休戦〔後編〕


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 快斗がどんどん出していくマジック。
それを解いていくのは良いのだが、コナンは呆れた様子で窓に目を向けた。

(……難易度の程度に期待した俺がバカだったよ)

 マジックの種明かしをさせる、という趣向はなかなかなものとしても、
解かせる相手が子供とあっては、そうそう難しいものも出せるはずがない。
あくまでも、キッドと対等に相手をしている際に、両者共の力が互角なのであり、
そこでどちらかが手加減してしまえば、途端に相手にしてみると張り合いがなくなる。

「――おい、コナン!ちゃんとオメーも参加しろよな!」

「そうですよー。問題始まってから毎回すぐに無関心になるじゃないですか!」

「無関心って……別にそういうわけじゃねーけどなぁ……」

 じっくり関心を示そうにも、もう少しひねってもらわないとやりようがない。
そんな思いを抱きつつ、まさかそうとも言えないので、毎回メンバーへヒントを与える。

「コインを持ってた手から、コインが消えて、予想外な場所から出てくるんだろ?
 その手のマジックなら、演じてる相手の手の動きに注意するのと、
 相手の良いように視線を操られないことがトリックを破る鍵。それさえ見抜けりゃ簡単だよ」

「――案外、そういうテクニックを知りつくした人間の先入観が
 時にアダにもなりかねなねーと思うけどな、ボウズ?」

 予告なしに背後からかけられた声に、コナンは反射的に後を振り返った。

「そうやってあえて大人に反抗してみるのも良いけど、たまには素な子供のままで、
 起こる出来事楽しんでた方が意外と有意義なんじゃねーのかな?」

(……分かっちまうもんはしゃーねーだろーが)

 初対面を装っての快斗の態度をくんで、知人という事を隠そうとした訳ではないが
知人だと教えた際にその説明をするのも面倒くさい。
せめても、と不満を声に出さない代わりに、視線で恨みを訴えた。

 それに気づかなかったのか、もしくは気づいているのに無視しているだけなのか。
先ほどと全く態度を変えないで、その場にしゃがみこんだ。
さも、自分の目線の高さを、そこにいる5人の子供の目線の高さに合わせるかのように。

「――で?最終問題のこれまで、唯一パーフェクト貫いてるグループだけど、
 どうだ?シメの問題も解けそうか?無理そうなら、簡単なヒントなら……」

「いえ!いりませんよ、ヒントなんて!」

「ヒント出されたら、自分の力だけ、じゃなくなるもん!」

「……あぁ、そう?」

 好意的な意味で出した提案を即座に拒否されて快斗は目を丸くする。
それを認めると、コナンは快斗に対して意味ありげに含み笑いした。

「事前調査が足りてねーんじゃねーか?」

「……そっちに感化受けたんじゃねーのかよ?」

「ふーん……。負け惜しみするなんて珍しいな」

 コナンは、快斗の方を向かず、探偵団たちの方を見たままでいる。
知り合いだと悟られないためには丁度良いものの、
言われた言葉に、快斗は不満そうに顔をしかめた。

「……後で覚えとけよ?」

「どっちがだよ?」



「――そうだ!ねぇ、快斗お兄さん。2時間目と3時間目もまだいるんでしょ?」

「ん?ああ、まあ。1日……っつーか、土曜じゃ半日分だけどな。
 今日は授業時間丸々ってことで、学校側から依頼貰ったからな」

「それじゃあ、2時間目と3時間目は何をするんですか?」

 そう訊かれて、快斗は楽しそうに笑みを浮かべた。

「2時間目は休憩。3時間目は総まとめってとこかな?」

「休憩と……総まとめ、ですか?」

 質問の答えになっているのか、いないのか、実に微妙な言い回しに、
その場にいる三人はお互いに不思議そうに顔を見合わせる。

「それ、答えになってるとは思えないけど?」

 顔を見合わせた三人の気持ちをまるで代弁するかのように、
今まで黙りこくっていた哀が、淡々と、それでいて確信をつく言葉を快斗へ投げる。

「いや、答えにはなってるよ、お嬢さん。
 ただその言い回しが、後に楽しみを取っておくタイプか、そうでないかの違いだけ。
 どうせ時間が来たら分かるんだから、何も今ここで明確に言わなくても良いだろう?」

 返された言葉に、哀は怪訝そうな表情を快斗へ送る。

「あなた見てると、その変にキザなところが、知り合いとかぶるわね……」

「は?」

「今時の男性が、小学生相手に『お嬢さん』なんて使わないわよ」

 そう言いながら、快斗と交互にコナンへと視線をめぐらす。
それに気付いたらしいコナンは、露骨に迷惑そうな表情を哀へと返した。

(……俺は女のことを『お嬢さん』なんて言うほど、キザじゃねーよ)



 最終問題に至っても、コナンの推理であっけなくマジックのタネを破り、
結果的に全問正解することとなった5人グループ。
それを見越していたのかは定かではないが、快斗は全問正解した景品として、
今までの1グループ1つという景品ではなく、1人1人に別な景品を渡して行く。

 特別講師として、このクラスへ招かれた時点で、自分が出題するマジックのタネを
全て解いてしまう者の1人に、コナンが入るというのは自然と分かるだろう。
それと同時に、コナンと組むメンバーが誰で何人いるのかも恐らくは。
そうすると、彼らそれぞれの好みを調べるのは造作もない。

 コナンを除く4人には、適度な大きさで重さの景品を渡すのだが、
快斗がコナンに渡したのは1枚の何も書いていない封筒ただ一つ。
さすがに、それを渡された本人も訳が分からないような表情で快斗を見上げた。

「家に帰ってから、とは言わねーけど、1人の時に見ろよ?」

 渡す際に小声で言われたその言葉で、余計にしかめ面で快斗を見るが、
普通の顔に戻っている快斗を認めると、諦めたようにそれをポケットへとしまった。



「すっげーっ!お菓子がいっぱいだぜ!」

 1時間目終了のチャイムが鳴り、快斗の言う休憩の2時間目は、場所を移して家庭科室。
入り口のドアを開けると、調理台に置かれたケーキやらクッキーやらのお菓子。

「今から、これ食うのかっ!?」

 目を光らせて訊く元太に、快斗は笑いながら中へと入った。

「まあ、あたらずといえども遠からず、ってところだな。
 俺は今からちょっと準備してくっから。あ、そうそう。テーブルは早いもの順だぞ」

 そう言って、教師用の調理台の方へ歩いて行き、調理器具の他に大きな布を出す。
その間、子供たちは我先にと好みの菓子が乗っている調理台へと走っていく。
自ずといつものメンバーは、選択権は元太に任せて、のんびりとテーブルへついた。

「よし、席についたな。それじゃ――」

 調理台の裏で作業していた快斗は、顔を上げて全員がテーブルに配置しているのを見て
先ほど取り出した大きな布を、各テーブルの積んである菓子の上へと乗せる。

「授業開始の景気づけにマジックを一つ。――ワン、ツー……」

 威勢の良い音を立てながら、指を鳴らすと、そのまま続けた。

「おーし。さっきかぶせた布を取ってみな。取ったら2時間目開始!」

 その言葉に、子供たちが布を取ると、どういうわけか。
今までそこにあった菓子になり代わり、いつの間にか調理器具へと変わっている。

「何処行ったんだよ!?」

「あー、それね。――俺の胃の中♪」

「げぇーっ!そりゃねーだろー……?」

 本気で残念がる元太に、コナンが呆れた様子で肘打ちした。

「バーロ。何処にあれだけの量に一気に食べれる人間がいるんだよ?トリックだろ?」

「じゃあ、どうやったんだよ?」

 逆に問われて、コナンはしばらく元太を見てから顔を背けた。

「……気になるんなら、本人に訊けよ」



 子供でも簡単に作れ、それでいて美味しいもの。
2時間目だけならまだ良いが、これが3時間目にそのまま引き継がれることを考えて、
悩んだ結果辿り着いたのがクレープ。ただ、入れる具材は指定せずに、
なるべく選択肢を多くしようと、学校側と色々交渉して20種程の果物を用意して、
教師用の調理台へとそれを置いて、一通りの説明をすると後は好き勝手にやらせる。
大体、全員の作業が仕上げ状態に入ったところで、快斗は腰を上げた。

(――良い具合に美味そうな匂いだな♪)

 特別講習の時間割に調理実習を加え、それが菓子作りなのは、単なる快斗の好みである。
そしてまた、完成間近に出来具合を見て廻るのも、同じ理由なのかもしれない。

「あ、ねぇ。快斗お兄さん!」

「ん?」

 コナン達のいるテーブルへ来た時、声をかけられると同時に、器が視界に入る。

「ご自分のは作られてないようだったので、僭越ながら作らせていただきました」

 その光彦の言葉で、若干名を除いてその場にいた人間は満足そうに笑みを浮かべた。
それを見て、快斗は柔らかく笑うと、出された器を手に取る。

「そうか。サンキューな。――こいつはありがたく貰っとくよ」

「なぁ、なぁ。これって、いつ食うんだ?もう食っても良いのか?」

「気持ちは分からなかねーけど、まあ待てよ。試食タイムは3時間目」

 そう言われて、活き活きしていた元太の眼に光が消えた。

「何も足が生えて逃げていくわけじゃねーんだから、この世の終わりみたいな顔するなよ」



 調理タイムが終わり、そのまま家庭科室で3時間目のチャイムを聞く。
チャイムが鳴る少し前に、2時間目の最初と同じように各テーブルへ布を置いた快斗。
3時間目開始の合図を、待ってましたと言わんばかりに、パンパンと両手を叩く。

「最初に言っとくが、2時間目が終わる間際、俺はただ単に布を置いただけで、
 それ以降は全く触っていないし、何かこの手で合図をしたわけでもないぞ?
 でも、どうもこのテーブルは次に何をするべきか分かってるみたいでな。
 今からの時間の準備は、もうその布の下に準備されている筈。確かめてくれねーか?」

 そう言われ、少し前とした時と同様、子供たちは恐々と、また興味津々に布を取る。
たださっきと違うのは、その時にこだまする声が喜びに近い叫びだったことだろう。
布を取った下にあったのは、何処へ行ってしまったのか、消え失せた菓子が戻っていた。

「――今からは、マジック・ショーへご招待。
 目の前に用意したお菓子でも摘みながら、魔術の世界をとくとご覧あれ♪」

 そう言って、室内の照明を少し落としてから、慣れたように自分の手を自由に操る。
たまには、参加型のマジックをして見せたり、見ているだけのマジックをしてみたり。

 新しいものが次々と出て来る度に、上がる子供たちの歓声。
その反応を時に楽しみながら、快斗は子供たちを飽きさせないように、と
あえてパターンの同じマジックはしないで、珍しいものを繰り広げて行った。

「……あれが、その実なんだろうな」

「え?」

 独り言なのか、はたまた投げかけられた言葉なのか。
不意に出たコナンの言葉に、哀が不思議そうにコナンを見る。
それに気付いたコナンは、複雑そうな顔で軽く笑った。

「あぁ、いや。ただ、少し調子が狂うよな、と思ってよ」

「調子が狂うって、やってることが普段と違うから?」

「まあ……広い意味で言うんなら、そうなるかもな」

 実際のところ、通常探偵と怪盗として対峙することが殆どなせいで、
その怪盗の純粋なマジックを見るのは、正直言ってないに等しい。
しかし、それ以上に、気が張っていない相手方を見たことは記憶の上では、ない。

 あそこまで陽気で、心底楽しそうな態度を見ていると、あれが素なのか、とも思う。
だが……ある意味気味が悪い。そうマジックを見てしまうと癪以上の何者でない。
仮にも宿敵であろうその人物の前で、のうのうとしている相手の態度にしても、
何処かで時々、それらを楽しんでいる自分がいることも――

「やっぱりいけ好かねーな……」

 間を置かれて呟かれた言葉に、哀はまた首を傾げたが、
それにはコナンは気付かなかったらしく、少し恨みのこもった視線を快斗へと向けた。



 その日の帰り。快斗を待っておこう、という探偵団の提案は無視して、
コナンは1人帰路へとついた。散々文句は言われたが、本人に直接感想を訊かれた場合
答えように困るという理由もあったが、一番の理由は別にあった。

 1時間目のメインであった、マジックのトリック当て。
あれに全問正解したからと、それぞれが快斗から渡された景品。
何らかのモノであった4人とは違い、ただの1枚の白い封筒。

 ポケットからしまっていたのを取り出すと、歩きながらそのまま手で封を切る。
中から出てきたのは、小さめの、それでいてしっかりした紙切れが1枚。
書かれていた文章を見るより先に、右下に描かれたイラストを認めた。

(――やりやがったな、あの野郎)

 そう思うと同時に、無意識に舌打ちをする。
描かれたイラストは、また見慣れたイラストでもある。
追う側をあざ笑うかのように、にんまり笑っているキッドマーク。

 多少調べれば、依頼されたクラスにコナンが在籍していることくらい、直ぐに分かる。
そしてまた、実際は高校生の人間に、小学生レベルのマジック当てをさせて、
それが解けないわけがないことも、また必然的に分かるだろう。

 わざわざそこまで考えて、景品を用意している快斗の行動に正直舌を巻いたが、
結果を見せられる前に、それを見抜けなかった自分が情けない。
そのまま、手にある予告状を握りつぶそうとしたのを思い留めて、内容へ目を通す。

 ――見慣れている、気の張った怪盗へ、
良くも悪くも今回の感想を吐く機会を探し出そうとして……



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