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最近、自分自身も変わってきたとは思ってる。
けれど、それが果たして良い変化なのか、それとも悪い変化なのかは分からない。
もしそれを博士に訊ねたら『良い変化に決まっとるじゃないか!』と言うでしょうね。
本心にそう思っている時もあるんでしょうけど、
場合によればそれは私を励ますための優しい嘘という可能性だってある。
――間違いなく、博士はそういう人だもの。
それを感じる時は確かに嬉しいことでもあるけど、同時に恐怖を感じた。
この状況が、今にでも壊れてしまうんじゃないかって……
「あ……」
いつも通りの平日の朝。
昔にはありえなかった平穏な毎日。周りは皆ランドセルを背負って学校へ向かっている。
無意識に通り過ぎる子供を眺めていたら、知っている顔が道路の角から姿を見せた。
「お」
先に私が気付いたその相手は、目線の先に私を見つけると傍にやって来る。
「よう、オメーも今からか?」
「……帰るとでも言うの?」
私のなった境遇と唯一同じ境遇である彼。
こんなこと言ったら、文句言ってくるでしょうけど、小学生生活が板についている気がする。
色々面倒くさいという割には、それなりに楽しんでいるように見えるのは少し羨ましい。
「ねえ、工藤君」
「ん?」
わざわざ別々に学校へ行くはずもなく、共に通学路を歩き始めて数分。
つい先程思い起こした自分に対しての疑問を、彼に訊いてみることにした。
「工藤君は今の生活好き?」
「はぁ?」
唐突に言われた言葉に、彼は瞬時に顔をしかめる。
「いきなり何言い出すんだよ?」
「別に深い意味はないけど……ただちょっと訊きたくてね」
「『今の』って要するに『コナン』での生活ってことだろ?」
そう言うと彼は私の顔を窺うように見た。
「何だ?また、んなことで色々難しく考えてんのかよ?」
「難しくって……」
彼の口から出てきた言葉が意外で、答える言葉に迷った。
そんな思いを知ってか知らずか、彼は私の答えを聞く前に言葉を続ける。
「多分オメーの言う『好き』なら、俺の答えはノーだな」
「え?」
思わぬ答え方に私は驚いて彼を見る。
当の本人は素知らぬ顔で、両手を頭の後ろで組むと私の方に首だけ向けた。
「オメーの言う『好き』には『満足』のニュアンスが強えーんじゃねーか?」
その言葉に目を見張るが、確かに言われてみるとそうな気はする。
しばらく考えた後、彼に向かってゆっくり頷いた。
「だろ?普通の人が言う『好き』だとすれば、俺は今の生活は好きだぜ?
ただ『満足』を含むんなら、蘭のこともあるからノーなだけだよ」
「……それじゃあ、工藤君は今の生活が好きだって感じる時、怖くならないの?」
「怖いって……なんで?」
私の質問に、彼は同じように私への問いかけで返した。
「なんでって……思わないの?いつ今の状態が無くなってもおかしくない立場なのよ?
このまま、今の生活を楽しんだとしても、それに慣れてしまったら、
実際にその生活が無くなってしまった時、それがどれだけ――」
「『辛いものか、とか考えたことないの』ってか?」
言いかけた言葉を、彼に先に言われて少し目を見開いたけど、静かに首を縦に振る。
その様子に、彼は肩をすくめて澄み切った青空へ視線を向けた。
「そりゃ確かに、それが無くなった時に辛いのは事実だけどな」
そこまで言うと、彼は穏やかに笑いながら私を見る。
「だからって楽しめる今の生活を楽しまないっていう方が、俺は考えものだと思うぜ?」
「でも……!」
「それに、楽しまなきゃ相手にも失礼だよ。せっかく自分が楽しめる状況を作ってんだ。
その行為に素直に立ち向かわないんなら、そいつらがやってる行為が無意味じゃねーか」
「それは確かにそうだけど……それでも……」
次第に言葉を発する声が小さくなって、最後には口をつぐんでしまう。
「……工藤君は裏社会には手を出していないから、それでも良いかもしれない。
でも私は……知らなかったと言っても、人を殺す薬を作っていた人間。
そんな人間に、表社会での偽りのない生活を楽しむ権利なんてあるとは思えないわよ」
「じゃあ、どうしてオメーが今の姿になった時、俺の家に来ようと思ったんだよ?
――いや、それ以前に何で薬で小さくなった時、そのまま監禁された部屋に残らず、
裏社会から表社会に出てきたんだ?表社会に出て来れば、表社会での生活が当然なのに」
この言葉を聞いて、私は驚いて彼を見つめる。
そんな私を彼は構わずに、止まっていた歩を進めだした。
「別にオメーが表社会に出てきたのは、人に危害を加えようとかじゃねーだろ?
それならそこまで深く悩むなよ。表社会に出てきたなら、そこで生活すりゃ良いんだ」
彼は少し進んだところで足を止めると、私の方に振り返る。
「権利なんて言うけど、人が生活したり、何かを楽しむことに普通は権利なんてねーよ。
誰でも好きに生活するし、楽しんだり怒ったりしてるだろ?」
「それじゃあもし、彼らが目の前に現れて、私が組織に戻ったとしても?」
そんなことはあり得ない。
私が組織に戻るなんてことも、彼らが私を生かしておくことも。
それでもそう問わずにはいられなかった。
彼も博士も、お人よし過ぎるのよ。買いかぶりすぎだわ。
多分こう言えば、どうにか否定してくれる。心からそう思った――。
「大丈夫。それはねーから」
返ってきた言葉は、否定でも肯定の言葉でもなかった。
不思議そうな顔で返事を返せないままでいると、彼は言葉を続けだす。
――ふざけてもいなく、ただ真面目で真剣な表情で。
「多分ないだろうけど、オメーが組織に戻りたいっつっても、無理だろそれは。
奴らがお前を殺さずに寝返らせるとは思えないし、仮にそうなったとしても、
俺がどうやってでも裏社会には戻させねーから。オメーが俺を殺す限りはな。
それに、そんな心配は殆ど必要ねーよ。今のオメーが、んなこと言うとは思えねーから」
「……」
彼の言葉に思わず顔を伏せた。
「まあ、そろそろこんな陰鬱な話題は止めにしとこうぜ」
「え?」
無意識に進められていた足が、次に止まったのは学校の校門の前。
「いつまでもそんな沈んだ顔してるんじゃ、あいつらにまた心配かけることになるからな」
「……ええ。そうね」
無理に笑顔を作って、校門をくぐる。
下駄箱まで後少しというところで、頭上の方で聞き慣れた声が飛び交った。
「哀ちゃーん!コナンくーん!おはよーっ!」
「あー、二人とも今来たんですか?遅いですよ!」
「早く教室来ねーと、遅刻だぜ!」
声のした方を見ようと顔を上げると、開け放たれた窓から、馴染みの3人が顔を出している。
「分かってるって!今、行くんだろ?」
いつもと変わらないこの風景。
この空気の中にいると、一瞬でも暗い過去を忘れていられる。
ただ、いつまで続くかは分からない不安は、いつも消えない。
ホントに今の生活を楽しんで、苦にはならないの?
もし後々、この生活が崩壊することになれば、私だけじゃなくあの子達も――。
「おい、灰原!何ボーッとしてんだよ!」
我に返ると、少し先を行った彼が手を挙げて私を呼ぶ。
「分かってるわよ……」
疲れか安堵か、よく分からないため息をもらしてから、彼の前を通り過ぎる。
その際に彼が私に呟いた。
「なあ、灰原。これは俺の考えだけど、将来気にして毎日過ごすより、
今あるこの状態を楽しく過ごす方が、充実した過去として残るだろ?
別に組織にいた頃の過去を消せとは言わねーけど、そんな過去ばかりじゃ気が滅入るだけだ。
なら、それを忘れられるくらい、楽しい過去も作ることも必要なんじゃねーか?」
「工藤君……」
「大体、オメーはいちいち深く考えすぎなんだよ」
呆れて言った彼に、私も呆れた口調で返した。
「あなたが短絡的すぎるんじゃないの?」
「うるせーな。――ホラ、ともかく行くぞ!」
不満そうに口を尖らせると、彼は私に背中を向けて私の先を行く。
私はその背中を追いかけるように歩き出した。
時折、今の私にとっては安らぎの場となる彼らの姿が見える窓へ目をやりながら……。
――そこまで言うなら、工藤君?少しだけ前を見て過ごしてみてあげるわよ。
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ちょこちょこと細かい部分に加筆修正。
我ながら、驚くほどに通常短編小説のティータイムと話が似ててびっくりしました。
……元々、こういう葛藤話って書くの好きだからな。
ジャンル的に哀だと書きやすいから余計なんだろうな。
ついでに言うと、コナンと哀のこういう関係性が凄く好きだったりする。
別に慰めるとかそういうのでなくて、少し口調は荒っぽいにしても、
落ち込んでる哀を前向きにさせるようなセリフを、サラッと言えてしまうコナンとか大好きだ。