闇に消ゆ 〜探偵と怪盗で十六のお題より〜


<<02.空見上げ   * 探偵と怪盗お題リストへ *   04.犯行予告>>



 【 ※まじ快原作設定(組織)に若干触れています 】



「オメーの頭に手加減って言葉はないわけ?」

 実際、世の中に存在する『無駄な努力』や『意味のないこと』っていう表現。
結果的にそうなったのならまだしも、事前にそれを自覚して行動するってのも奇妙な話。
誰しもが、骨折り損のくたびれもうけになることなんて、好き好んでやりはしない。
にもかかわらず、わざわざ俺がそう言ったのは、今回はいつもと事情が違ったから。

「分かり切ったこと訊くんじゃねーよ」

 呆れた様子で返す探偵に、俺は苦笑いした。
そりゃ確かに、返ってくるのがイエスもしくは相手によりけりな言葉だってのくらい、嫌でも分かる。
大体コイツが俺の質問へ、まともに答えるっつー方が珍しい。

「たかだか、宝石一つにそこまで執念燃やさなくても良いんじゃねーの?」

 3m程離れたところで、余念なく俺を睨みながら立っている探偵に、
ふと思いついて、ズボンのポケットから宝石を取り出すと、宝石を手と宙の間で遊ばせた。
俺としては、これは軽いお遊び。でも向こうにしてみれば、小さい挑発に変わる。

「バーロ、そもそも俺の本来の目的は宝石取り返すことじゃ――」

「俺を捕まえること、だろ?その割に、それらしいこと全然出来ちゃいねーけどな」

 楽しそうに笑う俺に、探偵は不満顔で俺を見る。

「でも、今回はこれ位にしとかねーか?」

「は?」

 探偵の意外そうな顔が、俺の一瞬見せた曇った表情に対してなのか、
俺の言葉に対してなのかは分からないが、面食らったのは事実らしい。

「何だよ、いきなり」

「いや、ちょっと俺にも一波瀾や二波瀾、これからありそうなんでな。
 出来ればここで無駄に体力落としたくねーなと思いまして」

 警部に予告状を出して、犯行予告日が今日だとテレビが報道した日の夕方。
ある日を境に、もう見ることもないであろう人間へ届いた手紙。
差出人不明、住所不定、宛先も書かれてなく、白い封筒に唯一書かれていたのは宛名だけ。
もちろん切手もなければ消印もなし。それでも送り主だけは明確に分かる。

 今となっては直接本人に会うことが出来ない人物へ、手紙を送ってくる相手は大体決まっている。
それは、その人物がこの世に存在すると思ってる人間しかいない。
――たとえそれが向こうの勘違いであるのだとしても。

「これでも俺は売られたケンカは買うタイプでね」

 続けて言った俺の言葉に、探偵は複雑そうな顔をして少し首を傾ける。

「何のこと言ってんだよ?」

「知らなくて結構。俺と関わりある人物で、オメーとは無関係だから」

 どうやらこの口調が癇に障ったらしい。ムッとした様子で俺を見返してきた。
口を開きかける探偵を、俺は手を上げて静止させる。

「言いたいことは分かってるから、わざわざ言うなよ?
 ――他人の粗探しが好きな探偵ってのが、時に命取りになることくらい、
 頭の隅っこにでも入れといた方が、身のためにも良いと思うぜ?」

 肩をすくめて言う俺に、探偵は呆れたように鼻で笑った。

「ご心配なく。そういう事は既に経験済みなんだよ」

 強情に近い探偵の言葉に、俺はどうしようもなくため息をついた。
こういうタイプの人間には、ストレートに物事言った方が理解を得る比率は高い。
それに、恐らくは話せば分かる相手だろうから、余計そうした方が良いに決まってる。

「名探偵。一つだけ真面目に俺の質問に答えてくれ」

「なんだよ?」

 唐突に言った俺の言葉に、探偵は怪訝そうにこちらを見る。

「今、1時何分前?」

「…………は?」

 たっぷり間を取って呟かれた言葉。
あまりにも予想通りな反応すぎて、こっちはこっちで気が抜けた。

「だから、1時何分前なんだよ?」

「……ふざけてんのか?」

「ふざけて言ってりゃ『真面目に答えろ』なんて言わねーよ」

 呆れて言った俺に、探偵はまだ何処か釈然としない様子ながらも時計に目を落とす。

「大体20分前だけど、それが何なんだよ?」

「それじゃあ尚更。頼むから、ここら辺で今日の対決終わりにしといてくれ」

 ――届いた白い封筒。そこの宛名にあった『黒羽盗一』の文字。差出人は不明だ。
それでも、送り主を限定した俺は、それを自分宛だとみなして封を切った。
そこに書かれていた、たった3文字の言葉 “1時 杯戸ホテル 開始”

 予告時間から1時間後である時刻、これは恐らく『警察を振り切れ』ということ。
1時間もあれば、警察を撒くのには十分の時間なのは、俺としても事実だ。
そして最後に書かれた『開始』が、十中八九俺を殺しにくるという意味。
その辺から考えて、2つ目の『杯戸ホテル』が決戦の場、ってところだろう。

 与えられた1時間だが、正確には30分〜40分。
向こうが1時きっかりに指定場所へ来るとは思えない。
遅ければ10分、早ければ30分前には待機していそうなもの。
確かに、30分でも警察を振り切るには充分な時間には変わりないが、
こっちにもう一人厄介な人間が存在するのを、向こうは恐らく知り得ない。

 30分じゃ、おそらく撒けないだろうと予想して、
杯戸ホテルの近くで、しばらく目の前にいる探偵と対峙してたわけだが、
それもそろそろ時間が許さなくなってきた。

 夜に白い衣装身にまとってたんじゃ、嫌でも目立つ。
仮に予告時刻を過ぎても俺が所定の場所へ行かなかった場合、居場所を探すのは容易い。
予定場所以外でも襲撃がないとも言えない以上、なるべく早めに指定場所へは行っておきたい。

 かと言って、多少話の分かる相手だとしても、
さすがに、ありのままの事情をを伝えるわけにはいかない。
だからこそ素直に『今日の対決はここまでに』って頼んでみてるわけなのだが――。

「俺がすんなり、それを了承するって本気で思ってんのか?」

「……やっぱり?」

 しかめ面で答えた探偵に、俺は困ったように呟いた。

「じゃあ、しゃーねーか。これ使うの、逃げるみたいで癪なんだけどな」

「?」

 不思議そうにこっちを見る探偵へ、俺は手に持っていた宝石を探偵へ投げた。
当然のように、探偵は宝石を取り戻そうと、宝石が落ちてくる方向へ両手をやる。
丁度、探偵の掌に宝石が落ちようとしたところで、俺は指を鳴らした。

「――おわっ!」

 指を鳴らすと同時に、探偵の掌に収まった宝石が白煙を吐き出した。
そのまま煙幕に包まれるのを確認すると、ハンググライダーのスイッチを押して、探偵へ背を向ける。

「悪ィな、名探偵。その宝石はこんなこともあろうかと用意してた偽物。
 今回は直接宝石返せねーけど、その内持ち主に戻るから心配すんな!」

「――待て、キッド!!テメッ!卑怯も――」

「恩人、と言ってほしいね。わざわざ、死ぬような危険にさらしちゃいねーんだし」

 後ろを確認すると、探偵が必死で煙をかき分けているのが分かった。

(あそこから出て来られる前に、俺もそろそろ行くとしますか)

 気を落ち着けるように、ゆっくり息を吐き出して、目的地を見据える。

「――待てっつってんだろうが!」

 怒鳴った探偵の声がいやにはっきりしていたことに、嫌な予感がして振り返る。
案の定、煙から出ている探偵に思わずため息をついた。

「あいにくですが、希望に沿っていられるほど、こっちには時間がないんですけどね」

「だから、何なんだよ?あの意味深な言葉!」

「意味深?――ああ、そっちの方ね。知りたけりゃ、お得意の捜査でもしてみろよ。
 少なくとも、俺の口からは完全に捕まえられた時でない限り、言う義理はない。
 それに、そういうことを調べるのがそっちの仕事なんだろ?探偵君?」

 この言葉に探偵は押し黙る。

「それじゃあな」

 これ以上は待つわけにはいかない。
それでも探偵はまだ何か言いかけたが、俺はそれに気付かない振りをして、再び夜の街へ繰り出した。


 ――もう一つ。切っても切れない悪玉の張った網の元へ。



<<02.空見上げ   * 探偵と怪盗お題リストへ *   04.犯行予告>> >>あとがき(ページ下部)へ



レンタルサーバー広告: