Ring curs
二章



中庭には1本の樹が象徴的とでもいうようにたっていた。
それは「雅」といわれる白に近い紅色をした花をつける椿の樹だった。
その椿の樹のすぐ隣になる泉から水を汲んで如雨露でやるのがメリィの毎日の日課になっていた。
誰に言われたわけでもなく、いつの間にか自分からしていたのだ。
本来、この「雅」の前にここにあった椿の樹と泉はメリィが生まれる前に枯れてしまった。
しかし、メリィが生まれた時に泉はいつの間にか、それこそ誰も気づかぬうちに不思議と元通り水で満ちていた。
それもあり、「雅」はプラチナとアレクの2人がメリィが生まれたお祝いにと植えていたのだ。
ゆえにメリィとこの「雅」はまるで姉妹のようなのだ。
何かあるとメリィはここに来て、「雅」話しかける。
植物の声を聞くことのできるメリィは「雅」がきちんと自分の話に答えてくれるたびに嬉しそうに微笑んでいた。
しかし、今回はいつもと少し勝手が違うようだった。



「しょれでね・・・らすくるししょうだったの」
『そっかぁ・・・・・でも、セレスさん達が言ってるんだし、大丈夫だと思うよ』
「だといいけど・・・」
未だ呪いのかかったままのラスが心配なのか「雅」と話すメリィの表情はどこか沈んでいる。
そんなメリィを心配するように「雅」はざわざわと木の葉をかすかにすり合わせた。
「んっしょ・・・しょれじゃあ、めりぃいくね」
『うん・・・・・・・元気だしてね。お姉ちゃん』
「うん・・・・・・またね、みいちゃん」
去っていく姿もどこか元気のないメリィを見送って、「雅」は再びざわざわと音を立てながら影を落としていた。





離れの一室、ラスが寝かされている部屋には香がたかれていた。
これは呪いを打ち消す効果がある特殊な香で、この香の香りの届く範囲にいればだが、呪いを中和することがで着る代物である。
もっとも、蛇種の呪いはこの程度で中和できるほど容易いものではない。
元に、以前セレスにかけられていた呪いはまったく中和することができなかった。
あれは高度な呪いを使う蛇種の中でもさらに高位に入るもので、呪い巫女しか扱えないとされている。
そんなものを香ごときで中和することはできないというわけである。
しかし、今回ラスにかけられているのは比較的レベルの低い呪いであるために、上手くいけば蛇種の呪いでも、効力を多少やわらげることくらいはできるかももしないと考えたわけである。
そしてそれは的中した。



「気分はどうだ?ラス」
「あっ・・・・・まぁ」
ぼーっとする頭で状況判断がおぼつかないラスは曖昧な返事を返す。
今のラスの姿は人型。
予想通り、香の効果が何とか聞いたようだった。
まだよく理解できないという様子のラスの頭を少し苛立たしげにセレスが殴った。
「いっっ!セレス様、何するんですか?!」
「ようやく頭がはっきりしたところで、何があったのか洗いざらい話してくれないかな?」
ラスの非難の声などさらりと受け流し、微笑みながら尋ねてくる主人に、ラスは言い知れない恐怖と強制力を感じたという。



病み上がりにも関わらず一通りの事をいっきに話させられたラスは多少脱力していた。
そしてその横にはそんなラスの心配などせずに話し込む3人の姿があった。
「間違いなく、蛇種だね」
「縦に長い瞳孔は蛇種の証ですからね・・・」
「・・・さあて、これからどうしようか」
くすくすと笑いながら何かを企むその様子にベリルとジルの2人はびくっと肩を振震わせて気持ちばかりの後ずさりをする。
「んっ?・・・・・ラス」
話とその後のセレスに気を取られて気が付かなかったがいつの間にかラスは鳥型に戻っていた。
どうやら香の中でも限界があるようだ。
よく見てみると、鳥型になっただけでなく疲れたのか眠ってしまっている。
「今のラスにはこれくらいが限界ですね」
「そうだね・・・とりあえず、今回はゆっくり寝かせてやるとするよ」
これがセレスの主人として使への最大級の労わりというものであった。





ラスが一時的にとはいえ復活し、セレスがそれによって得た情報から蛇種への報復を考えているとも知らず、その頃メリィは屋敷の裏の神社を抜け森の中を歩いていた。
否、本人は気がついていないが完全に迷っていた。
小さな子供が1人でこれだけの複雑の地形を歩くのに無理があるということを差し引いても、メリィは重度の方向音痴だった。
大抵いつもは迷っていてもラスが見つけるのだが、そのラスは現在離れで気を失っている。



たどり着いた先は広い野原だった。
朱色の鳥居が放置されているが、その姿は堂々としている野原。
本来滝の方に行くはずだったメリィは軽く小首を傾げてみせる。
「・・・・・ここ、どこ?」
目的地とは違う場所にきょろきょろとしているメリィはここにきたのは初めてであった。
今まで普通に行こうとしても迷うにしてもここに行き着いたことは1度もなかった。
だからこの場所がメリィにとっては不思議であり、興味を惹かれる場所でもあった。


ふと気がつくと、いつの間にか・・・それとも最初からここに居たのか、1人の女性が鳥居の傍にある大きな岩に腰掛けて座っていた。
ダークレッドの髪にイエローグリーンの瞳の17・8歳程度の女性で美人ではあるがどこかもの悲しそうでもあった。
子供ゆえかメリィは初めて見た人物にもかかわらず、警戒心よりも好奇心のほうが出てテクテクとその女性のそばに近寄っていく。
メリィが少し近寄ってきたところで、その女性は気がついたのか、それとも最初から気がついていたのかメリィのほうを振り向く。
そしてすぐ傍まで来るとメリィはにっこりとその女性に微笑んだ。
「こんにちは」
にこにこと無邪気に笑うその姿に反射的に頭を少し下げたようだった。
「えっと・・・かめりあ=りとる=ぱすとぅーる、4しゃいでしゅ。めりぃってよんでくだしゃい」
「・・・・・カルメオラリア・・・・・・・・・・キャルで良い」
ぶっきらぼうに挨拶するキャルにそれでもメリィは初めて会った人物と話ができて嬉しいとでも言うように声を弾ませて話し続ける。
「ここでなにしてるの?」
「・・・・・べつに」
「?なにもしてないの」
「あえて言うなら継続中だな」
「けいじょくちゅう?」
「何かをし続けていることだ」
「しょうなの?ねえ、きゃるはどこから来たの?」
メリィのその言葉にキャルがぴくりと反応したようだった。
しばしの間を置き、キャルは悲しげに語りだした。
「どこからも・・・・・私にはもう、帰れる場所がない」
「・・・おうち、ないの?」
「・・・・・なくなった。帰る場所も、帰りもまってくれる者達も全て」
キャルのその言葉とその表情にメリィは幼いながらもそれがどういうことであるのかを感じ取れていた。
そしてメリィもとても寂しい気持ちになっていた。
「・・・・・うちにくる?」
メリィが自然と出したその言葉にキャルは心底驚いたように目を丸く大きく見開いていた。
何を言われているのか解らないといった様子だった。
「めりぃのおうちひろいからだいじょうぶだよ。おとうしゃまやおかあしゃまにおねがいしゅるからだいじょうぶだよ」
そういって微笑むメリィは子供だからだという理由以外にもメリィであるから純粋なんだとキャルにも感じさせた。
そして、キャルにしてみればメリィのこの発言は嫌でなく、むしろ喜ばしいことであった。
だがキャルはその喜びを心の底に押し込め、どこか苦しそうに首を横に振る。
その純粋な笑顔と言葉を振り切るために。
その言葉を受け入れられない、受け入れるわけには行かない理由があったからである。
「・・・・・悪いが遠慮する」
「どうして?」
メリィにしてみればとても意外なその一言に大きくな瞳をさらに大きくさせて小首を傾げる。
帰る場所がないのなら自分の家に来れば良いのではというのがメリィのお子様的な考えであった。
「・・・・・・・・私は」
「メリィ!そいつから離れろ!!」



突然聞こえた母親の声・・・それもかなり切羽詰ったような大きな声にメリィが驚いていると、突然体を抱きかかえられ宙に浮く感じがした。
「っ!メリィ!!」
「きゃる?」
「・・・・・・・・・・」
不思議そうなメリィに無言のまま、キャルはアレク達を・・・・・というよりもその中にいるセレスを睨んでいた。
「有翼種・・・・・」
「そういう君は、蛇種だね」
瞳孔が普通よりも縦に長いキャルの瞳を見てセレスは呟いた。
「借りは返させてもらうよ」
なにが、と言わなくてもそれはすぐに解る。
キャルはその言葉を聞くと皮肉気に笑って見せた。
「借りと返す?笑わせるなよ。その権利は私にこそあるのだからな」
「・・・・・どういう意味だ?」
キャルは答えず無言のままセレスを睨み続ける。
暫しの沈黙の後に、対峙する者同士の間に冷たい風が吹きぬけた。
「・・・この娘は預かる」
「なっ・・・!」
「返してほしければ、領境の森に来い・・・・・有翼種、お前は必ずな」
「まっ・・・・・・・」
アレク達が叫ぶのよりも体が動くよりも早く、キャルとメリィはまるで景色に溶け込むようにその場から姿を消していた。
あとにはただそれと信じられないといったように呆然と立ち尽くすもの太刀ばかりだった。




すでに陽は傾き、太陽の光が朱色の鳥居をより濃い赤にし、緑一面の野原と赤く染め上げていた。





あとがき

おまたせしました(待っていない?)第二章でございます。
前回のあとがきでラス寝たきりといいつつ今回(一時的に)復活してました。
でもすぐにノックダウン。次回は本当に出番ないかも?!(汗)
ラス好きだと言って下さっている方々、申し訳ございませんm(_ _;)m
そしてメリィが攫われました(汗)あの娘は本当に攫い易いと思います。
飴玉1つで簡単についていくタイプ。人を疑うことがまずないので。
だからお付が必要だったりするんですよね・・・(=ラスはやはりいる)
次回、メリィ救出劇で親組がかなりがんばる予定です。(本気だします;)
ちなみに、今回でた椿の品種名「雅」は実在いたします。「雅」だから「みいちゃん」(安直)。メリィが名付けました。




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