ドリーム小説

蒼紅華楽 四





蔭るは風の如し黒・・・
散るは華の如し緋・・・・・・・







目を覚ました日番谷の目の前にまず映ったのは副官である松本の呆けた顔だった。
暫しの沈黙の後、日番谷はその松本の頭をすかさず思いっきり叩いた。
当然松本は頭を押さえて日番谷に抗議の行動をとった。
「いった〜〜!何するんですか?!隊長」
「お前が人の顔覗きこんでるのが悪いんだろうが!」
「だって隊長が居眠りしてるなんて、珍しいしそれに・・・」
「それに・・・何だ?」
「・・・すっごく幸せそうな顔してましたから」
松本にそう告げられて日番谷は自分のことであるはずなのに驚いて目を丸くした。
もっとも寝ている間の自分がどんな風かなど、本人に解るはずがない。
しかしそれは別としても日番谷はかなり驚いている様子だった。
「相当良い夢でも見てらしたんですか?だから起こそうか迷ったんですけど」
「・・・・・・・・」
さらに松本にそう指摘されて日番谷は黙って考え込んでしまう。
そして夢を思い返して辿り着いた結論は、確かに良い夢だったというものだった。
おそらく日番谷の今までの中でもっとも幸福だったあの瞬間を夢に見たのだ。
「(もう随分みてなかったんだけどな・・・)」
あれはもう数十年前の、日番谷が真央霊術院に入るよりも前のことになる。
それほど前のことであったため最近は夢にさえ見ることがなくなっていたのだ。
「・・・で、お前俺に何かよがあったんじゃないのか?」
「あ、そうでした。上から任務が着てますよ。隊長直々に行くようにって」
「・・・・・・・それを早く言え」
松本がまたべしっと叩かれたのは言うまでもない。







日番谷冬獅朗は数日ぶりの衝撃を確かに受けていた。
任務に赴くため歩いていた廊下の途中で彼はそれを発見した。
目の前には確かに数日前に見たのと同じ情景があったのだ。
「・・・なんでこいつはまた廊下のど真ん中で寝てるんだよ」
そこには確かに数日前と同じで、零番隊隊長であるが廊下の真ん中で誰に遠慮するでもなく寝ていたのだ。
暫く飽きれたような眼差しをに送りながら、日番谷は先日からの教訓により、くるりと身体を反転させて別ルートを辿ろうと身を翻した。
掠れた声が聞こえてきたのはその時だった。
「・・・な・・・で・・・」
「あっ・・・?」
「い、かないで・・・ね・・・にぃ」
どんな夢を見ているのかは知らないが、余程の夢を見ているのだろう。
日番谷の目に映ったのは、あの総隊長にけんかを売り厚顔不遜な態度を見せた相手ととても同一人物とは思えない、夢にうなされて涙を零しながら身体を丸くしているの姿だった。
暫く呆然とその様子を眺めた後、思わず日番谷は彼女の傍に足を進め、気づいた時には彼女の領域に入っていた。
当然踏み込んだ瞬間、襲ってきたのは彼女が振った刃。
ただ前回と違うのは、瞬時に我に返った日番谷がそれを想定していたこと。
日番谷はの刀を止める姿勢を見せていた。
しかし日番谷がの刀を止めるまでもなく、その動作が意味を成す寸前には自分の刀を振るのを瞬時に止めていた。
「・・・なんだ。またお前か」
「また言うのはそれだけか」
無意識とはいえ心配してやったにも関わらず相変わらずのこの反応に日番谷の顔は当然引き攣っていた。
そしてが黙って刀を納めた瞬間、日番谷は言いたかった事をいっきに言い始めた。
「だいたい、またこんな所で寝るな。前に一応反省したんじゃないのか?それに近づいた奴をいきなり刀で斬りるけようとするな。・・・お前の事情は聞いたけど」
「・・・そうか、時雨あたりだな」
日番谷が瞬時に誰から聞いたのかを察したは、余計な事をしゃべったであろう己の副官に、「後で説教が必要だな」などと思っていた。
「そっちは今はいいだろう。・・・だいたい初対面の相手に斬りかかるな。初対面でなければ斬りかかってもいいってわけじゃないが・・・・・・って」
ふとそこで日番谷は自分の発言に違和感を覚えた。
「・・・・・初対面?」
なぜだか彼はその自分の言葉に引っ掛かりを覚えた。
は何も言わずただじっと日番谷の様子を伺っている。
「・・・あれが、初対面・・・だよな?」
確かにを見たのはあれが初めてであるはずなのに、何故か心の底から初めてではないという感じがする。
そしてそのまま日番谷がその事で悩んでいると、がゆっくりと口を開いた。
「・・・ところで、任務にでも行く途中だったのではないか?」
「はっ・・・?」
「お前達十三隊の上位席官は私達零番と違って常時帯刀は禁止なのだろう?なのに、お前が今帯刀しているということは・・・任務の途中ではないのか?」
のその言葉に日番谷ははっとして自分が何故ここを通りかかったのか思い出した。
そして抱えている悩みは一度置いておくことにした。
「・・・そうだ。じゃあな」
「ああ・・・がんばっ」
が気まぐれに激励の言葉でも送ってやろうとした時、尸魂界の西の空が割れた。
それとほぼ同時にそこに強い光と、そして瀞霊廷内には警報令が慌しく響いていた。



『西方郛外区に歪面反応!三号から八号域に警戒令!繰り返す!』



「な、なんだ?!」
突然の事態にさすがの日番谷も驚いて西の空を見上げていた。
しかし隣にいるはずのにはなんの反応もないことに気づき、日番谷は彼女のほうを慌てて見た。
そしてのその姿を見て日番谷は驚いた。
そこには先ほどとはまた違った意味で見たことのない、目を大きく見開いてまるで正気を失ったかのように呆然として立ち尽くしているがいた。
「おいっ」
「・・・姉ぇ」
さすがに心配になって日番谷は声をかけたが、その声がまったく届いていない様子のは突然ぽつりと呟いた。
それに対して日番谷は怪訝な表情をする。
「この霊圧は・・・夜姉・・・・・」
「なんだって・・・?」
がの呟いている意味がまったく理解できない日番谷は彼女に問いかけるが返事はまったく返ってこない。
やがて何かに弾かれたようには切羽詰ったような表情をし、その場から見事としか言いようのない瞬歩で颯爽と消え去っていた。
取り残された日番谷はその展開についていけず呆然としていたが、やがて冷静になってこれから自分がどうするべきかを考える。
そして彼が選んだのは結局、最初に与えられた任務に赴くという回答だった。











日番谷と別れて瀞霊廷を瞬歩で飛び回っている最中、は己の足の遅さを呪っていた。
実際にの足が遅いというわけではない。
は斬鬼走拳を完全に体得し、瞬歩に至っても尸魂界でも並ぶ者はそうそういはしない。
本人曰く、「師が良い」らしい。
その彼女が自分の足が遅いと感じているのは、彼女が殊の外焦っているからに他ならない。
早くその霊圧の存在する場所に辿り着きたいという思いが彼女に錯覚を起こしているのだ。
実際にはむしろいつもよりもかなり早い。
そしてようやく到着も目前となった時、の視界にその目的地の現況が映った。
「・・・あれは!」
そこには三番隊隊長の市丸と、見知らぬ死神の少年・一護が対峙している姿があった。
そしてさらにその奥、は感じていたその懐かしい霊圧を放つ存在を見つけた。
「夜姉ぇ・・・」
例え姿は全く違っていても、には確かにそうだと解った。
その存在を確認しての表情が少し緩くなった。
しかし、それも次に聞こえてきた会話のせいで束の間だった。
「ほんなら尚更・・・ここ通すわけにはいかんなあ」
「何する気だよそんな離れて?その脇差でも投げるのか?」
「脇差やない。これがボクの斬魄刀や」
その会話には嫌な予感を感じていた。
そしてその予感は的中することとなる。
「射殺せ。『神鎗』」
「市丸―――――!!」
あろう事か斬魄刀を解放した市丸に、は叫びながら刀を抜き一瞬で間を詰めて市丸の喉元に突きつける。
そしてそのまま市丸の喉元に刀を突きつけたまま、すぐに降りた門の外の霊圧を確認し、無事であることを知るとほっと息をついた。
「・・・ちゃん慌ててどないしんたん?おまけにそないな怖い顔して」
「・・・・・・・・・・・」
「というか、刀引いてくれへん?」
市丸がそう頼んだがは聞く耳を持たず、なおも刀を突きつけたまま市丸を睨み上げている。
「・・・貴様、ここで何をしている?」
「何って・・・旅禍が着た言うから様子見にきたんやけど」
「ほう・・・・・十三隊の隊長は旅禍に構うほど暇なのか?」
「・・・それ言うたら、ちゃんもやない」
「生憎だな。うちの隊はその性質柄、ほとんど暇だ。問題はない」
それで問題ないと言えるのもどうかと市丸は思った。
しかしそんなことよりも、今はに刀を突きつけられているこの状況をどうにかしたい。
他の者なら別段気にするまでもないが、剣先にこめられた彼女の殺気は並ではない。
事と次第によっては、本気で彼女は自分を殺しかねないと本能で感じていた。
「なんや・・・あの中に知り合いでもおったん?」
市丸のその一言にはぴくりと反応した。
その反応から市丸はどうやら図星だろうと瞬時に悟った。
そして市丸のその言葉から暫し無言で考え込んでいたは、ただ黙ってようやく市丸から刀を引いた。
「・・・今回は見逃してやろう。だが、次はないと思え」
そう言って消えたの表情はまさに鬼の形相と呼ぶに相応しかった。
そして後に残された市丸がぽつりと呟いた。
「・・・・・ほんま、ますます興味でてきたわ」
その言葉を聞くものは誰1人としていなかった。









白道門でのことが未だ頭から離れず、厳しい表情をしながら急ぎ隊舎に戻ろうとしていたはふと足を止めた。
「これは・・・」
それを感じ取ったは先ほどまでいた白道門とは逆の方向、尸魂界の東に位置する方向に目を向ける。
そして暫くそちらの方向を見た後、は大きな溜息をついた。
「・・・世話のやける」
先程の事で早く隊舎に戻りたいところだったがさすがに見逃すことはできないと判断し、ただ一言呟くとの姿は瞬時にその場から消えうせていた。











尸魂界に虚が出現することなど稀である。
しかし必ずしも出現しないというわけではない。
そしてそういった虚は大抵強力なものが多いのが通例となっている。
日番谷が今回任務で相手をすることになった虚もそういう存在だった。
今回の任務を請け負うときにそのことも十分解っていたはずだった。
しかし予想不可能だったのこの虚の能力。
相手の霊力を喰わずとも無尽蔵に奪い取り、さらにその霊力を倍にして攻撃してくる。
霊体である死神にとっては反則に近い能力だった。
しかも霊力を使おうとする矢先に奪いとられるため、鬼道も使えないうえ、斬魄刀も解放不可能になっていた。
「こいつ・・・」
さすがの日番谷もその能力に苦戦し、かなりの大怪我を負わされていた。
「(くそっ・・・血を流しすぎた。目が霞む・・・・・・)」
ふらっと体制を崩した日番谷の身体が気に寄りかかる。
『止めだ・・・小僧・・・・・』
その隙を逃さず虚は止めをさそうと襲い掛かってきた虚の攻撃を避けようと日番谷は身体を無理やり動かそうとする。
しかし思ったとおりに動かず、攻撃が直撃しそうになった直前日番谷の頭にある光景がよぎった。
それは今朝も夢に見た数十年前の出来事・・・
まだ死神でもその候補生でもなかった頃、日番谷が虚に襲われたときの事。
そしてその時現れた存在。


蔭るは風の如し黒・・・
散るは華の如し緋・・・・・・・
そして映ったその姿はまるで・・・・・


『ぎゃーーーーー!!』
虚の苦悶の悲鳴によって幻想から現実に日番谷が引き戻されると、目の前には悲鳴を上げて後ろに大きく退く虚と、その虚と日番谷の間に割って入る形のの姿があった。
その光景が日番谷には幻想と重なって見えた。
『こ、小娘が・・・!』
「五月蝿い、黙れ、私の気分を害すな」
そう言っていつも通りの調子で虚に対すると、は目線を日番谷に向けた。
「とりあえずは大丈夫のようだな」
「お前・・・」
「おかしな波動の虚に、妙に弱々しいお前の霊圧を感じてきてみれば、やはりこういうことか・・・」
はあと溜息をつかれることが何故か日番谷にはむしょうに悔しかった。
しかし今はそれをどうこう言っている場合ではない。
「おいっ、そいつの能力は・・・」
「関係ない」
日番谷が忠告しようとした矢先、すぐさまがそれを必要としないとでもいうようにきって捨てた。
その言葉に少し呆然としていた日番谷だったが、すぐさま言い直そうとしたときだった。
『・・・・・何故だ』
虚の動揺した声が響いた。
「・・・・・」
『何故・・・貴様の霊力を奪い取れない』
虚から出たその一言に日番谷は驚き、は何も答えず虚を睨んでいた。
『何故・・・』
「お前の問いに答える気はない。消えろ」
ただそれだけ言うとは斬魄刀を抜き、解放もせずにただ虚の頭をすさまじい速さで斬り捨てた。
自分があれほど苦労させられた虚があっけなく倒されるそのさまを、日番谷はただ霞む瞳で呆然と見つめていた。
『うぎゃああぁああぁ!!』
「・・・まだだ。貴様はそのまま浄化できると思うな」
虚の悲鳴に交じる形では冷たくそう告げると、何やら印を結んで呪を唱え始める。
「根之堅洲の底の果て黄泉奈落の門よ 血潮の契約により我が前にその重き扉を開け」
のそれが終わった瞬間に現れたそれは、日番谷も何度か目にしたことのある地獄の門だった。
しかしそのあり得ないはずの出現に日番谷は目を大きくする。
「私は他の死神と違ってな。個人的な契約により、私の意志で地獄の門を出現、開門させ、強制的に虚を地獄送りにできるのだ」
「なっ・・・!」
「・・・さて、時間だ。・・・・・・地獄に堕ちろ」
死刑宣告という言葉がこの場合に当てはまるのか解らないが、はまさにそれに等しい言葉を虚に告げた。
それと同時に虚は段々と大きくなる恐怖の悲鳴を上げながら地獄の門に引きずり込まれ、その姿は門が閉じると同時に完全に見えなくなっていた。
門も役目を果たしたかというようにすぐに消え去った。



ただその信じられない光景に日番谷が呆然としていると、は彼の傍によるとひょいっと顔を覗き込む。
「・・・大丈夫か?」
「えっ・・・・・」
に声をかけられてようやく気づいた日番谷がの顔を見て、頭に巡ったのはやはりあの光景。


蔭るは風の如し黒・・・
散るは華の如し緋・・・・・・・
そして映ったその姿はまるで・・・・・


「とりあえず、すぐに治療してやるからな」
そう言っては手にした斬魄刀を構えなおした。
「血色の如く狂い咲け 『天桜』」
が解放の言葉を唱えると、彼女の斬魄刀の刀身が薄い緋色の布で包まれる。
その布をがすぐに取り払い、現れた刀身の色は・・・
赤い、紅い・・・
赤よりも、紅よりも、血の色に近い緋色・・・・・
その色に、そして日番谷は確かにこの光景に見覚えがあった。
「お前・・・あの時の・・・」
日番谷が言いかけた時、は『天桜』に巻かれていた布を日番谷にふわりと頭からかぶせた。
「なんだ・・・今頃思い出しのか」
そんな言葉を呟きながら・・・・・・









あとがき

本当はもう少し続くはずだったんですけど、思いのほか長くなったので;
中途半端にきってごめんなさいませ;
そして気づいていた方もおられたと思いますが、主人公の義姉は夜一さんでした。
ということは、義兄のほうも想像は付くと思われます;
はい、あの方です。
そして今回主人公の特殊能力と日番谷くんとの関係がちらっと出てきました。
日番谷くんとの関係については次回、主人公の特殊能力の説明はまたおいおい・・・;





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