Lost Mise 〜失われし約束〜
六章




滝の裏側にある洞穴から続く階段を下りたところにある地下祭壇。
それがあるのは少し広めの場所で、外界の光のないこの場所を数十本の蝋燭の灯りで何とか薄暗い光を得ている。
風も吹く事のないあまりにも静かなその場所は、まるで黄泉の国への入り口のような場所に思えた。
そして、何かの力で半壊した祭壇の前に2つの影、祭壇とは反対の岩壁にもたれるようにしている影が1つ。
岩壁にもたれうめき声を上げる影の主を祭壇側にいる片方の影の主が楽しそうに金の瞳を細めて上機嫌に見ていた。
「どうしたの?まさかもう終わりじゃないよね?」
「・・・き・・さま」
掠れた声で強がるその様子を金の瞳はやはり楽しそうに笑い続ける。
その横に居るもう1つの影の主の瞳にはなにも映ってはおらず、先程から何が起きても眉1つ動かさない様子だった。
今から約10分前・・・・・


初めてきた時には気がつかなかったが確かにそれはあった。
もしかするとこれに気がつかなかった事すらこれから行く場所に居る封印されていたあるモノの仕業かもしれない。
そう思いながらもプラチナは滝の裏にある洞穴の中に入った。
中に入ると地下に下りるための階段があり、それは人為的に作られたのが簡単にわかるほどきちんとした作りのもので、階段の両端には蝋燭が設置されていた。
その蝋燭がよりいっそう地下への不気味さを演出していた。
長い階段を下りきってようやく辿り着いた地下祭壇のある場所で、プラチナはすぐに目的の人物を見つけた。
「姉上!」
祭壇の前に座っているアレクは普段着ではなく巫女服に身を包んでいた。
瞳も完全に虚ろで、プラチナの声どころか周りの何にも反応していない状態に思えた。
抑制が効かないというようにアレクの方にプラチナは駆け出した。
しかし次の瞬間プラチナの身体は宙に浮き、乱暴な着地で地を転がっていた。
「悪いけど許可なく触れないでくれ」
痛みをこらえて体勢を立て直したプラチナを嘲るような声が祭壇の方、アレクの居る場所から聞こえてきた。
そして、現れたのは暗闇の中に溶けそうな紫の髪に金の瞳、そしてその顔は・・・
「あね・・うえ・・?」
髪の色と瞳の色以外なら完全にアレクと同じ顔立ちのその人物にプラチナは驚いたように目を見開く。
しかし次の瞬間闇に溶け込んでいたそれに気がついてプラチナはまた別の意味で驚きを露わにした。
「・・・有・・翼種・・・?!」
闇に溶け込んでいたのは6枚の翼、翼は亜種族の1つ有翼種の証。
「そう・・・僕は有翼種の最後の1人であり、このパストゥール家の始祖の血縁にあたる者、セレスだよ」
プラチナのリアクションに満足そうにセレスは笑みを返した。
「ご苦労だったね、プラチナ=パストゥール。君のおかげで僕も早々に新しい身体を手に入れられそうだよ」
「・・・どういうことだ?」
人を食ったようなその言い方と表情も気に入らないが、根本的なところから解らないというようにプラチナは聞き返した。
「おや?ベリルから聞いていないのかい?アレクは元々僕の新しい身体になるはずだったんだよ」
「なっ・・・」
「そのつもりでベリルに創らせたんだけど・・・何故か女の体で赤ん坊の姿の状態でできちゃったし、おまけに君みたいなおまけまで出来てしまう始末・・・」
くすくすと笑いがらセレスは呆然としているプラチナを面白そうに指差した。
「だから少し考えて・・・面白そうだしアレクに僕の新しい身体になる子供を産んでもらおうと思ってね。そしたらベリルに封印されたってわけ」
呆然としていたプラチナだがその言葉にぴくりと反応して見せた。
「封印がなんとか解けたのはいいものの、アレクは君のせいで一線を超えると男を無意識に拒絶して結界を張るようになってたし」
「・・・なんだと?」
「そのわりには、って顔してるね。あれは君だから大丈夫だったんだよ」
プラチナが今までのアレクとの行為を思い出して言っていることを読んだセレスはまた面白そうに腕組みをする。
「アレクは記憶がなくなったけど、心の底では君の事を覚えていた。アレクは本当は昔から君のことが大好きだったからね。心の底で君だけは拒絶しなかったんだよ」
「・・・俺を利用して、姉上の拒絶を緩和したということか・・・?」
「へ〜〜物分りが良いね。ま、そういうことだね。そう、今のアレクなら君以外でも拒絶はしないだろうね。もちろんこういう状態の時に限るけど」
そう言って、まるで心が死んでしまったかのような虚ろな瞳のアレクの頬にセレスが手をかけた。
その瞬間、ぷつりとプラチナの中で何かが切れた感覚がした。

一瞬の事・・・
プラチナから発せられたそれがセレス目掛けて解き放たれていた。

セレスはすぐさま身体を反転させてそれをかわした。
そして視線を向けたその先、セレスとアレクの奥にある祭壇の一部がプラチナが放ったそれの力によって破壊されていた。
「へえ・・・都会育ちのわりには随分と強力な魔法だね」
セレスは一種の感嘆の声を上げるが、それが同時に嘲るようなもののようにも思えた。
プラチナ自身なぜこれだけ強力な魔法が使えたのかは解らなかった。

ただ・・セレスがアレクに触れるのが許せなかったから・・・

「それじゃ・・・お返しに僕からもいかせて貰おうか」
セレスのその言葉に我に帰った時、既にプラチナの身体は再び宙に舞っていた。


そして現在に到る・・・
あれから何度も攻撃を浴びてプラチナの身体は疲弊しきっていた。
ただ精神力で動いているかのようなそんな状態・・・
「じゃ、そろそろ目障りだし死んでもらおうかな」
にこりと死刑宣告を笑顔で言うセレスを睨みつけたあと、プラチナはアレクの姿を悲しそうに見る。

また、自分は・・・
守れないのか?

辺りが岩床がえぐられた事によって巻き起こった砂塵によって包まれる。
セレスはプラチナがこの攻撃で死んだ事を確信して笑みを深くする。
しかし、次にみたものにセレスは顔色を変えた。
「・・・っ、ベリル」
「・・・・・おひさし・・ぶりです」
砂塵が収まった時、セレスが目にしたのはプラチナの死体ではなく、彼を結界をはって守るベリルの姿だった。
「プラチナ!大丈夫かい?」
「・・俺より、姉上が・・・」
自分の傷の痛みよりもアレクの方が気になるらしく、心配するベリルをよそにアレクに視線を向けている。
「ベリル!また邪魔をする気か?」
「セレス様・・お願いですからもう止めてください」
「煩い、僕の身体がどういう状態かお前だって知らないわけじゃないだろ?!」
プラチナを前に常に余裕だったセレスがベリルを目の前にしてまるで我を忘れたかのようになっていた。
「・・・知っています。だからアレクを創ったんですから」
「なら・・・」
「でも、子供を可愛いと思わない親なんていないんですよ」
ベリルの悲しそうな、寂しそうな表情にセレスは思わず口を噤んでしまう。
ふと、プラチナはベリルとセレスの会話に気になる点があった。
「ベリル・・・セレスの身体の状態とは?」
「余計な事は・・・」
「セレス様の身体はね・・『呪い』にかかっていて中身がもうぼろぼろなんだよ・・・」
ポツリと呟いたベリルの言葉にセレスは苦虫を噛み潰したかのような表情をする。
「蛇種のね・・・だから新しい身体が必要・・・」
ベリルが言葉を紡いでいた途中でセレスの攻撃が2人を襲った。
「2人とも・・・殺す・・」
見るとそこには冷たい表情をして2人を見据えているセレスの姿があった。

本気で戦えば2人でかかってもセレスには及ばないということを、プラチナは先程の戦いで、ベリルは長年の経験で知っていた。
しかし、半ば諦めの境地になっているベリルとは逆にプラチナはこのまま殺されるわけにはいかなかった。
「俺は・・・姉上を・・アレクを何があっても守ると約束したんだ」

その一言で・・・
まるで人形が意志をもったように、死者が生気を取り戻したように・・・・・

がしっと、セレスの身体にしがみつき攻撃を中断させるのは・・
「・・さ・・ない」
「っ!アレク?!」
「プラチナに攻撃なんてさせない!」
アレクが正気を取り戻した事にセレスも、プラチナもベリルも驚いて目を見張っていた。
その瞬間にもアレクはしがみついた状態からセレスに何かをしていた。
「・・・これは!」
セレスが気がついてアレクを振りほどいた時には既に遅く、それは完成した後だった。
「巫女だけが使える魔法封じのスペル・・・身体に刻ませてもらった」
アレクがそういった瞬間がくりとセレスは力が抜けたように膝をついた。
今のセレスは魔法が使えなくなったことによって、身体の機能も低下していた。
「姉上・・・」
プラチナが弱々しく呼ぶとアレクはそちらを振り向いて、瞬間糸が切れたかのように泣き出した。
そしてプラチナの傍に駆け寄って抱きつく。
「プラチナ〜〜ひっく・・っく・・・」
「姉上・・・」
「うっく・・思い出したから・・・全部・・」
そう言って、自分の胸に顔を埋めて泣きじゃくるアレクをただこくりと一度小さく頷いて、プラチナはぎゅっと優しく抱きしめた。


「で、どうするんだ?」
アレクが泣き止んで一通り落ち着いたので今度はセレスの問題に取り掛かる。
「『呪い』・・解けないのか?」
「・・・蛇種の『呪い』は特殊で・・・かけた本人じゃなければ解けないんだ」
「その本人はもうこの世にいないさ・・」
セレスはアレク達の言葉をまるで同情などいらないかというように冷たくあしらう。
「新しい身体がなければ・・・」
『その身体のままでも大丈夫ですよ』
皮肉をこめた言葉をセレスが3人に紡ごうとした瞬間聞き覚えのない声がして一同は辺りを見渡したが他には誰もいない。
黒い空間だただ広がるだけ・・・
しかし次の瞬間辺りが白く覆われた・・・


あまりの眩しさに瞳を閉じ、次にあけるとそこはパストゥール家の中庭・・・
あの椿の樹がある場所に何故か4人ともいた。
そして、1人の見知らぬ紅い瞳と髪のきれいな女性が椿の前に立っていた。
『私は、この椿の精霊ですわ』
4人が彼女から聞いたのは先程地下の祭壇で聞いたのと同じ声だった。
しかも4人が謎に思っていることをまるで心を読んだかのように答える。
「椿の・・精霊?」
『そうです。お母様』
「お、お母様・・・?」
にこりと微笑みながら自分を母と呼ぶ自分よりも年上に見える自称精霊の言葉にアレクは正直に照れてします。
『私の本体であるこの椿はあなた方が植えてくれました。だから貴女は私のお母様であり、貴方はお父様です』
今度はプラチナのほうを見て父と呼ぶ。
さすがにそれにはプラチナも照れたような仕草を見せる。
『今まではお母様とお父様が記憶を無くされていたから何も出来ませんでしたが、ようやく2人とも思い出してくださいましたから・・』
「どうして何も出来なかったんだ?」
『私はお母様とお父様の互いを想う強い想いで生まれました。それの根源である記憶が失われていれば・・・』
言葉は最後までいわなかったが理由はよく解ったというようにアレクとプラチナは複雑な表情になっていた。
『セレス様・・・貴方の身体にこの泉の水を浴びせてください。そうすれば・・・『呪い』を受ける以前の状態に戻るはずです』
「!」
その言葉にセレス本人だけでなく全員が目を見張る。
絶対術者以外解けないはずの『呪い』を解く術を持つ彼女の存在にである。
だが、もう1つ気になることがある。
「お前・・・苦しそうだよ?」
精霊にもかかわらず息絶え絶えといった様子に段々なってきている彼女にアレクがぽつりと言葉を漏らすと彼女は苦笑した。
それと同時に上から何かが降ってきた。
「これは?!」
プラチナが見たそれは枯れた椿の花や葉だった。
『・・・力を、使い果たしてしまいましたから』
「そんな・・・」
『いいんです・・・元々、無意識とはいえお母様の強い想いに支えられなければとっくに枯れていた身ですから・・・季節はずれでもこうして咲いていられたのも・・・』
まるで自嘲的に微笑むその姿がとても痛々しく感じられた。
そして、アレクに向けていた微笑をセレスにそのまま向ける。
『私の力・・・命・・・無駄にしないで下さいね』
「僕は・・・同情なんてされたく・・」
『同情ではありません・・理由はどうあれ、貴方のおかげでお母様とお父様はこうして存在しているのです』

だから・・・

最後の一言は聞き取れるかどうか程度の小さな声であったが、4人にははっきりとそれが聞こえていた。
そして・・
その精霊は消え、セレスが泉の水を身体中に浴びると同時に椿の樹は枯れ果ててしまった。
まるでこの為に生まれてきたかのように・・・





あとがき

すいません・・・全てにすいません・・・
なんだか今回は前回と似たような感じというか・・・
はい、黒幕の正体はやはりセレス様でした。
しかもここら辺、アポクリ状態ですか・・・(祭壇が封印の祠?)
初めはこんな予定全然なかったのにな〜〜・・・
どこでこうなったのでしょうか・・・(←それは自分にしか解らない)
そして、椿の精霊・・・当初の予定通り出しましたが出番が少なかったです・・・
すいません本当に!!
次回で最後の終章です。裏復活です!!



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