TERROR OF SWEET
いつもの簡易正装とは違う少しラフなシャツにズボン、それに少し大きめの肩掛け鞄。
いかにもこれからどこかに行きますというような感じの格好でその銀の髪に紅の瞳の少年がはっきりとこう告げた。
「暫く旅に出てくる」
そう言われて固まったのは彼の双子の妹である金の髪に蒼の瞳の少女アクラフレーム。
砂糖を入れた飲みかけの紅茶入りのカップを口に持っていこうとしたところで制止している。
暫くの間を持って先に話を切り出したのは少女だった。
「何言っているの?兄上」
冗談でも聞き流すような口調で言われ少年もといアイスリーズは少し腹を立てながら
「俺は本気だ!」
そう告げたアイスにアクラは絶句した。
その様子から本気だという事を感じたアクラがその理由を呆れながら尋ねるとものすごい勢いでその「理由」をアイスは話し始めた。
「もうすぐ5月5日、子供の日。またの名を端午の節句、そんな恐ろしい日が近づいてるんだ!」
その言葉でアクラはますます首を傾げた。
確か、自分の知識の中にある限りの子供の日というのは一般的に男の子のお祝いの日で別に恐れるような日ではない、そう思っていた矢先再びアイスが口を開いた。
「・・・・・なんか・・・」
「?」
「柏餅なんか食べさせられてたまるか!!」
ああ、それでかとアクラはその時ようやく話を理解した。
確か柏餅というのはお餅の中にあんこを入れたお菓子のことだ。
甘いものが苦手の兄は確かに嫌がるだろうと一瞬思ったが
「サフィやテールの作ったのを食べれば良いじゃない」
確かに甘いものが苦手な兄ではあるが何故か教育係の片割れとその息子である幼馴染の作ったものは平気で食べられるのだ。
しかし、少々泣きの入った瞳でアイスは首を横に振る。
「あんこのあるものはあいつらの作ったのでも駄目なんだ」
「マジ?」
「・・・あんな良く解らない豆(小豆)を大量の砂糖で煮まくったものを食える奴の方がおかしい」
恨めしげな目でアクラを見ながら言う。
目の前にいるアクラは確かに自分の妹だというのに自分と違って何故か甘いものが大好きということに対しての複雑な思いが感じられる。
「しかも、もうすぐサフィとテールがその第一弾を完成させようとしている気がする・・・」
「いつもの兄上お得意の『あれ』?」
そう、何故かアイスには『知るはずがないことを知ってしまう』という奇妙な能力がある。
それはアイスの意思とは関係なく突然起こり、とても重要なことだったり今回みたいに世間一般ではどうでも良いような内容だったりもする。
「とにかく俺は・・・・・」
「そうはいきませんよ」
そう古くもない扉をギギギという重たい音を立てながら地を這うような声でその人物は現れた。
その声にびくんとアイスは肩を震わせ恐る恐るその方向を見た。
「て、テール?」
「今年こそは逃がしませんよアイス様。いいかげん慣れてもらいますからね」
言うが早いか少年、もといアイスを引きずりアクラに挨拶をしてその場を去っていった。
残されたアクラは二人が消えた扉を見ながらぼそりと呟いた。
「甘いもの好きで良かった・・・」
「アイス様〜、いいかげん慣れてください」
もうすでになきの入った紫紺の髪の教育係サフィルスにそっぽを向く。
それによりますますへこむ父親にテールは呆れた視線を送りつつアイスをたしなめる。
「次期王位継承者ともあろうお方が柏餅食べられなくて毎年城から抜け出す様では格好つかないでしょう?」
「父上だって甘いの苦手だろ?」
「王妃様は大好きですけど」
こんな様子で先程から二人とも一歩も譲ろうとしない。
興味心身でそれを楽しそうに見る者、心配そうに見守る者の二つに分かれて部屋には人垣ができている。
「うう、き、気持ち悪くなってきた・・・・・」
既に完成されている柏餅。
それもサフィルスとテールの二人が作ったために絶対城中の人間で食べても今日中には片付かないぐらい大量にある。
そんな中にいて甘いもの苦手なアイスはもちろん周りにいる者達も少しばかり気分が悪くなっていた。大丈夫なのは作った張本人の二人だけだ。
「いくら慣れさせようと思ってもこの量はどうかと思いますが?」
いや、もう一人何故か平然としているブラウンの髪の少年ウォールナットがはっきりといった。
「そうですか?」
「いや・・・私も少し作りすぎたかなーと思ってますが・・・」
「?これくらいの量なら僕とアイス様とアクラ様とブリックとウォールとシャルトとシエナの7人で食べればすぐになくなると思いますが」
「・・・・・無理・・・」
当たり前のようなテールの爆弾発言に甘いものがそれほど苦手でないはずのワインレッドの髪の少年ブリックが気分の悪そうな顔でそう告げた。
「て、テール君は・・・小さい頃からサフィさんの作った量食べていたし・・・」
「ですね。はっきりいってテールがこんなに底なし胃袋になったのは全面的にサフィルスさんのせいです。その上親子そろって作る量が多いなんて・・・・・」
アクアマリンの髪の少女シャルトルーズに同意しつつ密かな嫌味を含みながらテールは彼の母親に似ない冷たい視線をサフィルスに向けた。
何か言い返したげなサフィルスもぐっとこらえて何も言わない。
言い返したが最後、どんな毒舌で反撃され自分の身が危険にさらされるか解らない。
王族以外はウォールに下手に逆らわない、それがこの城の者達全員の暗黙の了解である。
「・・・・・アイス・・・どこ行くつもりや?」
密かに部屋を出ようとしていたアイスはブリックに呼び止められ扉付近で足を止める。
テールとサフィルスがウォールたちと話しこんでいる隙に逃げ出そうとしたようだ。
彼の心の中は今日だけでもこれなのに当日になったらどれだけの量が自分の前に突き出されるのかという恐ろしさでいっぱいなのだ。
そんな主人の心境を知ってか知らずかテールはアイスに詰め寄る。
「アイス様?」
「い、いや・・・あのさ・・・」
「兄上、テールいる?私も柏餅・・・」
タイミングよく、否悪いといった方が良いのかもしれないが扉を開けて入ってきたアクラに身を翻したアイスの腕が勢いよくあたりバランスを崩したアクラは柏餅の山にダイブしてしまった。
「「「「「「あっ!」」」」」」
全員の顔がさーと青く染まる。
そしてむくりと起き上がったアクラは世にも恐ろしいオーラをまとっていたという。
そして次の瞬間・・・・・
「何するのよ〜!!」
激しい怒りの声と共に放たれた相変わらず大威力の攻撃魔法によりその場にいた人間も巻き込んで辺り一体は破壊されたという。
後日、あの時いち早く事態を察して一人逃げたウォールとブリックが身を呈して庇ったシャルト、アクラ以上の力をもつアイス、そして攻撃したアクラ本人以外のあの場にいた者全員が大怪我を負い、その中には当然テールとサフィルスもいたため今年は柏餅は最初のあれ以外作られることはなかったという。
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