その様は
まるで奴の国花の様で───。



Pas de roses sans epines.






カリカリカリカリ
静かな部屋に一定のリズムで響くのは、書類を走る万年筆の音。
大分長い間ご愛用しているそれは、確か何代か前の上司から貰ったとか言ってたっけ。

「…何見てやがる…」
「いや、なーんにも」

ぴたりと手が止まって、目線だけ向けられて睨まれた。
おお怖い、なんて戯けてみせれば眉を寄せながら書類に目線を戻す。
そんなに眉間に皺寄せちゃって…絶対皺とれないだろうな、うん。
あんな顔しない方がいいのに、って何回言ったっけこの台詞。
だって何度言ったって、聞いてくれないからさぁ。
お兄さんの言う事、たまには素直に聞いてくれたっていいのにな〜。
まぁ素直じゃないのはコイツの味と言えばそれまでだけど。

「…なぁ」
「なんだ、ってちょっ…!」

こっそりと足を忍ばせて、机を挟んで目の前に。
呼びかけに向けてくれた顎を捕まえて、唇を奪う。
瞬間に目を見開くけど、すぐさま瞑るのが可愛らしい。
飛んで来た拳を、空いていた手でやんわりと受け止める。
酷くちぐはぐなのが、コイツらしくて可愛らしい。
理性で手が飛ぶ、けど本能で俺は祓えない。
ペンを握っている右手は空いてるのに、とか。
絶対殴るのは利き手じゃないな、とか。
殴る以外にも俺の舌を噛むとかあるだろ、とか。
お前を掴まえる手の力は酷く弱いからすぐさま祓えるのに、とか。
つっこんだら、お前は何て言うのかな?


「……っ…」

ゆっくりと唇を離されて、ペンを握っていた手で殴られた。
けど本気じゃねぇって事は、腐る程喧嘩しまくってっから解るけど。
ただ、それでもコイツは大英帝国様。

「すぐ殴ればよかったのに」
「そしたら舌を噛まれるだろ、変態」
「あー、自己防衛な」

少し切れた口の端を拭って、少し色付いた頬を撫でる。
また殴ろうとするのを、笑顔で抑えた。

「けどそんな棘じゃ、弱過ぎるぜ」
「何言って──」
「俺を拒否したいなら殺さなきゃダメだって、いつも言っているだろ?」

俺の言葉に悔しそうに眉を寄せた。
今度は先刻みたく嫌そうに、ではなくて。
これは答えに困った様に、だ。
だってお前は本気で俺を拒めないもんな?



拒んでいるふりは、自己防衛。
いつでも独りに戻れる様に、自己防衛。
まるで自国の国花。
棘で、棘で、傷付き易い自身を守ってさぁ。
そんなのいらないって何度言ったら信じてくれるのかね?


「…殺しても、死なないくせに」
「ああ、だから無理して拒むなって」
「いやだ、俺は、お前が嫌いだ」
「ああ、愛しているよ」

fin.



Present from*Lawさま

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