死んでも… 〜新蘭で20のお題より〜


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「新一……気持ちは分かるけど、やめない?」

「え?」

 自宅のリビング。
ソファに腰掛けながら、テーブルに置かれた一枚の封筒とその中身をジッと見ていた蘭が、
心配そうな、それでいて真剣な表情でこちらを見ていることに気付いた。
俺が不思議そうな様子で蘭を見返すと、蘭はゆっくりと視線をテーブルへとめぐらす。

「ああ……それか。しゃーねーだろ?
 こっちは警部から依頼受けてるってのに、途中で事件の捜査やめるなんてこと出来ねーよ」

「でも、知らないんでしょ?目暮警部」

「そりゃぁ、まあ……な」

 蘭の言葉に苦笑いしながら、俺は椅子に掛けてあったコートを羽織った。

「――じゃあな、蘭。園子にも言っといてくれ『宿題手伝えなくて、悪い』って。
 終わるまでに帰ってこなかったら、鍵は博士にでも頼んでくれたら良いし」

「あ、ねえ!ちょっと、新一!」

 リビングのドアを出かけて、後方からかかる蘭の声に足が止まる。

「やっぱり目暮警部に相談してから……」

「あのなぁ、蘭」

 俺はため息をつくと、蘭の方を振り返った。

「俺は大丈夫だって。さっきから何度も言ってんだろ?」

「でも……」

 そう呟いて、蘭はそのまましばらくうつむいていたが、顔を上げたと思うと、
テーブルの上にあった紙を引っつかんで、俺の方へやって来て顔面に紙を突き出した。

「こんなものが送られてきてみなさいよ!心配して当然でしょ!?」

 そう言いながら目の前に付き合わせてきたその紙は、今朝から俺が再三見てきたもので――。

「こんなものって、ただの脅迫状じゃねーか」

 いくら眺めても書かれている内容が消えたり、変わったりすることはない。
ただ端的に、血で書き殴ったような赤い字でこう書かれている。

“カタンスレバ イキツクサキハ シ アルノミ”

 数日前に警部から頼まれ、協力している殺人事件。
昨日その捜査から家へ帰宅してみると、ポストには差出人や切手の何も無い、
ただ真っ白な封筒が投函されていて、ある程度のことを予測しながら封を切れば、この通り。

 タイミングが良いのか悪いのか、昨日の捜査である程度犯人は絞れた、という状況に来ていたため、
真相が明るみに出るのを恐れた犯人がやった行為だろうとは推測された。
だが、昨日は帰宅した時間が明け方近かったため、読むのは起きてからに回したのだ。
仮眠を取ってから、リビングでこの脅迫状と睨み合いをしていたところを、予定外に蘭が訪ねてきた。
学校で出た宿題で分からない所があるから、と俺に訊きに来たらしい。

 後から園子も来ると言うので、とりあえず蘭をリビングへ通したのだが、
まさか、これから自宅に人をあげようなどと思ってもいなかった、俺がまずかった。
テーブルの上に脅迫状をそのままにしておいたのを、目ざとく蘭が見つけてしまい、
事件の捜査に出かけるという俺を、何とか止めようとして今に至っている。

 だが、今の俺にとって、この程度の脅迫文は、正直言って何とも無いに近い。
たとえ実際に犯人が俺を殺そうとしてきたとしても――あの時に比べたら……

「……何が『ただの』よ!」

 さっきまではそんな事のなかった、蘭の口調が激しくなったのを聞いて、
脅迫状に目を落としていた俺は、この時初めて蘭の顔を見た。
怒っている表情の中に、何故か今にも泣き出しそうな蘭がそこにいる。

「『大丈夫』なんて言葉、今までだって、何度聞かされたと思ってるのよ!
 その言葉で、ちゃんと戻ってきたことなんて、一度もないくせに!
 やっと戻ってきたあの時だってそう……大きな傷負って、私の前に現れて……!」

「ら――」

 言いながら怒り泣きになっている蘭に声をかけようとすると、
蘭が右手にこぶしを作って、俺の胸板をトンッと叩く。

「『大丈夫』って言葉で出て行くなら、
 どうして行った姿の元気なままで戻ってきてくれないのよ!
 その言葉が曖昧で、それがどれだけ不安なのかも知らないで……!」

 掴んでいないと消えていってしまうかのように、蘭は片手で俺の上着をきつく握った。
そんな蘭の様子に、俺は自分の胸に顔をうずめて泣いている蘭の肩を抱く。

「あれがあったからこそ、今はホントに『大丈夫』なんだよ」

 俺の言ったこの言葉に、蘭は不思議そうな顔で俺を見る。

 ――だが、実際にそうだ。
奴等との戦い以上に、死の淵に立たされるようなこともないだろう。
あの時はさすがに、何度かヤバイと思わせられた。

 それでも何とかここに戻って来られたのは、蘭に残した言葉があったから。
本来なら、新一の言葉で残すべきことを、あの時はあえなくコナンの言葉になったけれど。
あの言葉だけは嘘にはしたくなかったから。だからこそ、今ここに『新一』がいる。

 それと同時に、蘭に今まで以上に心配をかけることも、あってはならないこと。
その保証にと言った言葉が『大丈夫』 これは、心配を和らげることも兼ねての言葉。
けれど、それが逆に蘭を不安にさせる材料だとは、全く気付かないでいた……。

「――行ってくるよ」

 俺がそう言うと、蘭はパッと俺から離れた。

「……勝手しなさいよ。こっちがこれだけ心配してるのに、そんなこと言うんだから」

 さっきまでとは打って変わって、プイッと俺に背を向けて、蘭はそう言った。

「分かってるよ、そのことは。でも、だからこそちゃんと戻ってくるさ」

「『そのままで』なんて保証もないくせに、よくもそんなことが言えるわね」

「保証ならあると思うぜ?……まあ、オメーが待っててくれればの話だけどな」

 この言葉への返事は別に期待してはいない。
ただ、少しでもアイツの不安を取り除こうと言っただけの言葉なわけだから、深い意味もない。

「じゃあな」

 リビングを出る前に、再度蘭に一言そう声をかけた。

「…………行ってらっしゃい」

 突然に聞こえた蘭の言葉に、俺は驚いて蘭の方を振り返ったが、
依然として蘭は俺に背を向けたままだった。
それでも俺は、見えない蘭に微笑みかける。

「ああ」


 ――前以上の心配だけはかける気はない。いや、かける自体がダメなのだ。
だからこそ、危険が背後に迫っている時にこそ、細心の注意を払う。
二度と不安な思いをさせてはならない……自分の帰りを待ち続ける彼女には。
そして、待っていてくれるからこそ、またそこが自分自身の帰るべき場所だから……



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