天使出張所〜月昇期〜
6:「転生」




辺りはまだ驚き覚めやらぬといった様子で、銀の神と瞳の姿に変わった御雷を呆然と見つめていた。
そして誰かがぽつりと一言呟いた。
「・・・・・月読様?」
そしてその声に他の面々もはっとする。
銀の髪と瞳だけならまだしも、銀の4枚翼を持つものなど、それはこの月影界の真の主であり、天照神王の実弟である月読だけである。
「師博が・・・月読様?!」
「あ〜〜、まあそうだな」
未だ信じられないと言った様子で声を上げる冬衣に、御雷改め月読は呆気羅漢として答える。
その口調も態度もいつもの御雷の時のものとは変わりなかった。
「やはりな・・・・・・」
一同が驚く中でただ1人、御雷の正体にあらかじめ気がついていた李響だけがそう言って軽く溜息をつく。
「でも・・・なんで月読様があんな事を・・・・・」
「あ〜〜その手の質問は後回しだ。今回の主役は俺ではないからな」
などと一同には訳の解らないことを言いながら、魔族の方に不敵な笑みを浮かべながら目をやる。
その目線に魔族はぎりっと奥歯を噛締める。
「・・・貴様が月読か?」
「ああ、そうだ」
「先の大戦では貴様の弟と一緒に我らの邪魔を散々してくれたな」
「そうしなければお前達に俺達の世界は全て滅ぼされてたからな。ま、俺の顔を知らなかった時点でお前があまり大した事がないという事ははっきりしたがな」
また魔族は強く奥歯を噛締めた。
神族・悪魔の連合と魔族が戦った大戦において、月読と須佐之男は魔族の中でも実力の高い者を優先して倒しにいっていた。
つまり月読の顔を知らないということは、それほど実力の高いものではないとも言える。
それでも通常の神族よりは余程強いのであるから性質が悪いといえる。



図星をさされた魔族が悔しそうにしている中で、月読は未だショックの大きい冬衣から『八咫鏡』の偽造品を取り上げ、そして苦笑しながら冬衣に告げた。
「ご苦労だったのう冬衣。良く護ってくれた。・・・実はこれは偽造品などでなく、本物の『八咫鏡』だ」
「はっ・・・・・・・・・・?」
「『三種の神器』に偽造品が存在するはずはかろう」
一瞬言われたことが理解できなかった冬衣だったが、月読の次の言葉を聞いた瞬間、あまりの事実にその場に気を失ってしまった。
「冬衣様!」
「相変わらず仕方がない奴だのう。今からもの凄いものが見れるというのに」
もうすでに十分見せて貰ったし、聞かせて貰ったという一同に対し、月読は何かを企んでいるかのような笑みを浮かべている。
「・・・その『鏡』で私に何をするつもりだ?」
ずっと黙っていた魔族だが、冷汗を流しながら口を開いた。
「例えここで貴様に倒されたとて、私は再び復活できる。我らを封印できる術を持つ神王は、現在眠りについている最中だからな」
「・・・・・何時俺が倒すって言った?」
魔族の言葉ににやりと笑って月読は自分が戦うことを否定した。
その言葉に魔族も、他の誰もが呆然とする。
それはこの中で目の前の脅威に敵う存在など月読しかいなかったからだ。
「主役は俺じゃない。俺よりもっと適任がいるからな」
そう言って月読は何故か瑠架の目の前まで行き、そして彼女に向かって微笑みながら『八咫鏡』を掲げた。
「そうだろ?ルカ=R=フェイダリア」
月読がそう言った瞬間、あたりは『八咫鏡』から発せられた光に包みこまれ、完全にその視界は塞がれていた。



光が収まり全員が視界を取り戻したそこに、瑠架の姿はなかった。
いたのは彼女と同じ姿であるが、服装と髪の色そして目の色が違う人物だった。
髪の色と瞳の色は、まるで緑葉を溶かしたような、透けるように薄いが美しい緑色だった。
服装も緑を基調としており、1枚の緑の布を両腕に掛けていた。
一同が呆然とする中、彼女はきょろきょろと辺りを確認した後、月読の顔を見て微笑みぺこりと頭を下げた。
「これは月読様。お久しぶりでございます」
「お前も相変わらずのマイペースっぷりだな」
まるで古い友人にあったかのような2人の振る舞いに、一同は余計に訳がわからなくってきていた。
しかし魔族だけは彼女の姿を見た瞬間、ありえないという表情をした後、がたがたと身体を震わせていた。
「・・・ばかな・・・・・」
そのあまりにも弱々しく掠れた声に一同はっとして魔族に注目した。
「何故・・・・・『破魔の一族』がここにいる?!」
「『破魔の一族』・・・・・?」
聞きなれないその言葉に眉を潜めながら姫浪が言葉を零した。
その間もただ魔族は声を震わせながら目の前に現れた人物を凝視していた。
「そんなはず・・・そんなはずはない・・・・・!『破魔の一族』・・・10000年以上前、確かに絶えたはず・・・・・・・」
「そう・・・・・あなた方の策略によって」
彼女の零したその一言に魔族はびくっと過剰な程に反応する。
「き・・・さま・・・・・・」
「何も知らないと思いますか?あれがあなた方の策略であることくらい、あの時我々一族の者は誰もが気が付いていました・・・・・」
一瞬辛そうに彼女は瞳を閉じたが、すぐに強い視線を魔族に送った。
「あなた方には我々一族は邪魔でしたからね。なにしろ、あなた方を唯一完全消滅させることのできる・・・・・いわばあなた方の天敵なわけですから」
彼女のその言葉に一同は一瞬聞き間違えではないかとさえ思った。
神族でもなしえることのできない魔族の完全消滅を、彼女の一族はやってのけれると言ったのだ。
そしてそこで誰もがようやく理解した。
月読が『主役は俺じゃない。俺よりもっと適任がいるからな』と言ったその意味が

「苦しくも私が一族最後の生き残りとなってしまいました。ゆえにその宿命に従い、私は貴方を倒します」
そう言って彼女は首から下げていた、ペンダントにしていた1つの鍵を取り出した。
そしてその鍵は一瞬で1冊の本に変わった。
端に金属製の装飾が施され、鍵のついた緑色の本だ。
表紙も中身もただ白いだけの本に見えた。
しかし彼女はその本を読み上げていた。
「命の活力 活力の源 芽吹きし存在 わが身に新たな成長を」
本が緑色の光を放った。
何が起きているのか解らない一同を尻目に、彼女は微笑むと次はその手を虚空に掲げた。
「『結界の紋』・・・」
彼女がそう唱えた瞬間、空にも地にもなにやら文字が浮かび上がった。
その文字に姫浪達は見覚えがあった。
なぜならそれは、神威が翼を出した時に身体に現れる紋様の文字だった。
「簡単なからくりだ。姉様に魔族を封印する術を教えたのはあいつ。『封印の紋』って言ってな。それを姉様は思兼神達にも譲渡したのさ」
『封印の紋』とは文字通り魔族を封印するための紋。
思兼神に魔族の力を弱める事ができるのは、常にその身体で少し微弱な『封印の紋』を発動し続け、魔族の力の一部を自動的に封じ込めているため。
そしてその紋は思兼神が本来の姿になった時、身体中に現れるようになっている。
「これで逃げられませんね」
微笑みながらそう言う彼女の言葉は、まさしく魔族にとっては処刑宣告。
魔族の身体がよりいっそう震えている。
すでに余裕もなく、そしてたすかる術もない事も悟っている。
「『破魔の紋』」
彼女がそう口にした瞬間、魔族は眩い光によって一瞬で消滅していた。









「・・・つまり覚醒転生の方の二双心?」
「そうですね」
にっこりと微笑んで姫浪の言葉を肯定する。
架月と架星のようになんらかの影響で1つの魂と身体に2つの心が同居する場合もあれば、かつての前世と呼ばれた心と現世の心が同居するパターンもある。
彼女・・・ルカの場合は後者に当てはまる。
ただし前者と違い、後者は前世の心が現世の心よりも強ければ、場合によっては前世の心に食い殺され、完全に身体も魂も乗っ取られる場合もある。
「・・・・・・・・」
「安心してください。確かに瑠架よりも私のほうが強いですが、この子をどうこうしようという気はまったくありませんから」
ずっと自分を不信そうに睨み付けている架星にルカはにっこりと微笑む。
さすがの架星も姉の身体で微笑まれてしぶしぶ大人しくなる。
「しかし・・・どうして今まで出てこなかったんだ?」
李響のもっともな質問に、ルカは苦笑を零しながら答えた。
「私は・・・私達一族の転生はかなり普通の方々と違い難しいものなのです。それに、今回のようなパターンですと、幾つか条件が重ならないと・・・」
「だから俺が無理矢理その条件を用意したというわけだ」
胸を張って言いことをしたというような月読に、於美と冬衣は顔を引き攣らせている。
「・・・我々はようするにまんまと騙されていたわけですね」
「師は・・・・・いえ、月読様・・・・・・お戯れが過ぎます」
「んなこと気にするでない。それに、今まで通りの呼び方と態度でにしてくれ」
あははははっと笑う月読に、思わず「この方は本当に三柱の1人なのだろうか」と、誰もが不敬と思いながらも思った。
「皆さん、色々と聞きたい事がおありでしょうが。どうか詳しい話はまた後日ということで。そろそろ瑠架に変わってあげませんと」
にっこりと微笑みながら架星の方を見る。
自分から目を逸らしている架星に近づくと、ルカは架星の頭に手をやって撫でる。
「瑠架は貴方も架月もとても大事にしてますから、瑠架が術で自分の両目の視力と引き換えに、架月が自ら潰した瞳を再生したこと・・・許してあげてくださいね」
ルカのその言葉にぴくりと架星が反応してルカの顔を見る。
そしてルカは満足そうに微笑んで架星の頭から手を放した。
「架月とも仲良くしてくださいね。瑠架は常日頃から、そう思っていますから」
そして瑠架と入れ替わった時と同じ光に包まれたルカは、元通り瑠架と入れ替わっていた。



「さて・・・残りの連中はどこにいることやら・・・・・・」
月読の姿からいつの間にか御雷の姿に戻った彼の言葉を、この時注意深く聞き取れていたのは李響だけだった。








あとがき

ちょっと思っていたよりも短い月昇期最終話となりました。
魔族があっさりと倒されてくれたものですから。
以前にノートに書いたやつでは、姫浪が『精霊の槍』でサポートしたり、李響と赦塩もあるものを使ってルカをサポートしているはずだったのですが、『本』のおかげでそのサポートなしで『破魔の紋』だけで終わりました;
まあ、圧倒的な魔族もあの一族に対してだけは、とっても無力(っていうか、無力すぎ)
でもそうそう簡単に全ての魔族消滅できるかというとそうではありません。
なのでさらにこの『天使』シリーズは続いていきます。
ああ・・・ここまで主人公が主人公してない話を書く奴が私以外にいるのでしょうか?
余談ですが、神族で月読様に命令できるのは天照様だけです。(神話と違って兄弟仲は非常に良いです)






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