どんな会話をしていたかなんて覚えていない。だけどどうしてと聞いたら、彼は紅茶を片手に珍しく微笑んでこう言ったのだ、

「別にどうってことねェよ。ただ、あの時のお前がいたから今の俺がいる。何にせよ、幾らお互い毛嫌いしててもな、避けては通れなかった道なんだろ。まあそれだけは感謝してんだ、それだけはな。俺は認めたくねェけど」

 と、さも当たり前のように。

 海を挟んでお隣同士、背丈も早々変わらない。喧嘩をした数ならもうとっくの昔に数えるのをやめてしまった。犬猿の仲と言うか因縁の二人と言うか、裏を返せば仲が良いと言うか。それは否定したい所だけど、事あるごとに手を組んで、二人して欧州の歴史の一部を作って来た。口の悪い変な趣向を持つ紅茶好きな奴。たまにどうして英語を覚えないんだと問う。フランス語は愛の言葉だからと半ば格好を付けて答えると、フンと鼻を鳴らす。昨日もそんな遣り取りをした。日本曰くツンデレの彼のことだから、俺に英語を学んで欲しいんだろうけど、そこだけは譲れない。ただ俺に英語を学んで欲しいという、本心だけはどうしても読み取れなかったけど。
 そんな、他愛のない会話の羅列。

「イギリス」
「…あん?」
「あー何そのあからさまに嫌そうな顔!お兄さんショックー」
「うるせェ!で、何か用かよ」

 眉間に皺を寄せて口を尖らせる、俺専用の奴の嫌な顔。アメリカには切なさが混じってるんだけど、俺に向けられる顔にはそんな欠片は微塵もない。だけど嫌々ながら俺の話を黙って聞いてくれる、そんな彼のちっぽけな優しさが、俺は結構好きだったりする。こんなこと、コイツにだけは絶対に言えないけどな。

「ああ、イタちゃん見てないかなと思って」
「…イタリア?何でだよ」

 一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。真面目な話をする俺が物珍しいとでも言うように。本当に失礼しちゃう!いつもエロトークばっかしてるとでも思ってるのかね、この坊ちゃんは。

「イタリア捜してんならドイツ捜した方が早いんじゃねェの」
「そのドイツもイタちゃん捜しでてんてこ舞いなのよー」
「俺は見てないから知らねェ。パスタでも置いとけばその内来るだろ」

 イタちゃんへの扱いが酷い。けど、こんなことをいったら俺の髭はなくなってしまうんだろうな。本当に口が悪い。ブラックジョークを言わせたら右に出る奴なんかいないんじゃないかと思わせるくらいに。だけど何も言わなかったらその顔も嫌いじゃない。そのエメラルドグリーンの瞳も、太い眉も、高い鼻も、口も、唇も、何もかも。だけど悪態をつかないイギリスは少し物足りない。

(…ああ…、俺も、かな)

「…?何だよ、気持ち悪い笑いなんかしやがって」
「や、思ってることが同じだなーって思っちゃって」
「誰と誰が?」
「さあ」

 俺もお前も、お前と俺に育てられて来たってこと。無視できない存在。昔も、今も。
 またイギリスの眉間に深く皺が刻まれる。それが今は少しだけ嬉しい。

「ウゼェ」
「えー?幾らお兄さんでもウザさはイギリスには勝てないよね」
「Fuck off!」
「やだやだ、英語は相変わらず汚いねー」
「Bullshit!!このワインヒゲ!」
「…あのねー、お兄さんそろそろ怒っていいかな!?」
「おや、こんな所で何してるんですか?」

 声がした方向を見ると小柄な日本が書類を片手に立っていた。キョトンとした表情で俺達を見比べた後、ふっと目を細めて綺麗に微笑んだ。

「本当に仲が宜しいんですね」
「どこがだ!」
「どこが!」

 俺達二人の大きな声が重なって、日本は面食らったように大きく目を見開いた。それから首を傾げておかしいですねと言った。

「おかしい?何がおかしいんだよ?」
「いえ、二人が凄く楽しそうだったので」

 今度は自分達が面食らう番だった。イギリスと顔を見合せて、同じように首を傾げる。

「この坊ちゃんと、俺が?」
「ええ。凄く楽しそうに言い合ってるように見えたんですけど…」
「……楽しそう?俺と、ヒゲが…」
「ヒゲって言うんじゃない、ヒゲって」
「ヒゲにヒゲって言って何が悪いんだよ!」

 また隣でクスリと笑い声が聞こえた。日本が、笑っていた。

「羨ましいです。…あ、私アメリカさんに書類を届けに行くので、これで失礼しますね」
「あ、ああ」
「じゃあな、日本」

 パタパタと去る足音だけが残る。誰もいない通路に二人。どちらが先に話し出すんだろう。俺は躊躇っていた。イギリスが、あのさと呟いた。

「日本の中の仲良しの定義って、何なんだろうな…」
「さあ…。でも、あれは本当に羨望の眼差しってやつだったけど」
「…俺達に、だろ。信じらんねェ」
「もっと仲良くしちゃう?」

 何気ない提案の一瞬の沈黙の後、イギリスにジロリと睨まれた。

「…それはどういう意味でだ?」
「普通の意味だけど?喧嘩しないってこと」
「……あ、そう」
「あー、わー、やーらしー。一体どういう意味だと思ってたの?え?お兄さんに言ってごらん」
「う…、う、うるせェ!!べ、別にやらしいとかそんな意味じゃっ」

 俺の襟元を必死で掴む彼のその顔は酷く真っ赤で、不本意だけど可愛いなあと思ってしまった。大の大人のお前に、だよ。何百年も一緒いる、お前に、だよ。

「別にそういうことしてやってもいいけどー」
「ばっ!ちがっ!違うって言ってんだろォ!?…っくしょ、ちげーよ、ばか…」
「……わっ、ちょっと!何泣いてんだ、泣くな!」

 泣き虫で怒りっぽくてツンデレで、自分の思ってることの一つも言えない口の悪い、エロくて変態で、ファンタジーでメルヘンでパンクで、どうしようもない奴。だけどどうしてだろう?どうしても放っておけないんだ。俺の胸の中で泣いてくれる、コイツのことが。

「はいはい、泣かないのー」
「うるせ…子供扱いすんじゃねェよ…」
「そいういうことは泣きやんでから言えって」

 お前と共に在り続けた。これからもずっとずっと、お前と共に在り続けよう。
お前も俺と共に在り続けるんだろう。挫けそうなら真っ先に俺を呼んで、そしてどうかまた俺の胸の中で泣いてよ。


Present from*霜さま

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