天使出張所〜月昇期〜
1:「再動」




白を基調とした建物の廊下に足音が1つ静かに響き渡る。
等間隔で響くその音が、ぴたりと止んだそのすぐ後に、再び足音が・・・けれど先程とは違い騒がしいと表現すべきそれが響く。
「・・・廊下は走るな」
「あら〜〜?相変わらず堅いですね」
くすくすと楽しげに返してきた少女に、少年は至極気分を害したというような表情を作る。
この少女の性格はよく知っていはいるが、未だ理解することなどできないのだ。
否、理解してこういった人間になりたいとはとても思わない。
「これからどちらかにお出かけで?」
「・・・『月影界』へ行ってくる」
「あら、あら、あら〜〜〜v」
少年のその一言にきらりと目を光らせ、嬉しそうな少女の反応を見て、少年は嫌な予感がした。
「まさか・・・・・・着いてくる気か?」
「はいv」
臆することもなく、にっこり微笑んでそう言った少女に、少年は深い溜息をついた。
「来るな・・・」
そうきっぱりと言い放った少年だが、少女もそのまま頷くわけがない。
「いいえ〜〜〜vぜひとも、ぜひとも、ご一緒させて頂きます〜〜〜」
「お前・・・・・・」
「例の件で・・・ですね」
すっと、少女の目つきが変わったのを見て、少年も先程とは明らかにその表情からして態度が変わった。
「それなら、あたくしも当然参ります。その権利と義務があります」
少女の当初とは打って変わった真剣な面持ちと口調に、少年も諦めて深い溜息を零した。






暗い世界の中に咲く花々が、わずかな夜の光を受けて色を輝かせる。
それゆえにその花々や世界の色は、ある意味よりいっそう美しく思えた。
ここは『月影界』・・・・・・
最高神である天照神王の実弟にして神族三大神の1人・月読の治める、夜の世界。



「綺麗だな・・・しかも、どの花も凄く世話が行き届いて生き生きしてる」
思わず感嘆の声を漏らしたのは、今回の姫浪の出張に無理矢理同行してきた豊かだった。
一面に広がる花畑を前に瞳を輝かせている。
「確かに綺麗だわ。それに、豊がそういうのなら・・・間違いないんでしょうね」
豊の趣味は園芸であるから、植物のことについてもかなり詳しい。
その豊が言うのだから、間違いないと判断したのである。
「特にこの・・・」
豊が花のうちの1つに触れようとした瞬間、豊のその手のすぐ傍をなにか光るものが通り過ぎ、ざしゅっと言う音が続いてした。
あまりのことに固まってしまった豊を心配する中、姫浪がみたそれは、1本の短刀だった。
「・・・その花々に触れるな」
凛とした声が後ろから聞こえてきて、2人はそろってそちらを見ると、そこには豊に投げつけられたと思われるものと同じ担当を持った黒髪、赤眼の女性が1人いた。
その瞳に秘められた深さと、髪飾りがとても印象的である。
「なにをっ・・・」
「その花々は・・・お前たちが気安く触れてよいものではない・・・・・散れ!」
「理由もなくそんなことを言われて納得するとでも?」
姫浪の反論に臆することなく、その人物は威嚇するように再び短刀を構える。
はっきりって力量は彼女のほうが上と言うことはその気配で姫浪は察していた。
そのうえ、彼女は何がそんなに気に入らないのか、本気で怒っているようだった。



「・・・・・やはりまた、このような所にいたのですか」
突然の声にぴくりと反応して彼女はそちらを振り向いた。
そこに立っていたのは、青い髪、黒眼の男性。
「冬衣様・・・・」
姫浪が少し驚いたように彼の名前をもらした。
天照神王の実弟の1人であり、この『月影界』の統治をしている月読の唯一の直径代理人である建御雷之神。
月読に直に会えるのも御雷だけであり、実質的にこの『月影界』を取り仕切っているのは彼である。
その御雷には補佐と副補佐が存在し、御雷に次ぐ地位と実力の者たちと言われている。
冬衣はそのこの月影界の実質3位の実力者と呼べる副補佐なのだ。
ただ気になるのは、その冬衣が目の前の彼女に対し、敬語を使ったこと。
「・・・・・こんな所だと?」
ぴくりっと反応した彼女の眉間には深い皺が出来ていた。
「ええ・・・未だあいつのことを引きずっているのは愚かですよ」
「っ!お前のその言い分は、あの方を侮辱しているのと同じだ!!」
完全に怒りを露にした彼女は臨戦体制とでもいうような状態に入る。
冬衣もそれを予想していたのか、すぐさま同じ状態に移行する。
なにが起こっているのか解らない姫浪と豊の両名は、圧倒的な2人の気迫に押され、ただその様子を見守ることしかできない。



「・・・・・・・相も変わらず、仲が悪いようだな」
どこからか聞こえてきたその声に2人がぴたりと気配を納めた。
その声に逸早く反応したのは黒髪の女性で、声の先に立っている人物を見て目を大きく見開いた。
「り・・・李響、殿?」
「久しぶりだな・・・於美、冬衣」
李響と呼ばれた人物が口にした彼女の名前で、ようやく姫浪は冬衣が彼女に敬語を使った理由が解った。
於美豆奴之神・・・・御雷の補佐、すなわち『月影界』でも2位のの実力者。
そして、冬衣にとっては実の姉にあたる人物と姫浪たちは聞いていた。
「お久しぶりです・・・」
しかし、驚いたことにその於美が先ほどの威圧する空気をまったく消し去り、深々と李響に頭を下げた。
「そういう真似はするな。必要ないだろ」
「はい・・・・・・」
「冬衣、悪いが先に行って御雷に俺が来たことと会いたいことを伝えてくれ」
「・・・・・解った」
「それと、先程の発言は俺も聞き捨てならない」
「・・・・・・・・・・・」
李響が軽く睨むと、少し肩を震わせた様子を見せてその場を後にした。



「・・・ずっと、世話してたんだな」
「はいっ・・・・・・」
李響と於美は慈しむような瞳で花を見つめる。
そこには先ほどまで確かにあった威圧感のある空気はなかった。
「よくも1つの種からここまでになったものだ。・・・苦労したんじゃないのか?」
「いいえ・・・あの方から頂いたものを育て、世話をしていたのです。苦労などまったくありません」
そう言った於美の表情はとても幸せそうだったが、同時にどこか寂しげでもあった。
「お前がそう言うなら、あいつも喜ぶ」
「はい・・・・・・ところで、李響殿はどうしてここへ?」
「ああ・・・・・・それは少し用があって。だが・・・・」
そこで一旦間を置いた李響が真剣な面差しで口を開いた。
「今の俺が天界から出てまで成す用といえば、あいつの・・・・・神代に関わることしかないだろう?」
「「・・・・・・・・・・・・神代様?!」」
李響が口にした考えもしなかった人物の名に、それまで2人のやり取りをただ傍観者の如く見聞きしていた姫浪と豊は声をはもらせた。
「・・・・・・・・・・だれだ?お前たち」
その時、李響は初めて2人の存在に気が付き、於美は「忘れていた・・・」と自分の失念に溜息をついた。







『月影界』の中心・『星佳宮』の本間に続く長い廊下を4人は互いの話などをしながら歩いていた。
「しかし、お前が姫浪だったとはな・・・・・神威と、瑠架、架月、架星が世話になったようだな」
「いえ・・・大したことをしたわけでは」
「大したことだよ・・・・・・あのまま、神威の寿命が縮まっていたら・・・今ごろどうなっていたことか・・・・・」
「・・・考えただけでぞっとしますね」
「ああ・・・・・俺たちのような思いを・・・・・あいつ達にまでさせるわけにはいかない」
李響と於美の悲しげで、寂しげ、悲痛な面差しに、かつてベリアルが閻魔大王を前に言っていたことを思い出す。
この2人も、その経験があるのだろう。
「でも、こっちも驚きましたよ。まさか、初代天使総帥でいらっしゃった神代様の『片割れ』様にお会いすることになるとは・・・」
「それこそ大したことではないだろう?俺はただの『片割れ』だ・・・」
「でも・・・神代様にとっては『ただの』ではありません」
於美の表情がなぜそこでさらに寂しそうなものになったのかは、姫浪たちにこの時はまだわからなかった。



「・・・そういえば、これから御雷様にお会いするんですよね?」
豊が何気なくその言葉を口にした。
「ああ、そうだが・・・」
「ここにきて1度もお会いしたことがないんですけど・・・どんな方なんですか?」
その言葉にぴたりと李響と於美の足が止まった。
姫浪と豊はその突然の2人の様子に小首を傾る。
「・・・あえば、解るな」
「そうですね・・・会えば解りますよね」
御雷のことに関して多少声を裏返して言った2人のその普通でない様の意味を、このあと姫浪達は嫌という程理解するのだった。







あとがき

ようやく『天使出張所』第2期『月昇期』を上げることができました。
4月あたりに『獄巡期』が終わったから3ヶ月ぶりですね・・・(遅い)
『天使出張所』の本格的な話の流れがこのあたりからスタートします。
李響はこの『天使出張所』の中でも自分で作って特に好きなので出せて嬉しいです。
彼は戦闘能力はありませんが、立場的にいえば『天使出張所』内最強キャラです。
怒らせるととにかく怖いので・・・(神様だろうが正座させて説教します;)
於美は登場があれでしたが、良い奴ですよ。弟よりも(苦笑)
今回最初に出てきた2人組の片方は李響で、もう1人は次回持越しです。
次回でさらに新キャラ登場と姫浪たちが『月影界』にいる理由と李響の用事が解ります。





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