退屈な空を見上げてため息をついた。
なんていい天気、今日も素敵に曇っている。
こんな日はアフターヌーンティーに限ると思い、お茶会の準備を始めた。
もちろん、どんな日でも同じように思って準備を始めるのだが。
要はお茶会はどんな天気でも楽しめるということだ。
晴れたら外で、雨なら室内で、曇りの時はその日の気分しだい。
今日は室内の気分だ。

お湯を沸かしている間にカップを取り出す。
スコーンとそれからリンゴジャム。
やかんが鳴いてお湯が蒸発を始めたことを知らせる。
慌てて走って、そして転んだ。
おでこをぶつけたらしく、ずきずきと痛む。
とっさにあたりを見渡したがもちろん誰もいない。

馬鹿じゃないか。
俺にはもう隣で笑ってくれていた弟なんていない。
わざわざ遊びに来てくれるような友人なんてものはいたこともない。

ゆっくりと、今度は転ばないように火を止める。
安心して肩を下ろした時、今度は電話が鳴った。
上司だろうか?

「Hello?This is...」
「俺だけど」
「え?」
「俺だよ俺、フランス」
「フランス?」
「ちょっと外出て空見上げてろ」
「ちょっと待」
「じゃあ」

切れた。
まだ何も言ってないどころか、聞いてもいない。
外へ出て空を見上げろと言った。
空はさっき見た。
いつもと変わりない退屈な空。
見てるだけで息のつまりそうなロンドンの空。
わざわざもう一度見かえせと言うのか?

馬鹿らしい。
見て何を思えというのだ。
そう言えばお茶会の続きをしなくては。
せっかく沸かしたお湯が冷めてしまう。
用意したスコーンもしけって美味しくなくなってしまう。

その瞬間。

―――爆音。

慌てて外へ出ると小型飛行機が一機。

「なんだよ、外見とけって言ったじゃねぇか」
「……ふらんす?」
「なんだよ。何呆けてるんだ?」
「……何やってんだよ」
「見て分かんないかなぁ。飛行機乗ってるんだけど」
「いや、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「なんで此処居るんだよ」
「えっ、行くって言ったじゃねぇか」
「言ってない」
「さっき電話で」
「言ってない」
「そうだったっけ?」

全然聞いてない。
事前によこしたのは謎の電話だけだった。

庭に降りたのは二人乗りくらいの小さな飛行機。
乗っているのはフランス一人、ということは、自分で運転してきたのだろう。

「何しに来たんだよ」
「デートしようと思って」
「誰と?」
「お前と」
「はぁっ!?」
「ドーバー海峡空の旅なんていかがでしょ?」
「お断りだ」
「何で?」
「お茶会の準備ができてんだよ」
「別に後でもいいじゃねぇか」
「お湯が冷めちまう」
「また沸かせばいいだろ」
「スコーンが湿気てまずくなる」
「もともとだろ」
「殴るぞ」
「殴らないで」

本気で殴られまいと受け身の態勢をとったフランスを見ていると馬鹿らしくなって拳を緩めた。
行ってもいいかと思ったがなんだか負けたみたいで悔しい。

「行こうぜ。何なら今日のディナーは最高級のおもてなしをするからさ」

動かされた。
俺がいつも変なところで意地を張ると、必ず見透かしたようにフランスがきっか
けをくれる。

「仕方ねぇな。そこまで言うなら行ってやるよ」

派手な色した飛行機に乗り込む。
飛行機はちょうど二人乗りでかなり狭い。
お互いの吐息さえも交るような錯覚に目がくらんだ。

「あぁ、そうだ。お前服装大丈夫か?」
「服装?」
「これ戦闘機だから最低限の暖房機能しかついてねぇんだよ」
「死んだりはしないだろ」
「そりゃそうだが」
「いいって言ってんだよ」
「了解」

爆音がもう一度して庭を機体はかけだし、そして次の瞬間ふっと空中へ浮いた。
内臓が口から飛び出るような感覚は好きではないが、地上から離れるという行為
は好きだ。
人も国も地上でしか暮らせないというのなら、今の自分は何なのだろう。
重力に逆らった瞬間神に打ち勝った気がして思わず口角が上がる。

「何笑ってんだよ」
「別に」
「あっ、外見てみろよ」
「真っ白じゃねえか」
「今雲の中だからな」
「ふーん」
「ロンドンの雲はお厚いことで」
「うるさい」
「あーあー悪かった。すねるなって」
「すねてない」
「あーもう……ほら、ほらイギリス。外見てろって」
「だから真っ白だって」
「少し待ってろよ。すぐだからさ」
「何だよ」
「いいから」
「……あ」

不意に視界が開けた。
白一色の世界が急に青色に染まる。
目がくらむような青色。
当たり前だけれども雲ひとつない。
感動だか、少し体が冷えたのかはわからないが、ぞくりと背中を何かが這った。



「スカイブルー……」
「凄いだろ」
「……あぁ」
「どんなに酷い天気の日でも雲を抜ければ晴れてんだ」
「奇麗……」
「あ?」
「こんなに奇麗なのに」

全部壊したいと願ってしまった。

このままこの機体が墜落すればどうなるだろう。
下にいた人は死ぬだろう。
生えていた草木も死ぬだろう。
何よりも、俺とフランスの死の穢れが大地を汚すだろう。
あぁ、なんだかうまく思考がまとまらない。
言葉が不意をついて溢れ出す。

「俺は、イギリスっていう国が好きで、イギリス国民も好きで、上司も好きだ」
「あぁ」
「妖精だって好きだし、ユニコーンも好きだし、今度魔法学校にも招待してもらえることになった」
「あぁ」
「幸せだって思うし、この幸せが続けばいいと思うし、守っていきたいと思う」
「全部知ってる」
「だけど」

だけど、だけど、だけど。
ゆっくりと俺は眼を伏せた。
何かから目をそらしたかったのだろう。
何かって何?
この空の青とか、この空の青に似た奇麗な二つのガラス玉から。

「時々全部壊したくなる。好きなものとか嫌いなものとか関係なく、全部」
「特に天気の悪い日?」
「特に天気の悪い日」
「知ってた」
「え?」
「お前が俺のことも壊したいんだろうなって思ってること」
「…………」
「そうだろ?」
「あぁ」

握りしめた手を開くと汗をかいていた。
気づかれないようにそっと服の端でぬぐった。
フランスがゆっくりと背伸びをした。
何故だか目が離せなくて見つめているとフランスと目が合った。

「イギリス」
「何だよ」
「愛してる」
「ついに頭がいかれたか」
「さぁ?」
「何ニヤニヤしてんだよ」
「さぁ?」
「殴るぞ」
「だから殴らないでって」

相変わらずのあきれるほど大げさなリアクション。
これは案外効果的なのかもしれない。
呆れて起こる気も失せた。

「フランス」
「何?」
「……なんでもない」
「そう」

名前を呼んだのは本当になんでもない。
強いて言うなら名前を呼びたかったから。

「降りるぞ」

そう言うと飛行機は急降下を始めた。
急激な高度の変化に耳の奥が痛む。

「いいんじゃねぇの」
「え?」
「さっきの話?」
「どれだよ」
「天気の悪い日のお前の話」
「何がいいんだよ」
「そうやってさ、守りたいのも壊したいのも好きの同意語だって誰かが言ってたぜ?」
「は?」
「あと、好きの反対は無関心だってさ。好きも嫌いもそのものにとらわれてるって点じゃ同じ」
「……そうかもな」
「それに、俺、壊された覚えは無ぇよ」
「え?」
「壊したいって思ってるくせに壊してねぇだろ」
「……そうだな」
「あと、俺を壊したいって思ってるのは、俺を愛してるって言うのと同意語だと思ってるから」
「はぁっ!?んなわけねぇだろ」
「どうだか」
「訂正しろ。今すぐ訂正しろ」
「どこを?」

けらけらと笑いながらも機体は徐々に雲へ近づいていく。
また雲の下に降りるのかと思ったら少し切なくなった。

「んな顔するなって」
「…………」
「また乗せてやるから、な?」
「またっていつだよ」
「お姫様が望むならいつでも」
「……本当だな?」
「本当」
「蟻が十匹」
「……素直にありがとうって言えないのかよ」

また視界は白く染まる。
少しづつ、少しづつ、高度は下がっていきやがて視界が開けた。
上を見上げれば厚い雲が広がっている。

空を見上げた。
お世辞にもいい天気とは言えなかったがその雲の上を想像したら少し心が軽くなった。


そこにはいつでも行ける。
そう考えながら見上げた空は、呆れるくらいきれいな空だった。

Present from*七さま

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