Lost
Mise 〜失われし約束〜
五章
瞳を開けるとまず飛び込んできたのは、この屋敷に帰ってきた時と同じように天井だった。
ただし今度は前と違い、天井は木で作られているようだった。
しばらくぼーっとして思考を定めようとしていると、いきなり横から声がかけられた。
「目がさめたようだな」
「・・・・・ジル?」
良く見てみると、自分の寝ているすぐ隣に医師のジルが座っていた。
そして、ようやく思考が回復した途端に出て行こうとしたところを腕を捕まれて止められる。
「・・・放せ」
「だめだ。寝ていろ」
そう言われておとなしく寝る気など少しもなかった。
早く行かなければ取り返しのつかない事になると、理由はわからないが直感的に悟っていた。
どこに行けば良いのか自分でも検討がついていないのに。
「おや?気がついたみたいだね」
突然開かれた部屋の扉の先にいる人物がこちらを見てにっこりと微笑む。
それとは対照的にジルの手を乱暴にふりほどくとその人物を睨みつけた。
「・・・それ以外に言う事があるのではないか?ベリル・・・それとも昔のようにちちうえと呼ぼうか?」
プラチナのその一言にベリルはきょとんとし、ジルは数秒の間の後に溜息をついてベリルを見た。
暫くするとベリルは少し自嘲的に笑いプラチナに話し掛けた。
「なんだ。思い出したのか」
「おかげ様でな・・・」
「そう、睨まないでおくれよ・・・」
「・・・睨みたくもなるだろ。なんで俺を・・・・・」
「アレクから引き離して、都会に行かせたかって?」
くすくすと面白そうに笑うベリルを見て、色々な意味で不快感に襲われたプラチナいっそう彼を睨みつける。
「解った、解ったから・・・そんな恐い顔しないでくれ」
「まじめに話せ」
「はい、はい。・・・率直に言うとね、アレクはある存在に精神を侵食されているんだ」
その第一声はベリルにとってはかなり慎重に選んだ言葉であり、プラチナにとってはショック以外の何者でもなかった。
「侵食・・・?」
「記憶を取り戻したのなら・・・君は5歳の時、神社の裏の滝付近が崖崩れを起こした事は覚えているね?」
「覚えているもなにも・・・」
記憶が思い出した今だから解る。
あれが原因で自分は記憶喪失になった・・・
おそらくアレクも・・・・・
崩れてくるものと共に自分立ちめがけて落ちてくるものは真っ白な雪・・・
そしてその直後にあの真紅が・・・
「っ・・・・・・」
「あまり鮮明に思い出さない方が良いよ」
忠告してくるベリルの冷静な眼差しが何故か憎く思われた。
全ての責任は自分にあるはずなのに・・・
「あの滝の裏・・・そう崖崩れを起こした場所には洞窟が隠されていてね」
「・・・洞窟?」
「このパストゥール家の本物の祭壇がある地下への入り口だよ」
どこか悲しげな表情でベリルはその祭壇の事を語った。
神社に存在する祭壇はあくまで表向きの仮のものであり、本体は滝の裏の入り口を下っていったその祭壇のほうらしい。
「その祭壇にはあるモノが封じられている・・・アレクはそれに精神を侵食されている」
「・・・たすける方法は?」
「完全に侵食されているわけじゃない。あの子は本家の血筋だし、抵抗力が多少はあるから・・・サフィルスは駄目だったけど」
「サフィルス?」
神社の裏の滝にとは違う道筋にある野原での事がふとプラチナの頭をよぎり、何故か背筋がぞくりとした。
「あの崖崩れの時、サフィルスが君達2人を捜しに行ってアレクと一緒に精神支配の直撃を受けたんだ。君は何とか免れたようだけど」
「だが、昨日までのサフィルスは・・・」
「普通だと言いたいんだろ?残念だけどあれは精神を侵食したモノの命令でしてた演技だよ」
「気がついていたのは俺たちと・・・ジェイドくらいだ」
「ジェイドが?」
今まで黙っていたジルの意外な発言にプラチナはまともに驚いて見せた。
「ジェイドも薄々おかしいと思ってたみたいだよ?」
「あいつが・・・か?」
「意外に昔から鋭いからね・・・特にサフィルスのことは」
はあと何故か疲れたような溜息を出すベリルの心情と読み取れないプラチナはただ小首を傾げるだけだった。
「とにかく、この屋敷で今侵食されいてないのは、僕達3人とジェイドと濃い血筋の分家のルビイ、カロールの2人に亜種族のプラム、それと・・・」
ベリルが名前を告げようとした途端、がらりと扉が開かれ、この場にそぐわない明るい声が部屋の中に響いた。
「お〜い、ベリル。見つけてきたぜ」
扉を開けて入ってきた張本人であるロードは、持っていた袋を逆さにしてその中に入っているものをすべて一度の前に突き出した。
それは薬のようなものに見えた。
「ご苦労様、ロード」
「台所の棚の奥に隠し扉があってよ、その中に入ってたぜ」
「なる程・・・あえて自分の部屋には隠してなかったのか?」
「結構盲点だよな」
「・・・おい」
自分の解らないところでどんどん話が進んでいっている事に不愉快になって来たプラチナは機嫌が悪そうに声をかけた。
「ようプラチナ。無事でよかったな」
「・・・お前、何者だ?」
いい加減堪忍袋の尾が切れそうだと意思表示しているプラチナの姿に、ロードはベリルのほうと見て「まだ説明していなかったのか?」という思念を送る。
それを上手く読み取ったベリルは先程の話の続きも兼ねてプラチナにロードの事を説明し始める。
「プラチナ、さっき言っていた侵食されていない最後の1人がロード。ロードの母親は分家の分家の出身なんだよ」
「・・・まさかと思うが、俺と同じ大学、学科に入ったのは?」
「ぜ〜〜んぶ、こいつの指示」
ロードは答えとばかりにぴっとベリルを指差す。
「ジェイドにも秘密でお前を守れとよ。ちなみに俺が濃い血筋じゃないのに無事なのはこいつに魔法でガードしてもらってるからだ」
頼まれた時の状況を思い出しているようで、ロードは少し遠い目をして、はあと溜息をついた。
「ちなみに13年前のあの時から、僕が動き易いようにこの屋敷の全員の記憶を書き換えてるんだ。ジルは僕の眷属だから例外だけど」
「当主の従兄弟という事になっていたのはそういうことか・・・」
「そういうこと」
「で、本題の俺を都会にやった訳は?それと・・この薬はなんだ?」
先程ロードの持って来た薬に何か嫌な予感を感じながらそれを見下ろす。
しかしベリルはその嫌な予感を肯定させるような言葉を平然と完結に述べた。
「媚薬」
その言葉に一瞬辺りの空気が沈黙したような気がしたのはプラチナだけであった。
なおもベリルはその言葉に呆然としているプラチナに平然と言葉を続ける。
「君とアレク食事にサフィルスが盛っていたんだよ。アレクには儀式の時に飲んでたお神酒にもね」
そういえば一度アレクの部屋を除いた時に儀式がどうとか言っていたのを思い出したが、今はそんなことよりもプラチナには聞きたい事があった。
「どうしてそれを知っていて止めなかった!!」
「だって止めたら僕の正体ばれるし、それにどうせいつかはああなるんだし・・・」
「・・・貴様」
ベリルの無責任とも面白がっているともとれる発言にかなり不機嫌頂点に達したらしいプラチナがめったに使用しない魔法のスペル詠唱の状態に入る。
しかしそれに慌てているのはロードだけで、ジルも当事者のベリルもいたって平然としている。
「まさかプラチナ・・・他の事は思い出しても、あの『約束』は思い出していないとは言わないよね?」
余裕のその言葉にぴたりとプラチナのスペル詠唱が止まった。
それに安堵したのもやはりロード1人だけだった。
プラチナはまるで悔しさを表すかのようにぎゅっと手を握り締めていた。
「思い・・・出していないはずがない」
「だったら良いじゃない」
まだ少し納得がいかないが、これ以上何か言っても似たようなネタで交わされるだけだと推測してプラチナは黙る事にした。
「君を都会にやった件だけど・・君とアレクはいつも四六時中一緒にいるから、あのままここにおいて置くとアレクから感応して君まで侵食されると思ったから」
「でもどうしてこいつの方なんだ?次期当主なんだろ?」
ここまで黙っていたロードからもっともな質問が出てそれにもきっちりベリルは答えた。
「アレクが侵食されている以上、手許で見ていたほうが何かと良いだろ?」
その発言になるほどと一応ロードは納得して見せた。
「とりあえず、これで今までの一通りの事情話したよ」
「まだ話してないことあるだろ?」
今まで多少の余裕すら感じられていたベリルがプラチナのその一言で動揺を表した。
「祭壇に封じられているモノの正体を・・・知っているな」
「誰に似て・・・そんなに鋭いんだろうね」
「さあな・・・」
「今は・・話せない事だから」
そう言って入り口であり、出口でもある部屋の扉を指差した。
早く行けという意思表示である。
「さっき話した祭壇にアレクは居る・・・というか、捕らえられているはずだ」
「捕らえられている」という単語にプラチナは衝撃を受け、急いでその場を立ち扉の所まで行くとそのままででては行かず、一度こちらを振り返る。
「帰ってきたら思いっきり文句を言わせろ。父上」
「ベリルままで良いよ」
ベリルがひらひらと手を振るのをあいずにプラチナは一目散にその場から立ち去っていった。
「大丈夫でしょうか?」
「さあ・・・でもあの子達なら・・あの方もどうにかできるかもしれない」
プラチナを見送った後、ロードを部屋からさらせた2人は悲痛な面持ちで話を進めていた。
「さて・・僕たちも行くかな」
立ち上がり、見た窓の外には例の中庭の椿が季節はずれの花を咲かせ続けていた。
「大丈夫・・・だよね?」
泣きそうな表情で尋ねるベリルの問いを肯定するように、椿はざあと風に揺られて返事を返したかのようだった。
あとがき
え〜と・・・なんと言いましょうか・・・
とんでもない事になったというか、今回なんだよ?と本人も思っていますが・・・
説明ばかりで嫌になりますね・・・・・(しかも全てではないし・・・)
書いてる本人もかなり嫌でした・・・辛かったです・・・
アレクが序章(後)に続いて出ていませんし・・・(次は出ますけど)←あたりまえ
とりあえず次で黒幕(?)出てきます。
やはりあの方が黒幕(?)です(←ほぼ99.9%くらい答えだな・・・)