天使出張所〜月昇期〜
2:「復活」





「ぎゃぁああああ〜〜〜〜!」
本間に続く廊下を歩いていた4人は、阿鼻叫喚とさえ思える悲痛な悲鳴を耳にし、一瞬体をびくりと震わせた。
そしてその声は、姫浪と豊が良く知っているものだった。
「・・・・・今の・・・まさか、ベリアル?!」
そう・・・先の閻魔大王との一件で知り合った、悪魔界の最高幹部筆頭のベルアルの声だった。
彼女も『月影界』に用事があるという事で、姫浪達よりも数日早く泊り込みでここに来ていたのだが・・・
「・・・・・あいつが、あんな声だすなんて、信じられないぞ」
「・・・何があったのかしら?まるで絹を引き裂くような悲鳴だったけど・・」
「・・・・・まさか」
他の面々が悩んでいる中、李響は1人何か思い当たったのか、疲れきったような溜息をつき、額に手を当てていた。
「李響殿・・・なにか、心あたりでも?」
「・・・・・・とにかく、現場に行くぞ」
そう言い、率先して歩き出した李響の雰囲気はとても憂鬱そうなものだった。







「っ、なんでお前がここに居るんだぁ〜〜〜!は〜〜な〜〜せ〜〜!」
「そんなこと言わないで♪久しぶりに会えたんだし、ね〜〜?ベリア〜〜」
「その呼び方はやめろといっているだろうがぁ!!」
「うわぁ〜〜♪赦塩殿、楽しそうで良いなぁ〜〜〜」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
その現場に到着し、一同が目の当たりにした光景は、ベリアルが1人の黒髪の女性に抱きつかれ、それを楽しそうに神威が瞳を煌かせながら、純粋な笑顔で見守っているというものだった。
「な、何が起きてるんだ?これ・・・」
確かに、この光景だけを見たものならば、今までの一連の出来事に対しての状況判断に困るだろう。
実際、姫浪、豊だけでなく、あの於美までもがその光景を呆然と眺めている。
しかしそんな中、李響1人は1度溜息をついただけで、すぐ真顔に戻り、ベリアルに抱きついている女性・赦塩に静かに近づき、そして・・・・・
「いったぁ〜〜〜〜」
「・・・お前は、何をしている」
どこに持っていたのか、一冊の本を取り出し、それで赦塩の頭を思い切り叩いた。
突然のことと、その痛みに思わず赦塩がベリアルから手を放した一瞬の隙をついて、ベリアルは赦塩から逃げるように数歩間をとった。
そして振り返り、自分を叩いた人物を認識した瞬間、赦塩の表情が少々引きつり、李響はというと肩を小さく震わせ、いかにも起こっているという様子だった。
「り、李響殿・・・・・」
「赦塩・・・・・どういうつもりだ!!」
ここから李響の長い説教は、延々1時間にも及んだという。








「うぅぅ〜〜〜、足が痺れましたわ」
「ふやぁ〜〜・・・正座したの初めてぇ〜〜」
そんな風に不平を言って歩く説教を受けた2人の人物はかなり弱った様子だった。
「・・・まだ、堪えてないのか?」
その2人の言葉に反応して、説教をした張本人である李響はぴたりと足を止めた。
「め、滅相もございませんわぁ〜〜〜〜」
「もう怒られるの嫌です・・・」
また説教されては堪らないと赦塩は慌てた。
そして、初めて正座させられ説教などというものを受けた神威はかなりへこんでいた。
もっとも、思兼神に正座までさせて説教をしようなどと言うものはまず普通は神威の周りには、恐れ多すぎて存在しないだろう。
そこはさすが、初代の『片割れ』である李響といったところだ。
「赦塩・・・他人に迷惑をかけるようならすぐ帰れ・・・それと、神威もそれをにこやかに見てるんじゃない。普通は助けてやれ」
「そんな・・・私はただ、久しぶりにベリアルに会えましたから・・・嬉しくて・・・・・」
「俺も、赦塩殿とベリアル友達だから仲良くしてるのは良い事だと思うし・・・」
「・・・だが、ベリアルにとってはああいうのは迷惑と認識しているのだろう。・・・・・・まだ、説教が必要か?」
李響が最後に漏らしたその一言に赦塩と神威は思いっきり首を横に振った。
姫浪と豊はその光景をただ呆然として見ている。
「あの神威様を説教した挙句黙らせるなんて・・・」
「李響様・・色々な意味で凄い・・・」
現思兼神である神威と2代目の思兼神である魅神の『片割れ』である、立場的には自分と同じである赦塩をここまで問答無用で黙らせているのだから、凄いといえば凄いのであろう。
どうやら、赦塩も神威と同じで暴走するタイプのようなので、その2人がかりをさらに抑えられている李響に、少なからずある意味での敬意と尊敬と畏怖の念を抱いてしまいそうになる。
「・・・・・・・初代の『片割れ』はまともで良かった」
そんな中、疲れきったように歩いていたベリアルがぽつりとしみじみ漏らした一言に、思わず姫浪と豊は冷や汗をたらして頷きそうになった。
「だいたい、神威・・・お前はここに来ている目的を忘れていないか?」
「忘れてませんよ〜。天照様が休眠されるので、太陽と月のバランスをとるためにここにきてるんです」



およそ1000年に1度起きる特殊な日食をきっかけにし、天照神王は1年間の休眠を天岩戸でとることになる。
普段はまったく眠ることのない天照神王がこの1000年に1度だけ眠りにより休むことのできる期間なのである。
ただ、そうなると太陽を司る神でもある天照が眠りにつくと、太陽はそこにちゃんと存在はしているが、その力自体が衰えてしまう。
そうなると月の力が逆に太陽の力よりも強まってしまうため、太陽と月の力のバランスが崩れてしまう。
そのためには月の力を意図的に抑える必要がある。
そのため、天照神王が休眠している間は、神王山から数名の高位天使を派遣することになっている。
その役目を今回おっているのが、姫浪と神威というわけである。
豊はただついてきただけなのだが。



歩きながらも李響の軽い説教を神威と赦塩が受けている中、いつの間にか本間の巨大な扉前に到着していたようだった。
するとその扉は自動的に開き、中へと一同を招いているようだった。
扉をくぐり、本間の中に足を踏み入れて幾歩か歩みを進めると、奥のほうに2人の人物がいるのが見えた。
1人は先ほども会った冬衣でこちらを、というよりも於美を睨んでいるようで、於美もそんな弟を睨み返している。
そしてもう1人は、大きな椅子に座り大きな机を前に、なにやら書類らしきものを見ている藍色の髪と瞳の男性。
彼はこちらを見ると楽しそうに微笑んだ。
「全員よくきたな。それと李響、久しぶりだのう」
「・・・珍しくまじめに仕事をしているみたいだな」
「いや〜〜・・・これはお前が俺に会いたいと言っておると冬衣に聞いてな。ただ待つのも退屈だし、とりあえずしてみるかと思ってな」
「・・・・・・楽しそうにそんな情けない話しないでください・・・・・・師博」
藍色の髪の人物に対し、冬衣が泣きそうな表情をしながらそういうと、李響は「やはり」とでもいうように深い溜息をついた。
「・・・・・・李響様、ひょっとしてあの方が?」
「ああ・・・ここの実質最高責任者、建御雷之神だ・・・」
「御雷でよいぞ〜〜」
けらけら笑いながらそういう人物が、本当に月読の直系代理人なのかと、とても疑いたくなる。
「で、用件はなんだ?お前が神代に関係すること以外で、天界を出んことは明白だから、だいたいは予測できるがのう」
「それなら話が早い・・・」
御雷のその言葉ですっと瞳をさらに鋭いものにした李響の様子に、一同はそれが尋常でないことを察した。
そしてそれが間違いでないことを、この場にいる全員がすぐ思い知ることになった。
「・・・・・ある魔族が・・・復活している可能性がある」
李響のその言葉で、その場にいるほぼ全員の時間が一瞬凍りついた。



「どういうことだ?!魔族は・・・神王が封印したはずだろう?!」
最初に我に返り、李響を問い詰めたのはべリアルだった。
「・・・1人、大戦で神王陛下に封印されず逃れた魔族がいた。その魔族が復活している可能性があるとよんだのは、ある地点で異常な闇の力が数日前感知されたからだ」
「えっ・・・・・封印されていないのに、復活ってどういうことですか?」
「・・・魔族は神族でも完全には消滅させることができないのは知っているか?」
李響のその言葉にこくりと一同は頷いた。
魔族は肉体は消滅させることができても、根本の魂までは神族とはいえ消滅させることができないというのは以前聞いた話だ。
肉体が滅びた場合、魂のみの状態で長い年月をかけて肉体の復活を待つ。
それが通常の魔族の『復活』ということに当てはまる。
だからこそ、神王は魔族を封印することで戦いを終わらせた。
「封印から逃れた魔族が俺の生きていた時代に姿を現してな・・・それを追ったのが神代だ」
「えっ・・・・・そうなんですか?」
「ああ・・・毎日必ず宮廷にくるあいつが・・・・・・数日間来ない時があったから何事かと思っていたら・・・・・そういうことだったらしい」
「・・・・・・・・・宮廷?」
神代が魔族を追ったという事実も驚いたが、李響の「宮廷」という言葉を少し疑問に思った。
「李響殿は、元夏王朝の宰相殿だ」
「しかも、元々は貧しい辺境の村出身でそこから自力で這い上がって、史上最年少で宰相になったんだよな」
「・・・・・・・・・・五月蝿い」
御雷の説明に李響は少し照れたような素振りを見せると、軽く咳払いなどして誤魔化して話を軌道修正した。
「もちろん他にも数名いたがな。魔族に対しては・・・思兼神はかなり有効な特殊能力を持っているから・・・」
その場に存在しているだけで、神の力を強め、魔族の力を弱める能力。
確かに魔族に対して思兼神は有効なことこの上ないが、だからといって絶対的な存在ではない。
だからこそ、神代を守るために他にも数名いたのだろう。
「その時、疲弊していた魔族は・・・自らの体を焼いたそうだ」
「自分から?!」
「ああ・・・それが追っ手から逃れる最善の方法だろうからな。肉体は消滅しても魂は滅びない、そして肉体もいずれ復活する。そして魂のみになれば、神族でも追うことはできなくなる・・・・・・・」
「で、その魔族が復活して、月影界に何をするつもりなんだ?」
御雷のその言葉に一同は驚いて視線を彼に集中させる。
そこにはただ事態を誰よりも理解しているのに、まったく臆していない様子の御雷の笑顔があった。
「奴の目的は自分の力の完全復活、強いては全ての魔族の復活。そして、神族側の力を削ぐこと・・・・・」
「なるほど・・・・・・『心の御柱』か」
御雷の悟りきったようなその言葉に、李響がこくりと頷くのと同時に、於美と冬衣の2人が切羽詰ったような表情を見せる。
「『心の御柱』?」
「天界、月影界、海明界に1本ずつある・・・神族の力の象徴であり、魔族を封じる基盤になってもいるものだ・・・・・」
首を傾げた豊にすかさず李響が説明をする。
「確かに、ここの『心の御柱』が1番消しやすいだろうな・・・」
「どうしてですか?」
「天界に魔族は絶対入れない。神王陛下の力が完全に浸透しているから・・・」
「それどころか、天使でも自由に出入りできるのは大天使格以上だ」
その言葉に姫浪のほうを豊が見ると、姫浪は静かに首を縦に振って肯定の意を表す。
「それは神王陛下が休眠されていても同じことだからな」
「じゃあ、海明界は?」
「場所の問題・・・あそこに入るには、少々特殊な作用がいる」
「っていうことで、1番狙いやすいのは必然的にこの月影界ってこと」
まるで人事のようにそう告げる御雷に一同は冷汗を流す。
「師博・・・ふざけてる場合では・・・・・」
「別にふざけてはおらぬぞ?すぐに全面警戒態勢だ。もっとも・・・魔族相手ではほとんど意味をなさんだろうがな」
「だろうな・・・だから、俺が来た」
強く鋭い眼差しを向ける李響を見て、御雷は何かに頷くように首を縦に振った。
「この件が解決するまでは、ここにいるのだろう?」
「ああ・・・」
「そうか・・・・・頼りにしておるぞ。『翼の片鱗』」
御雷の口から語られたその名は、辺りの清浄な空気に凛と響いた。








あとがき

わ〜〜い・・・・
神威も出たし、ベリアルも再登場、そして前回名前は明かさなかった赦塩も正式登場で、さらに御雷様もご登場です。
これで月昇期のメインキャラは全員揃いました。
早々にベリアルが悲惨な目にあってましたが・・・・・・・・・
思兼神の片割れは、思兼神と同じような(似た)性格になるか、正反対の性格になるかなので、後者タイプは李響だけです・・・・・(^^;
苦労が絶えませんよお兄さんは・・・・・・・・・;
次回は・・・またぐちゃぐちゃになるかな・・・・・・・;





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