天使出張所〜月昇期〜
5:「策謀」




多くの不安を抱えながら、『月影界』唯一の祭事である、『月次祭』はその当日をむかえた。
『心の御柱』に程近くある祭壇には、『三種の神器』の1つである『八咫鏡』、その偽造品が代用として飾られている。
本物に似せて作られたこの『月次祭』のための物らしいが、偽造品といっても本物の『八咫鏡』から力の一部を注がれたかなりの代物で、重要視されているのだという。
そのため、偽造品とはいえ何かあっては一大事である。
先の魔族の襲撃で本来御雷の右隣にいる於美が怪我で不在のため、余計な緊迫感と危機感があたりを包み込んでいた。



「まったく、冬衣はかなり頭にきていたみたいだぞ」
呆れて溜息をつきながらそう言った李響の一言にも、事の元凶の御雷はいつものようにけらけらと笑いながら特に気にもしてないようだった。
「まあ、気にするな」
「・・・・・まあ、俺は大体お前の真意が読めているがな」
李響のその言葉に御雷は満足そうな笑みを浮かべた。
李響にだけはばれるのは予測どおりとでも言いたげな笑みだった。
「お前は頭は異常なほどに良いからのう」
「・・・異常とはなんだ・・・異常とは・・・・・・」
「そのままであろう?世界中どころか、歴史上のほぼ全ての書物を読み漁って、その内容も、どこに何が書かれてあったかすら全て覚えておるのだからのう」
はっきり言ってそれは人の記憶容量をはるかに越えているといってもいい。
からかうようにそれを言われて李響は伏せ目がちになりながら、いつもにまして真剣な声で続けようと思っていた言葉を紡いだ。
「それに・・・お前の正体も大体検討がついている」
李響のその言葉に御雷の笑いもぴたりと止まった。
やがて2人の間に静寂が流れた後、それ以上何も言わないまま李響はその場を立ち去った。
あるいは彼の言いたかったことは全て言い終わったかのかもしれない。



李響が去って暫くの後、御雷がそのままぼーっとその場に座っていると、何やら楽しげな話し声とともに神威、瑠架、架月の3人が現れた。
真っ先に御雷に気が着いた神威は嬉しそうにぱたぱたと手を振っている。
「御雷様〜〜」
「お前達3人だけか?」
「そうですよ」
「ん〜〜・・・他の奴らがいたら護衛をつけろと言われそうだのう」
思兼神とその片割達、その重要性は言うまでもない。
もっともそれを言うなら、御雷や先程までここにいた李響も大差ないのだが。
「お前達に何かあったら李響怖いぞ〜〜」
「お、脅かさないでくださいよ・・・」
御雷の言葉に架月は乾いた笑いを浮かべた。
「しかし本当のことだぞ。なにしろあいつは、2度と自分と同じような思いを同じ立場の者達にさせたくないと思っておるからのう」
「それは・・・さんざん言われました・・・・・・」
天界で最初に会った時に散々言われたらしく、反省の色と複雑さとを混じり合わせながら架月達は肩を落とす。
「まあ・・・なんしてもこれからは気をつけることだのう。李響は怒らせると誰よりも恐いからのう」
「それはもう身にしみて・・・」
身体を震わせながら乾いた笑みを再びもらす。
反対に御雷は楽しそうに笑い続ける。
「そうか。それでは俺がこれ以上言う必要はないだろうが・・・本当にくれぐれも気をつけてくれよ」
ちらりと最後に視線を瑠架に向け、それに対して瑠架は首を傾げて見せた。
その時の御雷の目は、何故か厳しさと、申し訳なさが混在して宿っていた。








いよいよ『月次祭』は開始された。
祭りとはいっても賑やかなものではなく、逆にしんみりとしたものである。
『心の御柱』のすぐ近くに設けられた祭壇に飾られた『八咫鏡』の偽造品の前に座り、冬衣が読み上げる祭文に耳を傾ける。
本来ならばその役目は御雷の補佐である於美が勤めるはずであったが、怪我がまだ完治していないため、大事をとって代理をたてたというわけである。
「ふぁぁ〜〜・・・」
「豊、欠伸・・・」
「あ、悪い・・・・・」
何もしない退屈さと、静けさの中に聞こえる祭文に眠気を誘われ、豊は思わず欠伸をしてしまった。
「それにしても、本当に静かだよな・・・」
「ええ、そういうものらしいから・・・・・でも、ちょっとおかしいわね」
「何が?」
「・・・・・なんというか、静かなのは当然としても、その中に不快な空気が混じっているような・・・」
どうやらそれを感じ取っているのは姫浪だけではないようで、周りの者達の中にも同様に感じ取って冷汗を流しているものもいた。
「・・・この感じ、あの時に」
姫浪の言おうとした言葉は途中で強制的に終わらせられた。
祭壇付近を狙った突然の攻撃によって。



崩れた瓦礫の山を各々で張った結界でかわした。
もっとも攻撃地付近にいた冬衣も、なんとか偽造品の『八咫鏡』を抱えながら結界で
己と『八咫鏡』の偽造品を守っていた。
そして最初に耳に聞こえてきたのは乱暴な怒りの声だった。
「あ〜〜も〜〜〜!姉さんや神威が怪我でもしたらどうするつもりだ〜〜!!」
「・・・・・・架星」
その場で怒りに震えている架星を、彼と直接対面したことのある者達は全員引きつった顔で見つめていた。
何時の間にか架月と入れ替わり、架月と同じ体でありながら、髪は長くなっており、服装も変わり、瞳の色も例の色になっていた。
姿形は髪が結われていないこと以外は以前見たものと同じであるが、性格は明らかに変化していた。
しかしそんな架星と以前1度対面していながらも、まったくおくすることなく、むしろ慣れているとでもいうような人物が2人いた。
「大丈夫よ。架星が守ってくれたから、あたしも神威くんも怪我ないわ」
「架星ありがとうねv架星、髪くくろうね」
そう言って笑顔で接する兄と姉に大人しくなった架星は、されるがままの状態になっていた。
そしてそれを見た一同はまた変わったと認識する。



「ほう・・・お前か」
ぞくりと悪寒が走るような声が空中から聞こえてきた。
その声は姫浪と豊にとっては聞き覚えのあるものであり、それはすなわちここにいてはならない存在の声だった。
「・・・・・・魔族」
誰かが恐怖と怒りをこめながらそう敵を呼んだ。
「だから言ったじゃないですか・・・」
「あはははははっ」
ぎろりと御雷を冬衣は睨むが、御雷はまったく悪びれもせず笑い続けていた。
そんな2人のやりとりはまったく気に求めず、魔族は言葉を続ける。
「まさかこんなところで、自分の子孫に会うとは思っても見なかったぞ」
「なっ・・・・・・・・」
その言葉に全員が驚愕の表情を浮かべて架星に視線を集中させた。
架星自身もその事実に驚きを隠せないようだった。
「な・・・んだと・・・?」
「お前は私の子孫だよ。かつて私が神族から逃れようとした際、いずれ生まれてくる強い魔力を持った子孫によって魔力干渉を引き起こさせ、それによって一定の早さで私が復活することにした。・・・言ってみれば、お前は私の復活の為の道具・・・」
架星だけでなく他の面々までもが驚愕のあまりに沈黙してしまう。
ましてや先の事件を知る者達にとっては、架星は閻魔大王に続いてこの魔族にも道具扱いされたことになる。
しかも現在それを目の前でいっている魔族は、自分の子孫である架星をはっきりと道具と罵ったのである。



「大丈夫だよ・・・」
一同がショックを受ける中で、神威1人がいつも通りにっこりと微笑み、優しい声で架星に話し掛けた。
「神威・・・」
「架星も架星。そして俺の大事な弟・・・もちろん架月も瑠架も俺の大事な弟妹」
にっこりと微笑み、「それじゃあ不満?」と尋ねた神威に、架星は曇らせた表情をいっきに明るくさせた。
一同がその様子にほっと胸を撫で下ろす中、魔族は興味深そうに神威を見ていた。
「闇の眷属を弟呼ばわりする天使か・・・・・実に興味深いことだが、それ以上に貴様が以前私を追っていた天使と同じであることがより気になるのだがな・・・」
そう言っていっきに憎々しげな表情を浮かべた魔族に対し、李響が鋭い目線で言葉を返した。
「それは俺の弟の神代だな・・・・・ここにいる神威とはまったくの別人だ」
何故か「まったくの別人」といった部分を強調していった李響を、魔族は子馬鹿にするような笑みをこぼした。
「そうか・・・ならばあの時の礼をたっぷりと後でさせてもらわねばな・・・・・しかしまずは!」
そう言って魔族の腕が天高く振り上げられる。
一同ははっと気が付いて『心の御柱』の方に目をやり、揃ってあるだけの力を込めた結界を作り上げて『心の御柱』を守る。
そのかいあってかなんとかその一撃は防げたが、魔族の力があまりにも強すぎたせいで一同の力の消費はかなりのものだった。
「なん・・・って、力だよ・・・・・」
「ほう・・・よく防げたものだな・・・だが次は・・・・・・」
魔族が楽しげな笑みを零しながらそう言った瞬間、辺りには光が充満した。
その暖かく精錬された光に、姫浪達は覚えがあった。
そして一斉にそちらを振り向くと、予想通りその背に2枚の翼を生やした神威がいた。
「か、神威様!」
「お前は何を考えているんだ!?」
「だって、こっちの方が特殊能力増すし・・・・・」
全員が焦る中で当の神威はのほほんと答える。
「大丈夫だよ・・・これでより魔族の力は抑えられるし・・・それに、『天令の杓杖』は絶対に使わないし」
「当たり前だ!!」
一同が神威のその言葉に念を押すように怒鳴りつける。
特に先代及び、先々代の死を目の当たりにしている李響、赦塩、ベリアルの形相は半端ではなかった。



「・・・・・馬鹿な」
一同が神威のとった行動に焦りを見せている中で、魔族が予想外の行動と声をあげた。
その声は信じられないとでも言うようで、そして身体は小刻みに震えて、まるで何かに恐怖しているかのようであった。
一同がそのまさかの様子に呆然としていると、魔族は己の恐怖を抑えるかのように叫びはだした。
「どうして・・・そんなものが・・・・・どうしてその紋様を貴様がもっている?!」
魔族が言っているのはおそらく神威の身体中の紋様のこと。
しかしなぜ魔族がその紋様に対してこれほどまで怯えたようにしているのかが一同には解らなかった。
ただ1人だけを除いては。
そして魔族はいきなり叫ぶのを止めて、『心の御柱』を睨み付けた。
その瞬間、姫浪や李響をはじめ、その意図に気が付いたものはやばいと思った。
急ぎ『心の御柱』に結界をはる。
しかし半ば恐怖にかられて自暴自棄になった魔族の渾身の力は、結界をあっさりと突き破ってついに御柱』を破壊した。
その光景に一同は呆然とし、魔族は勝ち誇ったように高く笑い続ける。
「ふふっ・・・これで私の力は戻った。そして・・・これで気兼ねなく、その紋様が何であるか貴様等が気づく前に始末をつけてくれる」
「・・・それはどうかな」
すでに勝利を確信したかのような魔族の言葉に、楽しげな声が見事に水を差した。
そこにはまさしく悪戯が上手くいったようににやにやと笑う御雷だった。
「師博!何を笑っているのですか?!『心の御柱』が・・・」
「本当にお前の力は戻ったのか?」
冬衣の非難の声を無視し、御雷はまだ楽しそうに魔族に話し掛ける。
その言葉に魔族は怪訝そうに眉をひそめた。
そして、次の瞬間愕然とした表情に変わる。
「なっ・・・・・・戻っていない・・・・・だと?!」
魔族のその言葉に一同は呆然として顔を見合わせる。
誰もが魔族の力はあの瞬間戻ったものと思っていたため当然の反応といえる。
「どういうこと・・・?」
「簡単だ。あの『心の御柱』は本物じゃないってだけだ」
御雷のその言葉に一同は驚愕の表情を作る。
「本物じゃないって?」
「あれはな、見たまま『柱』っていう解りやすいものを、そのままおいて象徴的にしてただけ。あと、ダミーっていう意味もあるし・・・天界と海明界のも同じ」
「そ、それじゃあ・・・・・」
冬衣が尋ねようとした瞬間、魔族の怒りにかられた攻撃が近くを過ぎ去る。
「本物はどこだ?!」
その様子にさも楽しそうに笑んだ御雷は隠そうともせずに語る。
「本物は、三大神そのものだ・・・」
「なっ・・・・・」
その言葉に一同は驚愕の表情を浮かべる。
三大神ということは、すなわち天照、月読、須佐之男といった、天界、月影界、海明界の最高責任者そのものが、そのまま『心の御柱』だったということだ。
「だから、その界の『心の御柱』を壊すってことは、それぞれの神を殺すってことだ」
得意げにそういう御雷の言葉に、一同は驚いた後顔を引きつらせる。
「そんなことぺらぺら話して良いことではないでしょう!」
「そうです・・・もしそれで、月読様に危険が及んだら・・・」
「大丈夫だろ?」
一斉にあがる非難の声を御雷はけろりとまったく意に介さずに言葉を返す。
「何が大丈夫ですか?!」
「だって俺、そう簡単にやられない自信があるし」
「御雷様が自信を持たれたってどうなる・・・・・・・えっ?」
満面の笑みを浮かべる御雷の言葉を聞き取り、一同は呆然として目を丸くする。
ただ1人、李響だけはやはりというように落ち着き払っていた。
「どうやら・・・・・俺の顔をしらんとは・・・そこまで上級でもないようだな」
そう魔族に言い捨てた後、御雷は突然額当てと、髪を結っていた紐を同時に解く。



そして次の瞬間その場に立っていた御雷の姿は、銀の髪と銀の瞳、そしてその背には4枚2対の銀翼が存在していた。









あとがき

本当にお久しぶり・・・
なんだか最近お久しぶりなのが多いです;
勘の良い人には解っていたと思われる御雷様の正体発覚でした。
なんだか今回はいつもにまして主役が主役でない・・・
まあ、本当にいつものことですが;(私の書く話は)
次回で月昇期も最後ですが、このまま御雷様オンリーステージで行くわけがありません・・・(^^)





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