Two God narrations
4:『Embarrassment』




その日はあまりに早く起きたので、マリンはあてがわれた部屋を抜け出し、城の中を適当に散歩していた。
神殿での爆発、謎の渦、見知らぬ世界・・・・・・
信じられないような、しかし確かに現実に起きたその出来事に、マリンはあまりよく寝付けなかったといって良い。
なんだか落ち着きがなく、だからこうして朝早く起きてしまい、散歩をしているわけである。
しかしマリンにも1つ困ったことが起きてしまった。
それは城の中が広すぎるため、道順さえ忘れて迷ってしまったという事実である。
このままでは部屋に帰ることさえも出来ない。



「私って・・・私って・・・」
こんなことだからアークやユニシスに「ドジ」と言われるのだと項垂れ、どうしようかと辺りをきょろきょろしていると1ある人物を発見した。
中庭を見ることが出来るように、テラスになっているこの廊下の手摺りに座っている1人の少女。
太陽のように煌く金の髪に、ルビーのような赤の瞳、白磁を思わせる白い肌の綺麗とも可愛らしいとも取れる少女だった。
そしてその顔は良く見てみると、昨日会ったアイスにそっくりというよりも、瓜二つなのである。
そういえば妹がいるとか言うような話をしていたことを思い出し、彼女がそうなのかもしれないと思っていると、突然少女がこちらを見てにっこりと微笑んだ。
そしてひらひらと手を振って手招きをされる。
その手に招かれ、マリンはゆっくりと少女に近づいていった。
「お前が今回他の世界から来た奴の1人か?」
近づいたものの何を話せば良いのか戸惑っていたマリンに、やはりにっこり笑って少女は自分から話しかけた。
しかしその口調を聞いてマリンは少し目を丸くさせ驚いた。
この容姿からは想像も出来ないようなアンバランスな口調。
葵もどこか普通の少女の喋りとは違うが、あれにはまだ女性らしさが残って入るが、目の前にいる彼女の口調は、完全に男性口調だった。
「は、はい。そうですけど・・・・・・」
「やっぱりそうか。俺はアレクサンドル=パストゥール。アレクで良い、お前は?」
「ま、マリン=スチュワートです」
やはり聞き間違いなどでなく、しかも今度は一人称まで「俺」になっていて、マリンはまた驚いて目を丸くさせた。
「そうか。よろしくな」
いきなり手を握られ、ぶんぶんと縦に振られる。
その時のまるで太陽のような笑顔に見惚れて、マリンは言葉使いのことなどすでに気にしなくなっていた。
「ところで、まだ時間早いのに何でこんなところにいるんだ?俺は早く起き過ぎて、ここから見える朝の景色が綺麗だから、どうせだからと思って見に来てるんだけどさ」
確かに、中庭にある植物についた朝露が朝日を受けて、きらきらと輝いてとても綺麗だった。
彼女がこの景色を見に来たというのも納得できる。
「えっと・・・私も朝早く起きすぎて、それで散歩を・・・・・・」
ふとマリンはそこで思い出した。
自分は部屋への帰り道が解らなくて途方にくれていたということを。
困ったように項垂れだしたマリンを暫く見つめ、アレクはようやく状況を察したようで苦笑した。
「まあ、確かにこの城広いし・・・・・・初めての奴だと迷っても仕方ないって」
「はい・・・・・・」
フォローしてくれるのは嬉しいが、やはりマリンはそれでも立ち直ることは出来なかった。
どうしたものかとアレクも考えていると、ふと目の端で捕らえている中庭に1人の少女の姿を見つけた。
「シャルト!」
「はい・・・・・・・・・あっ、王妃様」
そこには中庭の花に水遣りをしているシャルトがいた。
「今日も朝早くから水遣りご苦労様」
「い、いえ・・・・・・当然の、ことです・・・から」
アレクに言葉をかけられ、どこか照れて嬉しそうにシャルトは頬を染めていた。
「・・・・・・あっ、そうだ」
まるでいいことでも思いついたというように、アレクは手を突いた後、未だ項垂れているマリンを強制的にシャルトに見える位置までひっぱて来た。
「えっ、あの・・・・・・」
「シャルトー。昨日、お前がテール達と一緒にこいつら部屋に案内したんだよな?」
「えっ・・・・・・はい」
状況が読み込めず少し驚いている2人に対し、アレク1人だけがシャルトの言葉に満面の笑みを浮かべていた。
「だったらこいつ、部屋への帰り道が解らなくなったらしいから、連れて行ってやってくれない?」
「・・・・・・あっ・・・・はい」
暫くの間の後、なんとかアレクの言葉を整理して状況を把握したシャルトが急いでその場を離れた。
「あと少ししたらシャルトくるから、案内してもらえ」
「はっ、はい。ありがとうございます」
シャルト動揺に状況を把握したマリンが、やはり太陽のような満面の笑みを浮かべたアレクにぺこりと頭を下げて御礼を言った。
こんな素敵な人が王女様であるこの国の人達は幸せだな、とマリンは思いながら駆けつけたシャルトに案内され、アレクに見送られながらその場を後に部屋に戻った。
この数時間後、彼女は自分のある勘違いをしることになる。








目の前を歩く紫の髪の人物はサフィルス=ホーソン。
先日のテールベルトの父親であり、この国の8人の高官の1人で、王子と王女の教育係も勤めている人物らしい。
その人物に案内され、マリン達はこの国の王の執務室に向かっていた。
「でもなんで執務室なんですか?こういった場合は謁見の間とかでは?」
そう言って尋ねたのは、ダリス王国の(元)王子兼大使であるシリウスだった。
確かに普通は謁見の間で行うのが妥当であるというものだ。
しかしサフィルスはその言葉に対して苦笑をもらしながら答えた。
「この城の中で、異世界の存在を知っているのは、ほんの一握りの者くらいですから」
「そうなのか?」
「はい。だからあまり謁見の間で大っぴらにできませんし。それに、こういったことは執務室みたいな小部屋の方が良いんですよ」
小部屋とは言っても、それはこの城の中での小部屋に相当するだけで、一般家庭ではとても小部屋とはいえないような部屋なのだ。
「さっ、着きました」
そう言ってサフィルスは1枚の扉の前で止り、扉を軽く叩いた。
「それでは・・・・・・陛下、皆様をお連れしました」
「・・・・・・入れ」
サフィルスの声に応えて中から返ってきた声は、一同が想像していたものとは違い、幾分か涼やかとさえ表現できるものだった。
「失礼します」
そう言ってサフィルスが扉を開け、それに従ってマリン達は室内に入った。
目の前には机とその上に置かれた書類の山、そしてそれにペンを走らせている、予想よりも遥かに若い銀髪、蒼眼の男性がいた。
とても15歳の子供がいる年齢には思えない。
そして部屋の片隅にあるソファにもう1人、こちらを見ながら微笑んでいる少女が1人。
マリンはその少女に見覚えがあった。
「あっ・・・・・・」
「今朝はどうも」
ひらひらと手を振って見せる少女に、まさかここで再会するとは思っていなかったマリンは少し驚く。
「マリン、あの者と知り合いか?」
「えっ、はい・・・・・・今朝、早く起きた時にお城の中を歩いていたら」
「っていうか、昨日あったアイスとか言うのにそっくり」
「そういえば・・・・妹がいるようなことを言っていたわね」
「へ〜〜、じゃああいつがそうなのかな?」
そんな会話が交わされる中で、会話の外にいる3人は一瞬きょとんとした表情を見せるが、しかしすぐにアレクは笑いをこらえだし、プラチナは溜息をつき、サフィルスは視線を遠くの方にやった。
「な、なんなんだよ?」
「・・・いや、ごめんお前達が激しく勘違いしてるから」
未だ笑いをこらえながらアレクがそう告げた言葉に、今度は真実を知らない面々がきょとんとする番だった。
「勘違い?」
「ああ・・・・・だって俺は、アイスの妹じゃなくって」
「父上!母上!」
ばしんっと勢いよく扉を開けて入ってきたのは、アレクと同じ顔だが背丈と髪の長さと色が違う、今話題にも少し上がっていたアイスだった。
「アイス・・・・・どしたんだ?」
「どうしたもこうしたもないよ・・・」
「お、落ち着いてください。アイス様」
「これが落ち着かずにいられるか!ジェイドから聞いたぞ・・・・・父上、母上、また温泉旅行行くつもりなんだろう?!」
その一言に、宥めていたサフィルスさえも含め、元からこの部屋にいるほぼ全員の時間がぴしっと停止した。
停止しなかったうちの1人であるプラチナは、告げ口をした自分の元参謀に舌打ちした。
「ジェイドの奴・・・・・余計なことを」
「仕方ないじゃないですか。そういう状況に追い込まれては、ね」
まるでタイミングを計ったかのようにプラチナの現在の怒りの対象は現れた。
その楽しげとでもいうような表情に、プラチナは眉間に皺を寄せながら恨みがましそうに言葉を紡いだ。
「・・・・・ジェイド、よりにもよってアイスに言うな」
「だから仕方がなかったんですってば。こうなった以上もう笑って済ますしかありませんが・・・・・」
「だから、何が仕方がないんだ?!」
「・・・・・背後に刃物を突き刺された状態で脅されて、答えない者はいません」
「それくらい何とかしろ」
「いえ、普通なら何とかなるんですが。・・・・・今回は相手があのウォールだったもので」
ジェイドがあげた人物の名前で何もかも察したプラチナは、先程までの怒りを抑え、むしろ哀れむような態度になった。
「・・・それなら仕方がないな」
「解って頂いてありがとうございます」
『ウォール』の名前を出しただけで、事情を知らない者にとっては訳も解らないままの和解になってしまった。
「って、話がそれてるぞ!」
「そ、そうですよ〜〜!アレク様、これはどういうことですか?!」
話が完全に終了してしまいそうになっているところにアイスが激しく突っ込みをいれ、その声ではっと我に返ったサフィルスが何故か半泣きの状態でアレクに尋ねた。
「え〜、だってそろそろ久しぶりに行きたいし。なあ、プラチナv」
「ああ・・・安心しろ。いつものように旅行期間の間の仕事分は全て終了させてある」
プラチナのその言葉に「どうしていつもこうなのか」とか、「何かが違う」と激しく顔を引きつらせたアイスと、同じ思いを抱えながらその場に崩れ倒れたサフィルスがいた。
「でもアイス・・・お前なら別にジェイドに聞かなくても、能力で解るんじゃないのか?」
「・・・・・・こんな事を常に能力使って知ろうとしてないよ」
その言葉にアレクは納得はしたが、「こんな事」と言われたことが少し気に障って頬を膨らませて見せた。



「・・・あの、すいません。少し状況が飲み込めないのですが」
このまま自分たちを忘れ、延々と内輪の話を続けそうな奈落の人々に、様々な事があって驚き思考を停止させていた面々の中から、ようやく正気を取り戻したプルートが恐る恐る声をかけた。
その声にまずアイスが反応して驚いたような表情になる。
「・・・いたのか?お前達」
「いたのか?・・・ってのはないだろうが」
こちらも正気に戻ったアークが少しいらついたように言い放った。
「アイス様はプラチナ様とアレク様に文句を言うことに集中していて、貴方がたに気がついていなかったのですよ」
そう説明をするジェイドの口調と表情は何故か楽しそうなものであった。
「え〜と・・・・・・」
「ああ、失礼しました。私はジェイド=ディヴィウスと申します。そこに転がっているサフィルスと同じ、アイス様とアクラ様の教育係を任されています」
何気に同僚に対して酷いことを言っている。
「って、ことは・・・貴方も例の王と王妃の側近である8人の高官の1人?」
「はい、そうです」
にこやかな笑顔ではあるがどこかとって食えないような雰囲気を感じてしまう。
「ジェイド。俺もちょっと良いか?こいつらにまだちゃんと自己紹介してないから」
「はい、どうぞ」
「って、ことでアイス」
「・・・解ったよ。待っててやる」
未だ不機嫌ではあるが頼みを素直に聞き入れてくれた息子に、アイスは「ありがとう」と言う意味を込めてにっこりと笑顔を送る。
そして改めてアレクはアロランディア一行に向け直ると正式に自己紹介を始めた。
「とりあえず一応初めましてといっておこうか。俺はアレクサンドル=パストゥール。正真正銘、この国の・・・プラチナの妃で、アイス達の母親だ。よろしくな」
にっこりと満面の微笑みを浮かべて握手を求めてくるのにつられて応える一同。
しかし未だに信じられないと言う面持ちは変わりがなかった。
先程アイスが入ってきて彼らが固まった最大の原因は、アイスが彼女のことを「母上」と呼んだことにある。
とても結婚している年齢にも、ましてや子供が2人以上いるような年齢にも見えない。
「お前達が俺を信じられないって顔をしている理由は大体わかるよ。その辺は色々と事情があるんだ、気にしないでくれ」
「はっ、はあ・・・・・・」
気にしないでくれと言われたも気にしないでいるわけにはいかない、とアロランディア一同は心を1つにしていた。





「あはははははっ!」
「・・・・・・笑い事じゃないぞ、ブリック」
「そうですよ・・・・・・」
「せ、せやけど・・・結局、陛下と王妃様、温泉旅行いったんやろ?」
まだ笑いを堪えながらそう言うブリックに、最早怒る気力も失せてアイスは溜息をつく。
「説明終わらせた後、颯爽とな・・・」
「いつもの事ながら、思わず涙が出てきます・・・・・」
「い、いつもああなんですか?」
テールの発言に信じられないという面持ちでプルートが念のために確認すると、すぐさま奈落組全員がこくりと頷いた。
その姿を見て、自分はあれだけこそこそ抜け出しているのに、ここの王族の堂々とした抜け出しぶりに、羨ましいやら、大丈夫なのかと心配するやら、複雑な気分だった。
それでもアロランディア組にとっては多少混乱している中で、あれだけ理解できるように丁寧に説明してくれたのはありがたかった。
その際に聞いたアイスの能力『知詠』によって、気になっていたヨハンの無事や、神殿のことも知ることができてほっとしている。
現在の1番の混乱は星詠であるプルートや星の娘全員と、ダリスの大使であるシリウスがいっきに行方不明になったほうが大きいようだ。
とりあえずあちらではソロイが上手くやっているようだが、それでもやはり混乱はあるようだった。
「一先ず早々にアロランディアに帰らなくてはな」
葵の言葉に一同深々と頷く。
「まあ、俺達も協力するから」
「別にこれが初めてのことやないしな〜〜」
「・・・ですね。できれば、そう何度もあって欲しくはない事態ですが」
テールが過去の出来事を思い出して苦笑する。
「それじゃあ、行動開始だ」






あとがき
パラレル第4話でございます。
今更ですがアレク&プラチナは王の石のかけらを飲んでいる、ようするに長命ED元なので、姿があの頃から変わっていません。
他の親たちも処々の事情により、姿は継承戦争時からまったく変わってはいません。
ご都合主義と言われようがなんと言われようが・・・(おそらく大半があの白い謎の生命体のせいかも;)
なんだかアレク達の会話が長引いてしまった感がある今回でした・・・;
そのせいで、今回お子様全員出すと言ったのに出せなかったし・・・(←予告破り)
次回はちゃんと出しますので。
それにアロランディア居残り3人衆(←違う)も・・・
っていうか、次回の最初のあたりはアロランディアです。
あ、最初のあたりでシャルトが「王妃様」と言ったのに、マリンが気づいていなかったのは、聞こえないくらい小さな声だったからです。
以上




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