天使出張所〜獄巡期〜
Comisson5:「地獄」
地獄へ潜入することに成功した一同・・・
姫浪、結芽、咲賀、豊、ベリアルの5名はあと少しで目的地まで到達しようそしていた。
その間に通り過ぎていく光景は想像を絶するもので、それは下層になればなるほど、深部になればなるほど酷くなっていくのはくる前から明白であったが、これほどのものとはと、一度も地獄にきたことのないものたちは思っていた。
そんな中、ただ1人姫浪だけは他と様子が違った。
以前にも来たことのあるこの場所に複雑な思いを募らせていた。
姫浪は人間出身の天使・・・
通常の生まれながらの天使たちとは違い、いくつかの付加条件でようやく正規の天使になることができる。
そのうちの1つが、この地獄で受ける試練である。
罪人として裁かれるわけではないが、それは非常に過酷過ぎるものといえる。
その試練に耐えかね、途中でリタイアしてしまうことなど珍しいことではない。
そして、誰もがこの試練を受けることができるわけではない。
生まれながらにその清らか過ぎる心ゆえに、死ぬ間際にした『罪でもないことを罪』と思い込み、それに縛られ、それを償うために天使になろうとする。
そういった者たちは心がとにかく強い。
死んだ後、人間の生前の『力』での強さはほとんど意味をなさなず、むしろ重要とされるのは『心』の強さのほうなのだ。
そして、この地獄の試練は心が強い者、想いが強いものほど耐えられ、早くに試練を終えることができる。
姫浪が試練を終えたのは開始から1年・・・
これは異例すぎることで周りを驚愕させた。
それだけ姫浪の『心』が、想いが強いことを現している。
そして、地獄というこの場所は、姫浪にとって償っても償いきれない自分の罪を改めて再確認させられる場所でもある。
それを忘れたことは1度もないが・・・
ぎゅっと拳を握って胸のあたりに持ってきながら沈痛な面持ちを見せる姫浪の心情を察したのか、豊は軽く姫浪の頭に手を置き優しく語り掛ける。
「俺がついてる・・からな」
「・・・うん」
その一言、行動の1つ、1つが姫浪の中から負の思いを拭い去るには十分なものだったようで、自然と姫浪から緊張が解け、表情もいつもどおりに戻っていく。
それを後方にいる者たちはどこか安心したように見守っていた。
行き着いた先は特に何もない場所だった。
否、何もないというには正確ではなく、『今まで通ってきた場所に比べれば』、ということである。
まるで洞窟のようなその場所は、薄暗く、人間のものから小動物にいたるまで、無数の足元を埋め尽くさんばかりの骨が無造作に転がっている。
しかし、その骨がまるで避けるかのごとく、長細い道が作られている。
そして、最大の特徴は、今までしていたはずの熱気や血の臭いが、この洞窟と呼べるような場所に入った瞬間に綺麗に消え失せてしまったのである。
「・・・ここ、本当に最下層の最深部?」
「いや・・・これはかえって、不気味だ・・」
結芽がきょろきょろとあたりを見回しながら意外そうに呟いた言葉に、ベリアルは冷を流しながら真剣な面持ちでいった。
ここが地獄の中でも最も厳しい罰を受ける場所にしては生ぬるすぎる様子はかえって怪しすぎるというもの。
目に見えない恐怖を突きつけられているようで、姫浪達の緊張は増す。
「俺はさっきまでの方がましだ・・・ここ、空気がおかしすぎる」
珍しく呟かれた咲賀の言葉を、誰も否定などせず、むしろ無言のままに肯定する。
ここに入ってきた時はそれほどでもなかったのだが、時間が経つにつれてこの場の雰囲気に耐えられなくなってくる。
「確かに・・・これはきついかもしれないわ」
姫浪がそう呟いた時、奥の方からなにかの音がした。
続いて人の声も・・・
「・・・行ってみましょう」
その言葉に一同無言のままに頷き、まるで歌声に導かれるように奥へと歩みを進めていく。
たどり着いた先、もっとも奥にあたるその場所には牢があった。
錆びた鉄の牢屋が・・・
奥のほうには大きな鏡のようなものが鎮座しているが、それは回りを・・・何も映してはいなかった。
そして、その牢の中に1人の少女がいた。
着物をまとい、長い黒髪をゆるく後ろで結び、どこか焦点のあっていないような瞳で鞠を見ながらつき、歌っている。
幾重もの鎖で戒められている18歳くらいの少女・・・
聞こえた声の正体は彼女の歌だったのだ。
そして、この歌をどこかで聴いたことがあると、豊か以外の全員が感じた。
突然歌が止み、まりをつく手も止め、その鞠を大事そうに、丁寧に手の中に収めると、姫浪達を見て、にっこりと優しく微笑んだ。
「あら、こんなところに珍しいですね。・・・お客様ですか?」
屈託なく笑うその笑顔に翻弄されそうになったが、姫浪は気を取り直すと彼女にまず最初に確認しなければならないことを尋ねる。
「あなた・・・御陰・・・瑠架?」
その質問からやや間が空いて・・・
「はい、そうですよ」
やはり笑顔を浮かべたままの彼女が、こんな所に閉じ込められることはもちろん、母親を殺害するような人物にさえも見えない。
「え〜と、多分5人だと思うのですが・・・3人は天使様ですね」
瑠架のその言葉に一部の者が驚いた。
「あなた・・・」
「はい?」
「眼が見えないの?!」
小首を傾げながら不思議そうな仕草をする瑠架に、思わず姫浪が叫んだ言葉に気が付いていなかった面々が驚き、姫浪を見た後、再び視線を瑠架に戻す。
「あたしの眼は・・・弟にあげましたから」
「あげた?」
その言葉に一同が怪訝な表情を浮かべるのに対し、瑠架はにっこり微笑むとまるで大切なものを慈しむかのような表情になる。
「えっと・・・でも、眼が見えないのにどうして、5人いるとか天使が3人とかって解ったんだ?」
不思議だといわんばかりに豊が質問する。
それに対し、瑠架は当然といわんばかりの表情を作って答える。
「気配です・・・あたし、元々その手の力があるんですが、気配を察するのは眼が見えなくなってからより強くなりまして・・・それに、天使様の気配は・・・昔、知り合いにいたからです」
瑠架の言葉の中に数々の疑問点を見つける。
特に最後の「天使に知り合いがいる」というのは、天使の仕事相手になったことがあるという意味なのか。
その事をはじめ、姫浪達がいろいろ聞こうとしたその時、牢の奥に置かれていた鏡が光を放ち始めた。
それにはっとして瑠架が慌てて姫浪達に告げる。
「皆さんは、見ない方が良いです!」
その言葉はもう遅すぎて、鏡はすでに何度目かのそれを映し出していた。
昔の造りの館・・・
襖に囲まれ、畳の敷かれているその部屋に、2人の人物がいた。
1人は40代を過ぎたであろう女性、もう1人は12歳くらいの幼い男の子。
女性は疲れきったような様相で、瞳には鋭い光が宿っていた。
例えるのなら、親の仇・・・それ以上の者を見るような瞳で、呆然と畳に尻餅をつき、襖間で追い詰められているような形で自分を見上げている男の子を見ている。
そして、その手には1本の包丁が硬く握られていた。
『これ・・・じょ』
女性はぼそりと何事か呟く。
それに反応するように、男の子はびくっと一瞬を身を震わせた。
『これ以上、お前を見ているなんて、我慢できない!!』
まるで何かの糸が切れたかのように女性は叫ぶと高々と包丁をかざす。
『死んで!!』
怒り、憎しみ、恨み・・・様々な負の感情をその包丁に込め、男の子めがけて勢いよく振り下ろす。
男の子は動かない・・・
動けないというよりは・・・むしろ・・・
一面が真っ赤に染まっていた・・・・・
大量の血がこの部屋中をその匂いと色で浸食する。
深々と1本の包丁が突き刺さったその場所が大量の血の発生場所であった。
「あっ・・・・・」
「・・・な・・・で・・・」
男の子は呆然と目を見開き、先ほどとは違う意味で動けなかった。
「る・・か・・・」
どさりと力が抜け、地をいまだ流し続けながらその場に倒れたのは、男の子を殺そうとしていた女性のほうだった。
そして、その女性のそばには、女性が持っていたものとは違う包丁を持って悲しそうな、辛そうな表情を浮かべる1人の少女。
少女が少し手を力を抜くと、するりと包丁は落ち、畳に簡単に突き刺さった。
そして少女は実の母親の血で赤く染まった自分の手を男の子に差し伸ばそうとしたが、一瞬の躊躇の後止めた。
そして、にっこりと微笑む・・・
しかし、その微笑みはどこか無理があるようなものだった。
「大丈夫?怪我はなかった?・・・架月」
12歳の架月はいまだ混乱の中にいた。
いつも優しい、たった1人自分を大切にしてくれる姉が目の前で一体何をしたのか理解できないでいた。
否、理解などしたくはなかった。
「ど・・・して・・・瑠架姉・・・さん」
「ごめんね・・・こうでもしないと、助けてあげられそうになかった・・から」
いまだ信じられないといった様子の架月をぎゅっと抱きしめると涙をこぼした。
母を殺してしまったことに対する罪の念と・・・何より、誰よりも優しい弟が最も望まない方法で助けてしまったことの後悔のために・・・
けれど・・・
瑠架はすっと架月から離れると彼に背を向け、畳に突き刺さっていた母を殺した包丁を引き抜いて再びその手に握る。
「姉・・さん?」
「因果応報っていってね・・自分がしたことに対してはそれ同じくらいのことで償わなければいけないの・・・だから・・・」
くるりと振り返った瑠架は瞳に涙をため、手に持っていた包丁の刃を自分の方に向けていた。
「ごめんね・・・架月・・・・・・・ずっと、大好きだから」
そして、次の瞬間瑠架は最愛の弟の目の前で自身の腹部の包丁を突き刺していた。
どさっと力なく倒れる姉の身体・・・・・
一瞬何が起きたのか解らなくて・・・
その現実を受け入れたくなくて立ち尽くしていたが、すぐに叫んで姉に駆け寄っていた。
「姉さん!!姉さん・・・しっかりして・・・」
どんどん冷たくなっていく、母と同じように血が流れつづけてとまらない姉の身体にすがりつく架月の様子は尋常ではなかった。
まるで、この世のすべてを失おうとしているようなそんな様子・・・
「架・・・つき・・・」
姉の澄んだ声にはっとして彼女の顔を見るといつものやさしい微笑を浮かべていた。
「ひとを・・・きらいに・・ならな・・・で・・・それ、と・・・・・・・・・いき、て・・・」
力なくそうまるで遺言のような姉のその言葉をわけも解らずただ頷く。
それに満足したようによりいっそう瑠架は笑みを深くした。
そして・・・架月から目をそらし、焦点のあってない瞳で天井を見上げ、ここにいない誰かに告げるように力なく言葉をもらした。
「ごめ・・・やく・・そ・・・まもれ・・・た・・・・・か・・・」
それが瑠架の最期の言葉となり、彼女の体から一切の力が抜け、ひとみは硬く閉ざされ、2度と開く事はなかった。
「姉さん・・・姉さん!」
ただ、この現実を受け入れたくない架月は、まだ姉が生きているとでも言うように、何度も声がかれてもなお、彼女の名を叫び続けた。
彼女の体に押し当てていたため、顔はまるで血の涙を流しているようだった。
「・・・・・ぼくを1人にしないでーーー!」
ただ、血の館とかしたその場所にただ1人残った彼の悲鳴だけが響いていた。
光がやむと鏡は元のとおりに戻っていた。
ただ、瑠架はその光景を見せ付けられてつらいなどでは到底済まされないような表情になり、体は震えていた。
あの鏡はおそらく、対象者の最も触れられたくない、2度見たくない、心の奥底にある、最も辛く、悲しく、悲惨な部分を引き出し、映し出すもの。
そして、対象となるものは鏡から目をそむけようと、目を閉じようが、どんな形であれ見ることになる。
瑠架の様子からしてこれが初めてというわけではないようだ。
おそらく1日に1度・・・ひょっとしたらそれ以上の回数で見せられ続けるのかもしれない。
確かにこれは、ある意味他のどんな罰よりも酷いものかも知れない。
「ねえ、姫浪ちゃん・・・さっきの場所って・・・」
「ええ・・・いぜん、調べていたあの館ね・・・」
そこは姫浪が結芽の手伝いで調べに行った場所であり、ベリアルと初めて出会った場所。
六畳の畳部屋にはあたり一面を地の海が覆っていた。
そして一ヶ所、血が集中していた場所・・・
まさしく、今鏡で見たかつての瑠架の記憶にある、母を殺し、弟の前で自殺したあの部屋と・・・あの館と一致するのである。
ぞくっと一同の間に悪寒が走った。
向けられているものは殺気・・・それも生半可なものではない。
そしてこの気配、咲賀以外は以前にも感じたことがある。
彼はそこに溢れんばかりの怒りをまとい、初めてあったときとは正反対で余裕などかけらも見せてはいなかった。
「姉さんに・・・なにをした?!」
姫浪達が彼女に何かしたと勘違いしているのだろう、彼はただ殺気と憎悪を向けながら1歩、また1歩と徐々に近づいてくる。
姫浪達も反射的にそれに合わせて下がるが、冷たい牢の柵に阻まれそれ以上後退することができない。
交代することができなくなった姫浪達に対し、まだ間を詰めようとする架月と名乗っている彼。
しかし、ぴたりとその歩みを止めた。
視線は姫浪達の方に注がれてはいない。
それは外の様子の変化に気がつき、ようやく精神を元通り安定させた瑠架が彼の気配を察して彼のいる方向に顔を向けているためである。
そのままじっと互いに見詰め合うような静かな空気が流れていたがやがて瑠架が言葉を漏らした。
「あなた、誰?」
それは彼にとってショック以外の何者でもなかった。
信じていたものが全て音をってて崩壊するようなそんな感覚。
「誰って・・・俺は架月だよ!」
「・・・ううん。確かに架月に良く似た気配だけど・・・ちがう」
迷いも何もないその言葉に彼は全身の力が抜けたようにその場に膝をついて座り込み、本当に信じられないと大きく目を見開く。
「どうして・・・」
そこからはただ彼の独壇場のようだった。
まるで幼い子供が糸が切れたように、何かに囚われたかのように泣き叫びながら言葉を続ける。
「どうして、あいつだけがいつも、いつも、いつも、愛されて、大切にされて、庇護されて・・・・・」
自分の手が痛むのも関係なく、それよりも痛みという感覚さえ今はないように強くその手を地にたたきつける。
「どうして、俺だけが存在を知ってもらえないんだ!!」
その言葉と、あまりの様子に、彼がこうなる言葉を結果的に言ってしまったことに瑠架はなんだか大きな申し訳なさを感じ、姫浪達は何がおきたのかわからず呆然と意外そうにそれを見守っていた。
「架月じゃない・・・でも、間違いなくその子は瑠架の弟だよ」
その声に混乱の中にいた一同ははっとして声のしたほうを見やる。
その声はりんと透き通っていて、まるで歌のように綺麗で、1部の者にはなじみのある声・・・
「そして、俺の弟・・・でもね」
そして、一同の予想通りそこにはその声だけでなく、姿形全てが美しい最高位の天使が綺麗な微笑を浮かべて立っていた。
天使総帥『思兼神』神威が・・・
おまけ
次でちゃんと終わるかどうか心配です・・・
いや、終わらせなければ・・・・・
今回ようやく瑠架登場と架月の過去発覚!
そして、次回ようやくこの第1期ラストで神威が何かやらかしてくれます。
姫浪も主人公らしいところ見せられる予定です。