此処まで 〜探偵と怪盗で十六のお題より〜


* 探偵と怪盗お題リストへ *   02.空見上げ>>




「だーっ!くそっ!いい加減にしろ!」

 屋上へ通じる扉を開けて、そこに何もないことについに痺れを切らす。
何段もある階段を駆け上がって来たせいか、さすがに息が荒かった。
呼吸が落ち着くのをしばらく待った後、辺りを見渡して探したのは一枚の紙。
屋上の手すりに刺さっているのを見つけると、乱暴にそれを引っこ抜いた。

(明らかに遊んでやがる……)

 見慣れたマークのついた紙に書かれていたのは、『ご苦労様』の文字。
ため息をついてそのまま手すりにもたれるが、こんな所で休憩してる場合じゃない。
疲労と呆れが混ざったため息をつきながら、紙の裏面へと目を通す。

『体力の限界来てんなら、止めてもいいんだぜ?』

「誰がやめるか、誰が」

 特定の相手に言うでもなく、俺は思わずそう毒づいた。
ここで止めては自ら負けを認めるようなものだ。
相手からの挑戦を受けた以上、少なくとも相手が白旗を揚げない限り勝ち目はない。
勢いとは言え、提案をのんだことを今更ながらに少し後悔した。



「なぁ、探偵君。ちょっとしたゲームでもやってみないか?」

「ゲーム?」

 その提案があったのは、キッドが宝石を盗みおおせた犯行後。
捕まえてやろうと屋上まで奴を追いかけて行った時のことだ。

「そ、ゲーム」

 そう繰り返すと、盗んだばかりの宝石をこちらにちらつかせた。

「お前が俺の犯行現場に現れるのは、俺を警察に突き出したいからなんだろうけど、
 それが無理な代わりに、せめてもの抵抗として盗んだ宝石取り返してんだろ?」

「ほっとんど間違っちゃいねーけど、
 その『捕まえるのが無理な代わりのせめてもの抵抗』って言葉は気に食わねーな」

「間違いは言ってないつもりですよ。
 ……はて?一度として、私を捕まえた記憶でもありましたかね?」

 わざとらしく首を傾げるキッドの態度に、眉を上げた。
文句の一つでも言い返したのは山々だが、事実は事実。反論のしようもない。
だが、それを分かった上で言っているのは見え見えで、だからこそ余計に性質が悪い。

「……どんな内容だよ」

 ろくな内容でないことは承知の上で訊く。
奴にとって有利すぎる内容か、もしくはありえないほどの無理難題か――。

「内容は至極単純。
 俺がこれから示す場所に、30分以内で来れたのなら宝石は返してやる。
 ただし、30分以内で来なけりゃ、たっぷり敗北感でも味わってくれ。
 っつーゲーム。どう?ノッてみる?」

 やたらと笑顔で言われたその内容。
内容自体はともかく、その言い回しでは大体の答えは決まってくるだろう。

「……テメー、それ俺に選ばす気ねーだろ?」

「いや?そんなことは言ってねーよ。ちゃんと、そっちの意思訊いてんだろ?」

「同じだろーが!」

「あ、そう」

 悟ったような口調でそう言ったかと思うと、奴は突然俺に踵を返す。

「ってことは、乗らないってことね。それならそれで、俺はいつも通り逃げるまで」

 意味ありげに笑うと、お馴染みのハンググライダーを広げた。
正直に言って、これが奴の戦略だってことは、よく分かってる。
それを予想した上でのシナリオだということも百も承知。それでも――

 ――売られた喧嘩は買うものだろ?

「乗ってやろうじゃねーか、そのゲーム!」

 背中を向けて今にも飛び立ちそうな泥棒に、俺は半分やけになって叫ぶ。
この言葉に振り返った奴の表情は二度と忘れない――。


 というわけで、奴の提示する暗号を解き続けて今に至る。
だが、現状を思い返して俺は情けなくため息をついた。

(どうあがいても、これじゃあこっちが完敗じゃねーか……)

 実を言うと、その『ゲーム』を始めてから、俺は奴の姿を1度も見ていない。
かと言って、別に書かれた暗号を解くのに時間がかかりすぎて、タイムオーバーなんてことはない。
暗号自体は5分もあれば、楽に解けるようなものだが、指定場所が困難を極めている。

 元々、奴の示す場所というのが、今いる場所からどれだけ急いでも20分弱はかかる場所。
0時を回った真夜中に、そうそう都合良くタクシーなんて来るわけがない上、
子供が真夜中にタクシーへ乗るなんて不審がられるのがオチだ。

 最初、奴が指定した場所に着いた時は30分近くかかっていた。
悔しがる以前に、文句を言うことを先に感がえるが、奴の姿が見当たらない。
その代わり、傍に置いてあった一枚の紙切れに、次の場所への暗号が書かれていたのだ。

 そんな状態が幾度となく続き、十数回たった今。
おそらく当の本人は、この状況をただ楽しんでいるだけであろう。
思わず『いい加減にしろ!』と叫んだのは良いが、奴がいなけりゃ意味がない。

「……ったく、こんなことして何になんだよ?」

「――別に?ただ、持久力がどれくらい持つもんかなっつーのと、
 何回くらいでこの状況を投げたしたくなるか試しただけだけど?
 後は、オメーが短気かどうか調べてやろうかなーって」

「え……!?」

 いきなり聞こえてきた声に驚いて、声のした方を振り返る。
今までは気配もなかった塔屋の上に奴はいた。

「つーか、なんだよ!そのくっだらねえ理由!」

「いやな、前に一回似たようなことを警部にしてみたんだけど、3回ほどでぶちぎれちまって
 『相っ当短気だよな』って実感した時に、名探偵ででもやってみようかと思ってよ」

「ただテメーの都合で遊んでるだけじゃねーか!」

 ここまで散々走りまわされておいて、それだけの理由では済ませられない。
いや、というより済ませられるわけがない。
それ以上の言葉すら思いつかずに呆然としている俺に、奴は悪ぶれることなく話し出す。

「でも、こっちもさすがに10回近くなって来たら止めようかと思ったんだぜ?
 ただまあ、俺の出した暗号をいとも簡単に解いて、現場へ行ってるオメー見てると、
 少しでも時間かけて解くような暗号にしたくなるじゃねーか」

「ちょっと待て!ってことは、最初から一部始終見てたのかよ!?」

「ああ。5枚目までは、事前に用意しといたからな。急がなくても余裕はたっぷり」

 そう言って、奴は人差し指を上に向ける。

「んで、バレないようにと思って、上から少し離れて――ぶっ!」

 鈍い落下音と共に、奴は話の途中で、塔屋の地面へ背中から倒れ込む。
俺はと言うと、壁に当たって跳ね返って来たサッカーボールに片足を乗せた。

「頼んでもいねーのに、包み隠さず解説してくれる、素直な心意気は割と好きだぜ?」

「……言葉と行動が一致してないにも程があるんじゃないですかね」

 むせ返りながら苦笑いして奴は言う。

「いや?あまりにもの手口に関心したもんでな。礼代わりだよ」

 倒れ込んだ時に打ち付けたとみられる腰を、片手でさすりながら起き上がる奴を見て、
俺は静かに靴の出力を最大まで上げた。

「俺相手に良い度胸してんじゃねーかってな!!」

 奴が完全に体を起こすのが早いか、
先程よりも威力を増したサッカーボールを思いっ切り蹴り上げた。

 ――その直後、断末魔にも似た叫び声と衝撃音が、屋上に響き渡ったのは言うまでもない。



* 探偵と怪盗お題リストへ *   02.空見上げ>> >>あとがき(ページ下部)へ



レンタルサーバー広告: