空見上げ 〜探偵と怪盗で十六のお題より〜


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「――ん?」

 小五郎は旧友の家へ、蘭は園子の家へ泊まりに行ったその日。
一晩だけ博士の家に泊まることになったのだが、一人になったのを良いことに、
コナンは、小五郎に依頼されている未解決の事件の捜査に行っていた。

気付けば0時近かったことに慌てて中断し、阿笠邸へと戻りかける。

 前方のビルの屋上で何かが光ったのに気付いたのはその時だった。
夜遅くの帰りがけとは言え、さすがにここは好奇心がうずく。
そのままビルへ近づくと再び屋上へと目を向けた。



「今日は随分と楽な仕事で♪――なぁ?」

 のんびりと屋上の塔屋に胡坐をかいて座ると、キッドは膝に乗っている相棒に話しかけた。
一定の間隔で、盗んだばかりの宝石を空へ舞わせる。

「今回はこっちの手回しで、警察内部だけに情報行くようにしといたから、
 白馬の野郎も、何かと厄介な名探偵も現場にいなかったからな。
 事がスムーズで、ことごとく邪魔されるようなことがない、ってのも楽で良いねぇ♪」

 キッドはにんまり笑うと、空へ遊ばせていた宝石を手で握った。

(さーてと。それじゃあそろそろ最終チェックと行きますか!)

 手に握られた宝石を、月にかざしかけようとしたまさにその時、下から声がかかる。

「――へぇ?少しは俺が厄介な相手って思ってるとは、光栄だな」

(え……)

 聞き覚えのある、何処かトゲのある言い方に、キッドは動きを止める。
何かを考えるようにその場で棒立ちするが、しばらくしてから塔屋から下を覗く。

「げっ!――名探偵!?」

「何だよ?その『げっ!』ってのは」

 キッドの反応にコナンは不満そうに顔をしかめるが、キッドはそれに気付かない。

「何でここにいるんだよ!?
 どうかして予告現場が分かったとしたって、ここから随分離れてんだぞ!?」

「通りがかりに理由があるとか言う気か?」

「……通りがかり?あれ?じゃあ何か?意図的にここへ来たわけじゃないっての?」

 ようやく落ち着きを取り戻したキッドの質問に、コナンは呆れた様子でキッドを見返した。

「だから通りがかりっつっただろ?博士の家に戻ろうとした帰り。
 このビルの屋上で何か光ったから、興味持って近寄ったんだよ。
 その時、屋上に何か全体的に白いのが見えたから、もしかしてと思ってな」

「白いのって……」

「少なくとも、ウソの形容じゃねーはずだけど?」

 不満を示すキッドに対して、コナンは面白そうに返す。

「でも、あれだな」

「ん?」

「盗みが終わってから、こんな所にいるなんて――」

 そう言いながらしゃがみこんだコナンに、キッドは首を傾げる。

「――随分のうのうとしてんじゃねーか」

 そう言い切った瞬間、不気味にコナンの足元が光る。
その状況には慣れたもので、キッドは慌てて塔屋から飛びのくと、
それから一瞬遅く、今までキッドのいた場所を、サッカーボールが横切った。

「……テメェ、避けやがったな」

「避けるだろ!?」

 不満そうに睨まれてキッドは驚いた様子で反論した。



「――時に探偵君。ちょっと、こっちの私用っつーか、
 都合上、10秒ほど俺に背中向けてるか、目を瞑っててくれるとありがたいんだけど」

「はぁ?」

 奇妙な頼みごとに、コナンはしかめ面でキッドを見る。

「何だよ?それ」

「だから、都合上」

「都合上っつったって……逃げんじゃねーだろうな?」

 10秒もあればキッドなら楽にその場から逃げられるだろう。
深い理由を言おうとしないキッドを、コナンは疑わしそうに見る。
その態度にキッドは肩をすくめながら息をついた。

「わざわざ作ってもらった隙に逃げるとか、こっちから願い下げだ。
 それする位なら堂々と真正面から逃げるっての。信用しろって」

「それ、俺に言ってすんなり了承すると思ってんのか?」

 呆れたように言ってから、コナンはしばらく何かを考える。
本心を窺うようにキッドを一瞬見てから、片手をキッドの前へ出した。

「信用する代わりの条件。――宝石よこしな。オメーが逃げなきゃ、渡してやる」

 その言葉にキッドは不思議そうに目を見開いた。

「へぇ。それで良いわけ?
 少なくとも宝石だけは絶対に死守するお前が、わざわざ俺に返すってっての?」

「また取り返せばいいんだろ?」

 平然と言ってのけるコナンに、キッドは軽く笑う。

「でも無理」

「え?」

「ともかく無理。何をどう言われようと、無理なものは無理」

 はっきりと言い切るキッドに、コナンは押し黙った。
少しの間キッドを睨むように見るが、諦めたように大きく息を吐く。

「分かったよ……」

 渋々そう言うと、コナンはキッドに背を向ける。
それを見てキッドは、しまっていた宝石を取り出すと月にかざしかけて手を止めた。

「名探偵」

「何だよ?終わったにしちゃ早いんじゃねーか?」

 屋上から街の明かりを眺めながら、不機嫌そうに答える。

「いや、そっちはむしろまだ。宝石やれねー代わりに、コイツやっとくよ」

 そう言うと、宝石を持っていない左手を鳴らす。
その途端に、コナンの頭上に何かが乗った。

「……え?」

 驚いて自分の頭を見ようとしたコナンよりも先に、白い鳩が肩へ降りてきた。

「人質ならぬ物質の代わりに鳩質」

「ねーよ、んな言葉」

「そりゃ即席の造語だし」

 笑いながら言いながら、キッドは月に宝石をかざす。

(……変化なし)

 コナンに聞こえないように、小さな音で大きくため息をついた。

(――ったく、毎度毎度勘弁してくれよ……)

「名探偵、もういいぜ」

「あ、そう」

 関心なさそうに言って、振り向いたコナンに何の打ち合わせもなく宝石を投げた。

「――おい!」

 それを慌ててキャッチしたコナンは、不思議そうにキッドを見た。

「随分あっさり渡すんだな」

「まあな、どうせ必要なくなったから」

 そう言って、キッドは軽く右手を上げる。
それが合図かのように、今まで大人しくコナンの肩に乗っていた鳩が主人の方へ飛んで行った。

「さて。それじゃあ、俺はそろそろ帰るとしますか!」

 そう言うといつものように、ハンググライダーを開ける。
飛び立つ直前にコナンの方を振り返ると、意味ありげに笑みを浮かべた。

「オメーもこれ以上遅くならない内に帰れよ?いい加減おうちのひとが心配するぜ?」

「――テメッ!!」

 憤然としたコナンをよそに、そのまま夜の街へと繰り出した。



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