Waking moon
四章(後)・癒聖女(過去)
長い、長い洞窟の中を歩いて、1時間以上が経過していた。
その洞窟は先に行ったリインのいる祠よりもさらに暗く、雰囲気は陰湿なものに満ちていて、魔法の灯りをすべて無効化してしまう。
「こっちで本当にあってるの?」
「まちがいあらへん」
歩き疲れたという意味で尋ねたアクラに、ブリックは黙々と歩きながらそう告げた。
現在向かっている場所、呪いを創ったアプラサスが封じられている場所をなぜかブリックとシャルトの2人は知っていて道案内をしているのだ。
それは2人の中に受け継がれている、リインとニーチェの魂が知っているためだろう。
光のない暗闇の中、まるで周りが見えているかのように、正確な場所を歩きつづけていた。
ブリックとシャルトの2人がぴたりと足を止めたことから、全員はその場所についたのだということを予測した。
少しの間その場の静けさに囚われていると、突然少し周りが明るくなった。
本当に少しの明るさだったが、辺りを見るには十分な明るさだった。
そして最初に飛び込んできたのは、洞窟の端から端まで渡っている、呪符が大量に貼られている黒い牢の柵。
その柵自体にも、封印の呪が余すところなく書き込まれていて、それ自体が封印の力を持っていることが解る。
さらに壁や床にも、同じような文字が書かれていて、何重にも封印、結界が施されているのが解る。
「・・・ここまでする相手?」
誰かが冷や汗を流してそう呟いた瞬間、全員の目についに彼の姿が映った。
否、ずっと牢の中、目の前にいたことに違いはないが、あまりにもその姿が闇に溶けていて気が付かなかったのだ。
黒猫の耳と尻尾がアプラサス特有の動物の部分を表し、身に付けているものは漆黒の着物。
鎖で繋がれ、その鎖や体にも呪符が何枚も貼り付けられている、完全拘束状態。
その瞳は硬く閉じられている。
「・・・眠ってるの?」
「いや、強制的に眠らされているんだろう」
体に纏わりついている呪符はそのためのもの、それ以外の呪符や文字はすべて封印のためのものとアイスは予測し、それに肯定の意をとるように、ブリックは頷いた。
シャルトはブリックの裾をぎゅっと握り締め、悲しそうに彼を見ていた。
「・・・・・ブレス」
ブリックがぽつりと呟いたその言葉に、呪符で眠らされていたはずの彼の瞳が開く。
それと同時に、彼の周りに纏わりついていた呪符は焼け消え、強烈な圧迫感に一同は襲われた。
「な、なによ・・・これ・・・」
「・・・す、すごい威圧感・・・・・・・」
自然に体が震えてしまっていると、彼が突然ぎろりとこちらを睨んできた。
「・・・・・魔人」
呟いただけだったが、それだけでどれほど魔人を嫌悪し、憎んでいるのかが読み取れるようなものだった。
彼から感じる強大な威圧感に押され、この場にいるのが耐え切れなくなっていた。
「っ!皆、大丈夫か?!」
「・・・・・・・・・・っ」
「・・・・・・・あに、うえ?」
その中で、アイスただ1人だけが平気な様子を見せていた。
アイスは鈍いわけではない、むしろこういったことに関しては人1倍敏感だ。
ならば、アイスは彼の発する威圧感を、威圧感として感じとていないのだろう。
「・・・貴様、何者だ?・・・・・・そこの2人は、リインとニーチェの気配がする」
リインにも問い掛けられたその言葉に、アイスの体が一瞬凍りついたように硬直した。
「・・・俺はリイン・・・こっちのシャルトはニーチェの生まれ変わりや」
「ほう・・・・・」
自分の正体にまた自問自答していたアイスだが、ブリックが彼に答えたその言葉で、現状を思い出した。
「・・・つまり、あの2人は・・・薄汚い魔人に転生したと」
「うすぎっ・・・」
さすがに威圧感を感じて、気圧されていたが、その一言にアクラをはじめとする魔人の面々はかなり自尊心を貶されたようで、機嫌が急降下した。
「薄汚いですって〜〜〜〜〜」
「自分達の利得しか考えられず、妬み、罵り、抵抗のない者を無残に殺す・・・そんな愚かとしかとりようのない存在如きが私に意見を述べるな」
まるで心の底から全ての憎しみを吐き出すようなその言葉とともに、周りの空間が異質に変化したと思えば、黒い閃光があたりを包み込み、次に目の前を見た時には、牢の柵はそこから消えていた。
「うっ・・・うそ・・・・・・・」
「あんなに、何重も結界張っていたのに?!」
あまりに強い彼のその力に全員が驚いていると、こちらをただ憎しみの瞳で見つめている、敵とみなしている彼がいた。
「かつての友人とはいえ、私を封印する手助けをしただけでなく、魔人に転生した以上・・・・・死んでもらう」
その殺意と憎しみしかない言葉を聞いた瞬間、全員は顔を見合わせその場から逃げ出していた。
あまりに必死で逃げたその先は、一面の花畑だった。
真っ白で綺麗ではあるが、どこか儚い死を感じさせるようだった。
「・・・ここ、リングが死んだ場所」
「リング?」
「ブレス・・・さっきの奴の妹」
つまりここが彼が、ブレスが魔人を憎む発端にもなった場所ということか。
「・・・なんか、前世の記憶が凄い出てきてない?」
「ああ・・・まぁ・・・」
ルシアの言葉にブリックが、気の抜けたように返事を返す。
シャルトと2人で、どこか感傷に浸っているようでもあった。
「・・・兄上、何してるの?」
座ったままじっと地を見つめているような兄にアクラが声をかける。
「いや・・・ここ、なんか温かくないか?」
「へっ・・・・・・・・別に?」
アイスに言われて、触れてみるものの、感じるのは普通の地面の冷たさのみで、温かさなど感じない。
「・・・兄上、『夏の守護王』が現れたあたりから・・・変」
「・・・・・・・」
自分でも思っていたことを、アクラに言われアイスはただ沈黙するしかなかった。
ずっと問いかけられていた「何者か?」ということも重なって。
「・・・よりにもよって、ここにいたか」
その冷たい声に全員はびくっと震えてそちらを振り向いた。
そしてそこには予想通り、ブレスが静かに立っていた。
「貴様らのような心の痛みを感じない存在が、これ以上ここにいることは許さん。早々死ね」
そのブレスの一言にひっかかり、怒りを覚えたのは全員だった。
「痛みを・・・感じないだと?それじゃあ、まるでお前らアプラサスだけが心の痛みを感じるみたいな言い方じゃないか!」
「最悪ですね・・・思い上がりもここまでくると腹が立ちます。・・・だから、殺されるんですよ」
「なに・・・」
ウォールの呟いたその言葉がいかにも気に入らないというように、ブレスは眉間にしわを寄せるが、他の面々も今回はひるむことがない。
「自分達だけが苦しい思い、悲しい思いすると思ったら大間違いだぞ。誰だって心に痛みを持ってるんだ。1つの種が特別じゃない・・・・・それも解らない、勝手な言い分を並べ立てるお前に、他者の命を奪う権利はどこにもない!」
アイスのその言葉はかなり辛烈なものがあった。
そのアイスの言葉と、瞳の強さに何かを感じ、あのブレスが一瞬気圧されていた。
アイスの中にある、魔人とは別の何かを感じ取ったように。
『・・・その方の言う通りですよ』
その突然の声に全員がはっとして顔を上げると光が突然現れた。
その光が収まると、そこには灰色の猫耳と尻尾をもつ、白の着物姿の女性が薄く輝きながらいた。
「・・・・・・・リング」
呆然とするようにブレスがその名を告げると、にっこり笑い彼女はブレスに近づいた。
「お久しぶりです。兄様」
「・・・どうして、お前・・」
「あのお方のおかげです」
にっこり微笑んで幽体のリングが見た先にいたのはアイスだった。
ただアイス自身は自分は何もしていないというように小首を傾げる。
「あのお方だと?!・・・リング、魔人ごときにその呼び方は・・」
「兄様こそ、何を仰いますか」
ブレスが怒りに満ちたようにアイスを睨みながら言ったその言葉を、リングが強い口調で叱咤する。
「リング・・・?」
「兄様こそお解りになっていらっしゃいません。あのお方が一体誰であられるのか」
「・・・なに?」
「あのお方に触れてご覧になってください。『四季の王』様より力を賜った、私と兄様なら解ることです」
一同が『四季の王』という言葉に気を取られていると、いつの間にか近づいてきていたブレスがアイスに触れ、次の瞬間愕然となったかのように目を見開いてアイスから退いた。
「・・・そ、そんな・・・ばかな・・・・・」
その事実があまりにも信じられないというように、ブレスはがくりとその場に膝をついてしまった。
「それでは・・・私は今まで・・・・・いや、それ以前に、魔人ごときが・・・」
「・・・まだそのようなことを仰るのですか、兄様」
ブレスの言葉に対し、リングが強い口調でまたも叱咤する。
「いい加減になさいませ。・・・確かに、私は魔人の方に殺されました。ですが、それは我々が追い詰めた結果。我らの強い力ゆえ、追いやられた彼らが、些細な復讐心で私を殺したに過ぎない」
「些細だと!お前を殺した事が些細だと・・・」
「それは魔人にとっても同じ。我々のせいで地を追われたことは、彼らにとって些細といえますか?」
リングのその言葉に、ブレスはただ言葉を詰まらせるだけだった。
「兄様はご自分が創った呪いで、兄様と同じ思いの人を作ってきたのですよ」
「・・・・・・・・」
「それだけでなく、兄様を思い、兄様の殺戮を止めようとした同胞まで・・・・・リインとニーチェが、兄様を封印する手伝いをしたのだって・・・」
2人がその手伝いをしたのは、ブレスにこれ以上の殺戮をして欲しくなかったから。
おそらくブレス自身にもそれは解っていたこと、ただ復讐心が先立つばかりに、そのことについて蓋をしていただけ。
「・・・リング」
「もういいんです。・・・もう1人で生き続けて、苦しい思いをしなくていいんです」
まるで祈るようにリングはぎゅっとブレスの体を抱きしめる。
「復讐のためだけに生きなくてもいい・・・・・終わりましょう、この『過去』の私もずっと一緒にいますから・・・・・」
リングのその言葉と同時に、瞳を閉じたブレスの表情はまるで憑物がでも落ちたかのように、穏やかなのものになり、そしてそのまま眠るようにそこから姿形が消え去っていた。
「・・・逝ったのか?」
「・・・・・はい。肉体も限界でしたから、塵となり地に還りました」
「結局・・・俺らは何もできへんかったんやな・・・」
どこか遠い目をしながらそう告げたブリックの言葉に、微笑んでリングは首横に振った。
「そんなことはありません。あなた方は兄様に強い言葉を与えて下さいました。それに、貴方様が私に力を与えてくださったからこそ、私はこうして出てこれたのです」
そう言って見つめている先にいるアイスはきょとんとしていた。
「・・・・・俺、何もしてないけど?」
「いえ、して下さいましたよ。地が温かく感じられましたでしょう?」
その言葉にアイスは静かに頷いた。
自分は触って温かく感じたが、アクラは何も感じなかった。
「あれは貴方様本来の、能力のほんの一旦です」
「・・・お前、俺が何者か知っているのか?」
「はい・・・でも、私の口からはお教えできかねます」
そう言って微笑んだままのリングは口許に人差し指を当てた。
「ただお礼を申し上げます。貴方様のおかげで、私は長い間、一部となっても兄様を待ち続けたかいがありました」
「・・・一部?」
「この私は『過去の私』。かつて別れた『現在の私』は、すでにある人物に転生しております」
「・・・ある人物って?」
その言葉にさらに笑みを深めたリングが、アイスとアクラ2人の頭を優しく撫でる。
血の繋がった愛しい者でも見るかのような瞳で。
「・・・『現在の私』が、『未来の私』になり、貴方がたの母になれることを・・・誇りに思います」
その言葉に、一同はただ絶句するばかりだった。
リングが言ったその言葉の意味はどう考えても。
「なっ・・・・・・なっ・・・・・・・」
「この『過去の私』は兄様とずっと一緒にいます。『未来の私』と、幸せに」
一同が未だ驚きでまともに声が出ない中、リングは微笑んでそう告げるとその姿が除々に薄くなっていく。
「・・・ちょっと待て!まだ、聞きたいこと」
なんとか声を出せたアイスが必死に呼び止めるように、リングに向かって叫んだが、リングはやはりにっこりと微笑んだまま言葉を告げた。
「もう準備は整っています。出入り口は1つ・・・・・お戻りください」
意味のはっきりとしないその言葉を残し、リングの姿はその場から霞のごとく消え去っていた。
あとがき
すっきりしない終わり・・・・・;
ブレスのことがあやふやで終わったような気がする・・・・・
まあ、ブレスにとってリングは絶対的な位置にいますので、彼女の言葉はかなり強力です。
で、全ての方がお気づきと思いますが、リングの生まれかわりはアレクです(^^;
これはですね、「プラチナの魂はどこからきたのか解っているのに、アレクの魂はどこからきたのか?」ということが気になった結果発生した設定です。
本当は、ブレスとリングの話はノートに書いていた親達側の話で、封印が偶然解けたブレスが町1つ滅ぼす、城半壊させるなどやってたんですが・・・・;
リングが早々に登場しましたから・・・それにアイスの正体に気が付いて逆らえなくなったし・・・(無理やりな終わらせ方ですいません;)
次回でアイスの正体解るはずですので、というか元の時代に戻る(ぶっちゃけ最終回の予定)
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