天使出張所〜月昇期〜
4:「惑事」
実質2位の実力者でもある於美の負傷に、『月影界』の空気はまさに騒然としていた。
とりあえず怪我も思ったほど大したことはないようで、今は安静のため静かに眠りについている。
「さすがは・・・ですね。これならほんの数日で完治するでしょう」
そう言って冷静な診察と治療を施したのは、わざわざ神王山からやってきや朝魏だった。
於美の負傷をすぐさま姫浪が秋継に連絡して来てもらったのだ。
この『月影界』にも医師はいるが、神王山の方が腕が良いだろうという、御雷の助言でわざわざ呼んだのだ。
もちろん彼女が来る前にもこちらの医師にあらかた治療はしてもらっていたが、改めての診察と治療である。
「それにしてもとんでもないことになったみたいだな」
そう言って溜息をついたのは、今回の緊急事態を知り朝魏にくっついて来た咲賀である。
ちなみに秋継も来ようとしたのだが、神威はおろか大天使全員までいなくなってはいけないので、1人神王山に残ることとなった。
ちなみに結芽は人間界に相変わらず出張中のままである。
「所長、まだ過去系ではありませんよ」
「確かにな。私が今回ここに来たていたのは、闇の力がある場所で観測されたという詳細確認のためだったが・・・・・こういった事態になっては事が済むまで帰れないな」
なぜベリアルがここにいたのか疑問に思っていた面々は、「そういう事情だったのか」と心の中で声を揃えた。
「李響殿、どうします?」
「・・・復活したうえ、於美に怪我までさせてくれたんだ。徹底的に潰してやる。・・・・・何よりもあいつのために」
「・・・・・そうですね」
一同から少し離れた所で会話をする李響と赦塩の声と表情は、どこか辛辣できびしいものだった。
普段は明るすぎるくらいに明るい赦塩ですら、近づきがたい雰囲気を放っているほど。
「やれ、やれ・・・随分と殺気だっておるのう。まあ、仕方がないか」
「御雷様・・・」
「どうしたんですか?」
魔族が現れたことで色々と事後処理をしていたはずの御雷が突然現れたことに一同多少驚く。
「客が来たのでな。案内しただけのことだ」
「客・・・?」
「「神威様(くん)!」」
一同が首をかしげた瞬間、勢いのある声とともに2人の人物が飛び込んできた。
それは先の閻魔大王の一件に関わった者ならば、誰でも聞き覚えのある声であり、見覚えのある人物たちであった。
その2人に1番早く反応したのはやはり名前を呼ばれた神威だった。
「あ〜。架月に瑠架〜〜♪」
「神威様、大丈夫でしたか?!」
「どこも怪我してない?!」
心配しすぎというくらいに心配して神威に駆け寄ってきたのは、『天界』にいるはずの神威の片割れ、架月と瑠架だった。
どうやら月影界であったことを知り、神威が心配でとんできたらしい。
「うん。大丈夫だよ〜。3人とも心配してくれてありがと〜」
3人といったところを見ると、どうやら架月の中で架星も心配しているようだ。
「よかった・・・」
神威の満面の笑みの一言に架月と瑠架は心の底から安堵したようだった。
「ところで冬衣、『月次祭』のことなのだがな」
「・・・まさか、師博・・・・・決行するつもりですか?!」
「察しが良くて助かる」
そう言って御雷は満足そうに笑みを湛えた。
「予定通り明後日にな。『八咫鏡』も定例通りにな」
「なっ?!」
「ちなみにこれは月読様から許可頂いていることだからな。それじゃあ、俺はまだやることがあるから、これでな〜〜」
まるでいたずらをした後の子供のように笑って去っていく御雷の背中を、冬衣だけでなく一同全員が呆然と見送っていた。
暫くして、1番始めに正気に戻った豊が冬衣に遠慮がちに尋ねる。
「あの・・・冬衣様。『月次祭』とか、『八咫鏡』って、なんですか?」
だが未だ呆然としている冬衣の耳には届いていないようで、豊が冷汗を流しながら虚しく立ちすくんでいると、李響が代わって説明を始めた。
「『月次祭』というのは、『月影界』で年に1度行われる、神王陛下を崇め、『天界』の力を取り入れるための祭りだ。『八咫鏡』は・・・『三種の神器』の1つだ・・・」
「さ、『三種の神器』?!」
その名前なら豊も聞いたことがある。
三大神と呼ばれる、天照神王、月読、須佐之男がそれぞれ1づつ所有している神族の至宝である。
「『月次祭』では、『八咫鏡』が祭壇へ飾られるんだ」
「・・・良いんですか?そんなのって」
「まあ、飾るのは本物でなく、偽造品だからな。本物など飾れるわけがない」
「・・・だが、偽者でもかなりの力を秘めた代物だ」
今の今まで呆然としていた冬衣がここにきてようやく正気に戻ったようだった。
しかしその拳はわなわなと震えいてた。
「ふ、冬衣様?」
「師博に抗議してくる!今が一体どういう状況の中にいるのか、しっかりと認識してもらう!!」
そう言って明らかな怒りを的って冬衣は部屋を出て行った。
「・・・確かに、魔族が現れる危険な只中で『八咫鏡』を偽造品といえ出すのはな・・・」
「それどころか、『月次祭』を開くことさえ、危険な状況よね。今は・・・」
今の現状を考える限り、冬衣の意見の方が正論だと一同は思っていた。
そんな中で、姫浪1人だけがぽつりと疑問を呟いた。
「・・・・・御雷様、それに月読様も、何か考えがあるのかしら?」
姫浪の言葉の解答は今この場にいる誰にも解るはずもなかった。
姫浪と豊は於美の花畑に来ていた。
怪我で療養中の於美に代わって花の世話をするためである。
当初、意識の戻った於美は無理をしてまで自分で世話をやると言い張って聞かなかったのだが、朝魏はじめ多くの周りの者達が必死にとめたため断念せざるを得なかった。
代わりに『姫浪と豊が世話をすること』という条件をつけたのだった。
もちろん2人にそれを断る理由もなく、快く引き受けて今ここにいるのだ。
「しかし・・・痛々しいよな・・・」
「本当ね・・・」
そう言って2人が見つめる先には、『心の御柱』の近く、巻き添えをくらって消えてしまった花畑の1部であった。
さすがにああなってしまっては元の戻すことは不可能。
李響の話によると、魔族が攻撃を行った痕跡が残る場所にはとてつもない長い年月、生命はまったく育つことはないのだという。
魔族の強大な闇と負の力がその原因らしい。
つまり、あの場所に花が咲くことはもうないといって良い。
他の花にまで影響が及ばなかったのが、不幸中の幸いらしい。
「せっかく於美様があんなに綺麗に育ててたのにな・・・」
「そうね・・・」
「まあ、だからって俺達が他の花まで駄目にしたんじゃ・・・ここを任せてくれた於美様に申し訳ないしな」
「そうね・・・精一杯代わってお世話させてもらいましょう」
そう言って2人は気を取り直し、花の手入れを進める。
「・・・ところで豊」
「ん?」
「御雷様は何を考えてらっしゃるのかしら?」
「・・・・・さあな。案外、何も考えてないのかも」
「・・・・・十分ありえるだけに笑えないわね」
姫浪のその一言に「確かにそうだ」と、豊は自分で言って人の事のはずなのに悲しい気分になった。
「結局、冬衣様の抗議虚しく決行になったしな」
「そうね・・・」
「・・・無事に終わると良いな」
「そう願うばかりね・・・」
何時になく辛辣な面持ちの2人が、この先に起きることを暗示しているようであった。
数日後の『月次祭』・・・
『月影界』にいる者達にとって、最も長く過酷な1日になることを、この時誰も知らなかった。
あとがき
いつぶりの更新なのか、『月昇期』
そのくせ短くて大変申し訳ないです・・・
人数がまた一気に増えちゃったし・・・
とりあえず、今回は特に語ることは少ないというよりもないので(^^;
次回あたりから一気に謎が解け始めるかもしれません。