ヴァイオレット奇譚2 Chapter8◆「花葬―【3】」 「……これ、は……」 月明かりに照らされたその異様な光景を見て、駆けつけたルイスが思わず零した。 掘り返された花壇の中には、何千枚という花びらが敷き詰められ、それを払いのけると、 その中に埋もれるようにして眠っている少女の体が現れた。 「すごいな。まるで花の柩だ」 暢気な言葉とは裏腹に、隠しきれない怒りを滲ませてクレアが言う。 彼は泥だらけの両手を白いシャツの腹で拭い、そっと万莉亜の体をそこから抱き起こした。 ひやりとさせられたが、口元に耳を寄せれば呼吸を繰り返しているのが分かる。クレアは今一度彼女の首元に指先を当てて脈を確認し、健康的な肌の色に深い息を吐いた。 彼女はただ、土の中の花にくるまれ、ただ死んだように眠っていただけだ。 「……万莉亜」 そっと呼びかけて頬に軽く撫でる。 消えたあの日の姿のまま眠り続ける彼女は、彼の呼びかけには全く反応を示さず、抜け殻のようにクレアの腕の中で 横たわっている。 「医者に、見せましょう」 呆気にとられていたルイスが何とか捻り出した言葉に、クレアは振り返らなかったが、それでも 彼が今失笑している事は、背中越しに伝わった。 「……クレア」 「悪いけど、少し二人にしてくれないかな」 「…………」 何かを言いかけたルイスが、しかし言葉を飲み込み、シリルの手を取って正門の前に横付けした車へと戻っていく。その気配を 背中で探りながら、クレアは抱きしめる腕に力を込めた。 土を掘り返して、花びらに付着した長い黒髪を見つけた瞬間、心臓が握りつぶされるような痛みに、呼吸も忘れた。 もうこの先など知りたくないから、いっそこのまま殺してくれと、神にも縋った。 「……あんまり、びっくりさせないで」 震える声で呟いて、力の抜けた体を強く抱きしめる。その温かさに触れて、目頭が熱くなる。 やがて滲み始めた涙を隠すようにして、クレアは万莉亜の肩に顔を埋めた。 情けない声で、震える指先で、必死に彼女を抱きしめる自分は、己の決意に反していると 分かっている。でもそれももう、今はどうでも良かった。誰かが生きていてくれた事を、こんなにも感謝した事はない。 たったそれだけで、世界は満ち足りたような気さえする。 「クレア」 背後から静かな声で呼びかけられる。 独特のしわがれた声は、ルイスのものとはかけ離れていた。 殺気を纏ったクレアが、バイオレットの瞳に鋭い光を浮かべて振り返る。 くたびれたつなぎを着た初老の男が、相変わらずおっとりとした顔つきでそこに立っていた。 あえて特徴を挙げるとすれば、とても小柄だということぐらいだろうか。150センチにも満たないであろう 小さな小さな男性は、深く刻まれた皺だらけの顔でじっとこちらを見据えながらゆっくりと歩み寄る。 彼が一歩近づく度に、片手に持ったバケツとその中にあるスコップがカラコロと音を立てる。 それが暢気な音を立てる度に、クレアの怒りが増した。 「……万莉亜に、何をした」 「クレア。花壇を、荒らしてはいけない」 「答えろ」 「花壇を、荒らしてはいけない」 「答えろっ……」 「ここは、万莉亜の墓だ」 その言葉に、青年が腰にはさんだ銃を取り出し、相手に向ける。 怒りのあまりに噛みしめた唇から、僅かに鉄の味がする。それでも、痛みは全く感じられなかった。 「万莉亜に何をしたんだ。答え次第では、お前を頭から喰らうぞ」 意味のない脅しだと分かっていても、言わずにはいられなかった。自分が彼を喰らったところで、 体を乗っ取られるのがオチだ。それでも、言わずにはいられなかった。 「万莉亜は、還った」 ぽつりと相手が呟く。それがとても悲しそうな表情だったので、クレアが思わず顔をしかめた。 「かえ、った……?」 「万莉亜は還りたがっていた。だから、還した」 「……」 「あらゆる悲劇の、あらゆる始まりを、万莉亜は望まない。万莉亜が望むのは、あの空の色にも似た」 「……」 「あの深い湖の色にも似た」 「は……」 ――「今度は、普通に出会うの。私、きっとまた好きになる気がする」 万莉亜が望んだ、あの青の色に。 Copyright (C) 2008 kazumi All Rights Reserved. |