天使出張所〜月昇期〜
3:「花想」




薄明かりの朝に彩られる『海明界』
光に満ちる昼に彩られる『天界』
暗い静寂の夜に彩られる『月影界』
この3つの世界はそれぞれの事象の風景以外は決してない。
『海明界』には昼と夜はなく。
『天界』には朝と夜はなく。
『月影界』には朝と昼はない。
時間をしっかり確認しなければ、現在がいったいどの時刻に当てはまるのか解らないそれぞれの世界。
それが『心の御柱』の存在する天照神王が要する全ての世界の中でも核となる3つの世界である。







夜の色とは似つかわしくなく、そこは『月影界』の中でも、もっとも綺麗で艶やかな場所の1つだった。
星佳宮にある於美の花畑。
一面に咲く美しい白に薄いピンクの混じった色のその花を、於美はとても大事そうに世話をしていた。
普段の様相、特に弟と対峙している時からは信じられないようなその姿に、花の世話を成り行きで手伝っている姫浪と豊は少し呆然としている感がある。
「於美様・・・ずっと思ってたんですが、この花は一体・・・・・」
「・・・・・昔、ある方から種を貰って・・・・・私が育てあげた」
「・・・もしかして、神代様ですか?」
姫浪が多少確信を持って言ったようなその言葉に、於美は驚いたように振り替える。
「李響様がいらっしゃった時、『あいつも喜ぶ』とか仰っていましたから。李響様がああいう状態でいう『あいつ』に当てはまるのは・・・神代様しか思い当たらないような・・・」
「・・・・・・・随分と良い洞察力だな」
姫浪の意見が的確だと言わんばかりに於美は苦笑して見せた。
その表情もまた姫浪達にとっては初めて見るものだった。
そして於美は自然と昔のことを語りだした。





神族にもいくつかの種族があり、於美と冬衣はその中でも優秀なほうとされる牙族の長家の生まれだった。
牙族は今まで男が長を勤めつづけてきた、だから誰もが弟の冬衣が長を継ぐものと思っていた。
しかし、於美と冬衣の父である当時の長は、息子の冬衣でなく娘の於美を次代の長にすると告げた。
それは於美に歴代の全ての長を遥かに凌ぐ才があったためである。
『前例がない』といわれる中、『なければ作ればよい』という当時の長の元、於美が次期長として決定された。
しかし、ここから於美と冬衣の兄弟の確執は始まったといっても良い。
自分が長になるとばかり思っていた冬衣は、姉のほうが優れていることは解っているもの、その妬みから強い反発心を抱くようになった。
一方の於美は長になる事が決定してしまったため、女でありながら男としての生活を余儀なくされてしまった。
いくら『なければ作ればよい』と言っても、多少は納得しない者もいたせいだ。
別に長の座などほしくもなかった於美だが、父の命令に逆らえず、自由と女としての生活を奪われ失意に沈んでしまった。
それから長い年月が過ぎ、長であった父が亡くなり、後を継いだ於美はそれでも変わらず男の格好のまま、その言動までもが長年の生活で男のようになってしまっていた。
やがて『星佳宮』で御雷の補佐を於美が、副補佐を冬衣が勤めるよう命が下った。
ずっと姉に勝てない弟と、弟の半ばの自由が羨ましい姉という構図はより深まり、確執は広まるばかりだった。
そんな中、突然『彼』が現れた。



於美が補佐に就任して幾年月も経ったある日、神代が『月影界』に突然姿を表した。
「こんにちは〜〜〜〜!」
「・・・なんだ?お前は?」
姿形は思わず見惚れてしまう程に綺麗ではあったが、その能天気な性格がそれを台無しにしているように思えた。
それが思兼神とはとても解らなかった於美は、「妙な奴に遭ってしまった」と内心思い、すぐさまその場から立ち去ろうとした。
「あっ!待って〜〜!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
関わりを持たないよう無視したまま歩みを進めていたが、突然裾を引っ張られてその動きを止められてしまう。
「・・・・・放せ」
「ね〜ね〜、訊いてもいい〜〜?」
「いいから放せ!私は忙しい」
「どうして、女の子なのに、男の子の格好してるの〜〜?」
くいっくいっと裾をひっぱられながらそう言われた言葉に、於美は目を大きく見開いて神代を凝視した。
今までこうしている事が当たり前のようで、誰もそんなことを言ってくる者は1人もいなかったからだ。
第一、初対面の者はまず自分が女だという事自体に気が付いてはくれない。
「勿体無いよ〜〜。すっごく美人なんだから、ちゃんと女の人の格好しないと損だよ」
ましたや、そんな言葉を掛けてくれる者など、当然のように1人もいなかった。
その言葉を本心から言ったと解る神代の無邪気な笑顔に、於美は癒され、今までこらえていたものが溢れ出し、思わずその場で泣き崩れそうになってしまっていた。



「は〜〜い、於美」
「・・・なんですか?この種」
出会ってから数週間が経っていた。
於美の格好の事を御雷に神代が尋ねたことがきっかけで、御雷は楽しそうに於美に女の格好をしてもいいのではないかということを言ってくれた。
勿論事情があるため男の格好をしていたのだから、と反発する声もあったが、御雷に逆らえる者など月影界では月読しかいないため誰も最終的に文句は言えなかった。
それでも嬉しいがすぐには抵抗のあった於美を、無理やり捕まえて一部の賛成派の女房達が女性のものに着替えさせしまっていた。
今ではすっかり於美の女性の格好も見慣れたものになっていた。
そして神代と於美ははたから見てもとても仲良くなり、また時々神代が連れてくる李響と揃い、3人仲良くいる事が当たり前のようになってきていた。
「これ上げる〜〜」
「わ、私にですか?」
「・・・・・相変わらず、行動が突飛だな」
李響のその言葉に神代が少しだけ首を傾げる。
「突飛?」
「・・・毎回突然過ぎるんだ、お前は。この眼鏡の時もそうだろう」
そう言って普段は付けてないが、仕事や本を読む時などに必ず付けている、今は大事そうに布に包まれた神代から貰った眼鏡を大切に扱いながら取り出す。
「だって〜〜贈り物したいと思ったからするんだもん」
「だから、それも規則性がない・・・・・・第一、なんで種なんだ?」
「う〜〜んと、上げたいから」
「・・・あのな」
「良いんです、李響殿。・・・・・神代様、有難く頂きます」
「本当?!わ〜〜い♪ありがとう」
於美が受け取ってくれると解り、神代は嬉々として於美にその種を手渡した。
そしてその種を暫くじっと見ていた於美が、心底嬉しそうにその種をぎゅっと胸元で握り締める。
その頬は少し赤みをおびていた。
「大事に育ててあげてね〜〜〜」
「はい、それは勿論・・・・・・・・本当に・・・ありがとうございます」
その数週間後、神代は花が咲くのを見ることもなく逝ってしまった。
李響や於美を初めとする多くの人達の心にその笑顔を深く焼き付けて。





一連の話が終った後、姫浪は思わず口を開いた。
「・・・於美様・・・・・神代様のことお好きなんですね・・・」
姫浪が何気なく呟いた一言に、於美は一瞬瞳を大きくして驚いた様子を見せるが、すぐに穏やかな微笑を浮かべて夢語りのように呟いた。
「私にとって、あの方以上に愛せる者などいない・・・・・例え、あの方の1番が私でなくてもな」
その言葉の中には少し切なそうなものが混じっていた。
思兼神にとって1番大切なものは、最初から最後までずっと『片割れ』だけ。
つまり神代にとっては、それが李響にあたるのだ。
「李響殿は、普段は厳しいが、本当は優しく思いやりのあるお方だからな。私もあのお方なら納得がいく。・・・・・しかし、よく気が付いたな」
「・・・私も貴女と同じようなものですから」
「そうか・・・・・」
姫浪のその言葉に納得したように頷きながら豊を見る。
当の豊はその意味が良く解っていないようだった。



「・・・ところで、あれがここの『心の御柱』、ですか?」
豊が指を指している方向、花畑の先に1本の赤い巨大な柱が立っていた。
「ああ・・・」
仄かに発光しているようでもあるその柱を3人は仰ぐように見つめる。
「あれは『正の気』を放っているからな。その近くであるなら、花もよく育つと思ってここに植えたのだ」
「なるほど・・・確かに」
於美の献身的な世話だけでなく、ここにある花の見事さにはそんな秘密があったのかと姫浪と豊は納得した。
「冬衣には随分文句を言われたがな」
「・・・でしょうね」
於美の嫌そうな声に豊は苦笑し、姫浪は呆れた表情をした。
「最終的には師博が笑いながら『良いのではないか』と言ったので、冬衣も断念したがな」
「・・・御雷様ですか。随分変わった方ですよね」
「ああ・・・師博は優秀な方だが、基本的には放任主義名うえ、あまりにも解らないことが多すぎる・・・・・」
「解らないことって?」
「・・・・ほとんど、何もかもだ」
於美のその言葉に周りの空気が緊張していく。
3人ともが次の言葉をどうだそうかと思っていたその時、『月影界』全体が揺れた気がした。
そしてその瞬間、降り注いだ熱の塊に、『心の御柱』のほど近い周辺の花が燃え、塵とかしてしまった。



なにが起きたのか解らず、そしてショックもあって呆然と3人がしている中、先ほどの熱の塊が放たれたと思われる付近に黒い人影が現れた。
遠目にも解るように考えるそぶりと、少し気に入らなさそうな表情をしている。
確実にその人物がやったことであると瞬時に悟られる。
その存在の気配と威圧感は、以前架星と対峙した時のものにそっくりであったが、そのレベルは数段上である。
そしてまた瞬時に悟られる。
目の前にいるその黒い人影が魔族であることを。
空間に緊張が走る中、姫浪がどう対処しようかと考える間よりも早く、於美があまりにも無謀に早くも動いた。
その表情は明らかに怒りに満ちていた。
一瞬で魔族との間を詰めた於美がそのまま斬撃を繰り出した。
当たれば物凄い威力があると思われ、そして交わすことはまず不可能に思われた。
しかし、それを魔族とおぼしきその黒い影はそのまま微動だにせず、結界のようなものをはって於美の攻撃をくいとめ、そのまま反射のように於美に攻撃を加えた。
そしてそのまま於美はその場に倒れれこんでしまった。
それを見た姫浪と豊は背筋を冷たいものが駆け抜けていくのを感じた。
於美は月読の唯一の直系代理人である御雷の補佐、つまりは『月影界』でも実質2番目の実力の神である。
それがこうもあっけなく倒されてしまうものなのかと、姫浪と豊は改めて魔族の恐ろしさを認識してしまった。
だが於美はまだ意識があるようで、しかも怯んだ様子もなく再び魔族に向かっていこうとする。
しかしそれを悟った魔族がとどめをさそうとでもいうように、於美を見下ろしながらてをかざした。
そして次の瞬間閃光が宙を凪いだ。



姫浪の手に握られているのは『精霊の槍』。
姫浪にそれで邪魔されたと悟った魔族は姫浪の方に視線を変えた。
とっさの判断で『精霊の槍』をだして於美を助けた姫浪に緊張が走る。
なんとかこの場を凌がなければならないと思っていたその時、無数の足音と声が廊下を駆け抜けてくるのが聞こえた。
「邪魔がきたようだな・・・」
冷たいと表現するのが相応しい声で初めて魔族はぽつりと喋った。
そして少しの間考え込んだ後、また淡々と独り言を口にする。
「まあ良い・・・私も復活の仕立てで力のコントロールが不十分、その中で多勢を相手にも、これを破壊もできんだろう。だが、次は・・・」
そう言って『心の御柱』を仰ぎ見た後、静かにその場から姿を消した。
「・・・逃げた、か」
「於美様!」
遠目にも完全に気を失ってしまったと思われる於美に慌てて姫浪と豊は駆け寄った。



「何があった?!」
ようやく駆けつけてきた李響達は目を見開き、於美とこの花畑におこった事態を見て驚愕の表情をした。
密かに冷や汗も流れているようだった。
「っ、姉上!!」
最初に『月影界』の暗い空に響く悲痛な叫び声を上げて駆け寄ったのは、於美とは仲の悪いはずの弟の冬衣だった。








あとがき

はっきり言って、神代は神威よりもさらにボケかもしれません(^^;
李響は前も今も相当苦労してます。
人数増えたから今の方が苦労してるかもしれませんが。
於美は神代のことになると本当に乙女入りますから(^^;
姫浪とはある意味通じるところがありますね。
次回はまた密度が増えることになります・・・
新キャラでなくて、獄巡期の時の数名が押しかけてきますので。
                                                                                                                                               


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