ちらちらと、青銅製のガーデンテーブルに薄い光が落ちている。
日本のそれに比べるとずっと控えめな弱い木漏れ日に誘われるように天を仰ぐと、梢の向こうに青空が広がっていた。基本的に曇りがちで細かな雨の多いロンドンの町で、こうも綺麗に晴れるのは珍しい。最もここはやたらと天気が変わりやすいから、一時間後に霧雨が降りだしたりするかもしれないけれど。
にもかかわらず庭でお茶会なんて、あまり理に適っているとは思えないのだが。それでもこの国の人たちにとって、それはごく自然な文化として根付いているらしい。
いいことだと、日本は思う。欧州の文化はとかく慣れないものばかりで戸惑うことが多いのだが、イギリスが時折誘ってくれるアフタヌーン・ティーは素直に楽しめるものだった。日本とて形は違えど喫茶文化の浸透した国である。
機会があれば、今度、イギリスさんを日本流の“茶道”でもてなしてみようか。爽やかな風の吹くイングリッシュ・ガーデンに浸り、いい気分でそんなことを思いながら顔を上げ振り返った日本は―――勝手口の向こうに見えた光景に、若干盛り下がった。
喧々囂々。たった二人にも関わらず、そんな言葉がぴったりきてしまうような光景が繰り広げられていた。

「うわ、イギリスお前なんだよこの冷蔵庫…食材貧相すぎだろ」
「余計なお世話だワイン野郎黙って手を動かしてさっさと出てけ寧ろ帰れ!」
「たく、小腹すいたしなんか作ろうかと思ったのに。お前なーいい加減缶詰に頼りきりの食生活なんとかしろよ。大体お前んとこのスーパーはなんであんな缶詰だらけなんだ?せめて食材の状態で買え」
「お前俺の言葉聞いてたか?とっとと庭戻れっつったよな?寧ろ帰れっつったよな?」
「うわ、棚も缶詰だらけ…あー、いや、悪い。お前に料理しろなんて無茶を期待した俺が悪かった、うん」
「余計なお世話だっつってんだろうがぁぁあああ」

ものすごくうるさいです。
心内でそうコメントし、深く深く溜息をつく。欧州の言葉が日本語に比べ喧しい傾向があることを差し引いたって、煩い。しかも言語がまざっている。フランスが遠慮なく自国の言葉を使うからだ。ただでさえフランス語は言葉数が多くてかしましいところがあるのに、英語といりまじって余計に聞き取りづらくやかましい状況になっている。せっかくの美しい響きもこれでは形無しだ。
フランスさんを引き入れたのは失敗でしたかね、と。若干思いつつ、しかしフランスが白い皿に菓子を盛るのをみて、そうでもないかなと思い返す。イギリスでは絶対にしないであろう、見た目を意識した盛り付けだ。
会議の後にアフタヌーンティーに誘われたときの、唯一の懸念事項がそこだったのだ。イギリスはあまりというか、すごく、料理ができない。といっても大体は既製品の菓子を出してくるから、さほど心配するものでもないのだが。
しかしどんな既製品も、フランス手製の菓子には敵うまい。あれを食べれるなら多少の心労は我慢しようとそれなりにグルメな日本は思う。
そう、我慢しよう。たとえば喧しい喧嘩だとか、或いは、

「でもなぁ…この際味には目を瞑ってやるから、せめてもうちょっとバランス考えろよ。こんな缶詰生活不健康すぎるだろ。いっとくけどメタボとかゆるさねーからな、却下だ却下。せっかく抱き甲斐ある体してんのに」
「なんでテメーの許可を得なくちゃなんねーんだよエロひげ親父。大体不健康はそっちも同じことだろ。最近ちょっと太ったの知ってんだからな」
「ご無沙汰だからですぅー。なに、ご希望ならお兄さん頑張っちゃうよ?」
「最低のダイエット法を当たり前みたいにいうな」
「ま、いまんとこ問題ないみたいだけどな。あ、でもこの辺ちょっと肉ついた?」
「っ変なとこ触わんなばか!ケトルもってんだろうが手元狂うだろ!」
「えー」
「『えー』じゃねぇよカワイコぶんな気持ち悪ィ。熱湯かぶりてぇのか?」
「ちょ、ま、お前それはやめろ俺にかけるな!ほら日本待ってるじゃん早く紅茶いれてやんなってなぁそうしよ!?」
「ちっ…」
「うわ、なにその残念そうな目…あ、いやすいませんなんでもないです」

或いはこんな、爛れた感じのする痴話喧嘩とか、も。
実はそんな仲だったりする二人の言い合いがやたらと生々しくて、日本は思わずさっと目をそらした。すごく居た堪れない。
はぁぁ、と。魂が抜けそうな溜息をつきつつフランスが台所から庭へ出てきて、その姿にしょっぱい顔をする。フランスの手には白い皿があって、ナプキンをしいた上に綺麗に盛られているのはどうやらショートブレッドのようだった。気分なのか、それともイギリスに合わせたのか。どちらかはわからないが、フランスの菓子を楽しみにしていた日本は少しばかり残念に思う。
ショートブレッドは好きだが、せっかくなら、フランスの腕が遺憾なく発揮されたケーキとかの方が嬉しかったかもしれない。文句をつけたいわけではないが。
台所でイギリスがケトルを置き、砂時計をひっくり返す。勝手口を潜り庭に戻ってきたフランスが、傍らにたち皿を置いた。

「お待たせー 悪いな、退屈したか?日本」
「そんなことないです。イギリスさんの庭は、いるだけで楽しいですし」

気遣いの言葉は英語だった。よくこうもぽんぽん使い分けられるなぁと日本は感心する。母国語が親戚同士な分、慣れやすいのだろうか。
こじんまりとした庭を見渡す日本に倣い、フランスも視線をめぐらせた。花盛りは過ぎてしまったが、丁度バラの季節がはじまったところで。艶やかな花を開き始めた一画が他を圧倒している。
何気なく歩み寄ったフランスが、それを楽しむように少しばかり笑みを浮かべた。そんな姿がやけに様になっていて、ああやっぱり、基本的には綺麗な人なんだなぁと日本は思う。同時に基本的には、で終わってしまうのが残念だな、とも。
綺麗なんだけど、変態なんだよなぁ。

「いるだけで楽しい、か。日本も庭好きだからか?」
「フランスさんのところのものに比べて、私のところのものに近いからでしょうか。落ち着くんです」
「そりゃよかった。フられたな、フランス」

声に振り返ると、丁度イギリスがトレイを手に庭へと出てきたところだった。
ふふん、と鼻を鳴らしそうな顔でカップを並べていくイギリスへと、フランスが苦い顔をする。

「フられたってなんだ。庭の好みの話だろうが」
「家が気に食わないんじゃ話にならねーだろ」
「別に気に食わないとは…フランスさんのところの庭も好きですよ」
「ほらみろ日本だってこういって、」
「勘違いも甚だしいなばーか。日本は優しいからフォローしてくれてんだよ」

そう思うんなら、フォロー台無しにしないで下さい。
ハハハハハと高笑いしつつ言い切ったイギリスに、日本は心中ツっこみをいれた。いや、まぁ、今のは別にフォローでもなんでもなく本心だったのだけれど。
普段のイギリスは欧州の人にしては珍しく空気を読んでくれる人で、あまりこういう、場の雰囲気を壊すような発言はしないのだが。フランスさんとアメリカさんが関わるとすぐ素がでるんだから、と日本はいえない文句を飲み込んだ。
指摘するのは、怖いというよりも可哀相なのでできない。当事者であるフランスやアメリカが指摘する分には苛立ちのままに殴って済ませられるだろうが、第三者である日本にそんな指摘をされたのではイギリスの立場がない。きっとしどろもどろになって、言い返せずに落ち込んでしまうだろう。
「そんなことは、」と曖昧に微笑み誤魔化そうとする日本の努力を他所に、二人の言い合いはヒートアップしていく。

「自分に都合のいい解釈すんなこの元ヤン!」
「空気読まねぇお前に代わって日本の心の声を代弁しただけだワイン野郎!大体テメェ見境なさすぎなんだよ中国可愛いとかぬかした舌の根も乾かねぇうちに日本可愛いとか言い出しやがって変態も大概にしろ!」
「綺麗なモンを愛でるのは俺の美学だ!アジアンビューティーもなかなかいいよなー あ、そっか、ヤキモチ?イギリスってば妬いちゃった?」
「誰が誰に何のためにだ?説明できるもんならしてみやがれ歩く猥褻物」
「まってまってイギリス顔怖い!説明したら即撃つって顔してるような気がするのは俺の気のせい!?」
「へぇ、お前も空気読めたんだなぁ?説明するんなら覚悟決めろよ?」
「痛い痛いって足踏んでる!ツンが痛い!」
「ツンってなんだクソ野郎ォォオオオ」

ツンデレも度が過ぎると大変らしい。芸術的なまでに完璧なハイキックをもって沈められたフランスを他人事として横目にみつつカップを手に取った日本は、まだ熱いそれをそろそろと啜り、それからカップを置いてミルクピッチャーへ手を伸ばした。濃い目に煎れられたイングリッシュ・ブレックファスト。ミルクティーを前提として淹れられているのだろう。
深い赤茶色の水面にミルクを落とす。白い筋がぱっと広がった。軽く混ぜてから口をつけると、冷たいミルクが入ったことで大分飲みやすい温度になっていた。ふわりと、なんともいえないやわらかな香りが鼻腔を擽るのを一口啜り、味わう。

(あ、)

美味しい。ほ、と思わず息をついた。
ブランドまではわからないが、多分よいものなのだろう。会議続きで疲れているところに濃い目のミルクティーが有難かった。やさしい味が、体全体に染みていくような感じがする。
多分、イギリス自身連日の会議で疲れているのだろう。そういうときにはやはり、コーヒーよりも紅茶が欲しい。来てよかったなと、改めて思いながらもう一口啜る。
一人カップを置いたところで、フランスを沈めたイギリスが戻ってくる。打って変わった紳士面で席に着き、微笑みと共にカップへ手を伸ばした。

「お先に頂いてます。いつものことながら、美味しいですね」
「そりゃ光栄だ。最近会議続きだったからな、日本は遠くからだから大変だろう?」
「そうですね。時差なんかもありますし、来るのに半日かかってしまいますし…楽ではないですけど。最近はもう慣れましたよ」
「毎回毎回、こっちでの会議じゃ大変だな。今度集まるときは日本にするか」
「ですがそれでは、皆さんが大変でしょう」
「そうでもないと思うぞ。寧ろみんな、ついでに観光しようって喜ぶんじゃないのか?」
「そうですか?でしたら是非。今度はこちらの『茶』でおもてなししますよ」
「そりゃいい。でもアメリカなんかは呼ばないほうがいいな、退屈して愚図りそ、」
「ちょっとお二人さん、俺を無視して和まないでくんない?」
「ちっ 生きてたか」
「…お前ってほんと性格最悪だな…」

はぁ、と。本日二回目の魂が抜けそうな溜息をしつつ、復活したフランスが庭に座り込んだままぶうたれる。それを一瞥するイギリスの目は、照れでも何でもなくはっきりと侮蔑の眼差しだった。
フランスはフランスで、心底嫌そうな顔で悪態をついている。このままいくとまた口汚い罵り合いだろう。この二人の口喧嘩は往々にして内容が汚い。
やれやれと、紅茶を啜りつつ日本は呟く。千年以上も腐れ縁をしているこの二人はいつだって会えば即喧嘩で、にこやかに対話しているところなんてみたことがない。手を組むことは案外多いくせに、二人の態度はどこまでも友好的とはいいがたくて。
本当に、どうして。この二人って。

「…なんだってお二人は、お付き合いなさってるんでしょうか…」
「は?」

カップを置きながら思わず質問してしまって、日本は激しく後悔した。
心の声がうっかりと声に出てしまった。テーブルを挟んだ向こう側に座るイギリスが、カップを持った手を宙にとどめたまま、狐につままれたような顔をしている。

「いえあの、すみません。変なこと言ってしまって」
「あ、いや。そんなことないけど」

ないのかよ!と否定しなくていいところを否定したイギリスに日本はうっと言葉を詰まらせた。だからなんで流そうとする努力を水の泡にするんだこの人は。
話題換えに失敗した日本をよそに、イギリスはそれからカップへと視線を落とし、少し眼差しを遠くした。大真面目に考えてる顔だ。なんでこう変なところで律儀さを発揮するんだと、溜息をつきたい気分で日本は思う。
間が持たない。カップの持ち手を弄り思案顔をするイギリスに日本は視線を泳がせる。やっぱり会議の後、俺も混ぜろよと言ってきたフランスにノーと言っておくべきだったか。
フランスが立ち上がるのを視界の端でとらえる。イギリスを見やる青い目は、話題に興味をもったらしく緩んでいた。こういう目をしているときのフランスは間違いなく余計なことしか言わない。

「あの、すみません、本当に気にしないでください。それより、」
「そんなの決まってんだろー」

カップを置いた日本が視線をあげ、先手を打つべく、言葉尻を強くして言い募る。しかしそれをフランスの声が遮った。
椅子を引きどっかりと腰を下ろすフランスを日本が非難がましく見やった。が、カップへ手を伸ばすフランスはどこ吹く風で。

「顔だろ、顔」

それはもう、ワインの原料は?と聞かれ葡萄と答えるかのごとく。きっぱりとあっさりと、迷うことなくそう言った。
手にしたカップを優雅に啜り、舌の上で転がしながら味わうのが様になっている。味へのこだわりはカフェオレでも紅茶でもかわらないらしい。いや、違う、そうじゃなくって。なにその優雅な態度と正反対に最低な発言。
あまりのことに反応できない日本は、本日最大限に曖昧かつ微妙な顔をしている。

「…はぁ、そうです、か…」
「性格最悪でも顔はいいからな、こいつ。肌きれーだし童顔だし、」
「べたべたすんなバカ!離れろ!」
「酷い食生活してる割に太んねぇしなー ホントこれで性格よければ絶対フランス領にすんのにもったいない」
「テメェの領土になるほうがもったいねぇよクソワイン。イタリア二号が寝言ぬかしやがって死ぬ覚悟あんならやってみろよ返り討ちにしてやるから」
「な?すげー口悪いだろ?これがなきゃ可愛いんだけどなー」
「…はぁ…」

同意を求められても、適当な相槌以外コメントのしようがない。もうどこにツっこめばいいのだろう。
もしかしなくてものろけられているはずなのだが、あまりそう聞こえないのは、フランスの言葉があまりに軽いからだろうか。話しながらしっかりとイギリスを引き寄せてその顔を指し示しあまつさえキスをしかける光景は、それだけ見るとはいはいごちそうさまと舌打ちしたくなるほど甘いものなのだが、台詞が全く全然甘くない。それも完全に世間話のノリであってのろけている口調ではない。イギリスはイギリスで射殺せそうなぐらい殺気だった視線を向けている。
質問に答えてもらったはずなのに、余計にわからなくなった気がするのは何故だろう。乾いた半笑いで精一杯のごまかしをした日本は、さりげなく視線を落とした。テーブルに置かれた皿と、その上の菓子が目に入る。
やっぱりノーと言っておくべきだった。菓子に目がくらんで強くいえなかった過去の自分をいま猛烈に叱りたい。いや、性格上、それがなくても強くはいえなかっただろうけれど。
しかしそんな日本の切実な思いが、フランスに伝わるわけもなく。心底残念そうなのろけという奇妙な語りが続く。

「ほんと、せっかく子供っぽくて可愛い面してんのに、中身はむっつりだし爛れてるし。口は悪いしすぐ手がでるし短気だし」
「童顔童顔うるせぇんだよこのエロ親父が…!誰がむっつりだテメェと一緒にすんじゃね、」
「まぁそのギャップは悪くねぇけど。こんな童顔であんなこととかこんなこととか口走るのはなかなかそそるもんが、」
「ッテメェこそなに口走ってんだ変態クソ野郎ォォオオオ!」

あ、滅んだかな。
ドゴォ、と。とても殴打によるものとは思えない破壊音とともに再び沈められたフランスに心内で一応合掌。むやみやたらと高速な右ストレートを決めたイギリスは耳まで真っ赤で、ぜーはーと肩で息をしている。恥ずかしかったらしい。
自分の痴態を公表されかけたわけだから、慌てたのも頷けるが。しかしこの人の恥ずかしいの基準ってどうなってるんだろう。恥ずかしがっておくべき場面は既に何度かあった気がするのだけれど。
ユーロが導入されててよかった、痴話喧嘩でフラン大暴落とかアホくさすぎる。やっぱり他人事として思った日本は、もうどうにでもなれという気持ちでイギリスへと水を向けた。
ここまで話してしまった以上、逃れようがない。自分がスルーしようとすればフランスが強引に水を向けるだろう。だったらさっさと聞いて話題を終わらせたほうがいい。言葉は自然と投げやりになった。

「イギリスさんはどうなんですか」
「え?」
「そこまで悪態をつく相手と、どうして付き合っているんです?」

言うと、イギリスは目を丸くした。なるほどそういう顔はやたらと幼くて、とても老大国と呼ばれるほどに古い血筋とは思えないものがある。
席を勧める日本に従い、イギリスが席に戻る。ゆっくりとカップを手に取り、少しばかり思案顔をした。やっぱり本気で考えてる顔だ。だからなんで私とかカナダさんに対してはそう無駄に誠実さを発揮するんですかあんまり嬉しくないですよそんな限定的誠実さ。心の底から日本は思う。いえないけど。
やがてイギリスは、恐らく彼の中で様々な要因を冷静かつ客観的に検討し吟味した末に出したのであろう結論を、報告書でも読み上げるかのごとき淡白さで提示した。

「テクかな」

ピシッ と、日本が石化する。
曖昧に笑うコメントすらできなかった。できてたまるか。
デリカシーってなんだっけ。ちょっと現実逃避しかける日本の空虚な目には全く気づくことなく、イギリスはのんびりと紅茶を啜っている。ああたしかにこの童顔でこういうこと口走っちゃうのはギャップありますねフランスさん。ていうかあなた一体この人になにしてるんですか回答が生々しすぎるんですけど。
やっぱり聞くんじゃなかった。どうにでもなれとか思った自分を猛烈に殴りたい気分になっている日本の横で、どうやら復活したらしいフランスが席につく。
さすがのフランスもこの返答は予想していなかったらしく、げんなりした顔をしていた。ちょっと泣きそうだ。

「あのなイギリス…ギャップ萌えにも限度ってもんが…」
「な、なんだよ。正直に答えただけだろ。お前の特技って料理とセックス以外になにかあったか?」
「俺的には最大限の褒め言葉がこんなに嬉しくないの初めてだよお兄さん…!」

顔を覆ってさめざめと嘆くフランスに、ほんのちょっとだけだけど日本は同情した。同時に多分それは最大限の罵りであって褒め言葉ではないと思います、とか内心だけでコメントしつつ。いや、罵りですらないだろう。完全に素というか本気だ今の台詞。
萌えと萎えは紙一重。なんで二つある特技のうちそっちをあげてしまうのか。いや、あげるにしても、もうちょっと言い方ってもんがあるだろうに。
これが頬染めて照れながらもうちょっとオブラートに包んだ言葉でだったら、ギャップ萌えのしどころだっただろうに。今のは断じてそんなちょっとピンクな雰囲気じゃなかった。明らかに冷静な分析の末に結論を述べているだけだった。
なんだかなぁ。思いながらショートブレッドを手に取る日本に、つられたようにイギリスもまた皿へ手を伸ばす。疑問符を浮かべて、明らかにわかってない顔だ。

(変なところで男らしいというか、乾いてるというか)

知ったところで何の得もないイギリスの新たな一面を発見した日本は、手に取ったショートブレッドを一口齧った。さくりと割れてほろりと崩れて、バターの風味が広がる。美味しい。シンプルな菓子でも、職人の差というのは出てくるものなのか。自然と気持ちが緩んで、日本は苦笑いした。美味しいものを食べながら怒っていられる人というのはあまりいない。それは万国共通だろう。
それと同時に、ふと思う。普通に考えて、常に手製の菓子を携帯している人なんていない。つまりフランスは最初からアフタヌーン・ティーのご相伴に預かる気満々でこれを焼いてきていて、たまたまイギリスが日本を誘ったため三人になったということなのだろう。
ということは、このショートブレッドも―――連日の会議で疲れているイギリスさんを思って、彼にとっての「懐かしい味」に合わせたのだろうか。
ちらりと視線を上げて向かい側を見やる。ショートブレッドを一口齧ったイギリスの口元が、少し緩んだ。

「…クソ、やっぱ美味いな…」
「そりゃどーも。『クソ』が余計だけどな」

あーあ、と嘆きながらフランスが紅茶に口をつける。何気なく一口啜った口元が同じように少し緩んだ。
あれほど騒がしく始まったティータイムがいつの間にやらぬるい空気になっていて。日本は僅かに首を傾げた。
ゆるく吹く風が、心地よい。

「ホント、顔はいいのになぁ…なんで中身はこんなんなんだか…」
「う、うるせぇな…なんなんだよ一体…」
「むっつりの癖に変な潔さばっかり発揮するんだからもう…!お兄さんがっかりだよ。お前その童顔でエロ本に鼻の下伸ばすのとか詐欺だろ。そういうギャップはいらないって」
「誰がむっつりだよ!オープンに変態なお前にいわれたくねぇ!」
「むっつり以外のなにものでもないだろーがエロ大使。俺、その点においてはお前を全面的に尊敬するぜ…!」
「変なところで尊敬の眼差しを向けんなぁああ」

ああ、なんか、わかった気がする。溜息をつきながら日本は、まったくどうしようもない人たちだと嘆息した。結局のところのろけられているのだ、自分は。
二人とも戦火の耐えないヨーロッパで鎬を削りあいながら生き抜いてきた身で。愛だの恋だの、彼らにとっては今更なのだろう。そういう響きに酔えないぐらいには擦れてしまっていて、必要としないぐらいに馴れ合ってもいて、それを互いにわかってもいる。
生まれたときから殺し合いを続けてきて、この先それがないと思えるほど楽天的にもなれない。過去の全てを忘れられるほど身勝手にもなれない。これはそんな彼らなりの距離で、彼らなりの想いの形なのだ。
素直じゃなかったり、プライドが高すぎたり。腐れ縁過ぎて今更でもあり、曖昧なままでいたかったり。色々な理由でいえなくなってしまった言葉、直視できなくなってしまったもの。たぶんそれはこのテーブルの上にありったけ表されていて、こんな最低な言い合いすらもきっとその一部で。

「おいおい、他にどこ尊敬しろっていうんだよ?味覚もセンスも褒めようがないんですけど?」
「あァ?また百年殴られたいらしいなテメェ…!」

底にある想いは、呆れるほどに単純なくせに。面倒くさい人たちですね。
殺気を放ちつつ睨みあう両者の間で、ぎしぎりしと空気が軋んでいる。フランスはまた自国語に戻っていた。この分だとあと一分ともたずに殴りあいだろうか。まぁそれも、この二人にとっては日常の一部だろうけれど。
はいはいごちそうさま、と。投げやりな溜息にそんな思いを混ぜた日本は、私はお邪魔虫でしたね、と意地悪く小さく笑むことで腹いせをすましながら紅茶を啜った。
体中に染みていくような、優しく甘い味がして。ほ、とまた一つ息をついた。

Present from*雷華さま

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