Open life
壱(前)・「計画開始」
「でか・・・・・・」
それを見てしばらく何も言えなくなっていた一同の心の声を代表して真っ先に口を開いていったのは桃城だった。
数日間の宿泊のために用意したものをを詰め込んだバッグをただ肩からぶら下げた状態でその家を遅れてくる不二を除くレギュラー一同は目を見張ってみていた。
本日の昼休み、中等部3年1組にあてがわれた教室に突然翔自らが直々に来訪してきた。
そして、1つの封筒を手塚に渡してすぐさま颯爽と去っていった。
封筒の中には鍵と翔の家までの簡単な地図と注意書きのようなものが入っていた。
予断ではあるが、翔が突然現れたことから3年1組及びその教室付近にいた中等部の人間が混乱してパニック状態に陥ったということもあった。
地図に示された先は学校から近い場所で、トレーニングのために走っていくのにはちょうどいいということで、大荷物を抱えながらも最下位には乾汁というお決まりのパターンがあったので全員全力疾走で走り、たどり着いた。
本来ならば、それで疲れきってしまっているため、その場に座り込んでしまうところであるが、その疲れさえも忘れさせるほど、翔の家は大きかった。
否、家というよりは屋敷といった表現のほうがふさわしい。
「不二の家より大きい〜〜」
「ああ・・・・・・俺たちの家全部足しても足りないんじゃないか?」
「ていうか、それの何倍あるんでしょうね・・・・・・」
そんなことを話しながら、いつまでもこの家の広さに驚いているわけにはいかないと、さすがに最初に正気に戻った手塚が全員に指示を与え、屋敷の裏まで移動する。
それは翔が渡した注意書きに書かれていたことで、「テニスコートは家の裏にあるので裏門から」ということらしい。
同封されていた鍵はこの裏門の鍵だった。
裏門をくぐって少し行った所に確かに2面テニスコートはあった。
疑ってはいなかったが、本当にあったことに驚きつつも、手塚の指示のもと、すぐさま着替えて、ストレッチや準備運動程度の打ち合いを済ませたあと、紅白戦を行うことになった。
負けたら当然乾汁であるから、一同のやる気は最高潮になっていた。
一通りの紅白戦が終わり、敗者は乾汁を飲んで悶えている最中だった。
その中で、勝者側は飲まなくて本当によかったとは飲む羽目になってしまったもの達の心配よりも我が身の無事を喜んでいたという。
「・・・・・・乾先輩、ひょっとしてまた改良しました?」
「察しがいいな、越前」
「あれを見れば誰でも解るだろう・・・・・・」
「ふ〜〜ん・・・・・・そんなにおいしくないんですか?」
「ああ・・・・・・」
何気なく会話を繋げようとしていたが、聞きなれない声に一同が一斉に振り返った。
そこにいたのは1人の髪の長い少女で誰かに似ている。
「どちら様?」
「あっ、あたし譲です」
ぺこりとお辞儀をしつつも譲はさっさと自己紹介を済ませてしまう。
「人の家に勝手に入ってはだめだろう」
「ああ、それなら大丈夫です」
なにが大丈夫なのか解らないが、譲は説明もせず、先程からじ〜〜とリョーマを見続けている。
「なに?」
あからさまに不機嫌で鬱陶しそうな表情をしながら非難の言葉を訴えるリョーマに対し、譲はそれでもじろじろと見続け、やがてにっこりと満足そうに微笑んだ。
「なるほどなるほど。さすがよね〜〜」
何か1人で納得したような様子が腑に落ちない。
名乗りはしたがこの正体不明の少女に一同多少の警戒心を持っている。
そうしていると譲はとんでもない発言をさらりと言ってのけた。
「あたしも一緒にテニスしていいですか?」
「えっ・・・・・・?」
「というよりも、そのつもりで今ここにいるんですが」
よく見てみると、譲が着ているのはテニスウェアだった。
しかし、こんな無茶な発言を許せるわけもなく。
「だめだ」
「良いじゃないですか」
「我々は遊びじゃ」
「じゃあ、誰かこの中のお1人にでも勝てたら良いですね」
「だから」
「そうしましょ、そうしましょ。で、誰がやりますか?」
完全に聞く耳持たずの様子で手塚の言葉をあっさりと遮り、自分本位に進行していく。
まさに譲はわが道を行くといった状態である。
「それじゃあ・・・・・・そこのあなた、お願いします」
そう言って譲が指名したのは海堂だった。
あまりにいきなりのことなのであっけに取られていた海堂だったが、すぐに我に返った。
「冗談言うな・・・なんで、俺が」
「あれっ?ひょっとして、負けるのが怖いんですか?」
「なっ・・・」
「そうですよね〜〜〜。年下に、ましてや女の子に負けたら恥ずかしいですもんね〜〜〜」
にこにこと満面の笑みを浮かべながらそう言う譲に、海堂のプライドがしっかりと反応した。
「じゃあ、良いです。諦めて他の人に・・・」
「待て・・・誰がしないと言った」
海堂がそう言った瞬間、譲の顔がにやりと笑ったのをリョーマたちは目撃した。
海堂の性格を理解してああいう事をいったのだと容易に解った。
「あっ!女だからって手加減しないでくださいね」
そう付け加えると意気揚々とコートに入って行こうと数歩歩いたとことで、譲はぴたりと止まって後ろを振り向いた。
「そういえば・・・越前リョーマくんって・・・・・君?」
「?・・・そうだけど」
いきなり名前を呼ばれて少し驚く。
しかし、譲はというとなにやらリョーマをじっと観察するように眺めていた。
かと思ったら、次の瞬間には満面の笑み。
「うん!・・・・・・・・・・・さすが」
「なにが?」
「ううん・・・なんでも」
何かに満足したかのように譲は少しスキップなどしながら楽しそうに海堂が待ち構えるコートに向かって歩いていった。
「うそ・・・・・・・」
全員信じられないというように目の前の光景を見ていた。
それもそのはず。
あの海堂が、年下のそれも女の子に負けたのであった。
そしてショックを受けている海堂と違い満面の笑顔をたたえて譲はこう言った。
「あ〜〜〜、面白かったv」
しかし、あまりの出来事のためにその言葉を聞いているものなど誰もいなかった。
と、そんなことで呆然としていると、くすくすという笑い声がどこからともなく聞こえてきた。
「譲さんらしいですね」
その声に今まで呆然としていた一同は我に返った。。
そこにはこの場所の提供者である、『青学の生きた伝説』西条翔と、我らが『テニス部の魔王』不二周助が幼馴染同士仲良くその場にたって笑っていた。
「皆何してるのさ?」
「ふ、不二に翔さん」
「あっ!かけ兄おかえり〜〜〜〜〜〜」
そう言って翔の元に駆け寄っていく譲に一同はまた声を失った。
今、彼女は翔の事をなんと呼んだのだろうか。
「しゅう兄も久しぶり〜〜〜」
「譲ちゃんも元気そうだね」
「ふ、不二〜〜〜〜〜〜」
菊丸がちょいちょいっと不二を呼ぶ。
「なに?」
「ゆ、譲ちゃんって・・・もしかして」
「翔さんの妹さんで僕の幼馴染の1人だけど?」
ひょっとして気が付いてなかったのかな?というように笑みを深くする不二は確信犯だった。
考えてみれば、どことなく翔に似ているし、この家の中に勝手に入ってきていることからも十分考えられることだった。
翔には兄がいるという話は聞いていたが、妹がいないとは言ってはいなかった。
「改めまして、西条譲です。よろしく♪」
「譲さんはテニス上手いですよ。今まで出た世界各地の公式・非公式問わず、試合で負けなしですし。男子の大会で優勝した人にも勝ったことありますよ」
どうりで強いはずだと全員妙に納得してしまった。
「ところで皆さん、そろそろ上がりませんか?」
にっこりと翔が笑えばそれは絶対に逆らってはいけないことだと、全員昨日の今日で骨身にしみているので、素直に切り上げることにした。
こうして、西条翔宅での練習1日目はやはり避けられない波乱のままに終わったのであった。
そして今後、部長の眉間の皺をより増やし、副部長の胃を悪化させることが明白になったとも言える。
「ねえ、しゅう兄。相変わらず、趣味が良いよね」
「ふふっ。誉めてもらえて嬉しいよ」
「ええ、僕も最初拝見した時に思いました」
他には聞こえない程度の声で3人はひそひそと話していた。
「越前くん、すっごく可愛いし、細いよね〜〜。男の子にしておくのはもったいないよ」
「そうですね〜〜」
「ゆみ姉の話を聞く限りでも十分可愛いって気がしてたけど・・・やっぱ、実物は違うわ!」
ぐっと握り拳など作って先程テニスをしていた時とは違う意味でテンションが高くなっている。
「しゅう兄、安心して!あたしが全面的に越前くんおとすのに協力するから!!中等部の校舎が直るまで・・・この家にいるうちに2人を恋人同士にしてみせるわ!!」
「譲さんが協力するなら、もちろん僕と昇くんも協力しますよ」
「2人ともありがとう」
ここで何やら怪しい結託がなされていることも知らない哀れなリョーマは、背筋を冷たいものが駆け抜けていくのをこの時感じたという。
あとがき
譲(姫)のご登場です。
海堂ファンの方申し訳ありませんでしたm(_ _;)m
なにしろ海堂が1番プライドが高くて、ああいう言い回しにのってきそうだったもので。(リョーマものりやすそうだけど、彼は駄目でしょう)
それに手塚や乾は冷静に判断してのらなさそうだし、かといって桃城たちは悶えているわけだし・・・
譲の登場で「リョーマゲット作戦」は本格的に始動です。
今回の譲の言葉を聞いてくだされば解るように、由美子姉さんも実は1枚噛んでいらっしゃいます(このパラレルで不二兄弟全員出る回がある予定です)
そして、翔は実は極度のシスコンのため妹御のためなら何でもしますよ(苦笑)
次回、西条家長男のご登場です。
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