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時計を見ると、まもなく10時になろうというところ。
集合が10時半とはいえ、自分以外は既に集合場所へ集まっているだろうと予測して、
読んでいた新聞をテーブルの上に置くと、新一は座っていたソファから腰を上げる。
(にしても、なかなか進まねーな、この事件)
テーブルに置いたのは、1週間前から起こっている連続殺人事件が掲載された新聞。
記事によると、事件の目撃者が誰一人としていない上に、
手がかりという手がかりを犯人が残していないため、なかなか事件解決の糸口が掴めずにいる。
一部では早くも迷宮入りの言葉がささやかれているという噂すら流れている事件だ。
(――ま、今日帰ってきたら、一回警部にでも連絡してみるか)
そうと決めれば、次の行動に移るのは早い。
玄関まで行くと靴を履きかけて、突然鳴り出した電話の音に手を止めた。
腕時計に目を落とすと、10時過ぎ。
新一はしばらく何かを考えていたが、そのまま靴紐を結び始める。
「――はい、工藤です。ただいま出かけておりますので……」
既定数のコール音が鳴り止んだ後、留守番電話のアナウンスが応対する。
新一はドアノブに手をかけてから、申し訳なさそうに電話の方を振り向いた。
丁度その時アナウンスが終了して、電話の相手が話し出す。
『――ああ、工藤君。目暮だが……』
その言葉に、開きかけた玄関の扉が止まる。
『帰ってきてからで構わないんだが、一度警視庁へ来てくれないかね。
君も知っているだろうが、例の連続殺人事件、どうも捜査が――』
「――あ、警部。工藤です」
事件があればその動向が気になるのは、探偵としては当然の性。
特に、つい先程まで気にしていた事件に関してならば尚のことだ。
新一は靴を脱ぐと、急いで受話器を取り行った。
『おお!工藤君かね!』
「ええ。すみません、丁度出かける用事があったもので」
そう言いながら、受話器を耳と肩の間に挟むと、ポケットから携帯を取り出した。
『……それで今は大丈夫なのかね?』
「はい。大丈夫です。――それで何でしょう?」
『ああ、実はな。例の連続殺人事件、手掛かりが全くなくて捜査が難航しておってな』
「そうらしいですよね。僕のほうも、近々それに関して連絡を取ろうと思ってたんですが」
答えながら、新一は片手でメールを打つと携帯の送信ボタンを押した。
『おお!そうかね!――それで、相談なんだが、
もし工藤君の都合が良ければ、今から警視庁へ来てくれんか?』
「それは構わないんですが、少し待っていただけますか?」
受話器の奥で同意の声を聞きながら、新一は携帯のディスプレイを眺めた。
「えーっ!?――ったく、もう!ホントに推理オタクなんだから!」
事務所のソファに腰掛けながら、蘭は送られてきた新一からのメールに文句を言う。
「蘭ちゃん、どないしたん?」
横に座っていた和葉が不思議そうに言う。
「目暮警部から、今ニュースで騒がれてる連続殺人事件の捜査協力頼まれたんだけど
数時間だけ行って来てもいいか?って」
「……ホンマ、工藤も事件の鬼やな」
蘭と和葉の向かいにあるソファに腰掛けてながら言う平次だが、
事務所のテレビに映っているのは、話題に上った連続殺人事件を取り上げているニュース番組。
それを興味深げに眺める平次に和葉は呆れかえった様子でため息をつく。
「平次かて人のこと言えへんやん。……ホンで蘭ちゃん、どないするん?」
「うん……」
困ったように携帯のディスプレイを眺めながら、蘭は何度かボタンを押すと、ため息をついて携帯を机に置いた。
手に持っている携帯が震えて新一はボタンを押した。
届いたメールの受信画面に表示された文字を、新一は意外そうに見る。
少しの間複雑そうな様子で受信画面を眺めると、黙って携帯をポケットへと戻した。
「――すみません、お待たせしました。
それではこれから向かわせていただきます。
現場ではなく、警視庁で良いんですね?――はい。あ、分かりました」
新一は受話器を元に戻すと、再び玄関へ向かい出す。
「蘭ちゃん、良かったん?せっかく、工藤君帰ってきたんやろ?せやのに……」
「でも新一。この事件起きた時からずっと気にしてたみたいだから。
警察が手をこまねいてるの分かってるとは言え、自分から協力申し出るのもな、って
目暮警部に連絡入れるかどうしようかって凄く悩んでたし……。
せっかく捜査協力出来ることになったのに、引き止めるのも何か悪いじゃない?」
少し寂しげに笑いかける蘭に、平次と和葉は顔を見合わせる。
「せやけど……」
不服そうな和葉の言葉に、蘭は無言で首を横にすると笑って返す。
「和葉ちゃんと服部君、先に行っててくれて良いよ?
私と新一、一回行ってるから体験したアトラクションとかもあるけど、
和葉ちゃんたち、トロピカルランド初めてでしょ?」
「アカン!そんなん!」
蘭の提案を和葉は即座に否定する。
「今回は4人でトロピカルランド行こ!て約束したんやもん!
蘭ちゃんも工藤君もおらんかったら意味ないねん!――平次!!」
「はい!!――って、何やねん!いきなり!」
思わず返事を返して我に返る。
慌てて和葉に向き直ると、目が合った瞬間事務所の出入口を指指された。
「アンタも行ってき!」
「は?」
予想外の言葉に平次は目を丸くした。
「平次と工藤君おったら、解決すんのも早いやろ?
せやから平次も一緒に行って、さっさと事件解決してここに戻ってき!
どうせ工藤君戻って来るん待ってるんやったら、平次が現場に行ってても同じことやしな!」
「まあ……そう言うたらそうやな」
和葉の行動に圧倒されつつも、その言葉に納得して頷くと携帯を取り出した。
丁度新一が家を出た直後、携帯から着信音が鳴りだした。
目暮警部から追加の要件かと発信元も確認せずに慌てて電話に出る。
「――はい、もしもし」
『工藤か?俺や』
「服部?」
電話の主に、新一は不思議そうに訊ねる。
「どうしたんだよ?用があったんなら、さっきの蘭のメールと一緒に――」
『ちゃうちゃう。そうやのーて、俺もその事件に協力したろ思てな。今、何処や?』
「何処って……家の前だよ」
あの短時間では、そうそう遠くにも行けるはずがない。
『ホンならそこで待っとけや。タクシー捕まえて、そこ行ったるし』
新一は平次のこの言葉に、露骨に顔をしかめた。
(……テメーが勝手に来るんじゃねーか)
「けど蘭ちゃん、ホンマに良かったん?」
平次も出て行き、閑散とした探偵事務所。
ぼんやりソファに腰掛けていた二人だが、和葉が遠慮がちに訊く。
「うん。だって、前みたいにいなくなるわけじゃないんだし。
それにホラ。前も似たようなこと言ったじゃない?」
「へ?」
キョトンとして自分を見る和葉に、蘭は嬉しそうに笑みを浮かべて天井を仰いだ。
「事件解いてる時の新一の顔、一番アイツらしいから……」
そう呟いてから、少し照れくさそうな笑顔を和葉に見せる。
その様子に和葉も思い出したように笑う。
「……せやな。アタシも平次のそうゆう顔が一番好きやったわ」
「でも、一つだけ心配なのよね……」
そう言うと、蘭は諦めたような深いため息をもらす。
「新一、一旦事件に首突っ込むと、解決するまで躍起になるタイプでしょ?
さすがに数時間で解決するような事件には思えないし、
そうなるとホントに数時間で戻って来るのかなぁ?と思って」
「……平次もや」
言うと同時に二人とも同じように肩を落とすが、
直後に顔を見合わせると、可笑しそうに笑いだした。
「――おお、もう12時だな」
被害者の写真から目を離し、壁にかかった時計に目をやって、目暮はそう言うと、
先程から飽きもせずファイルを眺めている新一と平次の方へ声をかける。
「工藤君に服部君。
とりあえず、捜査の方は一段落つけて、何処かで昼食をして来たらどうかね?
君たちが気付いた点のおかげで、事件も進展を見せそうだし」
「え?……もうそんな時間ですか?」
目暮の言葉に、新一は初めて腕時計に目をやった。
確かに、目暮の言うように時計は12の数字を指している。
(……12時か)
時計を見て考え込む新一の様子に、平次は不思議そうに首を傾げた。
「おい、工藤。どないしてん?」
「いや……蘭に言ってるの数時間だから、と思ってな」
困ったように頬を掻く新一を見て、平次は当然のような口調で提案する。
「せやったら電話かメールで遅なるて連絡したらええやないか」
「そりゃ、そうなんだけど……」
煮え切らない返事を返して、しばらく唸っていた新一は、目暮の方を振り向いた。
「あの……警部?警部が宜しければで構わないんですが、
また夜の9時頃に伺わせていただいて構いませんか?
出来れば、出ておきたい用があるもので……」
(工藤?)
平次にしてみれば意外だったのか、新一の口から出された言葉に、
平次は不思議そうな顔で新一に目をやった。
「……ああ!そう言えば君に電話した時、何処かへ出かけるところだと言っとったな。
こっちこそすまなかった。予定があったのに無理を言ってしまって」
「あ、いえ。遅れる旨は伝えてましたので」
「もちろん構わんよ。今日は1時過ぎまでいる予定だからな。
まああまり無理せんでくれよ。最悪明日以降でも構わんから」
「はい。すみません、ありがとうございます、警部」
一度目暮に頭を下げてから、部屋を去りかけた新一を
平次が追いかけようとしたところで、目暮が新一を呼び止めた。
「ああ、工藤君。行き先は何処かね?」
「行き先……ですか?毛利探偵事務所ですけど……?」
「毛利君の所かね!だったら、高木君にでも送らせよう――高木君!」
自分のデスクに座っている高木に声をかける目暮に、新一は慌てて言った。
「あ、いえ。警部。わざわざ送っていただかなくても、自分たちで……」
「いやいや。これ位はさせてくれんと。一方的に協力だけしてもらっては悪いだろう」
「――何ですか?目暮警部」
目暮に呼ばれ、やって来たのはコナン時代の馴染みの刑事でもある高木刑事。
目暮から事情を聞かされた高木はそれを快く引き受けると、新一達の方を振り返る。
「それじゃあ、僕は車を回してくるから、
二人とも、警視庁の入り口で待っててくれるかい?」
「わざわざ送ってもらわなくても良かったんだけどな」
「まあ、せやねんけど……工藤、俺はお前の方が不思議やで」
「何が?」
平次の言葉に新一は怪訝そうに首を傾げる。
「何であそこで帰る意思見せたんや?普段のお前やったら、捜査続行しそうなもんと――」
「新一の状態で、あんまり蘭を待たせたくはねーんだよ」
呟きがちに言われた言葉に、平次はチラリと新一を見た。
「ちっさい工藤の時に、十分待たせてるから、か?」
「ああ。……そりゃ、確かに事件のことは気になって仕方ねーけど、
事前に約束してた用事くらい、ある程度はまともに守ってやらねーと。
こっちはその用事終わってから、警視庁に出向くことくらい苦でもねーし」
「けどなぁ、工藤。そんなん思う位やったら、
早よ、姉ちゃんに言うこと言ったった方が、安心するんちゃうか?」
呆れたように言った平次の言葉に、新一は拗ねるように顔をそむける。
「バーロ!それとこれとは話が別なんだよ!」
「どうせ、返って来る返事なんて分かりきっとるくせに、何躊躇っとんねん」
「だからそういう問題じゃねーっつってんだろ!?」
からかう平次と、照れる新一。
タイミングが悪いのか良いのか知らないが、
丁度二人の目の前に車が停まると、下りた窓から高木が顔を出す。
「それじゃあ、行こうか?」
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全体的に色々と加筆修正。
今回の大規模加筆修正作業の中でも、その度合いに大分迷った小説かもしれない。
短編の割に場面展開が多い小説なので、ちょっとやりづらかったです。
どうも新一と平次が会話してる初めての小説だったらしい。
そして、新蘭と平和を両立させようとして失敗した小説でもあるらしい。
当時、それを思ってたかは覚えてませんが、今読み返すと先の新蘭お題の
トロピカルランドにこの話の後日談持ってきても良いなと考えた編集作業。