*百年戦争ネタで英仏(実在人物捏造注意)

+気づいたことと、間違えたこと+


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毎年秋のブルターニュの畑を賑わすソバの白い花は、小さくて地味だが繊細で素朴だ。時期的には若干早いのでみられないことにさして疑問はないが、かといって緑の葉のひとつもない荒れ果てた丸裸の丘が延々続くのを見せつけられると気分が悪くて仕方ない。フランスは、そっとため息をついた。

馬に揺られる体が、重い。それは気分の問題だけではないようだ。度重なる敗戦による傷は治る暇もない。その上人質の返還の為に支払われた金額は冗談では済まされない財政赤字で発熱・頭痛を引き起こしている。今日だって敗戦処理の会談の為に馬を進めているのだ。

ブルターニュ公の座を廻って、前公の長女ジャンヌとその夫シャルル・ド・ブロワと、前公の異母兄弟ジャンが争っていた。イギリスは伝統的に友好関係にあるブルターニュを侵攻路のひとつに考えていた。そういった思惑によりイギリス国家がジャン側に、阻止したいフランス国家はブロワ側に肩入れをして、双方に多大な被害を与えていた。今日ではブルターニュ継承戦争と呼ばれ、百年戦争の初期の大きな戦に数えられている。
一連の争乱は、先日のオーレの戦いのフランス軍大敗をもってやっと決着がついたのだ。

「フランス。大丈夫か?」

馬を並べて進んでいた国王シャルル五世が、フランスに声を掛けた。フランスは、いつの間にか自分が馬上に身を伏せていたらしいことに気づいた。26歳になるこの若い王は、自身も決して丈夫とは言えないにも関わらず、いつもフランスをいたわってくれる。

「馬がつらければジャンヌ殿の乗っている馬車に乗せてもらおうか?」
「ちょっと目眩がしただけだよ。今更珍しいことでもないだろ?」

フランスがそう明るく言うと、シャルルは手を伸ばして包帯が巻かれたフランスの頭を抱き寄せた。

「悪いな。赤字回復には少し時間が掛かりそうだ」

手は打ったのだが、と呟く王に、フランスは目を閉じて笑った。

「財政ってのは時間がかかるもんだからな。お前が手を打ったって言うんなら心配はしてねーのよ。目下の面倒事は会談だろ?」
「会談に関しても、ちゃんと考えてあるぞ。要は戦争で負けても目的が果たせればいいのだからな。幸いブルターニュが介入を嫌がる分イギリスはあまり関与出来ないだろうからな。手段は選ばん。今回は汚いぞ」

平気な顔で言ってのけたこのような事も、冗談などではなく本気なのだろう。昨今珍しく現れた頼もしい王に、弱りきったフランスはすべてを委ねていたと言っても過言ではない。

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イギリスは足元に後ろ手を縛られて座っている大男を見下ろした。
男はブルドックのような、豚のような、顎の鰓がはってひしゃげた顔立ちをしていた。顔だけなら、二目とみられない醜男と言える。しかし、叩き上げの兵士に相応しい筋骨隆々の肉体に黒い鎧がよく似合っていた。槍を手に、甲をかぶり、黒馬に跨って戦場を駆れば何人にも見劣りはしないだろう。彼はフランスで随一の戦歴を誇る将軍だ。

「お前みたいに醜いツラの人間、初めて見た」

イギリスはわざと吐き捨てるように言った。すると大男は不揃いな黄色い歯をむき出して笑った。

「フランス一の武辺者ベルトラン・デュ・ゲクラン様だぜ?散々遊んだのにこの男前っぷりを覚えてないのか?」

重傷を負った捕虜には相応しくないふてぶてしい言葉だったが、何故か不快感はなかった。イギリスは片頬を歪めた。

「これでブルターニュはオレの同盟国の仲間入りだ」
「なぁに、手はあるだろ。シャルル陛下が気付かないわけない」

挑発的なイギリスの言葉に、ベルトランは苛立ちひとつ見せない。フランス王シャルル五世は賢く、強かな王だ。敗戦続きでボロボロのフランス国民は、一方ならぬ期待をよせている。ベルトランも、そのひとりには違いない。

「なんとなれば、なんとでもする。気をつけろよ。陛下も俺も、愛する祖国の為なら何するかわからねーからな」
「はっ、フランスも大概気の毒だな。何もかも無くしちまって。人材ひとつにしても慕ってくるのはお前みたいのだけなんてな」
「バカ言え。相思相愛だ。フランスが愛している人間は、陛下と俺だけだぜ」

イギリスは、半笑いを浮かべた。人間を愛するフランスなど想像もつかなかったのだ。生まれてから今日までの長い年月の間に、フランスはどんなに辛い状況であっても人間を愛し、委ねることなどなかった。飄々としたその態度は、一種の自己防衛でもあっただろう。

「イギリス」

ジャン四世が指でドアを示した。気づけば、ノックの音がする。イギリスが入れよ、と言うと、ドアは開いた。
先頭には、女性。イギリスは会ったことがなかったが、彼女がジャンヌだろう。
後ろに、何度か戦場で、会議場で顔を合わせたシャルル五世。そしてうずくまるベルトランを見てさっと青ざめた、包帯が痛々しい金髪頭。

「伯父様、私のブルターニュの継承権はそっくり差し上げますわ。その代わり、ささやかなお願いがございますの」

彼女の背後で、シャルルが冷たく破顔ったのをイギリスは見逃さなかった。

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ジャン四世とジャンヌとシャルルだけが細かい相談のために会議室に残り、イギリスと彼に引きずられたベルトランと、不安そうなフランスは控え室に通された。ドアが閉まると同時にイギリスはベルトランを放り出し椅子に腰を下ろした。

「ベルトラン!!」

途端にフランスはベルトランに駆け寄って、傍らにひざまずいた。手の縄を解こうとしているようだが、焦っているせいか上手くいかない。 その様子を視界に入れて、イギリスは、フランスに昔読み聞かせてもらったフランス民話のワンシーンを思い浮かべていた。

―ベルは瀕死の野獣にすがりついて、プロポーズを受けた。すると…―

イギリスは頭を振った。ありえない。ベルトランは王子様になんて変身できないし大体フランスは美女じゃない。
なぜか、不愉快な気持ちになってきた。

「なにやってんだよ。お前は人間の為に動揺するようなお綺麗な奴じゃなかっただろ?」

いらいらと言葉をぶつけると、フランスは手元の結び目から目を離さずにぽつりと返した。

「さあな。なんでだろう」

縄をやっと外し終え、体を支えて長椅子に導いた。

「俺にもよくわからない。人間頼ってもろくなことがないのにな。あっさり裏切るし、すぐ死ぬし」

フランスはイギリスとローテーブルを挟んで向かいの椅子に腰掛けると、天井を見上げた。

「でも、今の俺も簡単に死ぬし、何を裏切っても生きたいと思ってる。人間と大差ないだろ?そうなっちまえば、見捨てられても文句いえねーよな。それなのにシャルルとベルトランは自分の為でも国民の為でもなく、」

フランスは、初めてイギリスと目を合わせた。そして、優しく微笑んだ。

「俺の為に生きると言ってくれた」

「馬鹿馬鹿しい」

目を逸らし、間髪入れずにイギリスは言った。不快だった。何もかも不快だった。その不快感の源が何なのかは、わからなかった。ただフランスの繊細な微笑みが脳裏に焼き付いて離れなかった。

「フランス、ちょっといいか?」

ドアが細く開き、シャルルの目が覗いた。その声に、フランスは立ち上がった。

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フランスが呼ばれたということは、交渉の大詰めに入ったということだ。地理的にはフランスの一部でありながら独自性を保ってきたブルターニュの誇りがある。ジャン四世は、内容にイギリスを関与させる気はないのだろう。イギリスの代表も連れてくるべきだったか、とも思う。

「ほらみろ。フランスは俺のこと大好きだろ」
「うるさい」

ベルトランの揶揄うような声に、イギリスは顔を背けた。何か、裏切られたような気分だった。

「イギリス。お前は何でフランスを攻めるんだ?」

ベルトランは問うた。咎めるような口振りではなかった。

「大陸に進出していく足掛かりに丁度いいし、アイツだって何度も突っかかってくるから…」
「違うだろ」

ベルトランは被せるように続けた。

「見てて、解ったぜ。お前は、ただフランスが欲しくて欲しくて仕方ないんだ。ぶっ壊して、蹂躙して、自分だけのものにしたくて堪らないんだ」

イギリスは目の前がぱっと開けたように思った。そうか、そうだったのか。ならば話は簡単だ。

やりたいことを、やりたいように、やってしまえばいい。

長椅子にもたれて笑うベルトランに、イギリスは新しい決意と感謝を込めて、ニヤリと笑い返した。

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この会談でブルターニュはジャンヌの要求を呑み、正当な継承権と引き換えにフランスに忠誠を誓った。侵攻路は潰れたかのように見えたが、イギリスは諦めてはいなかった。裏ではカスティーリャ王国のペドロ一世とも親しくなり始めた。
フランス側もブルターニュを臣下にしたのは一時的な隠れ蓑、財政を整えて再び支配するために、裏切り、攻め込みだした。

こうしてその後もごちゃごちゃにもつれた百年戦争がすっきりとまとまったのは、この日からさらに80年も先のことになる。



fin

Present from*あまにたぱんせりなさま

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