・・帰ってきたのよ?」
「なんでって?!俺はお前に何かあったって『知った』から・・・」
「・・・・・・あの方にも困ったものね」
アイスの言葉に薄く笑って言ったスノウの言葉の意味が全員解らなかった。
しかし、それを考える暇も与えず、スノウは切羽詰った口調でアイスに話を続ける。
「アイス・・・あんたはいますぐて」
「やはりここにいたか・・・」
その冷淡な声に全員は背筋にぞくりとしたものが駆け抜けたのを感じた。



冷淡な表情を崩さぬまま、彼は突然そこに現れた。
「だれ・・・?」
「夏・・・・・」
誰かが漏らした言葉にスノウが力なくポツリと答えた。
「『夏の守護王』・・・・・」
「それって、お前と同じ『四季の王』?!」
こくりと頷いて肯定の意思をとるスノウをみて全員の視線が彼に・・・『夏の守護王』に集中する。
そして瞬時に悟った。
スノウと同格の存在である彼なら、スノウをここまで衰弱させられるということを。
「・・・魔人の懐に逃げ込むとは、随分とおちたな・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
スノウとしては別に逃げたわけではなかった。
しかし、そういうことにしておいた方が良いと判断し、悔しさをこらえ、あえて何も言わなかった。
「なんで・・・・・仲間じゃないのか?!」
「・・・別に仲間という概念はない。それに、冬は附抜けてしまったからな・・・貴様のせいで」
淡々と返された言葉にアレクはびくっと体を震わせ、スノウを見る。
「アレクのせいじゃないよ」
スノウは申し訳なさそうなアレクに向かって微笑んで発揮いとそう言った。
「あたしは今のあたしのほうが好きだから」
「戯言を・・・」
「何とでも言えばいいでしょ。所詮、あんたには解らないだろうけど」
「・・・・・まあ、良い」
スノウの揺るぎのない言葉に一瞬何か考えるように瞳を閉じたが、すぐにその両の眼を開いて『夏の守護王』と言う名前からは連想できないような冷たい口調で言った。
「ここに逃げこんだのはこちらとしては都合が良かった」
そんな言葉を綴っている彼の掌に何か光が集中していた。
それにはっとしたスノウはかなり焦ったようにアイスの方を振り向いた。
「この城と共に・・・」
「アイス!!」
「しばし眠っていろ」
閃光が一瞬のうちにあたりを包み込んだ。
そして次の瞬間、城全体と城の中にいる者たち全員が何かの膜のようなものに包まれていた。
無論、その場にいたプラチナ、アレク、スノウも。
しかし、アイスをはじめ子供たちの姿はどこにもなかった。



「冬・・・・・・・貴様・・・」
閃光は2種類あった。
『夏の守護王』がこの城と、この城にいる者たちを封じ込めるためにはった膜のようなこの結界のための閃光と、その閃光があまりにも強すぎて気が付かなかった、スノウがアイスたちをどこかに移送するために閃光と。
「一体、どういうつもりだ?」
「そうよね〜〜〜。大好きな相手よりもその息子たちを逃がすなんてぇ」
後ろからした突然の声に『夏の守護王』は驚きもせずそのまま後ろを振り向いた。
そこにいたのはピンクの長い髪をした18歳前後の少女。
『夏の守護王』相手に怯むことなく、この状況をきゃらきゃらと楽しんでいるかのように笑っている。
「・・・・・・春」
「そ〜〜んな、しかめっ面しなくてもいいでしょ?・・・にしても」
『春の守護王』は『夏の守護王』のところまで歩いて、彼と並ぶと封じ込められてしまったスノウをみてことさら可笑しそうに笑う。
「本来、『四季の王』同士の力は同等なはずだから、夏の仕掛けた封結界、冬にはきかないはずなのにね」
「それだけ、こいつが衰えたというだけだ」
「そうね〜〜〜〜〜〜・・・・・・・で?」
くるりと『夏の守護王』のほうを見ると『春の守護王』は話題を変えたようだった。
その瞳には少し鋭い光が宿っていた。
「なんだ?」
「どうするの?あのお子様たち」
「もちろん追う」
「そう言うと思った。・・・けど、こんな時にあんな子供たち追う必要性もないでしょ」
「冬が逃がしたのだ・・・先ほどお前が言ったように何かあるのだろう」
「あっそ。まあ、良いけど。予想はしてたしお好きなように。あたしはあたしで秋を説得するわ。まだ、納得いってないみたいなのよね」
「・・・あいつも、冬のような腑抜けにならなければよいがな」
「ああ、それはないでしょ。あいつは昔からああよ」
くすくすと笑うと『春の守護王』はわざとらしく健闘を祈るとでもいったように、手をひらひらさせてその場から姿を消した。
そして『春の守護王』が消えた場所を少し眺めたあと『夏の守護王』もその場から姿を消した。
封印された者と城を残して。





あとがき

『四季の世界』長編「」始まりです。
ギャグ路線を突っ走りつづけるお子様たちのちょっとシリアス路線な話になると思います(多分)
しかし、ギャグも当然のごとく入っていきます(でないと、私が持たない)
このお話でアイスの力のな謎が解明される予定です。
とりあえず『四季の王』たちのなぞにも迫る・・・と、いいつつ『夏の守護王』出てきて早々悪党になってるし(『春の守護王』もか?)、スノウは封印されたでどうなるのか・・・
さて、今後の「Waking moon」で、アポクリをプレイしたファンの皆様ならご存知のはずのあの人とか、あの人とか、あの人が出てきます。(誰かはまだ秘密です)
とりあえず、次で1人でますので。(『幻華』ではよく出てますが)



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