黒衣の騎士とハート姫 〜新蘭で20のお題より〜


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「あーあ。あの時はホント、残念……」

「何が?」

 殺人事件の起こった文化祭が終わってしばらく経ったある日。
新一、蘭、園子の三人での下校中、思い出したように呟く園子を二人は不思議そうに見る。

「『何が?』じゃないわよ、蘭」

 そう言うや否や、深々とため息をつく。

「大体ねぇ!新一君も新一君よ!」

「は?」

 関心が蘭の方に向いているかと思えば、予想外に自分の方を指差されて新一は顔をしかめた。

「あの文化祭!」

「文化祭?」

「折角、蘭の相手役だったのよ?しかも!丁度良いところまで行ったのに!
 事件が起こったからって、演技中断しなくても良かったんじゃない?」

 意味ありげに笑いながら、新一と蘭へ目配せした。

「だから、オメー何が言いてーんだよ?」

「そうねぇ。……じゃあ、まずこれに答えてくれる?
 機会があったら、あの劇、最後までやりたい?もちろん、配役は本番通りでね」

「何?それを答えたら何かあるの?」

 園子の言い方に、蘭は園子の顔を覗き込む。

「良いじゃない、そんな細かいことは♪ホラホラ、イエスかノーで良いんだから」

 深くは語ろうとしない園子の態度に、二人は肩をすくめるとしぶしぶ口を開く。

「私は別に?せっかく、お父さんにまで手伝ってもらって練習したし、頼まれたらやるけど?」

「じゃ、新一君は?」

「俺か?俺は……」

 待ちわびていたような口調で言う園子に返事をしながら、新一は言葉を切った。

「って、ちょっと待て園子」

「何よ?」

 即答されなかったのが不満なのか、園子は不機嫌そうに新一を見る。

「訊く相手、間違ってねーか?元々、当日やるはずだったのは、新出先生――」

「間違ってないわよ。新一君だから訊いてんだから」

「だから、それがどういう意味か教えてからだって……」

「ダーメ!言ったら返ってくる言葉決まってるもの!」

 口調から全く引きそうにない園子の意思を感じ取ると、新一は諦めたように息を吐き出す。

「――ったく。
 まあやっても良いぜ?今度やる時、最初っから最後まで、俺に台本見せてくれりゃな」

「え?」

 予想外の新一の言葉に園子は一瞬顔を引きつらせる。
それを認めて新一はため息をつくと、呆れたように続けた。

「蘭から聞いたぜ?『台本無視してた』ってな」

「や、やーね……何のこと?」

 そう言いながら、挙げた右手を上下させ、左手を頬に当てた。
しかし、不気味ににっこり笑って言う笑顔が、何かあると言っているようなものである。

「この期に及んでとぼける気か?」

「何よー。人の言葉に疑いもせず、鵜呑みにしたのそっちじゃない」

 不満そうに文句を言ってから、園子は蘭を手招きした。

「蘭?ちょっとちょっと?」

「何?」

「良いから、耳貸して」

「?」

 不思議そうに首を傾げてから、蘭は園子に耳を向ける。

「新一君にわざわざ言うの勿体無いから、蘭にだけね。何が残念なのか」

 そう言うと、園子はニヤッと新一の方を見てから、蘭にこっそり耳打ちする。
しばらくは、黙って聞いていた蘭だったが、園子の顔が崩れていくと同時に、蘭の顔が次第に赤く染まっていき、
園子の話が言い終わるか終わらない内に、蘭はたまりかねた様子で、園子の方を勢い良く振り返った。

「園子!何言い出すのよ!いきなり――」

「いきなりじゃなくて事実じゃない」

 ドギマギして言う蘭とは裏腹に、園子は平然と答えた。

「――そっ!それはだって……その……話の流れで、し、仕方な……」

「へぇ?じゃあ嫌なんだ」

「い、嫌って……」

 園子の問いかけに、そうだと答えかけた蘭だったが、途中で言いつぐむ。
そんな蘭の様子を見て、園子は企むような笑みを蘭に向ける。

「ホラ見なさいよ。はっきり嫌なんて言えないんでしょ?」

「だ、だからあれは……!」

 園子に詰め寄られ、蘭は次第に抵抗の言葉を無くしていき、返す言葉に戸惑うが、
発する言葉の大きさが小さくなっていくだけで、口元でごにょごにょ呟いている。

「そんなつもりじゃないんだから……」

「ホォー?どんなつもり?」

 ニヤニヤ笑いながら、顔を覗き込んでくる園子を蘭は睨んだ。

「――もーっ!園子!?」

「あはは。ゴメンゴメン、あまりにも蘭が良い反応するから――でも」

 いきり立つ蘭を手で静止させながら、園子はチラッと新一に目配せをする。

「新一君がやっても良いって言ってんだから、やったげたら?最後まで」

「い・や・で・す!!何で私が、そんなのわざわざやんなきゃなんないのよ?」

 先程までの名残なのか、それとも今も継続中なのかは知らないが、
未だに赤みを帯びた顔をプイッと横に動かした。

「あーあ。さっきまで、練習したのが水の泡だから、頼まれたらやってもいいって
 言ってたのに、続きやれなくって残念ねぇ、新一君」

 予想通りの蘭の反応に満足したのか、今度は白羽の矢が新一に立った。

「え?あ、いや。別に俺は自分からやりたいなんて一言……」

 何も考えず言った新一の言葉を聞いて、園子はグイッと新一のネクタイを引っ張った。

「やりたいんでしょ?」

 突きつけられた園子の顔と、声のトーンが落とされた口調に、新一は苦笑いする。

「脅すなよ……」

「どうなのよ?」

 半ば睨んで言う園子に、新一は面倒くさそうにため息をもらした。

「そうです、って言やーいいんだろ?」

 その言葉を聞くと、園子はネクタイを掴んでいた手を離すと、蘭の方を振り返る。

「ホラー、蘭。新一君もこう言ってることだしさ」

「……園子が言わせたんでしょ?」

 呆れたように言ってから、蘭は少し不満げに新一を見た。

「何だよ?」

 蘭の行動の意味が分からないで、新一は不服そうに言う。

「別に何でもないわよ……」

「それが何でもねーっつー態度かよ?」

 しかめっ面で言う新一に、蘭は小声で呟いた。

「園子が変なこと言うから、新一の本心が分かんないのよ」

 怒ったようでもなく、むしろ少し照れた感じで答えた蘭に、
新一は首を傾げてから、園子へと問いただす。

「おい、園子。オメー、一体何言ったんだよ?」

「知りたい?」

 ニヤニヤと笑いながら逆に訊いて来た園子に、新一は嫌な予感を抱く。
こういう場合の園子の口から、まともな言葉が出てこないのは百も承知だが、
蘭の態度が気になる新一としては、園子が蘭に何を吹き込んだのかは知りたいのも事実。
たとえ後に自分が後悔すると分かっていても、結局は園子の言葉に頷くしかないのである。

「だから訊いてんだろ?」

 半ば投げやりに吐き捨てるようにそう言うと、
園子は得たりと言ったように、口元へ怪しげな笑みを浮かべる。

「ホラ。“最後まで”って言ったじゃない?
 実際にあの劇やった時、どの辺りまでしたか憶えてる?」

「憶えてるっつったって……あの時オメーが俺に教えたのは――」

 記憶を遡っていた新一の思考がピタリと止まった。
直後、次第に顔を引きつらせたかと思うと、驚いた様子で園子を見る。

「園子、テメ……!」

「やーね、私はただ訊いただけじゃない。『最後まで演じたい?』って」

 楽しそうに笑う園子に、新一は小さく舌打ちして園子から目をそらした。
だがそれもそれで逆効果で、園子から目をそらしたことで偶然蘭と目が合ってしまう。
お互いに園子の意図することが分かっているので、慌ててそっぽを向いたのだが、
園子がそれを見逃すわけもなく、さらに追い討ちをかける言葉を放つ。

「そうだ、新一君。さっき蘭が新一君の本心が分からない、とか言ってたし、
 私が蘭に言ったことが分かった今なら、それが実際本心なのかどうか話してあげたら?」

「――バ、バーロ!んなこと言って何になるんだよ!?」

「蘭が知りたいって言ってるんだから、教えてあげても良いんじゃないの?」

「ちょっと園子!誰がそんなこと言ったのよ!?」

 新一の問いに返答した園子の言葉に、蘭が間髪入れず反応する。

「本心かどうか分からないってことは、知りたいんでしょ?本心かどうか」

「そ、そんなことないわよ!聞いたって仕方ないじゃない!」

「そりゃまあ、返ってくる言葉決まってるからねぇ。どうせ本心だって言うに決まってるし?」

 ニヤッと笑いながら、横目で新一を見る。

「誰が――!」

「へぇ?じゃあ、本心じゃないってわけ?」

 そう言われて、新一は言葉を飲み込んだ。
建前上、否定すればいいのだが、実際本心である以上否定もしづらく、はぐらかすしか術がない。

「どうだって良いだろ、んなこと」

「照れてるくせに、素直じゃないのよねぇ。二人とも」

「誰が照れてんだよ!」

「そうよ!別に照れてもいなきゃ、ひねてもいないわよ!」

「あー、はいはい。言い訳も二人して仲が良いんだから」

 両手を挙げて降参のポーズを取ると園子は呆れたように呟いた。
この反応についには二人ともが声をそろえて抗議する。

「――園子!!」



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