Ring cors
終章




キャルはその手に冷たい汗を握っていた。
自分の確信が正しければと、目の前にいる幼い少女に冷汗が止まらない。
キャルがメリィに言葉を紡ごうとしたその時、がさっとあきらかに自然の風によるものではない草の揺れ動く音がした。
「来たか・・・」
キャルはその表情を一転させるとそちらを鋭い瞳で見つめる。
逆にメリィは至極嬉しそうだった。
「あっ!おかあしゃま、おとうしゃま、せれすおにいちゃん」
メリィのそのいつもと変わらない元気そうな様子を見て、アレクとプラムの言っていたことが当たってよかったと3人は胸を撫で下ろした。
「よく逃げずに来たな」
「そりゃあ、メリィを人質にとられちゃね」
「・・・安心しろ危害は何も加えていない」
「みたいだね・・・こっちも約束を守って大人しく来たんだ!メリィを返して貰おうか?!」
「良いだろう・・・・・と言いたいところだが、そうもいかなくなった」
キャルのその言葉に3人は眉をひそめて睨み付けた。
「どういうこと?話が違うんじゃない・・・」
「・・・・・状況が変わったのだ。お前達に」
キャルが言葉を続けようとした時、彼女ははっとして振り返るがすでに手遅れだった。
アレク達との話に気を取られていた彼女は、密かに隠れて機会を伺っていた他の面々に気づくのが遅れ、あっさりと取り押さえられてしまったのだ。
その瞬間、メリィはアレクによって抱きかかえられ、保護される。
「くっ・・・・・・」
「作戦成功、だな」
自分の不覚を恨みながら、キャルはアレク達を悔しそうに睨み付ける。
対して作戦の成功したアレク達は勝ち誇った満面の笑みを浮かべている。



「メリィ大丈夫だったか?」
「うん♪あのね、きゃるとおはなしたのしかったの」
メリィの元気いっぱいの純粋なその言葉を聞いてアレク達はほっとする。
「さて・・・・・メリィを攫って僕に因縁つけてきた理由を聞かせてもらおうか」
セレスの投げかけたその言葉に、キャルはよりいっそう瞳を鋭くさせ、忌々しげに言葉をぶつける。
「・・・お前達有翼種が、我々蛇種を根絶やしにしたからだ」
キャルのその言葉を聞き、全員が低く声を漏らした後、一斉にセレスの方を驚いたような瞳で見る。
しかし周りよりも驚いているのは、そう告げられた当のセレスだった。
「ちょっと待ってよ!君達が絶滅寸前なのは知ってるけど・・・・・僕達有翼種はなにもしてないよ!!」
「だが実際・・・私は貴様らの仕業だと聞いた!」
「だから何かの勘違いだって!」
互いに互いの言い分が正しいと信じているため、どちらも譲るはずがなかった。
有翼種が蛇種を根絶やしにした証拠も、そうでないという証拠もない。
どちらが正しいのか確認しようもないこの状況で、言い合いに決着がつくはずもなかった。
そのはずだった。



「おかあしゃま〜〜」
「どうしたんだ?メリィ」
「んとね、くろいこうもりのはねのひとっている?」
メリィのその言葉に、ぴくりと全員が反応した。
その全員の中には、言い合いをして周りを気にとめていないはずだった、セレスとキャルの2人も含まれていた。
「メリィ・・・どうしてそんな人の事知ってるんだ?」
アレクに尋ねられると、メリィは少し小首を傾げて口を開いた。
「んっとね。ここのくしゃしゃんたちが、そのひとたちが、やったんだって、いってるよ」
メリィのその言葉に、全員に衝撃が走った。
「黒い蝙蝠の翼・・・・・・間違いなく反翼種、だな」
「確かに・・・・・・あの種族ならやりかねない、な」
反翼種はセレス達有翼種の鳥状の翼とは違う、蝙蝠の翼をその背に生やし、乱暴で残忍かつ狡猾、自分達こそが亜種族はもちろん、全ての生命の頂点に立つと考え、亜種族とその血をひく人間たちの間で最重要警戒している存在である。
そして彼らは自分達とは異なる翼を持つ有翼種を特に毛嫌いしてるところがある。
「・・・蛇種を滅ぼした上、その罪を僕達にきせれば、一石二鳥だね」
「ホント性格わるいデス」
セレスだけでなく、いつもは明るいプラムも反翼種の名前が出た瞬間、怒気を含んだ嫌そうな表情を作っている。
「まあ・・・メリィがそういうんだから、間違いはないだろうが・・・・」
「それをこいつが信じるかが問題だな」
ロードの言葉で全員の視線が再びキャルに戻る。
そのキャルは項垂れて何かを考えているようだった。
そしてふいに顔を上げると口を開いた。
「信じるかは・・・最初に私がしようとした質問の答え次第だ」
「最初の質問・・・・・そういえば、結局何が聞きたかったんだ?」
「それは・・・・・その少女は本当に椿の樹の声を聞くことができるのか?」
キャルのメリィを見つめてのその意外な質問に、アレク達は全員顔を見合わせる。
なぜキャルがそんなことを知っているのか一瞬気になったが、その答えはすぐ簡単に出た。
まず間違いなくメリィが自分から話たのだろうと。
そしてそれは紛れもない正解だった。



「確かにメリィは椿の樹の声を聞ける・・・それどころか話せるよ」
「アレク?!」
暫くしてからあっさりと答えたアレクに、プラチナが驚いた声をあげる。
無理もない、キャルの真意がわからない以上、むやみに本当の事を喋る必要はない。
形成は明らかにこちらのほうが有利なのだから。
しかしアレクはにっこりと微笑んで口を開いた。
「大丈夫だよ。メリィが警戒してなかったんだし」
「そうだね・・・子供は正直だ。特にメリィは」
アレクの言葉にベリルも苦笑しながら賛同する。
そんな2人の言葉と表情に、プラチナも何を言っても無駄だと、2人に同意したという証のように苦笑して見せた。
それは他の面々も同じようだった。
ただ1人、当のメリィだけが状況が解っていないのか、小首を傾げている。
「・・・やはり、本当なのか」
穏やかな空気が流れるなか、キャルだけは神妙な面持ちでいた。
「ああ。こうなったら、全部話すけど。メリィは多分、椿の精霊の生まれ変わり。・・・俺とプラチナが子供の時植えた椿の樹のな・・・」
「あいつは、俺達のために自分の命を犠牲にして死んだ。それから暫くして出来た俺達の子供は、ひょっとしたらあいつの生まれ変わりなんじゃないかと思って、この名前を付けた・・・」

「「カメリア=リトル(小さな椿)」」

「んにぃ?」
突然自分の名前を呼ばれて不思議そうに小首を傾げるメリィの頭を優しく撫でてやる。
するとメリィは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、アレクの腕の中ではしゃいだ。
「でも実際・・・本当に生まれ変わりみたいだからね」
「そうそう、椿の樹どころか、植物と話ができる、なんて芸当生まれつき持ってるし」
そう言いながらその時の事を微笑ましく思い出しながら一同は笑っていた。
メリィが本当にあの椿の精の生まれ変わりであるということは、椿の精本人だけでなく、アレク達にとっても救いなのだから。



そんな一同の様子を見ながら、一部始終を見聞きしたキャルは突然口を開いた。
「・・・放せ」
「えっ・・・・・・?」
「何もしないから・・・放せ」
キャルの突然の言葉に、キャルを取り押さえている、ルビィとジルは瞬時にアレクの方を見て、アレクが目での合図に従い放した。
すると放された途端、キャルは素早く片膝をつき、アレクの方に向かって頭を深く下げた。
その突然の行動に一同は声も出ず呆然とする。
そしてキャルは頭を下げたまま口を開いた。
「今までの数々の非礼と暴言・・・申し訳ありませんでした。リトル様」
キャルのその言葉に一同は先程よりも驚いて目を見開いた。
彼女が片膝をつき、頭を下げていたのはアレクではなく、その腕の中に抱きかかえられたメリィだったのだ。
しかしその当のメリィは状況が飲み込めず、キャルが何をしているのかも解らず、ただ小首を傾げ続けるのみだった。
そんな中で、ふと何かに思い当たったことがあるのかセレスが口を開いた。
「そういえば聞いたことがある・・・・・蛇種は花樹の精霊に対する信仰心が深くて・・・・・中でも椿の精霊を言うなれば、主神として崇めているって・・・・・・」
「っていうことは・・・・・」
「キャルにとって・・・メリィは崇めるべき神様〜〜?!」
セレスの言った言葉を整理し、結論に至った瞬間、全員は今までにないくらいの驚愕の表情で、当事者でありながら唯一状況をまったく把握できず、不思議そうな瞳をしているメリィを凝視した。
「何なりと罰をお与えください」
驚く一同の中で、キャルは真剣そのものでそう言葉を続けている。
しかし当のお子様メリィには何がどうなっているのか解ってはいない。
その2人を見るに見かねたアレクが苦笑しながらメリィに囁いた。
「メリィのお願い、なんでも聞いてくれるって」
多少違っているが、アレクの言い回しはすぐメリィに理解できるものだった。
それを聞いた瞬間、メリィはぱあっと嬉しそうに満面の笑顔を作る。
「じゃあね・・・・・」








全てが終わった翌日の昼頃、呪いを解かれたラスは目を開いた。
もちろん人型の姿で。
「あ、あれ・・・?」
「気分はどう?ラス」
自分の姿と、身体から取れた重みを不思議に思いっていると、不意に聞こえてきた主の声にそちらをすぐさま見る。
「せ、セレス様!」
「もう呪いは解けてるよ」
「そ、そうですか・・・・・・ありがとうございます」
いつもは自分をこき使いまくって疲弊させる主だが、こういう時はやっぱりこの人の仕で良かったと、ラスは感動のあまり涙がでそうになった。
もっともそんなことを口に出せば確実にお仕置きを食らうということも解りきってはいた。
「あ、らす〜〜おはよう」
聞き覚えのある可愛らしい声に瞬時に反応すると、そこにはラスの予想通りメリィがいた。
「め、メリィ〜〜〜」
起きてすぐにその愛らしい笑顔を見れたことはラスにとっては至福であった。
そしてさらにラスを至福に誘うように、メリィはとてとてを可愛らしい足取りでラスに近づいてくる。
「もうだいじょうぶなの?」
「ああ、大丈夫だ・・・心配してくれてありがと」
「リトル様に気安く触るな〜〜〜〜〜〜!!」
思わずメリィに抱きつこうとした瞬間、怒声と共にラスの頭に強烈な飛び蹴りが決まった。
そしてラスはそのまま倒れこみ、暫くの間痛みで悶える。
「らす?!」
「リトル様!そのような馬鹿鳥むやみに触ってはいけません!御手が穢れます!!」
「って、てめ〜〜は!?」
よろよろと痛みを堪えてラスが起き上がると目の前にいたのは、ラスにとっては己が仇と言える、自分に呪いをかけた張本人であるキャルだった。
「なにいきなり蹴り入れてんだよ!いや・・・そもそもなんでここにお前が・・・」
「だってキャルはこれからここで一緒に暮らすんだよ」
セレスの爆弾発言を聞き、ラスは開いた口が塞がらなくなってしまった。
「う・・・そ・・・・・」
「ほんとうだよ!きゃるもいっしょにいるの〜〜」
普段なら喜ぶべきメリィの満面の笑みも、彼女が口にした言葉のせいで更にラスに追い討ちをかけてしまった。
「メリィのお願いだよ。ちなみに君の呪いを解いたのもね」
「そ、そんな・・・・・・良いですか?!セレス様。こいつはセレス様に呪いを掛けていた張本人ですよ!!」
「う〜〜ん・・・それも元々誤解から始まったことみたいだし。それにこれから共通の敵相手にすることになりそうだから、組んでて損はないと思うしね」
「だな」
セレスと彼の言葉に同調するキャルを見て、「いつの間に結託したんだ」と、ラスは今にも風化しそうになった。
「で、キャルもメリィのお付になるから」
「はぁぁぁぁぁぁ〜〜〜?!」
セレスのあまりの発言にラスは思いっきり叫び声をあげた。
「キャルがどうしてもって言うし、それにプラチナが『男1人に任せるより、女もいた方が良いだろう』って言ったからね」
それを聞いた瞬間、ラスはプラチナに「あの親ばか」と怨念を送りたくなった。
「セレス、こんな奴いなくても私1人で十分だ」
「なっ!?」
苦悩していたラスの癇に障る言葉をキャルがさらりと言ってのけた。
「てめ〜〜・・・新参が調子こいてるんじゃないぞ」
「貴様よりも私の方が使えるのは周知の事実だ」
「んだと?!やるか蛇女!!」
「相手をしてやる!馬鹿鳥!!」
一触即発でとんでもない事態になりそうにもかかわらず、セレスはその状況を楽しそうに見ながらお茶を飲んでいた。
その理由はすぐにこの事態が収まるということを予測しているからである。
「らす・・・きゃる・・・・・・」
セレスの予測通りしたその声を聞き、2人をその声の主を方を瞬時に見た。
そこには瞳をうるうるさせているメリィがいた。
「め、メリィ・・・」
「リトル様・・・」
「ふたりとも・・・けんかだめ〜〜〜」
セレスに頭を優しく撫でられながらも、今すぐにでも泣き出しそうなメリィを見た2人は冷汗をながす。
「め、メリィ・・・別に俺達けんかなんてしてないぞ」
「・・・ほんとう?」
「ええ、もちろんですよ」
「良かった〜〜」
ラスとキャルのその言葉を聞いたメリィはごしごしと涙を拭くと満面の笑みを浮かべた。
その表情にラスとキャルはほっと息をつき、セレスは楽しそうにその光景を見ていた。
「ま、メリィのおかげでなんとかやっていくでしょ」
そんなことを面白そうに呟きながら。



こうして、パストゥール家に新たな住人が加わった。









あとがき

当初5話予定だったこの話も4話完結になってしまいました;
そして皆さんたいへん、たいへん長らくお待たせして申し訳ありませんでした!
これにて『Ring curs』は完結です。
しかしシリーズとしてはまだまだ続くわけですよ。
今回存在だけ出てきた反翼種に関わることで。
そしてキャル仲間入りは当初の予定通りです。
彼女は今後とにかくメリィを崇め奉り、ラスとなにかと対立してくれます。
今回の最後のノリみたいな感じで。
そして当然メリィのうるうるでストップ。
出てきた初めの頃と性格が違うと思われている皆様・・・
キャルは最初からこういう予定でした。(本当です)
それでは・・・・・逃げます!!





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