時計の音 〜日常的な10題より〜


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 一時期はキッドが盗むということで、周辺の住民が大騒ぎした時計台。
その事件からしばらく経った今も、何事もなかったように時を告げている。

「ねえ、快斗。前にキッドが時計台を盗むって予告してきたことがあったでしょ?」

「ああ?」

 いきなり出された言葉に、俺は意外そうに青子を見る。
こいつからキッドの話が出てくるのは、まあ珍しくない。
ただし、あくまでも父親である中森警部絡みか、キッドへの文句を言う時くらい。
それ以外で過去のキッドの犯行について話すのは、そうそうあるものではない。

「あったけど、それがどうしたんだよ?
 キッド毛嫌いしてるオメーが、そんな話題出すの珍しいんじゃねえ?」

 さっきの青子の問いかけに不思議に思ったことを率直に訊いてみる。
何だかんだで警部の手柄話にされるのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。

「うん……ちょっとさ、快斗に訊きたかったから」

「キッドに関係してか?」

「何で青子がキッドに関して快斗に質問しなきゃなんないのよ!」

 ――むしろこの流れでそれ以外に何がありますか。
目の前で頬を膨らませる青子に俺は苦笑いして返す。

「じゃあなんだよ?」

「……時計台」

「ん?」

 うつむき加減に呟いた青子の言葉とその行動に、当時のデジャヴを感じた。
あの時も全く同じ状況で、違うことと言えば時計台が狙われているかそうでないか。
ただ、あの時と違い時計台がなくなる心配はしないで良いはずなんだが――。

「恵子も言ってたけど、最初はあの時計台移築される予定だったでしょ?
 でも結局はこの街に残ることになったじゃない」

「ああ、キッドの犯行がきっかけで、宝石が偽物だって分かったお陰で、
 巡り巡って結局市が買い取ったわけだしな」

「うん。そういう意味では今回に関してだけはちょっとだけ感謝してるけど……」

 そこまで限定的に強調されるのも、本人としたらなかなかに面白くない。
これでも時計台の移築をやめさせたのにも、それなりの理由があるわけで――。

「でもね。青子にとったら、あの時計台って凄く大事なものだから、
 あの音を今でも聞けるのが嬉しいの。
 今でも変わらずに聞こえてくる鐘の音を聞くと、ホントに良かったって思うんだ」

 ――それはそれは、ありがとうございます。
と言いたいところだが、さすがに今本人の前でするわけにもいかず、心で精一杯のお辞儀を返す。

「それでね。快斗はどう思う?」

「俺?」

 予想外の言葉に思わず聞き返す。

「うん。快斗はあの時計台、移築されなかったことはどう思う?」

 そう仕向けておいて、それが嫌な人間もそういない。
もちろん嬉しいし、有り難かったものだが、どう伝えるのが良いべきか――。

「……良かったんじゃねーの?」

「それだけー!?」

 差しさわりのない答えを、と考え付いた言葉を返すが、逆に不満げに睨まれた。
嬉しかった、などと答えて変な意味で捉えられても困るし、どう答えろと言うのか。
こうなったら仕方ないと、俺は座っていた椅子から立ち上がる。

「あー、もう!分かったよ!なら今から見に行きゃ良いじゃねーか、時計台!」

「へ?」

 我ながら何故そういう結論に至ったのか分からない。
でもまあ、久しぶりに見に行くのも悪くないんじゃなかろうか。



「ねぇ、快斗は覚えてるの?昔のこと」

 時計台に着くと、青子は不思議そうに訊ねて来た。

「あのなぁ……キッドが予告した日、俺がお前に何したんだよ?」

 犯行が終わった直後、急いで青子の元へ出向き披露したマジック。
二人が出会うきっかけになった、青子に初めて見せたマジックと自己紹介。
忘れていればそんなこと出来やしない。

「……そっか。そうだよね」

 空を見上げなら、嬉しそうに笑うコイツの笑顔は紛れもない、いつもの笑顔。
恐らく時計台に来る前に訊いた質問は、当時のことを覚えているかが心配で訊いたこと。
覚えているだけでなく、良い思い出として残ってるからこそ見せたマジックなことを
説明せずとも分かってくれても良いとは思うんだけどな。

「――世話焼かせやがって」

 肩をすくめながら、俺は小さく呟いた。
その断片が聞こえたのか、青子は首を傾げてこちらを振り返る。

「快斗、今何か言った?」

「いーや、別に。『昔のバカみたいな思い出に浸ってる辺りが、おこちゃまだな』つっただけ」

 俺がそう言うと、青子は不満そうに口を膨らます。

「何よ!良いじゃない!懐かしむくらいしたって!」

「別に悪いとは言ってねーだろ?」

「でも今バカみたいって言ったじゃない!」

「いや、誤解だって――」

 言いながら俺は非難準備に入る。

「今更バカにする必要もねーんだから」

「快斗ーっ!!」

 案の定、カバンを振り回して追いかけてくる青子から俺は逃げるように走り出す。
慣れた足取りで逃げ回る俺の頭上で、心地良い鐘の音が響き渡るのを聴きながら――。



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