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【 ※コナンと快斗は互いに正体認知済みです 】
【ジュエリー・ショップ O−KUMA 本日開店!】
そんな見出しで作られた広告が、近くの住宅街のポストへ投函される。
男など、そんなものに見向きもしないが、女はそうではない。
そしてここも例外でなく、広告を手にした彼女が部屋のドアを開け、
その場でのんびり過ごしていた男二人に声をかけた。
「はぁ?じゅえりー・しょっぷぅ?」
娘の言葉に、今まで読んでいた新聞をテーブルに置いた小五郎は、
蘭の方を怪訝そうに見やる。
「うん。ホラここ。『先着200名様にアクセサリー無料プレゼント』だって!」
「止めとけ、止めとけ。高校生のガキが色気づくにはまだ早いっつーんだよ」
ふてくされたように言って、また新聞を取り上げて読み始める。
「何よ、それ。でも園子に頼まれちゃって。今、家族で旅行に行ってて無理だからって。
だからお父さん。一人一つじゃ2人分貰えないでしょ?お願い!」
目の前で懇願する娘をしかめ面で見てから、フンッとそっぽを向けた。
「バカ言え!男が行って、アクセサリーくれる店なんてあるわけねーだろ」
「それが違うのよ。見て、ここ」
そう言って手に持った広告をテーブルの上へ置き、そこのある部分を指差した。
【男性先着50名様には、女性アクセサリーをプレゼント。好きな女性へどうぞ】
「ケッ。こんなもん、ただの客寄せに決まってんだよ!
大体、男でも貰えるんなら、俺じゃなくてコナンでも連れて行きゃいいだろ」
小五郎に言われて、ソファに座って本を読んでたコナンは一瞬眉を上下に動かした。
「だってコナン君は――」
ケロッとした表情で言ってから、蘭はコナンの方を振り返る。
「ちゃんとついて来てくれるもんね?」
「へっ?」
「ねぇ、コナン君♪」
「え……あ、うん……」
ハハと愛想笑いで返してから、蘭の見えないところで苦笑いした。
こういう場合の、蘭の笑顔というものは、無言の圧力他ならないことは分かっている。
「だったら俺が行く必要はねーじゃねーか。二人でせいぜい――」
「ダメよ!お父さんはお母さんのためについて行ってくれなきゃ!」
「あぁっ?お前なー!誰があんな女のために……って、おい!」
「つべこべ言わないの!――ホラ、行くよ、コナン君!」
強引に小五郎の腕を引いて外に出る蘭を、コナンはため息混じりに眺める。
「ヘイヘイ……」
「わぁー!凄い人!」
オープン当日ということもあり、建物の中は、女性客で殆どが埋め尽くされている。
一方、外では無理やり連れてこられたであろう女性客の連れである男性陣が、
うんざりした顔で立ったり座ったりして待っていた。
「ねえ蘭姉ちゃん。こんなんじゃ、もうないんじゃないの?」
――出来ればこの人ごみの中に入りたくない。
男二人の痛切な願い空しく、きっとまだあると信じて進む女の希薄に負けて
意外に小心な男二人が、無言で従ったのは言うまでもなく。
かと言って、このままでは入るには入れない。しばらく様子を窺っていた三人が、
ようやく入ろうかというところで、コナンは何かが足を蹴っている事に気付く。
蹴られた当人のコナンは、相手を怪訝そうに見上げたまま、その姿勢で固まった。
「――なっ……!おま――!」
言葉にならない声を出したコナンに、相手は人差し指を唇の前に立てる。
「説明つかねーんだから、そのまま黙っとけよ」
「バーロ!だったらわざわざ自分の存在知らせるんじゃねーよ!」
驚き半分、不満半分に小声でそう言うと、
他の二人に気付かれないように、とゆっくり列から外れた。
「まあ、それもそうなんだけど、こっちも暇でさ」
「暇?」
しかめ面で言うコナンに、快斗は店内の方へ顎をしゃくる。
「俺がここにいる理由」
「ああ……付き添いか。彼女の?」
「誰?」
即答して返してから、思い出したように快斗は着ていたシャツのポケットに手を入れた。
「いる?」
そう言って、ポケットから取り出した快斗の手の先にあるのは女性物のアクセサリー。
「ここの『男性先着50名様にプレゼント』って胡散臭いイベントの戦利品。
俺が貰ってしばらくしてから50人に達したみたいだから、今行っても何もねーからな。
俺は必要ねーし、そっちの彼女にあげてーんなら、やるぜ?どうせ捨てるし」
「いるかよ。ただでさえ、無料なんて嘘くさいってのに、
普段があれのオメーから、宝石手渡されたら、嫌でも盗品くさいだろーが」
「お。ご名答。でも一応訂正。普段があれじゃなくて、例外があれ」
にこやかに笑って言う快斗を、コナンは冷たい視線で応対する。
「俺にとっちゃ、その普段も例外も大して変わんねーよ。
強いて違いを挙げるんなら、服装が違うことくらいだろ?」
「そのセリフ、ただ大きさが変わっただけのオメーにだけは言われたかねーな」
淡々としたコナンの口調に、快斗は顔をしかめた。
快斗の返答にコナンが何か言い返すより先にピーピーと電子音が鳴る。
その電子音が携帯の着信音でないことは、音から容易に察しがつく。
「――どうした?」
『あ、コナン君!ねぇ、ねぇ。今日空いてる?』
「今日?いや……今はちょっと蘭姉ちゃんたちと出かけてて無理だけど、
多分その内用も終わるだろうから、それからなら平気かな。でも、どうかしたのか?」
『うん。あのね、哀ちゃんと遊ぼうって言ってて、どうせなら皆も呼ぼうかって。
でも今は無理なんだよね、コナン君。
じゃあ、後で連絡するから、その時にまたどうなってるか教えてね!』
そう言って、会話が途切れるのを見届けてから、快斗はからかうように呟いた。
「ほぉー。結構、浮気者だな、探偵君?」
「あのなぁ……」
苦笑いして返事を返すと、コナンは探偵バッジをズボンの後ろポケットへと戻す。
その際に、丁度店内へ入る客と腕が当たり、探偵バッジはズボンでなく店内へと転がって行った――。
「――あーあ、でも残念だったな」
男二人は夕食後の一息にテレビを観賞。
女一人は夕食の片付けに、それぞれ勤しんでいたわけだが、その彼女が愚痴のように呟いた。
「残念って、開店記念のアクセサリー配布のこと?」
「うん。結局貰ったのは1つだけ。園子にどうやって言おう?」
「良いんじゃねーのかよ、あの財閥のお嬢様にしてみりゃ、アクセサリーの一つや二つ……」
なだめるでもなく、ただ無関心そうに言う小五郎に蘭は煮え切らない様子。
「それはそうだけど……――あ、そうだ!あそこの宝石店にいた時に聞いたんだけど、
あそこにある宝石の4分の1位は、過去にキッドが狙ったことがあるものなんだって」
「キッドが?」
「そう!だからあそこのお客さん、それだけでもその宝石の値打ちがある、って
それ知ってから、何人もの人が早速宝石買っていってたみたい」
「ふーん……」
その話に、コナンは不思議そうに返事を返した。
(変だな。あの野郎、そんなこと一言も言ってなかったけど……)
一人首を傾げるコナンの元に、哀から一本の電話がかかってきた。
「よう、どうした?わざわざ電話なんて珍しいな。探偵バッジでも――」
「あら。そのバッジに連絡しても、連絡つかないから電話にしたんじゃない」
「いや?歩美から一回だけ連絡あって以降、全然音沙汰なかったぜ?」
「変ね。こっちは、数時間おきにそれぞれ連絡してたのに。
……工藤君、本当にちゃんとバッジ持ってるの?」
不思議そうに問う哀に、コナンは笑いながらズボンのポケットへと手を突っ込んだ。
「持ってるも何も、連絡あってからそのまま――あれ?」
意外そうな声を上げて、そのまま服の至るところを探しだす。
当然の事ながら、その間は電話口の会話は疎かにになる。
しばらく無言が続いてから、哀が受話器の奥から呆れたような声を出した。
「……ないのね」
(――げっ!閉まってやがる……)
結局、哀との電話が終わってから、事務所内を引っ掻き回してもバッジが出る気配がない。
というわけで、他に考えられるところとして、朝行った宝石店へ行ったのだが、
完全に闇と化している時間帯に、いくら開店初日とは言え店が開いているはずもない。
駄目元でドアを何度か叩いてみるも、当然のように反応がない。
諦めて帰ろうとした時に、何を思いついたのか、コナンは店の裏へと回った。
――通用門。
コナンの目の前には、そう書いてあるドアがあった。
(ま、普通はパスワード入れないと、開かねーから開いてるとも思えねーけど)
ドアノブに手をかけてドアを引くと、小さく音を立てて、いとも容易く進入口が姿を現した。
「……え?」
あまりの意外さに、少しの間ドアノブに手をかけたままジッとしていたが、
思い立ったようにドア横にある機械へと目をやる。
(あるよな?パスワード認証機。あれ?じゃあ何で?)
一瞬眉をひそめたものの、開いたドアの隙間からヒョイと中を覗き込んで、
奥の方に見える売り場からうっすら明かりがもれてるのを確認して、そのまま中へと入りこむ。
――開店したての店舗なら尚のこと、姿形が子供なら大抵は許されるだろうと、
高をくくって入り込んだわけだが、売り場へ近づくにつれ、足の勢いが弱まってくる。
いよいよ売り場と目と鼻の先というところまで来て、コナンは完全に歩を止めた。
売り場の方が少し見える程度に、顔を出して黙って今の状況を確かめた。
売り場にいたのは男3人。内2人は、午前中、蘭にせがまれここに来た際に、
客の応対をしていた、店の責任者と従業員の一人と思われる人間。
そしてもう一人も確かに同じ時に会った人物。しかし、今は姿を変えて――。
「……そういうのは言いがかりじゃないのかな?」
挑発するように言うのは店側の人物。
そしてその視線の先にあるのは、好き好んで夜に白を纏う気障な怪盗。
「おや、言いがかり、ですか?
堂々と盗品や模造品のそれを、本物と偽って販売しているということが?」
「ああ。とんでもない、言いがかりさ。
こっちは、ちゃんと本物をそれなりの値段で販売しているつもりだかね」
「そうでしょうか?」
そう言うと、キッドはわざとらしく首を傾げて見せた。
「一般人ならともかく、ある程度宝石に詳しい人間は、口を揃えて言うでしょう。
そのショーケースに入っている宝石の全てが偽物だとね。
それに、話題寄せとして、過去に私が盗んだと豪語して宝石を売る趣向も否めないのですが」
言いながら、胸ポケットから取り出したのは女性物のアクセサリー。
――そう。午前中、コナンとの会話の中で快斗が出した『胡散臭いイベントの戦利品』だ。
「機会があって、今朝方あなたたちから頂きましてね。
いくら宝石とは言え、この光り方。まるで偽物と教えているようなものですよ。
一般人はどうか知りませんが、私のような専門家から見れば一目瞭然です」
「フン!いくらそんな言葉を並びたてられたとしても、ここにあるもの全てがまがい物で、
あんたがかつて盗もうとしたことがある宝石がない、と言うものの証明が一体何処に――」
「ええ。もちろん前者は列記とした専門家に鑑定を依頼するほか、方法はありませんが、
後者でしたら私が証人になりますよ?朝に店内を拝見させていただいたとき、
見覚えのある宝石は一つとしてありませんでしたから」
「ハッ!警察へまともに姿を現せないあんたが、そんな証人として話せるわけがないだろう」
誇らしげに言う相手に、キッドは肩をすくめた。
「まあ、確かに。ですが、お望みとあらば、中森警部をここへ呼んでまいりましょうか。
少なくとも、キッドが盗んだことのある宝石には覚えがあるはずです。
それに、この音がこの建物の前で止まれば、逃げずにはいられないんじゃないですかね」
そう言って、キッドはシャッターが下りた店内の出入り口のほうへ歩いて行く。
それと同時に、遠くの方から赤い光を点灯させた車がサイレンを鳴らしながら近づいてきた。
「いつの間に……」
呟かれた言葉に、キッドは意味深に笑うと、一旦しゃがんでから直ぐに立ち上がった。
「まあ恐らく探し物を探しにきた人間が、会話を聞いて呼んだというところでしょう?」
それからすぐに、建物へパトカー数台が横付けされると、
鍵を開けた警官が10名ほど中へ入って来る。
逃げる間もなく捕まった犯人2人とは対照的に、キッドはいつの間にか室内から姿を消していた。
足早に裏口へと移動したキッドは、開けたままにしていた通用門から外に出る。
その後で通用門を完全に閉めると、建物の物陰を覗き込んだ。
「通用門が開いたままになってたのはそういうわけか」
そこにいた人物は、呆れた様子で腕を組みながらキッドを見返した。
「まあ、理由はもう一つあるけどな。
ともあれ、わざわざご足労下さって感謝しますよ、探偵君」
「バーロ。今回はたまたま……」
「へぇ。たまたま探し物を探しに来て、たまたま開いてた通用門から中へ入り、
たまたま、俺と、裏工作してたここの人間の会話を聞いたってのか?」
含みあるキッドの言い方に、コナンは眉を寄せたが、
すぐに意図が分かったようで、驚いたように目を見開く。
「まさか仕組んだのかよ!?」
「んー……いや?店が開店してから探しに来る可能性もあったから、半信半疑。
別にこっちは探偵やる気はねーから、捕まえるつもりはなかったし。
だったら、その方面は、そっちの専門家に任せるしかねーわけだろ?」
「じゃあ、何でわざわざこんな探偵みたいなことやったんだよ?
言ってることとやってることが矛盾してねーか?」
しかめっ面で言うコナンに、キッドは軽く笑った。
「別に。ただ、俺を出しに使われてるのと、偽物を買わせるその手が許せなかっただけ。
俺がしたかったのは、ちょっと懲らしめてやる程度。
その時に都合よくお前が来るかどうかは、その時次第ってとこかな?」
言いながら、さっきの二人がパトカーへ乗せられるのを物陰から覗く。
「俺が今朝付き添いで宝石店の前にいた本来の目的は、事実かを確かめるため。
あれだけ派手に無料進呈やってんだ。店内の宝石に偽物あってもおかしくねーだろ?
そこにたまたまオメーが来たからな。ちょっと利用させてもらおうかと。
――んで?あっちは解決したけど、わざわざやって来たんだし、捕まえる気満々?」
そう言われて、コナンは肩をすくめる。
「いや?今のこの状態が、オメーが予告状出してて列記とした対決の場なら話は別だが、
意図的にそっちが仕掛けたとしても、偶然は偶然。
仮に対決して俺が勝ってオメーを捕まえても、こっちは面白くも何ともねーからな」
冷めた口調のコナンの言葉に、キッドは含み笑った。
「堅気というか何というか。探偵の割にそこんとこ生真面目だよな」
「そう思うんなら、犯罪者のくせしてそっちが陽気すぎるんだよ」
「マジシャンはいくらか陽気でないと、人を楽しませることは出来ませんから」
ニッと笑うキッドを、コナンは呆れたように見てからため息をつく。
「まあ、それはそうと。楽しみにしていますよ、その正々堂々と戦える場でね」
いつもの自信満々そうな笑みに、コナンは不満そうにキッドを睨んだ。
「その言い方、さも『捕まる気はありませんが相手位はしてあげますよ』っていう
俺に対する皮肉にしか聞こえねーのは、気のせいか?」
「さぁ?物事や言動の捉え方に、いちいち言明するつもりはありませんから」
澄まして言うキッドに、コナンは一瞬眉を上げた。
「……覚えとけよ、今度その姿で会った時は」
恨みがこもったように睨むコナンの反応を、面白そうに見てから、
キッドはズボンのポケットに突っ込んでいた片手を、コナンの前に出した。
怪訝そうにそれを見るコナンに、さっきの言葉を無視するように軽い口調で言葉を発する。
「受け皿作っとかねーと落ちちまうぜ?」
その言葉に反射的に両手で杯を作ったコナンの手元に、何かが落ちた。
「探し物。建物出てくる時、ついでに拾ってきといてやったから」
「『ついで』って、その元凶はオメーなんだろ?何をいけしゃあしゃあと……」
ブツブツと文句を言いながら、渡された探偵バッチをしまって、
一言本人に直訴してやろう、とコナンが再び顔を上げた時、その場にいたのはコナン一人。
辺りを見渡して確かに誰もいないのを確かめると、腹立たしそうに呟いた。
「あの野郎……ホントに覚えとけよ」
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微修正とホンの少しだけのシーン追加。
ほぼ出てないに等しい哀と歩美シーンを削除しようかとも思いつつ、
探偵バッジ以外に、落としたことに気付かず、尚且つ取りに戻るような物が思いつかず、
削除しようにもできないため、結局そのまま続行することになったという。
登場人物のある程度の指定があるお題小説で、
恐らくこの段階では、一番脇役ポジションのキャラが多い小説かと思います。
そしてその割には、このお題にしては中森警部が脇役にいないという珍しい小説。