*ごくわずかですが、独伊、墺洪←普、かんちゅ、北欧夫婦、ポリトを含みます。苦手な方はご注意ください。

「マジカルドロップ」(仏英版)

某月某日、俺こと、ヨーロッパ1の大国にして自由と平等と博愛の国、フランス共和国(レピュブリク・フランセーズ)はロンドンに居た。俺はいつも通り最高だったが居る場所は最悪だった。

何せこの場所は、全世界で一番最低な場所だからだ。

しかもロンドンは、今日も相変わらず雨だった。さすがは妖怪雨ふらし国家だけのことはあって、鬱陶しさも満点だ。

じめじめした雨空を見上げ、俺はげっそりため息をつく。国が鬱陶しい奴だと、天気まで鬱陶しくなるものなのだろうか。うう、スーツも心もカビそうだ。パリの陽光が恋しいぜ。

こんないかにも鬱陶しくも面倒くさい国に、何で俺が居るのかと言えば、何も好き好んで来ているわけではない。単に仕事である。上司から、かの国に当てての親書を言付かって来たのだ。

しかし、はるばるカレーを越えてやってきた俺を迎えたのは、かの国の主であるイギリスの、「折角来てくれたのに大変申し訳ないのだが、今は仕事中なので、しばらくの間待っていて頂きたい」との旨を、その言い回しから大幅に礼儀と思いやりが差し引かれた言葉で(どのぐらい差し引かれていたかと言えば、喋っていた内容の8割がスラングだった)、その聞くに堪えない文句と紅茶とスコーン(と、言う名前らしい炭)と共に書斎に押し込まれ、現在に至る、というわけである。何もかもが最悪である。

ちなみに、奴の唯一の取り柄だけあって、紅茶はそこそこだったが、スコーン(らしき炭)は、実に感動的な味であった。つまり、どうやったらここまで個性的かつ独創的な味にできるのかと感動したのだ。ありていに言えば、途方もなくまずかった。もうこんな奴に小麦輸出して(売って)やるのはよそう。これは明らかに、ウチの小麦に対する冒涜だ。



農業大国としての誓いを胸に固めたところで、ふと、周りを見渡してみる。イギリスはまだ仕事が終わらないらしい。奴はどうも仕事中毒の気があるようだ。もっと人生楽しめばいいのに。

だいたい、奴の仕事が終わらなかったら、俺が帰れないじゃないか。

仕方なく、退屈しのぎに周りの本を眺めて回る。生活感がないまでに几帳面に片付けられた広い書斎は、古い背表紙の分厚い本でいっぱいだ。

ずらりと並んだブリタニカ百科事典(ご丁寧にも、第8版までで切れている)の横、背表紙をたどる視線が、ふと、ある一点で止まった。



たぶん間違って書棚に押し込まれたのだろう、周りの本とは並びが違う、焦茶色の表紙のその本の背についたタイトルは―――『最新・黒魔術大百科』。

何せ、相手はかのファンタジー大国イギリスである。はっきり言って、この程度では俺は興味を示さない。ああまたいつものことか、と、呆れるぐらいである。

気になったのは、その本が明らかに使い込まれた様子であったからだ。物持ちの良いイギリスらしくもなく、その背表紙はボロボロだ。つまり、それぐらいに頻繁に使い込んでいるということだ。



「・・・・・」



何となく嫌な気持ちになって、本を手に取ってみる。ロシアを呪うのなら是非(俺のいないところで勝手に)やっていただきたいものだが、俺が被害を被るのは困る。そういえば最近景気が悪いが、まさかアイツのせいじゃあるまいな。

げんなりしながらページをめくる。やたらにくっきりと折り目がついたページに載っているのは「大人を子供に戻す魔術」とやらで、そう言えば前韓国に試したが失敗したとか言っていたなと思い出す。何でも、中身が元のままだったので全然駄目だったそうだ。完成形を誰に試してみたいのかは容易に想像がつくが、はっきり言って大迷惑なのでやめていただきたい。今、あの超大国に先日の大失態(サブプライムローン問題)も綺麗に忘れて、無邪気に童心に返ってもらったりなんかされては、こっちの被害は甚大どころの話ではない。いい加減、子離れはきちんとしてもらいたいものである。



更に嫌な事を思い出し、げっそりしながらページをめくってゆく俺の指が、ふとあるページで止まった。そのページに載っていた魔術はというと、



――古代からの人々の憧れ、奴の国ではシェークスピアが劇でも使ったとかいう、――「惚れ薬」、であった。



へえ、こんな古典的なものもあるんだな。まあ、隣に載ってる「人形を人間に変える方法」よりかは、まだ可愛げがあるが。(何気にすげえ怖いぞ、それ)

感心しながら、読み進んでゆく。が、勿論、俺は惚れ薬など、使う気も作る気も、さらさらない。

陰険根暗雨ふらしのイギリスとは違って、俺はモテる。仮にも愛の国フランス様だ。そんな姑息な手を使わなきゃならないほど、恋の相手にゃ不足してねーんだよ。



・・・んん?イギリス??



ふと、俺の頭に名案がひらめいた。

――そうだ。イギリス。奴にその惚れ薬とやらを、飲ませてみようじゃないか。



何せ俺達は互いに互いが大嫌い、1000年以上も前から因縁ある、いわば宿敵である。顔を合わせば罵り合いつかみ合い殴り合いを繰り返してはや数百年。

そんな相手を、俺にめろめろに惚れさせてやるのだ。

――あの、主要構成成分の90%以上が見栄とプライドの、傲岸不遜天狗野郎なイギリスが、俯いてしどろもどろになって、



「・・・フ、フランス、お、お、俺は、おまえのことが、す、す、す、き、・・・」



言えるかばかあああ、との怒号と共に、真っ赤になって走り去ってゆく姿が目に浮かぶ。

お、おもしれー。何それ、最高に面白い冗談じゃねー?



考えて、俺は一人、にやにやした。あのイギリスが俺に告白なんて、こんな面白い見せ物はない。正気に返ったら即自殺するだろうし、あと数百年はそのネタでいびれるだろう。

何ならその間抜け面をビデオにとって、世界中に回してやってもいい。エディプスコンプレックスの権化みたいなアメリカなんかは歯噛みして悔しがりそうだが、それもそれでおいしい。



悪いがこの本、しばらく借りるぜ、と、イギリスに(心の中で)断って、そそくさと本を懐に入れたところで、ドアの外から、「お待たせして大変申し訳なかった、今からお話を伺いたい」と(辛うじて解釈できるスラングが)聞こえてきたので、書類と菓子を手に、部屋を出る。ちなみにこの菓子とは、イギリスお手製の食物兵器(バイオテロ)のことではない。味覚欠損症に美食とは何たるかを知らしめてやるために、俺が国から持ってきてやったありがたい手土産だ。

これはほぼ、この国を訪れる時の俺の習慣になっている。

土産を渡すと、イギリスは一瞬パッと嬉しそうな顔になった後、あわてて仏頂面を作り直し、仕方ないから貰ってやる、と、そっぽを向いた。実に判りやすい奴である。

我が国の料理を歓迎されるのは悪い気はしない。が、しかし、俺は嫌いな奴に施しをくれてやる趣味なんぞは無い。ちゃんと真実は話してやらねばなるまい。



「そうかそうか、哀れな奴だなイギリス、こんな菓子が嬉しいのかよ〜。これ昨日、裏の犬にくれてやった物の残りなのに・・・」



どれだけ普段ひどい食事をしているかって証明、自分でしているようなものだぜ、と、思い切り嘲笑ってやったら、案の定、頭から湯気を立てて怒り狂っていた。

長らく待たされた溜飲は下げることができたが、イギリスの機嫌をいたく損ねてしまったらしく、渡した親書をろくに読みもせぬままに「こんな条件呑めるかクソ髭今すぐ帰れそして死ね」と突き返され、

言い返したところでお約束通りつかみ合い殴り合いとなった。そして結局、本日も仏英親善は相変わらず晴れの目を見ないままと終わることとなった。

満身創痍でユーロスターに揺られながら、俺は、件の薬を試してみようとの決意を新たにしていた。絶対、あのクソ可愛くない眉毛野郎を、俺の前に跪かせてやる。







そしてまた某日、俺こと、ヨーロッパ1の大国にして愛と美と観光の国、フランス共和国(レピュブリク・フランセーズ)はフランクフルトに居た。今日はここで国際会議があるのだ。俺は最高だったが居る場所はさほど良くはなかった。酢漬けはまずいし、そもそも俺は面倒な会議はたいして好きじゃない。

会議室に入った俺の姿を目ざとく見つけ、テーブルの向こうから、スペインが陽気に声を掛けてくる。

「よぅ、EUの穀倉!!生きとったか?」

ちょ、やめろよなその呼び方。褒められてる筈なのになんか屈辱的なんだよそれ。

にやにやするスペインの隣に口を尖らせつつも腰を下ろして、部屋を眺め渡す。イギリスは既に席についているようだ。

いつもは腐れ縁で隣同士になることが多いが、今日は席次の関係でか、俺からはかなり離れた席についている。

いつもと同じ、この暑いのにスーツにネクタイをきっちり喉元まで締めて、つんと澄ました顔で、書類に目を通している。

そんな奴の姿を眺めつつ、今に見てろ、と、俺は心の中で拳を握る。

何せ、今日の俺は一味違う。あのクソ真面目眉毛に、おまえがススキだのなんだの、言わせてみせようじゃねーの。

決意して、鞄をぐっと握り締める。ルイ・ヴィトンの中には、件の惚れ薬入りビスキュイ(*クッキー(米語)、ビスケット(英語))が入っている。



先日、例の本を持ち帰った俺は、半信半疑ながらも、惚れ薬とやらの調合に手を出してみたのだ。

レシピに「ユニコーンの角」「妖精の羽」とか書いてあったら速攻諦めようと思っていたのだが、意外にも材料は小麦粉だのバターだの、あっけないほど常識的な物ばかりで、何とかそれらしいものは最後に入れた俺の髪の毛一本。

1時間も掛けずに出来上がったそれは、俺の達者な料理の腕前もあって、どこからどう見ても、立派に美味しそうなビスキュイであったのである。

「ホントに効くのかね、これ?」

ブリティッシュファンタジーに若干の疑問は抱いたが、かと言ってそこらの人間に試すわけにも行かず、まあこれなら、イギリスに食わせても死にもしないだろう、死んだら死んだで歓迎だけどな、などとつぶやきつつ、ついつい綺麗なラッピングまで施して、鞄に忍ばせてきたのである。



やがて、時計にはアクセサリーとして以外の使用用途はないと考えているらしいイタリア兄弟が、奇跡的にも59分遅れで席に着き(何が奇跡的かと言うと、奴らが1時間以上遅刻しなかったことである。ちなみに『今日は頑張ってすっごく早く来たんだよ!!』らしい、ドイツが頭を抱えていた)、いつものメンバーが揃ったところで、今日の会議が始まった。今日の議題は主催国ドイツにふさわしく、環境問題らしい。しかし、俺としては、地球温暖化問題よりももっと、目の前に考えるべき問題があったのである。



つまりは、これをいかに奴に食わせるか。俺は考える。

やっぱり、会議が終わってからだろうな。効果の程は知れないが、確か、効いている時間は約一時間とあった。しかも、薬の効いている間の記憶は無くなるのだとか。

一時間とは、ずいぶん短いな。しかしまあ、それだけあれば、復讐するには十分だろう。(どんな復讐かって、そんな野暮は聞いちゃいけない)会議が終わったら、さりげなく食事にでも誘うか。そこで・・・。

つらつらと考えながら、机の下に隠した菓子をもてあそんでいると、おいそこ、話を聞いているのか!と、ドイツの怒号が飛んできた。

首をすくめたら、環境問題に全くやる気が無いらしく、居眠りしていたアメリカが怒られていた。世界会議はこんな奴らばっかりである。


・・・・と、油断したのが命取りだった、のである・・・(お昼のサスペンス調で)





時計の針は12時を少し過ぎている。午前中の会議が終わって、休憩に入ったところだ。

ああ、長かった。一息ついて、俺は背伸びをする。さて、スペインとプロイセンでも誘って、メシに行くとするかね。



開放感にざわざわする部屋の片端のソファでは、ハンガリーちゃんが、オーストリアやイタリア弟に、手作りらしい、小さなお菓子を配ってあげている。

ほのぼのと談笑する彼らの後ろでは、(居ても何の役にも立たないのになぜか毎回会議に来ている)プロイセンが、自分は甘い物は嫌いだし、馴れ合いも嫌いだし、そもそもハンガリーなんかに全然興味は無いから、別に自分はその菓子は欲しくないのだ、ということを懸命に主張している。そしてハンガリーちゃんに無視されている。不憫と言う言葉は奴のためにある。



しかし、プロイセンはともかく、東欧の綺麗どころかわいいどころ集結、なかなかに目の保養となる光景である。これに手を出さずして、誰が愛の国の使者ですかってーの!



「おいしそうだねハンガリーちゃん。お菓子もキ・ミ・もvvどっちもおにーさんがおいしくいただいてあ・げ・る・ぜ☆」

大人の男の魅力、フェロモンたっぷりの甘い低音と華麗なウインクで完璧に迫った・・・のに、無視された。完全完っ璧に、大無視。



ええ??何で??ちょ、俺、プロイセンと同じ扱い??あいつと同格!?それってあんまりじゃねーの、俺の方があいつの、少なくとも1789倍はかっこいいぜ!??

もっと俺を愛してよ。お兄さん寂しいと死んじゃうのよ。

とうとうと語っていたら、ぎり、と右手にフライパンを握り締めて、ハンガリーちゃんが勢いよく振り返った。



「何よしつっこいわねこの変態髭!!とっとと死になさいよ!!あんたなんか・・・・」



鬼の形相でフライパンを振りかざす、ハンガリーちゃんの膝から、ぽろり、とおぼれ落ちる、菓子・・・に、俺は一瞬、目をむいた。



きれいなラッピングを施した、小さなおいしそうなビスキュイ、見慣れたそれはたしか、俺、の・・・・。



あんぐり口をあけた俺の前、ハンガリーちゃんの顔が、ほんのりときれいなピンク色に染まってゆく。力なく下がった手から、かたりと音を立ててフライパンが落ちた。



「フランス、さん・・・・」



こぼれた言葉に、思わず耳を疑う。

ええ??フランス『さん』だって???あの俺を見ればゴキブリ扱いしかしてくれないハンガリーちゃんが、俺のことをフランス『さん』!????
首を傾げる間も無く、俺の胸に、勢い良くハンガリーちゃんが飛び込んで来た。



「フランスさん、好きです!!愛してます!!私と結婚してくださいっ!!!」



ええええええ。何これ。何なのこのおいしい状況は。

腕に当たる、柔らかい胸の感触、長い髪の甘い香り。何この幸せ。俺もう喜んでいいのやら結婚していいのやら襲っていいのやら。

感涙とヨダレに咽んでいたところ、つとハンガリーちゃんが顔を上げ、やおら俺の元を離れたかと思うと、何やら両手にいっぱいに抱えて帰ってくる。



「フランスさん、あなたに私の大事なもの、全部あげます!だから、私と結婚しましょう!!」

情熱的な言葉と共に、やたら薄っぺらい本を多量に俺に押し付けてくる。

う、うむ。ハンガリーちゃんの『大事なもの』って、これなのか。何だか嫌だな。オタク大国フランスだけに、内容が判ってしまう辺りが余計に嫌だ。



しかし、このハンガリーちゃんの豹変振り、やはり原因はあれなのだろう、例の惚れ薬。

ハンガリーちゃんは確か、俺の近くの席に座っていた。机に下に入れておいた俺のビスキュイを、何かの拍子に自分のと間違えてしまったのだろう。

それにしても、あの薬が、これほど物凄い効き目とは知らなかった。

そういえば、と、俺は思い返す。確かハンガリーちゃん、あの菓子、オーストリアとイタリアにも食わせてたよな?・・・だとすれば、



期待に満ちた瞳で周りを見れば、・・・予想通り。

そこには、潤んだ瞳で俺を見つめる、イタリアとオーストリアの可憐な姿があったのだった。



「フランス・・・」

吐息のようにこぼれる言葉。眼鏡の奥の漆黒の瞳が、熱に浮かされたように潤んでいる。何とも色っぽい。従順で俺にめろめろなオーストリア。うわぁたまんねぇ!!

つと立ったオーストリアは、しかし(大変残念なことに)、ハンガリーちゃんのように、俺の胸に飛び込んではこなかった。

その代わりに、つかつかと部屋の隅にあったグランドピアノの方へ歩いてゆく。

「お聴きなさい。わたしの、あなたへの気持ちです」

ピアノの前に座った彼が、色白の頬を染めながら奏で始めたその曲は、即興なのだろう、聴いたことが無い曲であったが、その曲に込められた思いは明白だった。

甘ったるい、とろけるように甘い優雅なメロディ。つまり、リーベリート(ラブソング)って奴だ。いかにも音楽の国らしい告白の仕方である。



反して、イタリアはといえば、これまたフラフラとどこへやら行ったかと思えば、山ほどのパスタを抱えて帰ってきた。

俺の目の前にパスタを山と積み上げると、上目遣いに俺を見上げて、ヴェー、と甘い声でねだる。非常にかわいらしい。

ドイツにいつもやっているのと同じ行為だが、どうやらこれが奴の最大級の愛情表現なのだろう。



とにかく、である。

かの東欧のかわいこちゃん三人が、いきなり俺にめろめろになってしまった訳である。

両手に東欧。やったぜ!これぞ、まさに天国、薔薇色の人生(ラ・ヴィ・アン・ロゼ)。俺の人生、最高じゃん!!

心の中、俺は祝杯をあげる。

神様万歳、惚れ薬万歳、革命万歳。イギリスの魔法とやらも、なかなかどうして悪くないじゃねーか。

ここはひとまず、イギリスに復讐とかは後回しにして、こいつら全員ホテルに連れ込んで、魅惑の4Pとか、なんて・・・。



うへへへ、と我ながらしまりの無い表情で、でれでれと鼻の下を伸ばしている俺の後ろの方から、中国の良く通る声が聞こえてくる。



「?(おー)、美味そな?干(クッキー)あるな。我も一つ戴くある」

・・・・・・。
一気に、血の気が引く音がする。



そ、そう言えば、確かハンガリーちゃん、あのお菓子、机の上に置きっぱなしにしていなかったっけ、・・・・・。



ま、まさかそんな。そんなことって、あるわけない。いくら何でも、そんな、馬鹿なことが、そんな・・・・。



恐る恐る、振り返った俺が、見たものは、





――きらきらと瞳を愛と情熱できらめかせ、頬を染めて、こちらを見つめてくる、世界各国たちの姿であった。



「ひ、ひええええーーーー!!」



思わず悲鳴を上げて、逃げ出した俺の後から、机を蹴とばし、黒板をなぎ倒して、恋に狂った国たちが、地響きを立てて押し寄せてくる。



「フランス(さん)――――っ!!!好きだ―ーっ!!愛してるーーーっ!!!」

「ひええええ!!!勘弁してくれーーーー!!!」



いくら愛の国フランスお兄さんでも、全世界相手じゃ持たないよ!34Pかよ!無理だよ枯れちゃうよ死んじゃうよ!!!こんなに愛情要らないよ!!!!

助けてくれえ(オウスクール)、の叫びも空しく、あっという間に、俺は各国に飛び掛られ、服やら髪やら引っ張られ、抱きつかれるわキスされるわ、もみくちゃにされてしまった。

押しつぶされて半死半生の体で這い逃れ、酸素を求めて喘いだところへ、髭面強面のキューバが分厚い唇を突き出して、情熱的に口付けを迫ってくる。



「ぎゃああああ!!やめてくれええ」



生命とか何とか、とにかくあらゆるものの危機を感じて、手足を振り回すが、まさに恋と戦争手段を選ばず、欲しいものは奪うが信条の列強相手に、もはや俺の意思など関係ないらしい。

目をハートにした国々の猛アタックに、ノンノン、の必死の叫びも届かない。挙句、俺を争ってあちこちで喧嘩まで起こり始めている。



もちろん、これだけの数がいるとなれば、そう積極的な国たちばかりでもなく、愛情表現は比較的控えめの奴らもいる。

日本などは、俺と文通から清い交際を始めたいらしく、せっせと手紙を書いているし、その横ではリヒテンシュタインが、幸せそうな表情で、青白赤三色の手編みのセーターを編んでいる(ちなみに、今は夏だ)。

その横では、ドイツが頭を抱えて、苦悩にのた打ち回っている。真面目な奴だけに、俺とイタリアへの恋心の板ばさみになって苦悩しているのだろう。そのうち「三角関係の解決法」なんでマニュアル本を買い漁りにいきそうだ。

そこまで義理だてたイタリア自身は、俺にあっさりめろめろになっちゃってるんですがね。

またその横では、恋をしていても影が薄いカナダが、争奪戦に乗り遅れて、人だかりの周りをおろおろとうろつき回っている。



各国の大幅に過剰な愛情表現にボロボロになった俺の前、中国がどさどさっと見事な中華料理を山と築き上げる。

「これみんな、おまえにやるある。だから、我を好きになるヨロシ」

つんと横を向く表情はなかなかに可愛い。こんな状況でさえなければ是非おいしくいただきたいところだ(どっちも)。

そんな中国の肩にすがり付いて、韓国が、兄貴しっかりするんだぜ、愛の起源は俺と兄貴なんだぜ、と、半泣きで騒いでいる。どうやら奴はビスキュイは食わなかったようだ。辛党だもんなァ、あいつ。

良く見れば、韓国以外にも菓子を食わなくて難を逃れた国もいるようだ。

少女漫画のヒロインみたいにぽーっとなって、こちらに飛んで来たそうなフィンランドの肩を押さえつけながら、据わった目でこちらを睨み付けているのはスウェーデンだ。あれは絶対、後で恨まれる。関税率大幅に引き上げられるに違いない。小麦ももう買ってくれないだろうな。まあ元々、そんないい貿易相手(あいて)じゃなかったけどさ。

それから、「俺フランスと結婚するしー」と騒いでいるポーランドを抱き止めながら、こちらを睨んでいるのは、茶色の柔らかそうな髪の、・・・・・・・。誰だよ、あれ。あんな鬼みたいな形相した奴、俺は知らねーぞ。心当たりが無いでもないが、・・・・まさか、ねえ?

そして部屋の隅では、プロイセンが号泣している。オーストリアだけならばともかく、友人である俺に、目の前でハンガリーちゃんが求愛しているというショックに耐え切れなかったらしい。

菓子を食わなくて、俺に惚れずに済んだのはこいつも同じなのだが、それも元はと言えばハンガリーちゃんに無視されていたからで、不憫なのか不憫でないのか、良く判らない奴だ。でも多分、どっちかと言うと不憫だ。けれども今現在、もっと不憫なのは、この俺なんだけど。



それにしてもイタリアといい、中国(こいつ)といい、美食の国の愛情表現ってのは、相手に自国料理を食わすことなのかね。

え、俺?俺はしないよ。そんなことしなくても俺はモテるから。精々味音痴イギリスに、嫌がらせで犬にやった余りを持って行ってやるぐらいだな。何で犬にこんな豪華な菓子をくれるのかって、裏の主人が呆れていたけど。

ま、そんなたぁどーでもいいんだよ。

そうだよ、奴だ。イギリスだ!



俺は思わず、膝を打つ。

俺は元々、あの小憎たらしいイギリスに復讐するつもりで、こんな薬をこしらえたのだ。

こんな馬鹿騒ぎになって、あいつをハメられなきゃ、まるで意味が無いじゃないか。



何せ、かの、普段お兄さんにてんで愛情の薄い各国たちが、あの調子なのだ。イギリスとて、軽く人格崩壊ぐらいは起こしていることだろう。



想像の中、イギリスが白い頬をほんのりピンクに染めて、大きなエメラルド色の瞳を瞬かせる。
恋する少女のように、俯いてそっと上目遣いで俺を見上げて、



「フランス、好きだ・・・・」



・・・うん、キモいな。想像を絶するキモさだ。考えて、俺は一人頷く。

でもまあ、そう悪くはないな。まあ、ちょっとだけなら、かわいいかもしれない。何せあいつ、顔だけはそう悪くないし。むしろ結構かわいいし。

何せ俺は愛の国のお兄さんだ。来る者は拒まない。どうしてもと言うなら、一晩ぐらい相手してやってもいいかも、な。



そうと決まれば、とりあえず、逃げるに限る。こんなアホ国どもは放っておいて、イギリスだけお持ち帰りさせてもらおう。



「おーい、イギリス!!イギリスはどこだ!!!」



いつかのメリークリスマスのように、声を限りに叫ぶ。

・・・・が。
返事がない。



代わりに俺に抱きついていたスペインが、



「イギリス?あいつなら、会議終わってすぐに、カレー食いたいっつって、出て行きよったで」



と、しれっと答えた。



何にぃぃ?!???カレーだとぉ????

何をドイツに来てまでカレー食べある記をやっとるんだイギリス!!カレーの王様かおまえは?!!?

上手いこと一人だけ難を逃れよって、オチ担当の癖に生意気な!!!許さねえ!!許さねーぞ!!!



義憤に燃えたが、俺の周りはもっと憤慨していた。



「イギリスやて、放っときゃええがなあんな海賊王。そんなことより、キスしてーな(ベサメ・ムーチョ)!!」

「私は兄さんよりもあなたを選んだのに、あなたは私よりもイギリスさんが良いとおっしゃるの。そんなの許さない・・・」

「フランス・・・俺のものだ・・・」

どうやら、ヘンな奴らのスイッチ入れてしまったようだ。特に嫉妬に狂ったベラルーシと、それから日本は怖かった。先程までのヤマトナデシコっぷりはどこへやら、すらりと日本刀を抜き放つと、ゆっくりと近付いてくる。



「イギリスさんなんかにあなたを渡すぐらいなら、あなたを殺して私も死にます。あの世で結ばれましょう、フランスさん」



細身の日本刀をぴたりと眉間に構え、じりじりと間合いを詰めてくる。や、やめて落ち着いて日本!死んでもいいことないから!心中文化があるのは日本だけだって、あのギリシャの人も言ってたから!!

しかし、薬で完全にイっちゃってる奴らに、異文化を説いても無駄であった。両手を振りかざし、ゆっくりと、まるでゾンビのように、俺に向かってにじり寄ってくる。

復讐は果たせず、関係ない奴らに惚れられ追い掛け回されて、自慢の服も髪もズタボロのぐちゃぐちゃ、顔はあざだらけの鼻血たらしての満身創痍。

これではヨーロッパ最高峰(モンブラン)も無事では済むまい。200mぐらい低くなっているかもしれない。



いったい、なんで俺が、こんな目に遭わなきゃならないんだ?あまりの不条理に、俺は泣きわめいた。惚れ薬なんて、何もいいことないじゃないか。

俺が何か悪いことでもしたって言うのか!?今年も去年もエイプリルフールは大人しくしてたじゃないか!!せこい手段にすがろうとした、俺が悪かったって言うのか??

俺は神様と惚れ薬と、それから事の発端であるイギリスを、心から呪った。さすがに革命までは呪わなかったが。



と、その時。



突然、ばきっ、がきっ、と鈍い音がして、俺ににじり寄ろうとしていたトルコの巨体が、ゆっくりと沈んだ。



見上げたその先、窓から差し込む陽光を背に、威風堂々と立っていた、それは、



・・・・あまりにも見慣れた、しかし見慣れぬオーラを身にまとった、連合超大国二国の姿であった。



「フランス、君は俺のお嫁さんになるんだぞ。俺がそう決めたんだぞ。反対意見は認めないぞ!!」

「フランス君・・・僕のこと好きだよね??」



ひ、ひぃええええええ〜〜〜〜!!!!



あまりの事態に、思わず白目をむきそうになる。

そんな俺に一向に構わず、空気読めないアメリカが、やおら俺に抱きつき、ありったけの愛情を込めて抱き締めてきた。

「フランス、愛してるぞ。俺に愛されるなんて君は世界一の幸せ者なんだぞ。もっと喜ぶべきなんだぞ」

筋肉メタボに渾身の力で抱き締められたらたまらない。俺のアバラがべきばきっと不吉な音を立てた。ヴォージュ山脈あたりが潰れたかもしれない。今年のブドウはもう駄目かも。

というか、ブドウの前に、俺が駄目かも。幸せどころか、間違いなく今、俺は世界一不幸である。

目を白黒させて、口から泡を吹いている俺の後ろから、今度はロシアが抱き付いてくる。太い腕が首元をがっちり締め付けて、ちょうどヘッドロックがばっちり決まった形。

「フランス君、君もロシアになるよね?一緒に共産主義やろうね?」

にっこりと可憐な笑顔で微笑みかけられて、またも気が遠くなった。花の都パリがひまわりだらけ。町中のレストランにはピロシキとボルシチがあふれている。

あまりにもおぞましい想像と呼吸困難に、ひくひくと痙攣する俺の肩越しに、二国の視線が、ばちりとかち合った。



「ロシア、手を引けよ。フランスは俺のものだぞ」

「そんなこと、誰が決めたの」

「もちろん、この俺さ!!」



にらみ合ったまま、ゆっくりと俺から離れる二国。



「そう、じゃあ、どちらが彼にふさわしいか、戦って決めようじゃないの。共産主義の威力を見せてあげるよ」

「望むところさ。こちらこそ、世界ナンバーワンの力がどんなものか、思い知らせてやる」



アメリカがファイティングポーズを取り、ロシアが水道管を斜に構える。二国とも、顔は笑顔だが、目は笑っていない。むしろ、相手を射殺さんばかりにぎらぎらと輝いている。

冷戦再開どころか、第三次世界大戦勃発の危機である。というかもはや、地球存亡の危機である。

やめてえええ、と、日本のオタク・マンガの悲劇のヒロインの気分で、俺は叫んだ。

お願い、二人とも、アタシのために戦うのはやめてええ。つーか、戦うなら頼むからよそで戦ってお互い自滅して。お願いだからアタシを巻き込まないでェェ。

しかし、一触即発の二国を止めたのは、俺の哀願ではなかった。


――ダ・ショーン!!!!



銃声が部屋に轟き渡り、硝煙の向こうからゆらりと姿を現したのは、

「愚国供、退くが賢明である。其の国(フランス)は、吾輩のものである」



ひいいいい。真打様ご登場ですかあああ!!!

お願いだから、永世中立国は永世中立しててください〜〜!!!



ラスボス登場に俺は泣き叫んだが、キレる18才歩く銃刀法違反、スイス御大はお構いなしだ。

銃器持込にさしもの二大国も一瞬怯んだ様子を見せたが、強敵出現にむしろ戦意を煽られたようだ。



「何、君も争奪戦に加わるの。いいよ、どうせみんな僕に倒される運命なんだから」

「ライバルを蹴落としてこそのヒーローさ、恋は障害が多いほど燃えるものだからね!!」



異常に前向きな奴らである。諦めるという言葉は彼らの辞書には無いようだ。誰か、彼らに引き際という言葉を教えてやってほしい。できればついでに、「他人(オレ)の意思を尊重する」という言葉も。

しかし残念なことに、誰も止める者の無いままに、三国睨み合いの状態は続いていた。まさに三つ巴である。世界の危機、ここに極まれり。



と、そこへ。



「何だ?えらく散らかっているな、人がメシ食ってる間におまえら何を遊んでるんだ。ちゃんと片付けろよ」



がちゃり、と、ドアが開いて、開口一番のお説教と共に、イギリスが入ってきた。

「い、イギリス・・・!!!」

思わず悲鳴に近い声で俺は叫んだが、イギリスは、机や椅子が派手にひっくり返り、黒板が蹴倒されている室内の惨状に顔をしかめ、

さらに、右に巨乳で童顔のウクライナ、左にかわいい黒髪の台湾を抱きつかせている俺の様子を確認して、いっそう顔をしかめたかと思ったら、いかにもどうでも良さそうな顔つきで、さっさと自分の席に戻っていってしまった。

え、ええええ〜〜!???!



「お、おい、イギリス!!おまえ、この状況見て、何とも思わないのか!??!」

俺の悲鳴に、しかし帰ってきたのは、ブリザード並みの冷たい一瞥。



「テメエの助平変態なんざ今に始まったことじゃねえだろ。ケーサツ呼ばれる前に早くその娘ら放してやれよな」

「そこじゃねーよ!!!」

俺はわめいた。



「これだけの混乱見て、おまえ何とも思わないのかよ!???」

「別に・・・いつものことだろ?」

唾を飛ばしてわめく俺に、しかし、イギリスは不思議そうに首を傾げる。



荒れ果てた部屋のあちこちで戦いが繰り広げられ、床には争奪戦に敗れた国々が累々と横たわり、スイスが銃を構えて周りを睨み渡し、部屋の中央ではアメリカがロシアと掴み合いの大喧嘩を繰り広げている惨状。



・・・・なるほど。確かに、いつもとほぼ同じだな。場違いながら、思わず俺は納得してしまう。

違うのは、取り合っている内容が、石油採掘権とか領土とかでなくて、フランス(オレ)だってことぐらいだ。あ、それって結局同じことか。イギリスが違和感を感じなかったのも無理は無い。
しかし、こんな状態がデフォルトな世界情勢ってどうなんだ。こんなことで大丈夫なのか地球の明日。

しかし今現在のところ、このままでは、地球より先に俺に明日がない。

このままでは、アメリカ領フランスか、ロシア領フランスか、永世中立国フランスの三択だ。どれも嫌だ。

ゴルアァイギリス、いいからさっさと俺を助けろ!!めいいっぱいの脅しを込めて、俺は叫ぶ。とゆーか、助けてくださいイギリス様お願いします。

しかし、俺の魂の叫びをさっぱり無視して、イギリスは席に着いたまま、涼しい顔で本を読んでいる。

そして、活字に目をやったまま、テーブルの上にあった菓子に片手を伸ばして、・・・あ、そのビスキュイは!!!



ぱくり。ピンク色の薄い唇が開いて、小さな菓子を飲み込むのを見て、
思わず俺は、ごくり、と、唾を飲んだ。



脳裏に浮かぶ、淡い色のライトに照らされた、真っ白いシーツを掛けたベッド。

その上には、同じく、真っ白いシャツ一枚になったイギリスがいる。

きれいなうす紅に染まった頬、大きな緑の瞳が恥じらいと緊張に揺れて、薄いピンクの唇が、やわらかい言葉を綴る、

「・・・すきです(ジュテーム)、あなたのものにして(ジュ・スィ・トゥ・ア・トワ)・・・」



「イ、イギリス・・・・!!!」

ちょっと(・・・というか、かなり)惜しかったけど、左右の美女たちを振りほどいて、俺はイギリスの元へ走った。

各国の愛情攻撃で大分体力は削られていたけど、そんなの構わない。

この際、世界の危機はおいといていい。
俺達二人で、愛の連合王国建設に励もうじゃないか。

大丈夫大丈夫、俺ならできる。おまえのために頑張るから(夜も)、俺なら・・・・。



走り寄り、小柄な体を抱き締めようとする。そんな俺を、驚いて見上げるイギリス。

・・・・・の、その目は。

いつもと同じ、ガン、と、視線だけで射殺されそうな、ヤンキー目線だった。

「何だテメエ。何か用か」

「え?えええ??」

あれ?これ、どういうこと??
俺は焦った。

おかしいぞ?どういうことだ??



「・・・イギリス?お兄さんの顔、よーく見てくれ。何か感じないか??」

思わずホールドアップの姿勢をとりながらも、顔を近づけて、恐る恐る聞いてみる。が、イギリスの態度は、一向に変わらない。



「あン?てめえの薄汚ねェ髭面見て感じることなんか一つしかねーよ。滅べ!!!」



1500年の歴史にあっさり幕を下ろされてしまった。・・・・いや、そうじゃない。そうじゃなくて。

効いてない!!
効いてないぞ!!??
何だこの薬、本命には効かないのかじゃなくて嫌いな奴には効かないのか!??
全然、変わってないじゃないか!!!


俺の心の突っ込みを無視して、イギリスはぱくぱくと菓子を食べ続けている・・・が、依然、その態度に一切の変化は見られない。

そ、そんな。俺の努力はどうなるんだ。こんな全身ズタボロにされて、復讐も果たせなくって、これじゃ俺、踏んだり蹴ったりじゃねーの!!!



真っ白になる俺の後ろで、2、3の国たちが、きょとんとして、夢から覚めたように、辺りを見回し始めた。



「あら、私、何してたのかしら・・・?」

「何だか俺、体中が痛いよ〜っ?」

どうやら、薬の効果が切れてきたようだ。

あきらめずに俺に飛びつこうとしていた奴らも、ふいに正気に戻り、何事かと顔を見合わせている。

「何でこの部屋、こんなに散らかってんだよチクチョー?」
ロシアが床にぺたんと座り、不思議そうにきょとんと首をかしげている。

「僕、・・・あれ?あいたた・・・」

「ロシア、君、ずいぶん面白い顔してるぞ。あれ、俺も痛いな?」

聞いてから自分も流血していることに気づいたらしいアメリカである。

二国で床に座って、いったい誰に、なんでこんな怪我をさせられたのだろうかと首をひねっている。

二国とも、幸い(見事な青タンはついているにせよ)取り合えず大きな怪我はなかった様子なので、

取りあえずその謎は永遠に闇に葬ってもらうことにしたほうが(地球の明日の為にも)良さそうである。

ざわざわと日常に戻り始めた各国の中で、俺は一人、ひたすら燃え尽きて、灰になっていた・・・。





戦い終わって日が暮れて。



一時的な混乱はあったものの、何とか会議は終了し、未だに怒っているらしいスウェーデンとリトアニア(だったらしい、やはり、恐ろしいことに)に、怨念のこもった目付きで睨まれつつも、

無事にTGVに揺られることになった俺であったが、電車の中でも、パリに着いてからも、ひたすらに首を傾げ続けていた。



どうして、イギリスにはあの惚れ薬が効かなかったのだろうか。

あの薬は結局、インチキだったのか、それとも有効期限でも切れていたのか。



あの後、結局俺は諦めきれず、机の中にあった、「手作りクッキーです、みんなで食べてね、ハンガリー」と書かれたかわいいカードのついたビスキュイまで持ってきて、

イギリスに食べさせても見たが、ビスキュイをかじりながら明らかに変な目で見つめられるばかりだった。(ちなみに、このビスキュイは他国にも後から試しに食べさせてみたが、全く反応はなかった)

ロシアやスイス(・・・やハンガリーちゃんとかにも)にあれだけ効いていたわけだから、嫌いな奴には効かない、という訳でもなさそうだし。
有効期限のことも考えて、先ほど愛鳥ピエールに件のビスキュイを試したところ、

季節外れに発情した彼に一時間に渡ってすさまじい求愛のダンスを繰り広げられ、げっそりさせられたところなのである。



どうも、薬には問題は完璧になかったようなのだ。

それなのに、なぜイギリスには全く効かなかったのか?



いや。俺は思い直す。

イギリスに薬が効かなかったわけではない。

会議の後、イギリスは、「俺、午後からのが会議の内容の記憶が全然ない」と首を傾げて、「君はもう呆けたのかい、バイオエタノールの話だよ」などとアメリカに小突かれていた。

(ちなみに、午後の議題は森林保護についての話だった)

どうやら、奴も皆と同じように、「菓子を食べてから一時間後の記憶」がなくなっていたようなのだ。

そういえば、部屋を掃除した記憶も全く無くなっていたため、皆奴に文句を言われずに済んで大助かりだったものだ。

薬は、やはりイギリスにもちゃんと効いていたのだ。

それなのに、俺に対する反応は、いつもと一切変わりなかった。

いったい、どういうことなのか?

まさか、惚れ薬を使うなんて、せこい事を考えたバチが当たったなんてわけでもあるまいし。
どうして他の国はあれほど明らかに反応していたものが、イギリスだけは全く態度に変化がなかったのか。
そこまで考えた俺はふと、ある考えに思い当たった。



薬に問題は一切なかった。つまり、薬は効いていたとしか考えられない。

それなのに、イギリスの態度はいつもと変わらなかった。

強力な惚れ薬が効いているのに、普段と全く変わりがなかったのだ。

薬が効いていないわけではないと考えるならば、残る可能性はひとつしかない。

つまり、薬を飲んでも、もともとその状態だったら、普段と態度に変化が出るわけがない、ということである。

・・・と、いうことは。





・・・もしかして・・・。



・・もしかしたら・・・・・・。

                                         END


Present from*やまざきさま

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