<<04.開いた窓 * 日常お題リストへ * 06.叫び声>>
「――なあなあ。地面に映った影を十数秒見てから、空見たら、
そこに自分の影が映るって話、今日授業でやっただろ?
丁度影見えてるし、今やってみねーか?」
「さんせー!俺も結構気になってたんだ」
そう言って、数名の小学生の子供が、自分の影を見てカウントをし始める。
10秒数えた辺りで、空を見上げ自分の影がそこにも映ったのか、様々な声を上げた。
「うわっ!すっげー!ホントに見えるぞ!」
「えー?私見えないー」
そんな、思い思いにはしゃぐ子供たちを見たのは、
今度の盗みの資料集めに、と近くの図書館から帰り途中の橋の上。
空が綺麗な赤やけを彩っていて、その色合いが今の季節にぴったりと合う。
そろそろ紅葉も始まるであろう木々を赤々と照らし出す夕焼けを見ながら、
俺は橋の手すりへ腕を置くと、その下を流れている川を眺めた。
昼間見る時とは打って変わって、夕日の色を反射して、鮮やかな赤褐色を映し出している。
時折、光の加減で川が光を反射させるが、目を凝らして川を覗くと
そこには自分と同じ顔が、ゆっくりと揺れながらこちらの方を向いている。
「影、ね……」
水面に移る自分の姿と、今しがた通りすぎて行った小学生達の会話が、
頭でシンクロされて、無意識に呟いたそんな言葉。
――そう。あそこの川べりでの出来事は、確かあんな位の歳だった。
今は亡き人が存在していた昔。比較的家の傍だったこの橋には、二人でよく遊びに――
いや。正確には手品の種を暴いたり、教えてもらったりしていたあの頃の……。
「お。もうこんな時間だな」
オヤジは普段身につけている腕時計に目を落としてそう言うと、
必死で手品の種を考えている俺の顔を覗き込んだ。
「そろそろ帰るか。快斗」
差し出された手に歯向かうように、俺はかたくなに首を横に振った。
「どうした?」
今まであまりしたことのない俺の行動に、オヤジは目を白黒させる。
心配そうに訊ねるオヤジに、俺は黙り込んで何も話さない。
「快斗」
落ち着き払ったその口調に、俺は次に出る言葉が、俺への叱咤だと覚悟していた。
しかし、予想に反して彼の口から出た言葉は、いつもの優しい声。
「あまり遅くなると母さんも心配する。どうした、一体?」
「……から」
俺はとうとう諦めて、心で思っていたことを遠慮がちに口に出す。
「ん?」
最初に言った言葉は、やはり声が小さかった為に、全ては伝わらなかったようで、
オヤジは不思議そうに俺の顔を見つめて、首を傾げる。
「まだ解けてねーんだもん。手品のトリック……」
つまらなさそうに言った俺の言葉が、
オヤジには愚痴に聞こえたのか俺の返答を聞くや否や、いきなり笑い出す。。
「いや、スマンスマン」
驚いた俺の様子に気付いたオヤジは、そう言うと俺の頭を軽く数回叩いた。
「何も今すぐに分かる必要はないさ」
「でも、俺が分かるまでは種明かしてくれねーから、気になって……」
「いまに、もっと快斗が大きくなったら、手品を披露している最中に分かる時が来るさ」
俺が手品のトリックを暴けないで、ふてくされていると、オヤジはいつもそんな事を言う。
その度に、俺は幾度となく同じ質問をオヤジへぶつけた。
「もっと大きくってどれ位?」
これに対したオヤジの返事もいつも決まっていた。
「快斗が自分で手品を考えることが出来るようになった頃だな」
「そんなの随分先じゃねーか!」
オヤジの答えに、俺は毎回不満そうにそう返す。
俺のこの反応に対して返す言葉も普段から決まって『そんなことないさ』だ。
けれど、この時は何故か違っていた。
「そんなことはない」
始まりはいつもと変わらない。
俺がそれに反撃する言葉を考えていた最中、予想外に言葉が続けられる。
「分かろうと思って分かることもあるが、
分かりたいから自分で自分なりのトリックを考えるという作業は、既に快斗もやっていることだろう?
後は一点の隙も見逃さない眼を鍛えるだけの力を育てるだけだ。やろうと思えば、今にでも可能だぞ?」
「……」
驚きと意外が混ざったような感覚で見る俺に、オヤジは再度声をかける。
「ホラ、快斗。トリックを考えるのはここでなくとも出来るだろう?
母さんに心配をかけないためにも、そろそろ家へ帰らないか?」
差し出された手に、今度は素直に行動した。
「うん」
そう言って、俺は魔法使いのようなオヤジの大きな手のひらを握る。
今までいた高架橋の下をくぐり抜け、地上へと這い出した俺とオヤジは、
はるか遠くで光を放っている夕日に照らされながら、岐路へと着いていた。
その際、俺はふと自分の足元を見て、横にあるオヤジの足元と見比べた。
「なぁ、オヤジー。何で影の長さが違うんだ?」
「ん?ああ、これか」
何気ない質問に、オヤジは自分の影へ目を落としながら回答をくれる。
「快斗と父さんとじゃ、背の高さが違うのは分かるか?」
俺はその問いかけに、自信を持って首を縦に振る。
「時間帯によっても変わるんだが、影というのは背の高さで大体の長さが決まるんだ。
背が高ければ影は長いし、逆に背が短ければ影は短くなる」
この説明を聞いて、俺はつまらなさそうに舌打ちした。
「チェッ!それじゃあ、オヤジの影より長くなんねーじゃん」
愚痴るようにそう言って、俺は傍に転がっていた石ころを無意識に蹴り飛ばした。
そんな俺の行動を、オヤジは優しい顔で見守りながら、少し笑う。
「まあ、快斗が高校・大学生位になったら、父さんを抜かしているかもしれないな」
「そんなに!?」
想像がつかないほどの未来に、俺は心の底から驚いて言葉を返す。
その反応を返してからブツブツ文句を呟いていると、行き成り視線が高くなった。
地に足もついていない状態になり、一瞬何のことか分からないでいると、
オヤジの肩の上に納まっていることにしばらくして気が付いた。
「どうだ、快斗」
「え?」
いつもとは違って、下から聞こえるオヤジの声に、俺は不思議そうに返事をする。
肩車の状態になっていることこそは分かるものの、オヤジの行動の意味が分からない。
俺がオヤジの肩の上で、今の状態を理解しようと必死で首をかしげていると、
そんな俺を察したのか、下からオヤジの声が響いた。
「地面だ、地面。今、快斗の影はどうなってる?」
「どうって、どうせ――」
さっきと同じだろ?俺の背が高くならない限りは、オヤジの影を超えるのは無理なんだから。
そう返そうと、地面に映っている自分の影を見て、言いとどまった。
つい数分前までは、仲良く並んでいた二つの影の数が一つしか映っておらず、
今ある一つの影は、今まで見ていた影より若干長さを増している。
そして、その影の一番上は、紛れもなく自分の影が映っているのだ。
「……あれ?」
意外そうに発した俺の言葉に、満足したようなオヤジの声が飛ぶ。
「背が高くならなくとも、影を伸ばすことは出来るからな」
そう言うと、俺を肩に乗せたまま止まっていた足を進ませた。
そんなオヤジの行動に、俺は嬉しそうな笑顔を口元に作り出す。
「なあ、オヤジ」
「ん?」
俺は落ちないように、オヤジの首元に手を当てながら言葉を続ける。
「俺がオヤジの影追い越すのも良いけど、
でもやっぱりいつか肩を並べた時に、影が同じ長さになるのも良くねぇ?」
「そうだな。それこそ、快斗が高校生か大学生になった頃に実現するかもしれないな」
「もしかしたらその頃には、オヤジの手品より高度なこと出来るようになってっかな?」
少し期待も込めてそう言うと、オヤジは面白そうに笑いながら、意地悪っぽく返した。
「さあな。正直、抜かれてちゃ困るが、それまで快斗が手品に関心持っているかが問題だろう?」
その言葉に俺は不満そうに口を膨らませた。
「ぜってー、その頃にはオヤジのよりすっごい手品出来るようになってやるよ!」
意地になって言った俺に、オヤジは楽しそうに返事を返してきた。
「それまで続けていられるか?特に高校なんて多感期だし、恋愛にだって興味も出るからな」
「続ける!俺、オヤジの手品見てる限りは、その自信あるんだぜ!」
「ホォ?」
意気込んで言った俺の言葉に、オヤジは意外そうに俺を見返してきた。
「オヤジの手品、すっげー好きだから、いつかオヤジみたいなマジシャンになりてーんだ!」
「そうか」
そう言って、俺の方を振り向いたオヤジの顔は嬉しそうだった。
「なら、快斗が一人前のマジシャンになった時は、一緒にショーでも開くかな」
呟かれたオヤジの言葉に、俺は目を輝かせた。
「ウソじゃねーよな!?」
「ああ。快斗の初舞台なら、父さんも喜んで出るさ」
「じゃあ、約束だぜ!」
そう言って、俺とオヤジは小指を結んでリズミカルに言葉を発する。
ゆーびきりげんまーん、と。――そんな様子を、煌々と照る夕日が優しく見守っていた。
「――上回る手品、なんて」
橋を渡って、無意識に橋の下へ来た俺は、昔を思い出しながら呟いた。
心地よい風が体に当たるのを感じて、一度だけ背伸びをする。
「いつかは叶ったことかもしれねーけど、今じゃ上回ってるのかすら分かんねーな」
懐かしいような、寂しいような、そんな想いが入り混じりながら、
俺は昔のように高架橋の下をくぐり抜ける。
光の当たる所へ出てきて、ふと目をやった足元。
あの頃の想い出が蘇ってくるのと同時に、俺はゆっくりと空を仰ぐ。
昔見たままと、さほど変わらない夕焼けから目を離すと、後方から声が聞こえた。
「あれ?快斗ー?」
馴染みの声に振り返ると、橋の上から昨日学校で見たばかりの顔が覗いている。
「何やってるの?そんなところで」
「ああ、ちょっとな。オメーこそ、こんな夕暮れに何やってんだよ?」
俺の問いに、青子は片手に持っていたビニール袋をかざして見せた。
「買い物。お父さん、今日休みだから近くの百貨店まで行ってきたの」
そう言った青子の隣で、警部が片手を挙げた。
俺は会釈で、警部へ挨拶する。
「そうだ。ねぇ、快斗。今日一人なんでしょ?何なら夕飯一緒に食べようよ」
「え?いや、でも……良いんですか、警部?」
青子の前なら気兼ねもないが、さすがに警部の前となると多少緊張もするし、
ましてや夕飯ご馳走になるんなら、警部に許可を取って行った方が無難だ。
「ああ、構わんよ。一人で食事というのも、つまらんだろう?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言って俺は、橋の上へと通じる階段を賭け上がって行く。
その際に、チラッと俺の背後を照らしている夕日に目を向けた。
(今の偽りがない影。あの頃言ってた高校生にはなったけど、どうかな)
「――な、オヤジ?」
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珍しく微修正。言い回しその他修正した程度のほぼ原案通りの小説。
最初は事務所一行で話考えてたらしいですが、気付けば黒羽親子にシフトしていた小説。
快青以外のまじ快小説としては、初めて書いた作品だったもよう。
因みに冒頭の影話。
小1の授業で習ったそれが印象的だったからと組み込んだ部分。
今回改めて調べたら、どうも戦時中の話で語られたフレーズと知り、消すか悩んだ箇所。
思い返せば確かにそうなんですが、曖昧な記憶ではそんな重たい話とは思わず。
かと言ってそれ以外に良い導入材料思い浮かばず、結局そのままになったという。