からころからん
からころからん

店のドア。ガラスの嵌めこまれた木枠の、重たいドア。それの上部に手ずからつけた、安っぽいベルの音が、フランスは気に入っていた。いかにも喫茶店らしいじゃないか、といつだか誰か友人に鼻息荒く語ってみたが、なんだったか、適当な相槌だけで済まされた覚えがある。まあとにかく気に入っていた。

カウンターの内側でぼんやり片肘ついて目を閉じて。客も居ないしうたたねでもこいてみようかいい天気だなあなんてぐだぐだと考えていた。

「おい」

それとも無意味に食器でも拭き直そうか、ああ、でもなあ、ちょうどよーく眠くなってきた。

「…おいっ」

んん?なんかうるさいなあ、あれ、そういや、さっきベルが…?

「無視してんじゃねえよ!!」

ぱちりがたっ、目を開けると同時にカウンターから飛び離れる。びゅんっ、と目の前を拳らしきものが横切って、ふわんと風。
うわあ当たったらこれ痛かったろうなあなんてすっと眠気が跡形もなく消えた。
みどりときんのいろをした男がカウンターを挟んだ正面に立っていた。そのみどりの瞳はぎらんとフランスを睨みつけている。ちっ、と舌打ちが聞こえてフランスはへら、っと苦笑した。

「…いらっしゃい、マ、セー」

わざと癇に障るように語尾をふざけさせれば、案の定じりりと痛いくらいに視線が刺さった。

「てめえ、客が来たってのになに悠々と居眠りこいてんだ?」
「あれ、なにおまえ客だったのうわー気付かなかったー」
「んな接客態度だからこの店いつ来てもがらっがらなんだよ」
「いやーおまえがくる時間が非常識なだけじゃねーのー?店にはねー繁盛する時間帯ってもんがあんの」
「はっ、休日の午後に店員が居眠りできるような店にんな時間があるとは思えねえな」
「うるさいうるさーいうちは平日のが入りが………え、嘘もう午後?まだ昼前じゃねーの?」
「………おまえどんだけ暇だったんだよ」

ばっとフランスが時計を探して店内に目を走らせるのを見て、皮肉を多分に含んだ笑みを呆れに崩して、客の男…イギリスは短い溜息を吐いた。荷物をどさりとカウンターに乗せて、自身もカウンター席に座る。
時間を確かめようとしたフランスは、店中に視線を巡らした後で時計は置いていないことを思い出した。イギリスに今何時なんだ?と尋ねる。水仕事をするからという理由で、腕時計もしていない。

「知る必要あんのか?ねえだろ」
「いやいやあるって。思いつかないけどあるって絶対。」
「…2時47分」
「………うそ。」
「ああ、嘘だ」
「え」
「2時27分。」
「え」

それかわんないですよいぎりすさんなにそのびみょうなうそつきかげん。だららっと脳内を流れるが、口にしたところでしょうがないので流すだけにしておく。ぐはー、と溜息とも唸りともつかないものを吐き出して、フランスは首を回す。くくくきっ、音が鳴る。

「マジで潰れるかもな」

くくっ、という笑い声とともにイギリスが言った。

「いや、それはちょっと勘弁…」
「安心しろ、潰れたら俺が買い取ってやる。で、夢も希望もない貸しビルにしてやるから」
「えええ、それかなりほんとに勘弁」

俺この店結構頑張って建てたんだからせめてそのままにしといてよ。の前に潰れないように努力したらいいだろ。イギリスはさっきのような皮肉を含んだ笑顔で話す。フランスはくったりと疲れたような苦笑い。かたかたと棚からカップを取り出した。

「んじゃ、貢献してくれお客さん。珈琲?」
「ばーか、紅茶に決まってんだろ」
「紅茶は当店のメニューにはございません。」
「ふざけろ。この店に茶葉卸してんのは誰だ?」

黙って紅茶淹れろよ潰れそうな喫茶店のマスター?にや、とイギリスが笑う。

「でしたらご自分でどうぞお客様?」

とんとんとん、イギリスの前にカップとティーポットともろもろを置く。イギリスが眉根を寄せてフランスを見上げた。

「なんでだよ」
「だっておまえ俺の淹れる紅茶に文句ばっか垂れんじゃねえか」
「当たり前だろ、おまえ淹れ方がへったくそなんだよ」
「そりゃーアーサー坊ちゃんには敵いませんよーだからー。…自分で淹れろっつってんの。」

最後の節だけ低い声で、きろんとイギリスを半眼で睨んで言う。む、とイギリスが少し身を引いた。

「…喫茶店じゃねえのか、ここは」
「喫茶店だよ、ここは」

その状態のまましばし睨み合った。睨み合いというほど険悪な雰囲気ではないのだが、見つめ合っているというには少々肌寒い。
はーあ、とイギリスが先に視線を外し、手袋を外して頭を掻く。

「わーかった。文句言わねえから紅茶淹れー…いや、」
「んー?」
「やっぱ紅茶じゃ文句言うから、…珈琲。」
「…へーいへいっ。」

言うのかよ、と思いながら並べたてた紅茶のセットを脇に片して、珈琲の準備をする。


イギリスは頬杖をついてその様子を眺めていた。イギリスが来る前のフランスと同じ格好で、くっ、と口の端だけでフランスは笑った。

「はい、珈琲ですよ、お客様。」
「んー…。」

傾げた体を戻して、イギリスは手を伸ばしてそれを受け取った。けれどことん、と置いて見つめるだけ。

「…飲まねーの?」

味は保証しますよー?とふざけた口調で言ってみるも、イギリスはわかってるよと呟くだけで、口を少し尖らせた。なんだろう、とフランスが窺っていると、目をそらしながらぷつっと言った。

「おまえの紅茶…」
「俺の紅茶?」

それは珈琲だけど?と思ったが、イギリスがまだ何か言おうとしているのを察してフランスは口を噤んでおいた。イギリスはカップを取って、顔を店の入り口の方へ背けた。髪の間から見える耳は真っ赤にいろがついている。

「……味は…嫌いじゃ、ない…」

いっ淹れ方はへたくそだぞ淹れ方は!と消え入りそうな声から一転、叫んでイギリスはごくっと珈琲を呷った。そしてんぐっと熱さにむせた。

「なんだこれ!あっちいなくそっ!!」
「………淹れたてですから…」

フランスは呆けた頭で、そう返した。じわりじわりと、イギリスの言った言葉が染み始めて、緩みだす顔を両手で覆う。

「…イギリスー」
「なんだよっ」
「それ、飲み終わったら…へたくそな紅茶淹れるから…」

顔の緩みが収まるどころか、さらに進んだ状態で手を外して、フランスはイギリスのカップを指した。イギリスは睨むように見返す。

「淹れるから…なんだ。」
「…うちの売り上げに、貢献して。」

フランスの言うところを飲み込むのに数秒かけて、それからイギリスはもう一度カウンターに肘をついて、視線を合わせずぶすりとした表情を見せた。

「…この店、便利なんだよ」
「便利?」

表情と同じような声の調子で続ける。

「そう。会社と、家と、ちょうどいいとこにある。」
「そうだったっけ」
「そんで、…出てくるもんも悪くねえし」
「良いって言えよ、素直にさあ」
「うるさい。………だから、まあ、潰れられて、別のとこ探すのも面倒だし…」
「面倒だし?」
「………貢献してやるよ、!っ感謝しろ貧乏人!借金まみれ!赤字帳簿!!」
「やだ痛い!やめて言わないでそーゆー単語は!!」

耳を覆ってぶんぶんと首を振る、わざとの大げさな身振り。フランスがちらとイギリスを窺えば、珈琲に気持ちを戻したようで、フランスなんか見ていなかった。

「…あー、なあ。」
「なんだ?」

珈琲にふうふうと息を吹きかけながらイギリスが目を上げる。

「新メニューの試作品食うか?金取るけど」
「試作品なのにかよ」
「でも美味いぞ」

少しの沈黙のあと、フランスの予想通りの言葉が返ってきた。


Present from*グガさま

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