<<03.君の唇 * 新蘭お題リストへ * 05.黒衣の騎士とハート姫>>
「なぁ、蘭。待っといてくれるのは良いんだけど、校内で待っとけよ」
放課後のグラウンド。
私が校庭へ通じる階段へ腰掛けていると、先輩と何かを話したのち、
駆け足で私の元に来た新一が、そんな言葉をかける。
「どうしたのよ?行き成りそんなこと言って」
首を傾げて言った言葉に、新一は少し言いづらそうに頬をかいた。
「いや……この炎天下だろ?昨日も一人、部活中に熱中症で倒れたから……」
「ふーん。一応、私がそうならないか心配してるんだ」
「バ、バーロ!誰が!オメーが倒れたら、背負って帰るの大変なんだよ!」
そう言うと、新一はすねたように蘭から顔をそらす。
私はそれを見てクスクスと笑って、自分の幼馴染を眺めた。
「でも新一。もし熱中症になりそうだったら適当に移動するから。
それにホラ、ここ丁度日陰になってるから大丈夫じゃない?」
「そりゃーまあ……」
まだ何か不満が残っているのか、返事が煮えきらない。
新一はため息をつくと、軽く顔を上げて茂っている木を見上げた。
「――おーい、工藤!いつまで油売ってるつもりだ?そろそろ戻って来い!」
「あ、はい!すみません、今行きます」
グラウンドの中央で、部長が手を挙げて新一を呼ぶ。
「じゃあな、蘭。待っとくんなら、無理するなよ?」
そう言ってから、慌てて部員達の方へ走って行く新一を、
私は両手に顎をうずめながら目で追った。
「私の心配するくらいなら、ちゃーんと部活に精を出しなさいよ」
既に遠ざかった幼馴染の背中へ、憎まれ口のように呟いた一言。
わざわざ本人に言う気もないために、もう聞こえない相手へと呟いた。
その裏側で、実際は気にかけてくれたことを嬉しがっている自分もいる。
けれど、それがただ“幼馴染”から来る心配なのか、期待しても良い好意なのかは分からない。
「……でも別に今の私にはどっちでも構わないけど」
今の自分自身が、恋愛感情とかそういうのを新一に抱いているのかは、はっきりしていないから。
気付いたら、いつも隣にいるのが当たり前で、お互いそれが普通だと思ってる。
だからこそクラスの子――特に園子――にからかわれると、いつも決まって否定した。
それすらも、口を揃えて同じ事を言うものだから、軽くあしらわれるか、余計に茶化すかのどちらかだ。
「あれに関しては、園子も困り者よね……」
ため息をついて、私はいつの間にかゲームの始まっているグラウンドを見つめる。
一度シュートを決めた後の新一と目が合った際、手を挙げる新一に応えるように、私も手を振り返した。
「新一って昔からあんなのよね」
「……何がだよ?」
部活が終わっての帰り道。
懐かしみ半分、呆れ半分に言った私の言葉に、新一は不思議そうに返した。
「うん、なんて言うのかな。
こう……自分が好きなことや夢中になれることをしてる時の新一って、
表情が生き生きしてるっていうか、子供に戻ったみたいに、目が輝いてるっていうか……そんな感じ」
「まあ……サッカーにしても自分の好きなことだしな」
「でもサッカーやってる時は特別そうなんじゃない?」
訊ねられた言葉に新一は首を傾げる。
「その辺は知らねーけど、もしそうなんだとしても、俺自身はそれ無意識だろ?
――で?そんな表情してるのが悪ィのか?さっき、ガキみたいとか言ってたけど?」
不服そうに私の顔を覗き込んできた新一の顔に、私は思わず吹き出した。
「……何だよ?その反応」
「今の新一の行動のほうが、よっぽど子供みたい」
「悪かったな……」
不機嫌っぽくそう言うと、新一は無言で私の先を早足で進む。
「ちょっと新一!すねたりつむじまけたりしたら、余計に子供――きゃっ!」
行き成り顔にカバンを押し当てられて、私は思わず悲鳴を上げる。
目の前に押し付けられたカバンを片手で力強く払いのけた。
「何するのよ」
「子供、子供ってうるせーんだよ」
睨みながらそう言うと、そのまま無言で前を歩いて行く。
「ちょっと待ってよ、新一」
「オメーが俺のことガキ扱いしなきゃな」
「してないってば!」
からかっただけだと言っても通じない。
ここまでの反応を示すと思っていなかったのも事実とは言え、この状況は何とかしたい。
「――新一!炎天下の中、待ってあげてた人を放って先帰る気!?」
どうにか引き止めようと口をついた言葉に、思わず我に返った。
待っていたのは自分の意思であって、頼まれたわけではない。
逆効果かと思いつつも新一に目を向けると、バツが悪そうにこちらを見ていた。
「オメーなぁ……んなこと言われたら、進むに進めねーじゃねーか」
「当たり前でしょ、そのために言ったんだもの」
立ち止まってくれたことに内心ホッとしながら、私は小走りで新一に近付いて顔を覗き込む。
「ねぇ、新一。私は、ああいうの好きだからね」
「は?」
キョトンとした様子で私を見返した新一。
それに気づかないふりをして今度は逆に新一の先へ行く。
「分からないならそれでいいわよ」
「俺がよくねーんだよ!一体何が――」
「自分で考えてみなさいよ。探偵さん?」
褒めた理由が分からないのなら、それはそれで構わない。
今更改まって言うのも何だか少し気恥かしい。
中学生になり、高校生になり、お互い大人になりつつあっても、
好きなことに関しては一直線に向かっていくその無邪気な視線は、
いつになっても、いつまでたっても、私にとっては心地良いものなんだよ――。
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>>あとがき(ページ下部)へ
削ったり追加したり。序盤は割と原案のまま。
今読み返すと、果たして恋愛物なのか、ただの日常物なのか分からない作品。
当時はどうもほのぼの恋愛物なつもりで書いてたようですが、どうなのか。
新一が普通に部活をやっている、という設定からどうも本人は中2設定で書いていたもよう。
今回編集するにあたり、加筆修正後、あとがき読んで気が付いたので、
もう良いやと、最後の一文はどっちとも取れる表現に書き直しました。
……結局新一が部活辞めたのっていつなんだろうか。