蒼の瞳 〜新蘭で20のお題より〜


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「なぁ、蘭。待っといてくれるのは良いんだけど、校内で待っとけよ」

 放課後のグラウンド。
私が校庭へ通じる階段へ腰掛けていると、先輩と何かを話したのち、
駆け足で私の元に来た新一が、そんな言葉をかける。

「どうしたのよ?行き成りそんなこと言って」

 首を傾げて言った言葉に、新一は少し言いづらそうに頬をかいた。

「いや……この炎天下だろ?昨日も一人、部活中に熱中症で倒れたから……」

「ふーん。一応、私がそうならないか心配してるんだ」

「バ、バーロ!誰が!オメーが倒れたら、背負って帰るの大変なんだよ!」

 そう言うと、新一はすねたように蘭から顔をそらす。
私はそれを見てクスクスと笑って、自分の幼馴染を眺めた。

「でも新一。もし熱中症になりそうだったら適当に移動するから。
 それにホラ、ここ丁度日陰になってるから大丈夫じゃない?」

「そりゃーまあ……」

 まだ何か不満が残っているのか、返事が煮えきらない。
新一はため息をつくと、軽く顔を上げて茂っている木を見上げた。

「――おーい、工藤!いつまで油売ってるつもりだ?そろそろ戻って来い!」

「あ、はい!すみません、今行きます」

 グラウンドの中央で、部長が手を挙げて新一を呼ぶ。

「じゃあな、蘭。待っとくんなら、無理するなよ?」

 そう言ってから、慌てて部員達の方へ走って行く新一を、
私は両手に顎をうずめながら目で追った。

「私の心配するくらいなら、ちゃーんと部活に精を出しなさいよ」

 既に遠ざかった幼馴染の背中へ、憎まれ口のように呟いた一言。
わざわざ本人に言う気もないために、もう聞こえない相手へと呟いた。
その裏側で、実際は気にかけてくれたことを嬉しがっている自分もいる。
けれど、それがただ“幼馴染”から来る心配なのか、期待しても良い好意なのかは分からない。

「……でも別に今の私にはどっちでも構わないけど」

 今の自分自身が、恋愛感情とかそういうのを新一に抱いているのかは、はっきりしていないから。
気付いたら、いつも隣にいるのが当たり前で、お互いそれが普通だと思ってる。
だからこそクラスの子――特に園子――にからかわれると、いつも決まって否定した。
それすらも、口を揃えて同じ事を言うものだから、軽くあしらわれるか、余計に茶化すかのどちらかだ。

「あれに関しては、園子も困り者よね……」

 ため息をついて、私はいつの間にかゲームの始まっているグラウンドを見つめる。
一度シュートを決めた後の新一と目が合った際、手を挙げる新一に応えるように、私も手を振り返した。



「新一って昔からあんなのよね」

「……何がだよ?」

 部活が終わっての帰り道。
懐かしみ半分、呆れ半分に言った私の言葉に、新一は不思議そうに返した。

「うん、なんて言うのかな。
 こう……自分が好きなことや夢中になれることをしてる時の新一って、
 表情が生き生きしてるっていうか、子供に戻ったみたいに、目が輝いてるっていうか……そんな感じ」

「まあ……サッカーにしても自分の好きなことだしな」

「でもサッカーやってる時は特別そうなんじゃない?」

 訊ねられた言葉に新一は首を傾げる。

「その辺は知らねーけど、もしそうなんだとしても、俺自身はそれ無意識だろ?
 ――で?そんな表情してるのが悪ィのか?さっき、ガキみたいとか言ってたけど?」

 不服そうに私の顔を覗き込んできた新一の顔に、私は思わず吹き出した。

「……何だよ?その反応」

「今の新一の行動のほうが、よっぽど子供みたい」

「悪かったな……」

 不機嫌っぽくそう言うと、新一は無言で私の先を早足で進む。

「ちょっと新一!すねたりつむじまけたりしたら、余計に子供――きゃっ!」

 行き成り顔にカバンを押し当てられて、私は思わず悲鳴を上げる。
目の前に押し付けられたカバンを片手で力強く払いのけた。

「何するのよ」

「子供、子供ってうるせーんだよ」

 睨みながらそう言うと、そのまま無言で前を歩いて行く。

「ちょっと待ってよ、新一」

「オメーが俺のことガキ扱いしなきゃな」

「してないってば!」

 からかっただけだと言っても通じない。
ここまでの反応を示すと思っていなかったのも事実とは言え、この状況は何とかしたい。

「――新一!炎天下の中、待ってあげてた人を放って先帰る気!?」

 どうにか引き止めようと口をついた言葉に、思わず我に返った。
待っていたのは自分の意思であって、頼まれたわけではない。
逆効果かと思いつつも新一に目を向けると、バツが悪そうにこちらを見ていた。
「オメーなぁ……んなこと言われたら、進むに進めねーじゃねーか」

「当たり前でしょ、そのために言ったんだもの」

 立ち止まってくれたことに内心ホッとしながら、私は小走りで新一に近付いて顔を覗き込む。

「ねぇ、新一。私は、ああいうの好きだからね」

「は?」

 キョトンとした様子で私を見返した新一。
それに気づかないふりをして今度は逆に新一の先へ行く。

「分からないならそれでいいわよ」

「俺がよくねーんだよ!一体何が――」

「自分で考えてみなさいよ。探偵さん?」

 褒めた理由が分からないのなら、それはそれで構わない。
今更改まって言うのも何だか少し気恥かしい。

 中学生になり、高校生になり、お互い大人になりつつあっても、
好きなことに関しては一直線に向かっていくその無邪気な視線は、
いつになっても、いつまでたっても、私にとっては心地良いものなんだよ――。



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