Open life
八:「旅行3日目」
昇特性の絶品料理とデザートをお腹一杯食べ、食後の後片付けが終わり、お風呂も全員があがってきていた。
昇は明日の朝食の仕込をすでにはじめ、それ以外は自由にリビングで時間を過ごしていた時だった。
「ぎゃぁ〜〜!」
ぷっつんと誰かの悲痛な声が辺りに響き渡った。
「あ、あと少しで一面クリアだったのに・・・・・」
桃城は呆然としながらコントローラーを握りしめ、突然の停電に涙していた。
綾瀬の作ってきた自作ゲームはかなり好評で、ようやく順番の回ってきた桃城が丁度楽しんでいた時だった。
突然の停電にばたばたと慌てるものも多い。
「ブレーカーでも落ちたんですかね?」
「懐中電灯どこだ〜〜?」
「ひゃっ!今、誰か俺のお尻触った?!」
「どさくさに紛れてリョーマくんのお尻を触るなんて・・・僕が懲らしめてあげるからねv」
「その声のテンションからして、犯人は明らかにお前だろ、周・・・・・・・」
キッチンにいた昇が呆れた声と表情をしながら、光の点った懐中電灯を持って現れた。
「ブレーカーは落ちてないぞ」
「そうですか」
「というよりも、ここのブレーカーが落ちるってことはまずありえないだろ」
この別荘の大きさはかなりのものだが、それに見合う3倍以上のブレーカーが設置されている。
まず電気の使いすぎで落ちるということは考えられないのだ。
「発電所に雷が落ちたとか?」
「それはありえませんね。本日の国内は全て快晴で雷など落ちることはない、と占いに出てますから」
依鈴のその冷静な言葉に一部の人間は顔を引きつらせた。
国のお抱え陰陽師が天気予報なんかを占っていいもんだろうかと、なんだか価値が下がったような気さえした。
「でも発電所とかにトラブルがあったていうのは良いせんいってると思いますよ」
「だな・・・問題はそれをどうやって知るかだ」
先ほどからラジオも弄っているのだが、特に何か情報が入るというわけでもない。
完全に原因は不明のようだ。
「もしくは表に公表できない理由、か・・・」
「・・・こうなったら、最終手段をとるしかありませんね」
にっこりと微笑みながらそう言った翔の目線の先にいたのは綾瀬だった。
そして翔に引き続き、高等部生徒会の大部分のメンバーが笑顔で綾瀬を見つめる。
顔を引きつらせながら綾瀬は彼らの言いたいことがなんとなく解った。
しかしそれに気がつかないふりをしてとぼけてみる。
「あの・・・なんで僕の方を見ていらっしゃるんですか?」
「ん〜〜、そりゃあもちろん、お前に調べてもらおうと思ってな」
「・・・どうやってですか?」
「そんなの、いっくんの化け物並のスペックとバッテリーを持つノートパソコンに決まってるじゃない!」
「・・・・・・・・・・なにをしろと?」
「言わなくても解ってるだろ?」
じりじりと綾瀬へと楽しそうに間合いを詰め始めた高等部生徒会一同。
中等部のテニス部メンバーは何が始まったのかというように首を傾げている。
ただし、その中で不二とリョーマだけは別の反応をしていた。
不二は生徒会メンバーと同じく楽しそうにしながら、リョーマは綾瀬を哀れんだ目で見ている。
「は、放してください!」
ついに紅河に後ろから羽交い絞めにされた綾瀬は首を振って必死に抵抗する。
「往生際が悪いですよ。潔く観念してください、綾瀬」
そう言いながら依鈴はどこに持っていたのか、眼鏡を綾瀬へと装着させる。
すると一瞬綾瀬の力が抜け、体制が崩れてから再び体制を立て直した綾瀬は、その目付きが先ほどまでとは変わっていた。
「・・・雪芽先輩。ノートパソコン準備してください」
「了解♪」
明らかな変貌振りに思わず息をのむテニス部メンバー。
対して生徒会メンバーは非常に楽しそうに綾瀬の言う通りに手伝っている。
ノートパソコンの準備が終わると綾瀬はその前に座り、そして人間業とはとても思えないような速さでタイピングを開始した。
その光景に唖然となるのは当然(不二を除く)テニス部メンバーである。
そしてすぐさま綾瀬は停電の原因を突き止めた。
「どうやら、発電所にハッカーが侵入して、システム系統混乱させるために停電起こしたみたいですね」
「へ〜〜・・・かなり腕立つの?」
「いえ、まったくの三流です。問題ありません」
いつもの綾瀬らしくない淡々とした物言いもそうだが、どこからそんな情報を引き出してきたのか、彼の正体を知らない一同は目をただ丸くしている。
すると突然楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「皆さん、『ラグナロク』っていうハッカー知ってますか?」
「知ってるも何も・・・確か国防省のコンピューターに進入したとかいう、あの有名なハッカー集団でしょ?」
「優秀なハッカー数名で組まれたチームで、国防省の事件をきっかけに国際指名手配犯になり、その後も世界中のコンピューターを荒らしまわっている、ネット界のカリスマ的存在ですね」
乾がほぼ一般人が知りゆるだけの『ラグナロク』についての説明をしてくれたことに、翔は満足そうに微笑んで乾の説明に付け加えた。
「正確にはカリスマ的存在なのは、『ラグナロク』のリーダーである『ロキ』です。一部の間では『論理殺し』なんて呼ばれてるらしいですけど」
「・・・・・なんで翔さん、そんなに詳しいんですか?」
一同の間に一抹の不安がよぎる。
目の前にいる翔の頭の良さをよく知っている一同は、翔がその『ロキ』なのではという考えが過ぎってきた。
「皆さんの考えは外れですね。僕は『ロキ』でも、『ラグナロク』のメンバーでもありません」
その一言に一同はただほっとした。
しかし次の翔の言葉でそれは台無しとなった。
「なぜなら『ロキ』はそこにいる綾瀬くんだからです」
翔のその言葉に一斉に淡々と作業を続ける綾瀬に視線を向け、しばらくの間の後声にない叫びを上げていた。
「これで良し・・・後少ししたら電気回復しますから」
「ご苦労様です」
「それからこのハッカーには、僕の方から『フェンリル』と『ヘル』に連絡して、お仕置きしてもらうように頼んでおきましから」
事後処理まできちんとしている綾瀬に感嘆の声を飛ばしたのは、前もって綾瀬の正体を知っていたリョーマ以外の面々だった。
後はただ呆然とするばかりだった。
そして綾瀬の言う通りに電気はすぐに回復した。
「おっ!戻ったな」
「そうですね・・・」
上機嫌な双葉の声に同意して、綾瀬は自分の眼鏡に手をかけた。
そして眼鏡を外した綾瀬の表情は、見る見るうちに曇っていく。
「・・・・・またやってしまいました」
そこにいたのは先ほどまでの淡々とした綾瀬ではなく、いつものまじめな綾瀬だった。
「ああ・・・しかも僕の正体知らなかった人達の前でまで・・・色々・・・・・・・・・・」
「気にするなよ、綾瀬!どうせいつかはばれることだったんだから」
楽しそうに笑う生徒会一同と他2名に、綾瀬は恨みがましそうな目線を向ける。
「冗談じゃありませんよ!僕があまり大勢に知られるの嫌だってしってらっしゃるでしょ!!」
「まあ、まあそういうなって」
「・・・後でこの件についてはじっくり話をさせていただきます。特に紅河先輩と依鈴!」
きっと自分を羽交い絞めにした人間と、眼鏡をかけた張本人を睨み付ける。
その2人は視線をそらしてなんとかその怒りを一時的に交わしていた。
そんな中でテニス部レギュラー陣は多大なショックを受けていた。
なにしろ今までまともだと思っていた綾瀬がまともではなかったのだから。
「あ、綾瀬さんまで・・・」
「っていうか・・・あの変貌っぷりは・・・・・・?」
「あれ?知らなかったんですか?綾瀬さんって、眼鏡をかけると多少性格が変貌する、ぷち二重人格者ですよ」
譲のその一言に一同はさらなる衝撃を受けてしまった。
「そうそう。あと、この間行った電気屋さんの店長さんの未砥さんも、『ラグナロク』のメンバーですよ」
それで綾瀬とあれほど親しかった上に敬語だったのかと一同は納得してしまった。
最早信じていたものに裏切られた感覚を覚えている彼らを同情するのはリョーマと昇の2人だけだった。
あとがき
一樹(綾瀬)の正体がついに発覚しました。
お気づきの方もおられるでしょうが、『ラグナロク』も『ロキ』、『フェンリル』、『ヘル』も北欧神話です。
あとの2人は『ミドガルズオルム』(『オルム』)、『ノルン』というハンドルネームで、この計5名が『ラグナロク』のメンバーです。
ちなみに作中にもありましたが、リーダーの『ロキ』が一樹で、『オルム』は未砥さん(電気屋店長)です。
それぞれ役割がありまして、『オルム』は情報収集・探査が主な役割で、『フェンリル』は攻撃担当、『ヘル』はウィルス生成と廃棄プログラム回収が役目です。
つまり『ヘル』は武器を作るけどそこまでで、それを持って実際に戦いにいくのは『フェンリル』の役回りということです。
で、『ノルン』は『ヘル』と正反対で、ワクチン生成等が主な役割です。
『ロキ』はその4人の監督兼彼らが不可能な範囲のことをするのが役割です。
『ヘル』はまた近いうちに出します。
それにしてもテニス部一同ショックでかいでしょうね・・・
なにしろまともだと思ってた人が、国際指名手配犯ですから(苦笑)
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