06快斗誕生日記念


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「しかし、本当に宜しかったのですか?」

「何が『宜しい』っての?」

 やけに心配そうに言うジイちゃんを横目に、俺はと言うとテレビのニュースに関心を向けたままで言葉を返す。
テレビのニュースで大々的に取り上げられているのは、今朝出されたキッドの予告状についてのニュースだ。
ギャラリーの多さに毎回辟易してる割には、ご丁寧にマスコミ各社へ予告状が届いたことを発表する警察も警察だろう、と思う。
おまけに、その度に警備態勢に関する情報をテレビで流してくれるとあれば、怪盗側とすれば絶好の情報源にもなる。
たまには情報規制を引くのも、こっちとしては面白いが、やはり観客は多い方が盗みがいがあるのも事実。

「今回の件に限って、メディアで報道されるのがそんなに問題?」

「いえ……日取りのことですよ」

「日取り?」

 犯行予告日は、今日から四日後の二十一日。ピンポイントでこの日だったことにはちゃんとした理由がある。

「でも動かしようがないだろ。所有者の都合で一日しか展示してねーんだから」

「それはそうですが……」

 必要以上に渋るジイちゃんを不審に思って、俺は思わず眉を寄せた。

「何? まさか、盗みを諦めろとか言うつもり?」

「いいえ。そんなつもりはありません。
 ただ、盗む日を来週の今日に指定するのではなく、宝石の移動日でも宜しいんではないかと」

「わざわざ? ……そうすることで、別に利点があるようにも思わねーけどな? 
 どうせ、指揮官は同じ中森警部だ。一般公開日でも移動日でも、警備の詰めの甘さは大して変わらないだろ?」

 何かのきっかけがあって、急に捕獲計画に妙案でも思い浮かばない限りは、普段のかわし方で問題はないはずだ。
仮に、今は日本に帰って来ている、ロンドン帰りの探偵の協力があったとしても、窮地に追い込まれるとは思えない。

「盗みに関しての利点は、取り立ててありませんが、しかし坊ちゃまにとっての――」

「ねーんなら、別に良いじゃん」

 既に発表した計画を変えるほどの利点がこちらにないのであれば、日を改めれば逆に不利になる可能性すらある。
それ以上の問答はしても無駄だと、片手を挙げて続きを制してから、俺は座っていたソファから腰を上げた。

「じゃあな。ジイちゃん。悪ィけど、そろそろ行かねーと、青子の奴にどやされっから」

「……本当に構いませんか?」

「良いって、良いって。別に、当日他のイベントなんて一つもねーんだから」

 ケラケラと笑いながら、挙げた片手を軽く振ってから、俺は部屋を後にした。



「おっそーい、快斗! もう皆来てるんだから!」

「遅いって、お前なぁ……」

 トロピカルランドのエントランスに着いた瞬間、飛んできた文句に、俺は不満そうに自分の腕時計を指差した。

「そっちが早いだけ! 待ち合わせ時間の五分前じゃねーか!」

「男の子が先に待ってる方が、普通でしょー? 白馬君なんて、一番に来てたんだから!」

 そう言うと、何かと口うるさい探偵を指差した。

「ええ、まあ。女性を待たせるなんて男のすることではありませんから。
 どれだけ女性が早く来られても良いように、早い段階から待っているのは男として当然でしょう」

「ホラー!」

 何故か誇らしげに言う青子の傍を通り過ぎて、俺はまっすぐに白馬の方へ歩いていく。

「お生憎。ここは日本って国だ。どこぞの北欧の国のしきたりを押し付けるくらいなら、
 その必要もない、住みやすい方の土地に移住でもした方が、よっぽど暮らしやすいんじゃないですかねぇ?」

「それは心の狭い人間が陥る思考だよ、黒羽君。
 愛国心が強いのを悪いとは言わないが、もっと物事を寛大に受け入れられる心を持った方が、女性に好かれると思うがね」

「心配されずとも、俺は元々女に好かれるタイプみたいでね」

 キッドの時に限った話じゃない。少なくとも、女性に嫌われるタイプじゃないとは思ってる。
女子更衣室をのぞきに走っても、少し怒鳴られる程度で済んでるのもそのせいだろう。
本当に嫌われていようものなら、その程度で済むはずがない。
――だが、その認識も、この探偵の前では別の認識としてすげ替えられるらしい。

「確かに君には女性ファンが多かったね。――よく世間を賑わしていることを、すっかり忘れていたようだ」

「……あのな、白馬。何度も言うけど、俺は――」

 反論しかけた俺を無視して白馬は歩き出すと、青子へと声をかけに行く。

「それでは、全員揃ったことですし、そろそろ参りましょうか?」

「うん! ――紅子ちゃんも、快斗もホラ、行こ!」

「あら。でも中森さん、全員で五人って言ってなかった?」

「うん。ただ恵子、今朝から急に熱出したから無理そうだって連絡あったんだ」

「そうなの。残念ね」

 意外そうな口調でそう言いながら歩きかけた紅子が、不意に立ち止まったと思うと、そのまま俺の方を振り返った。

「そう言えば、今日流れていたキッドのニュース。あなた、大丈夫なのかしら?」

「はぁ?」

「さっき、あなたが来る前に、彼が提案したことに思い出したのよ。
 キッドと両立して、事を済ますのは、無理があるんじゃなくて?」

「……言ってる意味が分からないんですけど」

 白馬にしても、この紅子にしても、キッドだといくら否定したところでそれを気にも留めていないらしいのが、対処に困る。
とは言え、それを放置しても特に何も被害がないのは有り難いというべきなのか、どうなのか。

「つーか、予告した事実を覆すなんて、俺がキッドだとしたって普通はしねーだろ」

「そう。まあ、そうならそれで良いわよ。ただし、どうなっても知らないけどね」

 そう言うと、俺に背を向けて入り口へと歩いていく。
そもそもが白馬の提案したことというのが、分からない以上答えようがないのも事実だ。
それが何かと考えていると、遠くの方から青子が呼ぶ声が聞こえ出して、俺は慌てて入口へと走り出した。



「バースデー・パーティ?」

「うん! 白馬君が、どうせならやらないかって!」

 園内に入って数時間、そろそろ小腹も空いてきた、というわけで、
随所に設置されているオープンレストランでランチタイムとしゃれ込んだ。
注文した飲み物が来るまでは、しばらくの雑談タイムだったわけだが、話の途中で青子がそんなことを言い出した。

「ねぇ、どう? 快斗!」

「俺か? 別に構わねーけど、やけに気の早い話だな。オメー、九月だろ?」

「彼女の誕生日でなくて、君の誕生日のことさ」

「へ?」

 言われた言葉に、思わず目を丸くした。
わざわざ自分の誕生日パーティーを起こすこともだが、それを発案したって人間というのがどうにもらしくない。
何か裏があるに違いないと、不審な顔を白馬に向けるも、いつものように澄ました顔で笑うだけだ。

「それで、快斗。二十一日空いてる?」

「え? あ、ああ。多分。……って、え? 二十一日?」

「快斗の誕生日、ちょうどキッドの犯行日だから、家誰もいないし、場所は青子の家ね♪」

「……あ?」

 楽しそうに言った青子の言葉に、身体が固まった。
キッドの犯行日で警部が家にいないということは、当然キッドの予定が入っている。

「あ、青子! やっぱり、ちょっと俺――」

「おや。どうしても外せない用事でもあるのかな? その日の夕方以降にしか出来ないことでも?」

 ――わざわざらしくもない誕生日パーティーの提案をした理由が、この瞬間に分かる。
他の人間ならともかく、自分の誕生日を祝われるのであれば、パーティー会場をこっそりと抜け出すのは不可能。
それを見越した上での提案だったことは間違いない。

「悪ィ、ちょっとトイレ行ってくるわ」



「おいおいおいおい! マジかよ!?」

 万が一、犯行予告日もしくは誕生日が勘違いであったことに一縷の望みをかけて、
レストランから少し離れたところで手帳を広げるも、どうやらその可能性はなかったらしい。
白馬の口振り的に、誕生日パーティーが開かれるのは夕方から夜にかけての時間帯なのだろう。
犯行時刻とモロ被りする以上、どちらをどうにかするしか方法はない。

 とは言え、犯行日や犯行時間をずらしたり、誕生日パーティーをキャンセルしたりすれば、
自分がキッドであるという証拠を、自ら突きつけているようなものだ。そこを変更するのはほぼ不可能。

「……とりあえず、帰ってジイちゃんと相談するか」

 重々しくため息をついたのと同時に、背後から声がかかる。
思わず悲鳴を上げかけたのを何とかこらえて、後ろを振り向くと両手に飲み物を抱えた青子が立っていた。

「いた! 快斗! どうしたのよ、こんな所まで来て。
 トイレから随分離れてるじゃない! なかなか帰って来ないって言って、みんな心配してるんだから!」

 終わったなら早く戻って来なさいと、続けて言われた後、青子は片方の手をこちらへと差し出した。

「はい、快斗の分」

「ああ……サンキュ」

 飲み物を受け取って、レストランへと戻る最中、青子は誕生日パーティーの内容について話し出した。
だがそれへの返答は空返事のみで、頭の中では焦りと混乱だけがひたすら巡っているのみ。
――泣いても笑ってもあと四日。それまでに何とか対策案を考えなければ、自分の身が危うい。
とんだ誕生日になりそうだと、声にならない叫びを空に向かって投げつけた。



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