Ring curs
三章




パストゥール家、離れの一室に世にも恐ろしい空気が渦巻いているのはおそらく気のせいではないだろう。
しかし、当のその空気を発している本人たちはそれに気が付いていなかった。
「殺るぞ・・・」
眉間に皺を寄せながら低い声で呟いたプラチナの一言に、その場にいる一同が無言のままこくりと頷いた。
「僕とラスに呪いをかけただけでなく・・・・・メリィまで攫うなんて、良い度胸だよね」
「セレス様・・・すぐにでも行きましょう」
「そうだね・・・・・それじゃあ、さっそ」
「ちょっと待った!」
立ち上がり、勢い込んで敵地に向かおうとした一同の頭に、見事同時に何かがクリーンヒットした。
よく見てみるとそれは林檎だった。
「っ・・・・・アレク!」
「なるをするんだい」
「と、いうか待てとはどういうことですか?!」
「そや、このままやったらメリィが!」
「少し落ち着けよ!お前たち!!」
いっきに捲くし立てる一同にアレクは苛立たしげに一喝する。
それにびくりと反応して反射的に大人しくなってしまう。
「いいから、そこに座って俺の話しを聞け!」
そう言われて大人しく座ってしまう一同は、本気で怒った時のアレクの恐ろしさを良く知っている。
「いいか?あいつは『セレスは必ず来い』と言った。つまり、狙いはセレスってことだ」
びしっとセレスを指差してはっきりとそう宣言する。
「それって、言い替えれば他はどうでも良いって事だろ?だったら、メリィには危害は加えないはずだ」
「だが、逆に言えば、どうでも良いなら危害を加えてもなんとも思わないということじゃないか?」
「それはないデスよ」
プラチナの言葉をきっぱりと否定してアレクの後ろからぴょこんと出てきたのはプラムだった。
「蛇種は生きるための最低限のセッショウしかしないデスよ。ムエキ・ムダなセッショウは1番きらってるって、昔おじいちゃんにきいたデス」
どこか寂しそうな瞳でプラムが言っていることにセレスがぴくりと反応した。
「じゃあ、僕を狙うのは必要なことだって?」
「そ、そうじゃないデス・・・・・ただ、セレスはなにかうらまれるようなことしてないデスか?」
前科のあるセレスであるため、プラムの言葉に一同の視線が注目する。
しかし、セレスは慌てず騒がず、ただ肩をすくめてため息をついた。
「僕が蛇種と初めて接触したのは呪いを受けたときだよ。その時だって、直接会ってはいない。有翼種全体にしろ、蛇種に恨まれるようなことはしていないはずだ」
「じゃあ、なんでだろうな・・・」
アレクがぽつりともらしたそれはこの場にいる誰にも知る術はなかった。
メリィを攫っていったあの蛇種以外には。
「とにかく。メリィは無事なはずだから、今は冷静になろうよ」
「そうデス。ヘタにいきおいこんで行くと、かえって蛇種の怒りをあおってメリィが危険デス」
「たしかにそうですね」
「そやけど・・・それをまさかお前たち2人に指摘されるやなんて・・・・・・」
ルビイの発したその失礼極まりない一言に、言われた本人だけでなく、その場にいたほとんどの者が一斉にルビイの頭を殴ったという。





すでに陽の沈んでしまった闇色の空の下、森の木々のために空からの数少ない光さえも遮断した暗い暗いその場所に1つの小さな灯りがともっていた。
その灯りが作り出している影が髪を揺らしながら楽しそうにしている。
「・・・・・・お前、恐くないのか?」
半ば呆れて冷や汗をたらしながら言われたその一言に、メリィは小さく小首を傾げる。
「なんでぇ?」
「・・・・・私はお前を攫ってきたんだぞ」
「?めりぃしゃらわれたの?」
どうやら今の今まで自分の状況が解っていなかったらしいメリィにキャルは深く溜息をついた。
いくら幼い子供とはいえ、あの状況と今の状況でそれぐらい解っても良いだろうと思う。
「危機感がまるでない・・・・・これが本当に、亜種族の血をひく本家の跡取りか?」
「しょれに〜〜きゃるはやしゃしいよ」
こちらの話などまるで聞いていないメリィに言われたその一言で、キャルはきょとんとし、次の瞬間には顔が少し赤くなっていた。
「・・・・・どこをどう解釈してそうなる?」
まさか攫った相手からそんなことを言われるとは思っていなかったのでなんだか調子が狂ってしまう。
といよりも、メリィをいると自分の目的を忘れてしまいそうなほどに和んでしまうと言った方が良いのだろうか。
「第一、 お前の家にいる有翼種の使に呪いをかけたのは私だぞ?」
「?・・・・・ゆうよくしゅ?つかい?」
聞きなれないその言葉にまたもメリィが小首を傾げるのを見てキャルが深い溜息と共に説明する。
「有翼種というのは鳥状の翼を生やしている者のことだ。お前の家にもいるだろう?白い6翼の紫髪」
「せれすおにいちゃん?」
「なるほど・・・あいつはセレスというのか」
セレスの名を呟いた時のキャルの表情がとても憎らしい者に対するもののようで、けれどもどこか辛そうな表情でもあって、メリィはなんだか悲しくなってしまう。
「使というのは、そのセレスの下僕の黒鳥だな」
それを聞いてメリィはラスが苦しそうだったのはキャルが原因であるとようやく気が付いた。
「きゃるがらすをあんなふうにしたの?」
「・・・・・そうだ」
「・・・なんでぇ?」
大粒の涙を瞳にためて、今にも泣き出しそうな表情のメリィにキャルは少し慌ててしまう。
慌てる必要性などどこにもないはずなのだが。
「あいつに・・・セレスへの見せしめのためだ・・・・・・・・・」
「せれすおにいちゃんやしゃしいよ。しょれにらすも・・・・・」
「我々は有翼種に滅ぼされたんだ!私は最後の1人・・・そんな状況に追い込んだ者達の1人が優しいものか!!」
怒りを露にして、メリィに物凄い勢いで怒鳴りつけたあと、キャルは自分がどれだけみっともない事をしたのかということに気が付いた。
しかも、感情的になってこんな小さな少女に怒りをぶつけたのだ。
「きゃる〜〜〜?」
「・・・・・・・・・すまない」
気まずくなってメリィから少し顔をそらす。
「・・・だが、お前には危害を加える気はないし、あの使も事が済んだら呪は解いてやるから安心しろ」
「でも・・・きゃるがあぶないよ」
いきなり言われたその意外すぎる言葉にキャルは気まずささえも忘れてメリィの顔を再び見た。
「私が・・・?」
「うん・・・・・・あのね。せれすおにいちゃんつよいし、おとうしゃまやおかあしゃまたちもしゅっごくつよいの。だから、きゃるがあぶないよ」
この娘は今まで自分の話を本当に聞いていたのかとキャルは思った。
普通、自分の知っているもの・・・しかも、親しい相手に呪いをかけた相手を心配するものなどまずいない。
子供だから理解していないとか、頭が悪いからというのとは違う。
純粋だから、こうまで相手を信じて心配できるのかとキャルは思った。
「しょれに、めりぃはきゃるにおとうしゃまたちとけんかしてほしくないの」
「だが・・・私は有翼種を・・・・・・・・・」
今目の前に種族の仇がいるというのに、何もしないで見過ごすのは、死んでいった種族の者たちに申し訳が立たない。
「めりぃは、おとうしゃまやおかあしゃまやらすやせれすおにいちゃんたちと、おなじようにきゃるのことだいしゅきだよ」
つい先ほどあったばかりのものに対して、こうまで言い切ってしまうこの娘の純粋さに正直呆れを通り越して感心してしまう。
それと同時に、自分の中の何かが癒されているのをキャルは感じていた。
「しょれに、ここのきやくしゃやはなのみんなも、きゃるはわるいひとじゃないし、やしゃしいから、あぶないめにあってほしくないし、けんかもしてほしくないって」
「ちょ、ちょっとまて!」
キャルはメリィのいっている言葉のとんでもない内容に気がついて慌てて静止を告げる。
「?どうしたの?」
「今・・・・・木や草や花が・・・と言ったな?」
「うん」
「解るのか?!聞こえるのか?!植物の声が・・・」
信じられないというように、一体どうしてというようにしているキャルの様子を察したのか、それとも単に何も思わず言ってみただけなのかメリィがその答えを告げる。
「うんっと、うまれつきなんだって。はじめておはなししたのはみいちゃんだったの」
「みいちゃん?」
「おかあしゃまたちがめりぃがうまれたときにうえてくれたつばきのきでね。『みやび』っていうなまえだから『みいちゃん』なの♪」
楽しげに言うメリィの何気ないその一言にキャルは今度こそ絶句した。
メリィが言ったことの意味・・・
それはキャル・・・否、蛇種にとってそれは・・・・・・・






キャルとメリィがそんなとても加害者と人質とは思えぬ会話を展開しているころ、パストゥール家では意気込んだ大人たちがいよいよメリィ救出にむけて出発しようとしていた。
「それじゃあ行ってくる」
「カロール、ジル、ロード・・・・・・・ラスのことよろしくね」
本来なら主であるセレスが言うべき台詞なのだろうが、それを言ったのはアレクだった。
「任せておけ」
「ああ。メリィが帰って来た時、あいつがくたばってたら絶対泣くからな!」
「お気をつけて」
3人に留守とラスの看病を任せ、一同はキャルとメリィの待つ領境の森へと出陣していったのだった。






あとがき

ふふふ・・・・・とんでもないことになってます。
とりあえず、この話はギャグかシリアスか書いてる私にも解りません。
その辺は読んでくださっている皆様でご判断を。
さて、全5話のこの話も次回がクライマックス。
5話目はどちらかというと後日談的なものになるので、とりあえずすべてが解決するのは次回です。
キャルは一体メリィの何に気が付いたのかも次回です。
親組み結構頑張るといいつつまたも撃沈&男衆が情けないです。
実際にこの家(サイトないでも?)で最大の権力を誇っているのは、プラチナでも、セレス様でもなく、アレクです。
ちなみに、アレクがぶつけたりんごはラスへのお見舞い品です(爆)
それにしても・・・今回本当にラスの出番がなかった;



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