<<04.犯行予告 * 探偵と怪盗お題リストへ * 06.待ってろ>>
軽快に飛び回りながら、視線の先に古びた建物が入り込んできた。
所有者が数十年前に死去し、長い間所有者不在のままになっていたその廃屋は、
周りは山に囲まれおり、今は近くの住人ですら立ち寄らない場所で、
ようやく市の方が近々取り壊しを決定した建物である。
キッドはその建物から少し離れた屋上で一旦立ち止まると、静かにそこへ目線を向けた。
「……やるかな」
そう呟いてから、廃屋の屋上へと降り立った。
それを追いかけるように、閑静な夜の街中をパトカーとヘリの喧騒が駆け巡る。
その音が大分近づいて来るのを待ってから、キッドは建物内へと足を踏み入れた。
それから数分後、けたたましいサイレンの音が廃屋の前で止まると、
一斉にパトカーから警察官が飛び出してくる。
その中の一人が建物へ向かって声を張り上げた。
「――奴はこの建物の中に入った!全員、建物の中に入って奴を確保しろォ!」
勢いよく先頭を行くのは、現場の指揮官である中森警部。
その彼に続いて、腹心の部下達が後を追うわけだが、
彼らが建物へと後数歩というところで、いきなり目の前が閃光に包まれた。
(……何だ?)
キッドが忍び込んだと思われる建物へ、スケボーで向かっていたコナンは、
突如、目的の場所がまばゆいばかりの光を放ったことに驚いて、
思わず夜道を走らせていたスケボーを止めた。
その直後に聞こえてきた爆音と、伝わってきた振動に、事の重大性を認識して、顔をしかめる。
(今のって爆音……だよな?でも爆弾なんて仕掛ける必要は――)
その場で可能性を考えて、一つ案を思いつく。
「誤作動、って可能性がないこともねーか」
そう呟くと、再びスケボーを現場へと走らせた。
目の前で突然建物が爆発したことで、今まさに中へ突入しようとしていた警官達は
今、目の前で繰り広げられている出来事を唖然として眺めていた。
確かに既に廃屋と化していたその建物は、今にも朽ち果てそうなほど壊れてはいたが、
それがまさか、自分達の見ている中で火を噴こうなどとは到底考えもつかない。
爆音と共にガラスは割れ、辺りにはその破片が散在している。
ガラスが割れ、むき出しになった室内が、炎により赤く染まっており、
時には火の粉が優雅に踊って見せるのが、挑発的な行為にすら思えた。
その状況が、中へ入った者の末路を簡単に想像出来ると言うのは、誰の目にも明らかだ。
「――おい!消防車を呼べ!」
あまりの衝撃に、聞きなれた指揮官の声にすら、誰も即座に反応を示さなかった。
しばらくして、我に返った一人の警官がパトカーへと駆け込んだ。
ようやく現場へ辿り着いたコナンは、この状況に一瞬目を見張るか、
黙って炎を見守っている警官の中に中森の姿を見つけると、駆け足で近づいた。
「中森警部ー!」
「コナン君!?こんなところで何しとる!危ないぞ!」
「あ、うん……。キッド追いかけてたらここまで……。
――それより、一体何があったの?」
中森は携帯を上着のポケットへしまうと、少し考えるように顎に手を当てた。
「丁度今確認していたんだが、実はこの建物、近々取り壊される予定でな。
どうやらその為に仕掛けておいた爆薬が何らかの作用で爆発したらしい」
「じゃあ、さっきの爆音と振動は、爆薬の暴発ってこと?」
「どうもそうらしい。元々、遠隔操作で爆破する仕組みだったみたいでね。
ここが爆発したのと同じタイミングで、会社に設置しているディスプレイに
『発破完了』のメッセージが表示されたのが確認されたと報告があった。
まあ元々それは、無事に爆破が完了された時用に表示されるはずだったそうだが」
「爆薬って……建物壊すくらいだったら、ダイナマイトとか?」
「いや。今みたいに、建物を壊す際によく使われる含水爆薬だ。
ダイナマイトの威力には多少見劣りするが――って君に言っても仕方がないな」
説明しかけるが、中森は途中で気づいたように愉快そうに笑った。
そんな中森の表情とは裏腹に、コナンは話を聞きながら怪訝そうな表情を見せる。
(……含水爆薬?)
「しかし、問題はキッドだな」
「へ?」
火の粉をあげている建物を、難しそうに見上げながら、中森が独り言のように呟いた。
「この爆発が起こる少し前に、奴がこの中へ入っとるんだ。
まあ、奴のことだから、もしもなんてことはあると思えんが……」
「今もキッドが中にいるの?」
予想外の言葉だったのか、コナンは若干驚いたように中森へ訊ねる。
「奴が逃げた姿は誰も見とらん。あの短時間じゃ逃げられんだろう。いくらなんでもな……」
肩をすくめて前を見る中森の視線を追うように、コナンも燃えている建物へ目をやった。
(放火の後のように燃えている建物。ディスプレイに表示された『発破完了』の四文字。
それと含水爆薬か。引っかかるのは、表示されたって言う『発破完了』の文字だけど……)
コナンが現場へ到着してから、20分弱。
パトカーとはまた違う、赤く光ったランプと共に鳴り響くサイレンが近づいてきて、
煌々と辺りを赤く照らしている建物の前へと止まった。
そこから数人の消防隊が出てくると、一斉にホースから水が吐き出される。
「へぇ?案外、呼ぶの早かったな、警部のやつ」
先程廃屋を眺めていた屋上の塔屋に、のんびり腰掛けながら、
この出来事を鑑賞している人間が一人、夜の闇に紛れていた。
「――酷い言いようだよな。仮にも自分の安否を少しは心配して、呼んだ人間に対して」
「ん?」
腰を下ろしたままの体制で、キッドは声の聞こえた下方へ頭を向ける。
「よう、探偵君」
呆れたようなしかめ面で、自分の方を見る少年に、キッドは大した驚きも見せなかった。
「引っかかるかどうか考えていましたが、やはり引っかからなかったご様子で」
「何が『よう』だよ。呑気そうに言いやがって」
「おや。呑気で行けませんか?建物が燃えてはいるものの、
それが飛び火する危険性は100%ないんですし、優雅に見物してるのも構わないでしょう?」
「よく言うよ、この放火犯」
呆れた口調に、キッドはおどけた様子でコナンを見る。
「解釈の違いは訂正しておきましょうか。
あくまでも私は怪盗であって、放火犯じゃありません」
「じゃあ、重犯って言ってやろうか?」
答えるのすら面倒くさいと言うように、コナンは殆どはき捨てるように言葉を発する。
「大体、何だってわざわざこんなことしたんだよ?」
「別に特には。まあ、どうせ近々取り壊されるのなら派手に、と思いまして」
「頼まれてもいねーくせに?」
不服そうに訊ねるコナンに、キッドはいたずらな笑みを浮かべた。
「手間が省けて丁度良いでしょう?」
「それなら爆薬設置前にやれよ。設置後じゃ後の手間は大して変わんねーだろうが。
この時点で爆破したところで、必要経費が浮くわけでもねーってのに」
依然しかめ面のままで話すコナンを見て、キッドは少し驚いた様子を見せる。
「……そこまでお気づきで?」
「普通、含水爆薬なんて使ったら、あれ位の建物一瞬で吹き飛ぶんだよ。
それが、放火や火事で燃えてる建物みたいに、徐々に建物が崩れていってるんなら、
それこそ放火か、もっと軽い爆弾程度な物位しかねーだろーが」
呆れたように言われたコナンの言葉に、
キッドは眉を寄せつつも、真面目な口調で訊ねた。
「……オメーのその、日常生活に絶対不必要だとしか考えられない知識、
一体いつ頃から何処で仕入れてくるんだよ?ある意味危ねーぞ?」
「お前に言われたかねーよ」
キッドの言葉が言い終わるか終わらない内に、コナンはそれを突っぱねるように言う。
その様子にキッドは苦笑いすると、話題を変えるかのように咳払いを一つした。
「でもあれじゃねーか?爆薬を発破する所のディスプレイに
『発破完了』って出てたっつーのには、不審に思わなかったのかよ?」
「ああ、最初はな。
でも盗みに入る前に、作業員にでも化けて、今日の当直だった人物を眠らせてる間に、
目的の時間にディスプレイへ例の4文字表示させる仕掛けを取り付けることくらい、
オメーなら目をつぶってでも出来るだろ」
「ほーう?さすがだな」
コナンの推理にキッドは面白そうに笑うと、コナンに向けて人差し指を立てた。
「それじゃあ、一つ問題だ。俺は一体いつ、あの建物から逃げたんだと思う?」
「は?」
「俺が廃屋に辿り着いてから5分と経たず到着した警察。
こっちが廃屋の中へ入り込んでから、建物が爆発するまでの時間は2分足らず。
仮に建物の外へすぐに出たのであれば、空にいるヘリのいずれかが気付く状態で、
警察関係者には、キッドがまだ中にいると思わせられたのは、何故でしょう?」
「……お前、俺がそれ分からない状態でここに来たとでも思ってんのか?」
嬉々として話すキッドとは対照的に、コナンは遠慮なく冷たい視線を送る。
「第一、まずお前の提示した情報には、一つ重要な事実が抜けてる」
「……はい?」
出端をくじかれ、キッドは睨みがちにコナンを見る。
「爆発前に起こった閃光。
現場からそれなりに離れてた俺にでも、はっきり視認できたくらいだ。
現場周辺にいた人間は、間違いなく目を背けるくらいの明るさだったはず。
――となれば答えは簡単。まず最初に閃光弾を投げて周囲の目を塞ぎ、
その直後、脱出すると同時に爆破スイッチを押せば、逃げる瞬間は誰も見ていないことになる」
「でもそれだと、逃げた後を誰かが見てるだろ」
「見てるかよ。今まさに突入しようとした建物が、いきなり爆発したんだ。
普通は誰でもそっちに関心が行く。お前がまだ中にいると思えば尚のことな。
で、その騒ぎに乗じて、追跡の目が届かないところまで移動し、
そのままハンググライダーで逃げれば何の問題ない、ってわけだ」
そう言うと、コナンは得意げにキッドを見た。
「だろ?」
「……何か、つまらねーな」
コナンの態度にキッドは不満げに睨み返す。
「人がせっかく気分よく逃げおおせたってのに、
それがさも当然のように暴きやがる、どっかのくそ生意気なガキがいるとな」
「おい……。テメー、俺にケンカ売ってんのか?」
「どっちでも?選ぶ選択肢のままに、行動してさしあげますが?」
キッドの言葉に答えない代わりに、コナンは無言でキッドを見る。
ひきそうにないその視線を、好戦の意と取ると、キッドは軽やかに塔屋から屋上へと降りた。
<<04.犯行予告 * 探偵と怪盗お題リストへ * 06.待ってろ>>
>>あとがき(ページ下部)へ
編集少々、追加少々、削除少々。大体どれも似た割合で手が加えられてる作品。
削除は導入部分のキッドシーン、追加はキッドの脱出方法に関するシーン。
その当時、お題を『トリック』と勘違いして、それをそのまま強行してたので、
少しでもマジックっぽい要素を、ということで気持ち程度のシーンを追加。
何だかんだで、キッドのマジック的なものに対して、
原作のようにネタ晴らしさせるのって初めてだよなと思いながらの追加作業。