Comfortable paradise
ショート1
昔から欲しいものは自分そうだと言わなくても、ほぼ確実といっていいほど手にはいったし、自分が好きそうなものも同じくだった。
その主な原因は自分の親馬鹿な師匠によるもので、最近ではそれと同じくらい普段は遠く離れた所にいる大好きな恋人からも贈られてくる。
さらにその2人ほどではないが、自分を可愛がってくれる身近な人物達からも、あれよあれよといううちに色々な品々を貰うことができていた。
そのため物的には何不自由しておらず、そんな状況下にありながら感覚が比較的人とずれずに育った自分は、もしかしたら凄いのではないかと思ってしまうことも時々ある。
実際こんな次から次へと何も言わず、しかもただで物が手に入ったら、普通は人と感覚がずれても仕方がないだろう。
それでも自分なりに感覚はずれていないと自負している。
そのため今現在もこの状況を維持しているのは決して自分が止めないのではなく、止めて求めても次から次へと相手が与えるからである。
今ではすっかり諦めてしまい、今日も与えられたもの達に目をやって、その中から目に留まった1冊の本を取り出した。
そしてその本を開いて数ページしたところに書かれているその言葉に、思わず目が留まったことが今回の一件の全ての始まりだった。
「ルーーーークーーーーーーーーー!!!」
ある意味世界で1番安全な街ダアトの、これまた世界で1番立派な教会その地下で、愛しい愛娘の名を叫んでいるのは、何を隠そう神託の盾騎士団主席総長ヴァン=グランツ、本名ヴァンデスデルカ=ムスト=フェンデである。
その光景に殆どの神託の盾の隊員達は、あるものは遠い目をしながら溜息をつき、またあるものは現実逃避を始め、あるものは自室に逃げ込むべく駆け出していた。
彼等はまともな思考の持ち主である。
何が悲しくて仮にも(一応)尊敬する自分達の総長のこんな情けないといえる姿を見なければいけないのか。
頼むからせめて自分達の中では威厳のある総長のままでいてくれと切に願っているのだ。
そんな事を知ってか知らずか、否確実に気づいてはいないのだろう、自分の姿が周りからどれだけ情けなく映っているか。
それでもヴァンは現在姿の見えない愛娘の姿を捜していた。
朝からずっと姿を見ていないため、心配で捜し続けているのだ。
リグレット、ラルゴ、ディスト、アリエッタと、ルークの居場所を知っていそうな面々には一通り聞き終えた。
しかし返ってくる言葉は全員一致で「知らない」。
ヴァンは気づいていなかったのだ。
リグレットは持ち前の冷静さで平静を装っていたが、他の面々は明らかに少しばかり動揺していたことを。
つまり彼等は本当は全員ルークの居場所をしっていたのだ。
しかし現在完全に平静を失ったヴァンがそんなことに気づくはずはなく、ルークの居場所を知っていそうな最後の1人であるシンクに望みをかけていた。
そしてそのシンクを発見すると、彼は何をすることもなく、ただ1枚の扉の前に立っていた。
一方のシンクはというと、前からやってくるヴァンの姿を捉えた途端、明らかにとても嫌そうな表情に変っていた。
その変化になど当然今の錯乱状態のヴァンは気づくはずもなく、一心不乱にシンクに近づくと単刀直入に問いただしてきた。
「シンク!ルークを知らないか?!」
「・・・知らないよ」
はあと溜息をつきながらのシンクの返答を聞くと、ヴァンは他の面々の時と同じように、早々にその場を立ち去ってルーク探しを再会させようとした。
しかし身体を反転しようとして彼はぴたりと止まり、再びシンクの方に向き直ると先程とは違う質問をしてきた。
「・・シンク、何故こんなところに突っ立っている?」
その言葉にシンクは内心舌打ちした。
あのまま錯乱していればよかったものを、嫌なところで勘が働くなという意味をこめてだった。
そしてそのシンクの様子を見たヴァンは、持ち前の親馬鹿的勘でこの扉のむこうにルークがいるであろう事を悟った。
「シンク!ここにルークがいるんだな?!そこをどけ!今すぐ開けろ!!ルーークーーー!!」
「断る」
錯乱状態でシンクに要求を突きつけてくるヴァンに、シンクは眉間に皺を寄せながらきっぱりと告げた。
「何故だ?!上官である私の言うことが聞けないのか?!」
「その通りだよ。僕がルークの頼みを何よりも優先するっていうのは知ってるでしょ?」
またもやシンクのきっぱりとした返答の後、暫しの沈黙が流れる。
そして気づけば何やら金属音が聞こえたような気がした。
ようするにもう業を煮やしたヴァンが剣に手をかけ、強硬手段に出ようとしたのだった。
「ならば多少強引な手を使ってでも!」
「させると思う?・・・っていうか、それが多少なわけ・・・」
「ルークのためなら当然だ!こんな所で一体何を・・・・・・こんな所・・・?」
そこまで言ってふとヴァンはようやくこの扉の先の部屋が何かに気づき、それを察したシンクは気づかれたかと嫌そうな表情をした。
そうこの先の部屋は所謂キッチンだった。
「なぜルークが朝からキッチンなどにいる?!」
「そりゃあ・・・こんな長時間入り浸ってるって言ったら・・・理由は1つしかないでしょ・・」
もう仕方ないと再度騒ぎ立てるヴァンに、シンクは諦めたようにそう呟いた。
その言葉を聞いた直後、更にヴァンの錯乱状態はヒートアップした。
「駄目だ!駄目だ!ルークに料理など!誤って包丁で手を切ったり、火の元で火傷したりしたらどうするつもりだ!」
「・・・普段もっと大きな刃物扱ってるし、火だって料理するのよりよっぽど大きいミュウファイアやりなれてるんだから、そこまで騒ぎ立てて心配する必要なんてないと思うけど」
「万が一ということもあるだろ!ルークは自分で料理などせずとも周りにやらせれば良いんだ!」
「・・・別に自分で食べるために作ってるんじゃないけどね」
そう言ってどこか虚しそうに遠い目をしたシンクを見て、ヴァンはルークがいきなり料理などを始めてしまったのか悟ってしまった。
「まさか・・・アッシュか・・・」
「・・・・・・・」
未だ虚しげに遠い目をしているシンクの様子に、ヴァンはそれが肯定だと受け取った。
実際ヴァンの言うとおり、ルークはアッシュのために料理をしているのだから、シンクとしてはとても複雑なのだ。
何が悲しくて恋敵のために料理をするルークのために、それを妨害するであろうヴァンの邪魔しなければならないのだろうか。
出来ることなら自分も妨害したいところだが、ルークの頼みを無碍にすることや、ルークが悲しむようなことはしたくない。
こういう時本当に自分は損な役回りだとシンクは心の底から痛感していた。
そんな中既に我慢の限界に到達したヴァンは、遂に手にかけていた剣を勢いよく引き抜いていた。
「シンク!今すぐそこをどけ!アッシュにルークの手料理を食べさせてなるものか!否、寧ろ私が食べたいくらいだ!」
「・・・そんなの僕だって同じだよ!だけど、仕方がないじゃないかぁ!」
ヴァンの言葉にシンクも遂にどこかに溜め込んでいたものが溢れてしまったのか、普段からは絶対ありえないような壊れたといって差し支えないやけっぷりで彼も臨戦態勢に入る。
「星皇蒼破陣!」
「疾風雷閃舞!」
いきなり問答無用で秘奥義を発動させある2人に、誰もがこんなことで秘奥義を発動させるなと言いたいだろう。
しかし2人にとってはこんなこと程度のことではないのだ。
哀れ彼等の周りは見事なまでに破壊され、唯一ルークがいるであろうキッチンへ続く扉だけが、前もってシンクを除く六神将の総出で作り上げた結界のおかげで無傷である。
彼等はこの事態を当然のように予想していたのだ。
しかし彼等の力をもってしてもルークがいるキッチンを守る結界を張るのが精一杯だと解っていたので、あえてそれ以外の場所には犠牲になってもらい、修理費は2人の給料から差っ引こうという手回しまでも既に行なわれていることを、今この場で激しくも馬鹿らしい争いを繰り広げている2人は知らない。
徐々に激しさを増すこの戦いは、両者一歩も譲らず、長時間続くものと思われた。
しかし、横槍は突如意外なところから入った。
「絞牙減龍閃!」
ここにいるはずのない人物の技であるため、今現在起こりえるはずのない秘奥義によって、互いしか視界になかったヴァンとシンクはあっさりと撃墜されてしまう。
そしてその2人を撃墜した秘奥義を放ったここにいるはずのない張本人はというと、顔を引き攣らせて倒れた2人を哀れそうに眺める使用人を横に何やら勝利の笑みらしきものを浮かべていた。
「・・悪は滅びたな」
「・・いや・・・悪ではないだろ・・・」
「俺のルークに手を出す奴は全て悪だ」
そうはっきりと言い切る自分の親友に対し、ガイは今ここに倒れてしまった2人にだけではなく、自分に対しても言ったことばであると悟り、もしかしたら自分も同じ目にあう時が来るのかもしれないと、背中に冷たいものが走る感覚に襲われてそれ以上は何も言えず、アッシュのせいで完全に気絶してしまっている2人をどうしようかと見ている時だった。
「・・・どうやら終わったみたいだな」
「リグレットか・・・」
「ああ。・・悪いがガイ、この2人を医務室まで連れて行くのを手伝ってはくれないか?」
「あ、ああ・・・勿論・・・」
平静を保っているように見えるが、実際にはこの現状をあまりまともには考えたくないのであろう、どこか遠い目をしたリグレットにそう頼まれて、断れるほどガイは薄情ではなかった。
否、そもそも怪我人をこのまま放置しておくというのは人道的に反しているだろう。
もっとも彼等をこんな目に合わせたアッシュは違うようだが。
そして倒れた2人を回収して去っていく2人を適当に見送った後、アッシュがにやけたといってもほぼ差し支えない笑みを浮かべて扉のノブに手をかけようとした。
しかしかけようとしたところでノブは離れていき、開いた扉の先からはひょっこりとルークが顔を出した。
「・・ルーク」
「アッシュ・・アッシュだ!」
最初はアッシュが何故ここに居るのか解らずきょとんとしていたルークだが、すぐさま表情を明るくしていつも通りすぐさまアッシュに抱きついていった。
周りのあまりにも悲惨な瓦礫の山にも気づかず、いつも通りルークはアッシュしか目に入らない状態である。
そしてすりすりとこちらも定番となったアッシュの胸に頬を摺り寄せる行動をすると、ぱっと顔を上げて嬉しそうにアッシュに尋ね始めた。
「アッシュなんでここにいるんだ?次に来るのは1ヶ月先じゃなかったのか?」
「お前に会いたくて予定を繰り上げたに決まっているだろう。お前は俺に会いたくなかったのか?」
「ううん!そんなことない。嬉しい!!」
そう言って花が咲いたように満面の笑みを浮かべて先程より強く抱きつくルークを抱き返しながら、アッシュは現在この場にいない者達に向けて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「でも丁度良かった!俺、アッシュに食べて欲しいものがあるんだ」
「お前の手料理だろう?」
ルークの言葉に笑みを浮かべながらそれを言い当てたアッシュに、ルークは驚いたように目を丸くして見せた。
「アッシュ、なんで解ったんだ?!」
「ここに来てすぐに他の六神将達に聞いた。お前が俺のために朝から必死になってくれているとな」
「え、えへへっ・・・は、初めてだからあんま美味しくないかもしれないけど・・・ようやくそれなりのものが出来たからさ」
「構わん。お前が俺のために作ったものが上手くないわけないだろう」
アッシュにそう言われるとまたルークは喜んでアッシュに抱きついた。
そして久々に再会を果たしたバカップルは、ルークの手料理が待つ扉の中に仲睦まじくその姿を消したのだった。
あとがき
とりあえず衝動にかられていつもよりも短い話を書き連ねてみました。
こちらの皆さんはこんな感じです・・・・・;
基本が「Seven flames」とは同じだと思えないほど全く違う話に仕上がっています。
特にヴァンとか、ヴァンとか、ヴァンとか・・・・・・
基本、この話ではほとんどの皆さん壊れていきますので改めてご容赦ください・・・(えっ?)
↓の方にルークが今回のことに至った本に書かれた内容と、六神将+ガイの事が終わった後の(無駄に長い)会話があります。
「・・リグレット・・何、してるの?」
「ああ・・アリエッタ。いや、今回の件の修理費用なのだがな・・・」
「また・・・派手に破壊されたな・・・」
「まったく・・ルークのいるキッチンまで被害が及ばないよう結界をはるこっちの身にもなってもらいたいものです」
「お前は自分の作った譜業機関で結界を張ったのだから、疲れてはいないだろう」
「冗談じゃありませんよ!あれ1作るの結構大変なんですよ!今回の件でまた1つ駄目になったし・・・」
「私とアリエッタは譜術で結界を張ったのだから、張っている最中疲れっぱなしなのだぞ・・・」
「・・・でも・・ラルゴよりは、ディストはましだと、思う・・・」
「ああ・・確かに。結界を張る作業にまったく関わらなかったからな・・」
「うっ・・すまん。俺は譜術も譜業機関もまともに扱えぬから・・・」
「まあ・・それは仕方ないんじゃないのか?人には得手不得手ってもんがあるんだから」
「ま、ガイの言うとおりですね。実際に周りを考えずに辺りを破壊しまくった張本人たちよりはましでしょう・・・」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
「・・・なんですか4人とも。その目は!」
「いや・・・」
「まあ・・・」
「なんというか・・・」
「うん・・・」
「きーーーーーー!なんですか?!言いたいことがあるならはっきりなさい!!」
「ま、まあ・・・そのことは置いておくとして、今回も酷かったな・・・」
「ああ・・しかも最後にアッシュが止めをさすし・・」
「うっ・・面目もない・・・」
「だから建物の修理費用は、閣下とシンクの給料から引くのは当然だが、加えてファブレ家にも請求を送ることにした」
「・・・・・・・・」
「異論はないな。ガイ」
「しがない使用人の俺には何もいえないっつーの!」
「まあ、確かにな・・・」
「・・そこで素直に納得されるのもなんかな・・・」
「しかし・・・今回の件の引き金というのがこの本か?」
「そうらしいな。確か・・・アリエッタがルークに上げたものだな?」
「うん・・・ルーク・・・好きそうだと思った、から」
「で、この本に書かれているここに目をやって、即刻行動を起こしたってわけか」
「・・・ルークらしく単純というか・・・」
「まあ・・あのバカップルぶり見てたら納得はいくが・・・」
「・・・・・・・」
「ガイ、落ち込むのは止めなさい。所詮貴方には望みはないのですから」
「・・・きっぱりと嫌な事いうなよ・・・・・殺意が湧くだろ」
「頼むから物騒なことは言うな・・・」
「・・・しかしディストの言う事も最もだと思う。ここに書かれている内容をルークがアッシュのために実行した時点でな」
「・・・・『男性は好きな子の手料理を喜ぶもの』・・・『好きな人には手料理を作ってあげるのが効果的』・・・・・」
「まあ・・そういうことだな・・・」
「シンクも一緒に失恋中だから、寂しくだろう」
「・・・だから嬉しくないって」