* 探偵と怪盗お題リストへ * 02.空見上げ>>
「だーっ!くそっ!いい加減にしろ!」
屋上へ通じる扉を開けて、そこに何もないことについに痺れを切らす。
何段もある階段を駆け上がって来たせいか、さすがに息が荒かった。
呼吸が落ち着くのをしばらく待った後、辺りを見渡して探したのは一枚の紙。
屋上の手すりに刺さっているのを見つけると、乱暴にそれを引っこ抜いた。
(明らかに遊んでやがる……)
見慣れたマークのついた紙に書かれていたのは、『ご苦労様』の文字。
ため息をついてそのまま手すりにもたれるが、こんな所で休憩してる場合じゃない。
疲労と呆れが混ざったため息をつきながら、紙の裏面へと目を通す。
『体力の限界来てんなら、止めてもいいんだぜ?』
「誰がやめるか、誰が」
特定の相手に言うでもなく、俺は思わずそう毒づいた。
ここで止めては自ら負けを認めるようなものだ。
相手からの挑戦を受けた以上、少なくとも相手が白旗を揚げない限り勝ち目はない。
勢いとは言え、提案をのんだことを今更ながらに少し後悔した。
「なぁ、探偵君。ちょっとしたゲームでもやってみないか?」
「ゲーム?」
その提案があったのは、キッドが宝石を盗みおおせた犯行後。
捕まえてやろうと屋上まで奴を追いかけて行った時のことだ。
「そ、ゲーム」
そう繰り返すと、盗んだばかりの宝石をこちらにちらつかせた。
「お前が俺の犯行現場に現れるのは、俺を警察に突き出したいからなんだろうけど、
それが無理な代わりに、せめてもの抵抗として盗んだ宝石取り返してんだろ?」
「ほっとんど間違っちゃいねーけど、
その『捕まえるのが無理な代わりのせめてもの抵抗』って言葉は気に食わねーな」
「間違いは言ってないつもりですよ。
……はて?一度として、私を捕まえた記憶でもありましたかね?」
わざとらしく首を傾げるキッドの態度に、眉を上げた。
文句の一つでも言い返したのは山々だが、事実は事実。反論のしようもない。
だが、それを分かった上で言っているのは見え見えで、だからこそ余計に性質が悪い。
「……どんな内容だよ」
ろくな内容でないことは承知の上で訊く。
奴にとって有利すぎる内容か、もしくはありえないほどの無理難題か――。
「内容は至極単純。
俺がこれから示す場所に、30分以内で来れたのなら宝石は返してやる。
ただし、30分以内で来なけりゃ、たっぷり敗北感でも味わってくれ。
っつーゲーム。どう?ノッてみる?」
やたらと笑顔で言われたその内容。
内容自体はともかく、その言い回しでは大体の答えは決まってくるだろう。
「……テメー、それ俺に選ばす気ねーだろ?」
「いや?そんなことは言ってねーよ。ちゃんと、そっちの意思訊いてんだろ?」
「同じだろーが!」
「あ、そう」
悟ったような口調でそう言ったかと思うと、奴は突然俺に踵を返す。
「ってことは、乗らないってことね。それならそれで、俺はいつも通り逃げるまで」
意味ありげに笑うと、お馴染みのハンググライダーを広げた。
正直に言って、これが奴の戦略だってことは、よく分かってる。
それを予想した上でのシナリオだということも百も承知。それでも――
――売られた喧嘩は買うものだろ?
「乗ってやろうじゃねーか、そのゲーム!」
背中を向けて今にも飛び立ちそうな泥棒に、俺は半分やけになって叫ぶ。
この言葉に振り返った奴の表情は二度と忘れない――。
というわけで、奴の提示する暗号を解き続けて今に至る。
だが、現状を思い返して俺は情けなくため息をついた。
(どうあがいても、これじゃあこっちが完敗じゃねーか……)
実を言うと、その『ゲーム』を始めてから、俺は奴の姿を1度も見ていない。
かと言って、別に書かれた暗号を解くのに時間がかかりすぎて、タイムオーバーなんてことはない。
暗号自体は5分もあれば、楽に解けるようなものだが、指定場所が困難を極めている。
元々、奴の示す場所というのが、今いる場所からどれだけ急いでも20分弱はかかる場所。
0時を回った真夜中に、そうそう都合良くタクシーなんて来るわけがない上、
子供が真夜中にタクシーへ乗るなんて不審がられるのがオチだ。
最初、奴が指定した場所に着いた時は30分近くかかっていた。
悔しがる以前に、文句を言うことを先に感がえるが、奴の姿が見当たらない。
その代わり、傍に置いてあった一枚の紙切れに、次の場所への暗号が書かれていたのだ。
そんな状態が幾度となく続き、十数回たった今。
おそらく当の本人は、この状況をただ楽しんでいるだけであろう。
思わず『いい加減にしろ!』と叫んだのは良いが、奴がいなけりゃ意味がない。
「……ったく、こんなことして何になんだよ?」
「――別に?ただ、持久力がどれくらい持つもんかなっつーのと、
何回くらいでこの状況を投げたしたくなるか試しただけだけど?
後は、オメーが短気かどうか調べてやろうかなーって」
「え……!?」
いきなり聞こえてきた声に驚いて、声のした方を振り返る。
今までは気配もなかった塔屋の上に奴はいた。
「つーか、なんだよ!そのくっだらねえ理由!」
「いやな、前に一回似たようなことを警部にしてみたんだけど、3回ほどでぶちぎれちまって
『相っ当短気だよな』って実感した時に、名探偵ででもやってみようかと思ってよ」
「ただテメーの都合で遊んでるだけじゃねーか!」
ここまで散々走りまわされておいて、それだけの理由では済ませられない。
いや、というより済ませられるわけがない。
それ以上の言葉すら思いつかずに呆然としている俺に、奴は悪ぶれることなく話し出す。
「でも、こっちもさすがに10回近くなって来たら止めようかと思ったんだぜ?
ただまあ、俺の出した暗号をいとも簡単に解いて、現場へ行ってるオメー見てると、
少しでも時間かけて解くような暗号にしたくなるじゃねーか」
「ちょっと待て!ってことは、最初から一部始終見てたのかよ!?」
「ああ。5枚目までは、事前に用意しといたからな。急がなくても余裕はたっぷり」
そう言って、奴は人差し指を上に向ける。
「んで、バレないようにと思って、上から少し離れて――ぶっ!」
鈍い落下音と共に、奴は話の途中で、塔屋の地面へ背中から倒れ込む。
俺はと言うと、壁に当たって跳ね返って来たサッカーボールに片足を乗せた。
「頼んでもいねーのに、包み隠さず解説してくれる、素直な心意気は割と好きだぜ?」
「……言葉と行動が一致してないにも程があるんじゃないですかね」
むせ返りながら苦笑いして奴は言う。
「いや?あまりにもの手口に関心したもんでな。礼代わりだよ」
倒れ込んだ時に打ち付けたとみられる腰を、片手でさすりながら起き上がる奴を見て、
俺は静かに靴の出力を最大まで上げた。
「俺相手に良い度胸してんじゃねーかってな!!」
奴が完全に体を起こすのが早いか、
先程よりも威力を増したサッカーボールを思いっ切り蹴り上げた。
――その直後、断末魔にも似た叫び声と衝撃音が、屋上に響き渡ったのは言うまでもない。
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全体的に大幅加筆修正。
削除あり、加筆あり、微修正ありと、割と盛りだくさんな編集。
設定が若干変わっているどころか、オチすら変わっているという小説。
軽く読み直した時、一人称を三人称に直した方が文章的にマシかな、と思いつつ、
結局は一人称部分にがっつり修正加えることで、人称変化は免れたという。
因みに変更したオチ部分は、ここまでされておいてコナンがあっさり引き下がらないだろう、
ということで、やんわり退場の旧作より、鬼畜度合を増してみたらこうなった。