叫び声 〜日常的な10題より〜


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 清々しいほど、気持ちよく晴れた平日の朝。
キッドの仕事を終わらせた翌日には、毎度のように称賛の記事が載る新聞。
その記事を見ていると、何とも誇らしげに自分が思えてくることがある。
校内で新聞を読むことに、文句の言う奴はいるものの、無視すればそれで問題なし。

 朝のホームルームが始まるまでの十数分。
適度に日差しの入り込む教室で、辺りが騒ぎ立てもしないこの状況下。
称賛の余韻に浸るにはもってこいの時間。周りも至って静かで――

「キッドが何よ?」

 そう。騒ぎ立てる人間もいない静かさで――

「なーにが『今回も鮮やかに』よ!」

 俺の考えに批判めいた言葉を吐くような奴もいなくて――

「普通、犯罪者を新聞が褒めるものー?」

 用が終われば持ち主に宝石を返し、人に危害を加えもしない人間を、
犯罪者呼ばわりするような、非常識な知り合いもいなくて――

「大体、ファンとか言うのがおかしいんだから!」

 おかしいとか言う奴も――

「ねえ、快斗!!」

「だーっ!うっせーなぁっ!こっちは新聞読んでんだぞ!?耳元で怒鳴るなよ!」

「しーらないもん。犯罪者を褒めてる記事は、新聞なんて言わないでしょー?」

 ベェ!と舌を出して、青子は俺を恨めしそうに見た。

「キッドなんて大っ嫌い!」

 その言葉を聞いて、俺はため息をつくと、机の上に新聞を置いた。

「……またですか。青子さん」

「だって!キッド、全然お父さんの都合考えてくれないんだよ?」

 ――んなもん当たり前、というより仕方がない。
警部の都合に合わせてたら、宝石逃すだろーが。

「今度は何なんだよ?前は警部と出かける予定の日だったみたいだけど?」

「今日、お父さん休みなの」

「あ、そう。それが昨日の盗みとどう関係があるんだよ?」

「……非番じゃなくて、熱出して寝込んでるの」

「え?」

 青子の口から出た言葉に、俺は意外そうに青子を見返した。
昨日現場で会ったときは、そんな素振りは全くなかったはずだ。

「昨日の朝からちょっと風邪気味でね。だから『無理しないで休んだら?』
 って言ったんだけど、行くって言って聞かなくて、結局昨日逃げられて帰って来て、
 今朝になったら、熱出して動けない、って言うんだもん。だからー……」

「へぇー……」

「ねえ、快斗!キッド、酷いと思わない?」

 そうは言われても、こっちは何も知らされちゃいないんだから、分からない。
でも熱出してた割には、ヒョイヒョイ逃げる俺の足に、珍しく機敏について来てたとは思う。
だからこそ逆に面白くなって、普段より無駄に逃げ回ったのも事実。
むしろあれが病状の悪化の引き金になったのなら、納得は行く。

 今思えば、下手に俺に勘付かれないように、無理をしていた可能性は確かにある。
でもだからと言って、本人目の前にして『その節はすみませんでした』なんて言えるわけがない。
今度の盗みが一体いつになるのかも分からないのに、また次に、は難しいはず。

「快斗ー?聞いてる?」

「なぁ、青子」

「何?」



「ただいまー、お父さん。具合大丈夫?」

「……ああ、青子か。お帰り」

 そう言って、腰を上げかけた警部の動きが止まる。

「おや?快斗君も一緒かね?」

「うん。お父さんのこと話したら、お見舞いに来たいって言うから。
 ――あ、快斗適当に座ってて。青子、お父さんの水枕換えてくるから」

 そう言うと青子は鞄を置いて、警部の首元から水枕を引き抜いた。
まさか、警部と顔を突き合わせるわけにも行かず、俺は部屋を出て行く青子を目で追った。

「……すまんな、快斗君。どうせ、青子が無理を言ったんだろう」

「へ?」

 その声に警部の方に視線を戻すと、ゆっくり体を起こしているのが見えた。

「あ、警部!良いですよ、寝てて下さい!」

「いやいや。構わんよ。何時間も寝てたんじゃ、逆に節々が痛むんでな」

「……具合、酷そうですね」

 体を起こしてから、疲れたように息をつくのを見て、不意に言葉が出る。

「体調崩されたの、昨日の朝からって聞きましたけど」

「いや。『ああ、マズイな』と思い出したのは、昨日仕事から帰って来てからだよ」

 ――ってことは、やっぱり俺のせい?
この答えに、俺はこの場にいることすら気が引けてくる。

「昨日の朝から風邪気味だったのは事実だがね。
 まあ、止める青子を無視して、仕事を続けた、わしの自業自得だ。
 しかし、昨日の場合ある程度仕方ないよ」

「確かに、キッド絡みの事件じゃ走らざるをえませんもんね」

 苦笑いして言った俺を、意外なことに警部は不思議ように見た。

「……え?あの……俺、変なこと言いました?」

 警部のその表情が予想外で、俺は慌てて訊き返した。
それに警部は、首を左右にゆっくりと振ると、可笑しそうに笑う。

「ハハハ。いや、そうじゃないんだ。わしが言った『仕方ない』の意味は、
 『体調に関係なく、走り回らないといかん』のつもりでなく、
 『体調に関係なく、現場に行かんとならん』のつもりだったもんでな」

「ええ……でもそれの大元はキッドでしょう?向こうが予告状を出すから――」

「一理あるよ、確かにな。だが、捕まえること自体が生甲斐なんだよ」

「生甲斐?」

 意外な言葉に、俺は思わず訊き返した。

「あれは快斗君がまだ小さかったから知らんだろうが、キッドが現れたのは今から10年程前でな。
 当時からキッドを追っていた身としては、しばらく音沙汰がなかったキッドが、
 最近になってまた現れた時はワクワクしたもんだよ。
 まあ、そんな話もあって、奴を捕まえるのが宿命みたいなもんになっとるから、
 その機会を逃すわけにもいかんからな。どうしても、つい行ってしまうんだよ」

 ――予告なく出た『10年前』のキッドの話。
それに関する話を聞くと、自然と胸が高まるが、まさか警部にそれ以上は訊けない。

「でも、警部も風邪気味と分かっていたのなら、
 キッドにそれと分かるような態度を取っても良かったんじゃないですか?
 もしかしたら、それに気付いて、向こうもある程度で止めたかもしれないのに……」

 むしろ、昨日のあの時点で、そうしてくれるのが個人的には有り難かった。
自業自得とは言うものの、こっちが気付いて自重すれば多少マシだったわけで――。

「それは出来んよ」

「どうしてです?」

「まるでこっちが負けたみたいじゃないか」

 ――なるほど。
毎回逃げられて、それでも追いかける警部に、負けず嫌いの言葉はぴったりだ。
でもだからと言って、自分の体調を後回しにするのは、少し考えものだけど。



「ありがとね、快斗」

「何が?」

 それからしばらく滞在していたが、あまりにいすぎてもなんだろう、と、
警部と青子に一言かけてから玄関まで向かう。その途中で見送りに出てきた青子が呟いた。

「お父さんのお見舞い。わざわざ来てくれたでしょ?」

「ああ……オメーがやたらと『キッドが。キッドが』ってうるせーからな。
 それを沈めるには、そうでも言わないと黙んねーと思ってよ」

「何よー。キッドのせいには違いないじゃないー!」

「そりゃ多少はそうかもしれねーけど、オメーの場合、責任押し付けすぎ。
 もしかしたら、後でその事実知って、本人も少しは後悔してるかもしんねーだろ?」

「キッドはそんな良心的な人間じゃないもん、絶対!」

 ――ヘイヘイ。良心的な人間でなくて、悪うござんしたねぇ。

「まあ、良いけど。ともかくお大事にって伝えといてくれよな」

「うん」

 じゃあ、と玄関の扉を開けて、俺はおもむろに立ち止まった。

「おい、青子。あれ」

「どうかしたの?」

 後ろから覗き込む青子に、俺は前方に置いてあった鉢植えを指差した。

「ホラ。あの鉢植え、何か挟まってねーか?」

「えー……?」

 俺の言葉に、怪訝そうに鉢植えに近づいた青子が、
その挟まった物体を引き抜いて声を上げた。

「あーっ!!」

「何だよ?」

 その声に、俺は青子の背後に回って、その手元を確かめる。


〔昨晩は、風邪にもかかわらず、追いかけっこ、ご苦労様です。
 お疲れかと思いますので、しばらくはどうぞごゆっくり。
                      ――怪盗キッド〕

「ホレ。少しは罪悪感持ってんじゃねーか」

「そんなの、キッドが謝って当然じゃない!
 でもどうしてお父さんが風邪引いてるって分かったんだろ?
 それに、今日学校行く時は、こんなの挟まってなかったのに……」

 ――見舞いと偽って、家に上がりこむついでに仕掛けておきました♪

「そりゃーまあ、相手は天下の大泥棒さんだからな」

「……やっぱり嫌い」

「はい?」

 睨むようにして手元の用紙を見る青子に、俺は首をかしげた。

「大っ嫌い!キッドなんて!」

「何でだよ?昨日の事はちゃんと謝って――」

「それが嫌なの!犯罪者のくせして、偽善者ぶるんだもん!
 どうせ、その行動で自分のファン増やしてるんだから。やらしい、やらしいっ!」

 風邪を酷くさせた原因が、こっちにあるってしつけーから、
わざわざ見舞いに来るふりして、謝罪の手紙残したっつーのに。
無視してもしなくても、結果が悪い方に転がるのは同じ、ってわけですか。
何とも対処法を考えるのに、面倒な相手なようで……。


 ――ったく、少しはこっちの立場も考えろっつーの!



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