Waking moon
三章(前)・亡世界(魔窟)



一瞬意識を失った次の瞬間、体中に感じた漂う浮遊感がどこか気持ち良かった。
しかし、それもすぐに自分が苦しむべき要因で在るということに気が付いた。
浮遊感の正体は水による浮力。
いきなり水の中にいることを理解したアイス達は、息ができない苦しさに、必死になって水上を目指した。



「ぷっ・・・はぁ、はぁ」
疲れきった様子で近くの岸に辿り着くと、水から上がることもせずにその場で全員息を整えている。
水の中から上がる気力さえ今はない。
「・・・まさか・・・・・何も起こってないのか?」
最悪の場合、時間を渡れず、未だ天上に居る可能性だってあるのだ。
「・・・・・・・・そうでもないようですよ」
1番最初に気力を取り戻したらしいウォールが、空を見上げ指差してそう言った。
一同もそれに習い空を見てみると、その色は黒で月と星がわずかな光を煌かせていた。
天上に夜は・・・少なくとも黒の色に風景が染まるということはない。
ならば、ここは天上ではないのだろう。
「水に入って、出る先も水とは・・・ベタやな〜〜〜」
「ブリック・・・・・そういう問題ではないのでは?」
「・・・・・ところで、この状況どうするのよ?」
呑気そうな会話を繰り広げるブリックとテールの会話をどうでも良いというように、アクラはうんざりとして自分たちの置かれている状況に溜息をついた。
例え陸に上がっても、ずぶぬれの状態では風邪もひくかもしれないし、なによりも服が肌に張り付いて気持ちが悪い。
「・・・困りましたね。俺達はともかく、アイス様とアクラ様がお風邪をめされては大変です」
「その意見には微妙に賛成ですが・・・」
なんとなくウォールの言葉の中に納得のいかないものを感じたのは気のせいだろうか。
「・・・・・いっとくけど、あたしは野宿なんて嫌よ」
「でも〜〜〜、陛下や王妃様は即位前はテント生活の野育ちなんだよね?」
「シエナ・・・はっきり言うな。・・・悲しくなる」
ある意味別の意味にも取れるであろうシエナの言葉が事実なだけに、アイスは息子として心の中で涙を呑んでいた。



「・・・あなた達、何してるの?」
少し呆けたような声が頭上から振ってきて、一同は一斉に上を見た。
そこには、淡い紫色の髪、緑の瞳をした17歳くらいの少女が不思議そうな表情で立っていた。
もっとも、この状況下なら不思議そうに見られても仕方のないことである。
「そういうお前は誰?」
「その前に上がったら?」
もっともなそのご意見に、さすがに落ち着いてきたアイス達もいい加減うんざりした水の中から陸に上がった。
アイス達が上がったのを見計ってその少女が呆れたように言葉を漏らした。
「・・・服着たまま水遊びなんて、変わった趣味ね」
「「「「好きでつかってたわけじゃない(です)!!」」」」
すかさず、アイス、アクラ、テール、ブリックの4人が反論する。
「ふ〜〜〜ん・・・・まっ、別に良いけど。ところで、ずぶ濡れのままでもなんだし、私の家この近くだから、体拭いて温めていく?服も乾くまで貸したげるけど?」
得体の知れない人物だとは思いつつも、この状況下ではその言葉に甘えるよりほかないと、一同は満場一致でその意見に縋った。






部屋はそれなりの広さがあり、中央に数脚の椅子とテーブル、壁よりにソファが設置されており、南にある窓とは逆のほうにある暖炉は、現在オレンジ色の炎を灯している。
体も拭いて、服も着替えた一同+自分の分のスープを少女は持ってきた。
「すいません・・・ご迷惑おかけして」
「気にしないで良いわよ!困った時はお互い様ってね♪」
テールの言葉に笑いながら手を振ってそう答える。
「自己紹介でもしようか?あたしは、カノン=セルシアン・・・・・・ルシアで良いわよ」
「あれ?なんで、姓のほうでの愛称なんですか?別に、『カノン』のままでいいと思いますが・・・」
「?あんたこそ何言ってんの?姓でなくて、ちゃんと名前でしょうが」
その言葉に一同は騒然となるが、ルシアにはなぜ一同が騒いでいるのか理解できず、小首を傾げた。
「ん〜〜〜・・・まあ、良いわ。それより、あんた達の名前は?」
こちらが考える暇など与えず、ルシアは楽観的見解でそう言うと、アイス達に名乗ることを促した。
仕方なく、一同はそれに素直に従った。
「アイスリーズ=パストゥール。アイスで良い」
「その双子の妹で、アクラフレーム=パストゥール。アクラって呼んで」
「テールベルト=ホーソンです。テールと呼んでください」
「ブリック=ジャンクソン。で、こっちが」
「しゃ、シャルトルーズ=マルテル・・・・・・シャルトです・・・」
「ウォールナット=クロサイトで、ウォールです」
「シエナ=ヒイラギだよ〜〜〜☆」
一通りこちら側の自己紹介が終わったところで、ルシアがまた小首を傾げて見せた。
しかも、今回はアイスとアクラを指差すというおまけ付で。
「そういうあなた達こそ、どうして姓のほうで愛称つくってんの?それに、そこの2人、双子なのに姓違うし、名前のほうが同じだし・・・・・・」
「「「「「「「はっ?!」」」」」」」
ルシアの言葉に全員思わず間の抜けた声を発した。
当のルシアはそれを聞いてきょとんとしている。



「どうなってるんだ?」
「さあ・・・」
「ひょっとして・・・あいつの常識としては姓が前で、名前が後なのか?」
はっきり言って、アイス達には不思議でたまらないこの事態であるが、ルシアのほうも不思議でならないし、なにをひそひそと話しているのか気になるところである。
「・・・とりあえず、話が進まないから別の事聞くけど。どうして、あんなところで揃ってびしょ濡れになってたわけ?」
「それをいうなら、お前こそどうして夜中にあんなところに居たんだ?」
ルシアの家があの湖から比較的近い位置にあるといっても、それなりに距離はあるわけで、しかもあのあたりには店も何もないのだ。
しかし、その言葉にルシアはまたしてもきょとんとし、首を傾げてアイス達にとって思わぬことを言った。
「夜って・・・・・・昼じゃない」
「「「「「「「はっっ?!!」」」」」」」
ルシアのその一言にまたしても声をはもらせてしまう一同。
空が黒く、月と星が輝くルシアに出会った時間を含む今現在、どこをどう見たら昼になるというのか。
「ちょっと待て。どう見ても夜だろ?空暗いし、月も星も出てるんだぞ?!」
「そうよ。だから、昼なんじゃない・・・・・あんた、熱ある?」
そう言って、アイスの額に手を当てるが、「平熱ね・・・」といって小首を傾げた。



「どういうことや?!」
「・・・確か、過去に来たはずよね?違う世界じゃないわよね?!!」
「いや・・・・・ひょっとしたら、違う世界かもしれないぞ」
アクラの切羽詰ったような物言いに、アイスが何か思い当たったのか、その思考は現在冷静なものである。
「ねえねえ?どういうこと?王子」
「・・・奈落や天上が出来る前、確か別の『世界』が何度も創られ、『四季の王』が何度も虚無に還してきたって話だったよな・・・」
「つまり・・・ここは奈落や天上の過去ではなく・・・・・さらにそれ以前に存在し、滅んだ『世界』というわけですか?」
「そうだろうな・・・どの道、『四季の王』なんかにしてみれば共通して『過去の世界』なんだろ・・・」
『時越えの泉』は『四季の王』と同じく、幾重の『世界』にずっと存在し続けてきたものであるから、『時越えの泉』にとっても、共通してただの『過去の世界』なのであろう。
「解った!!」
話し合っていたアイス達の後ろで、1人取り残されていたルシアは突然ぽんと手を打って声を上げた。
その声に少し、びくりと体を震わせる一同。
「な、なんだ?」
「あんた達、別の世界から来たんでしょう?!いわゆるパラレルワールド」
ルシアのその一言は当たらずも遠からずといったところで、内心アイス達は「なんてでたらめに勘が良いんだ・・・」と思っていた。
「ま・・・まあ、そんなところだろ」
仕方なく合わせるアイス達に対して、ルシアは満足そうに満面の笑みをたたえている。
「やっぱりね〜〜♪前にも似たようなことが別の町であったって聞いてたし」
自分たちと違い、本当の意味で異世界の住人がこの世界に来たことがあるというのに少し驚いたが、今はそれを詮索している場合ではないと考えた。
「それで・・・この世界は一体どういったところなんだ?」
まずは必要な情報をルシアから聞きだすことにした。
「そうね・・・どこから話そうかしら。とりあえず、この世界の名前は『魔窟』というの」
「『魔窟』?」
「そう。この世界の主体は『妖魔』で、もちろんあたしも『妖魔』よ。もっとも、『妖魔』にもさらにいろんな種族に分類できるけど」
「例えばどんな?」
テールに尋ねられて、ルシアはなにやらにぃと意味ありげな笑みを浮かべる。
その笑みに少しばかり背筋に冷たい物が走るテールにルシアはゆっくりと近づくと、がしっと肩をつかんだ。
「な、なんですか?」
「うふふっ・・・ちょっと、もらうわねv」
にっこりと微笑むとテールの腕を持ち上げ、服の袖を巻く利上げる。
そして・・・・・・
「うっ!!いっ、うあぁ〜〜〜〜!!!」
テールが悲鳴を上げたのと同時に、アイス達は大きく目を見開き、少しばかり臨戦にも似た体制をとった。
「な、何しとるんや!」
やめさせようと、ブリックがルシアとテールを引き剥がそうとした寸前でルシアがテールから離れた。
「ふう〜〜〜・・・別にそんな恐い顔しなくても特に害はないし、与える気はないわよ」
「ならなんで噛みつく必要があるんや〜〜〜!!」
そう、一同が驚いたその理由は、ルシアが突然テールの腕に噛み付いたのだった。
「だって、説明に手っ取り早いんだもん。あっ!結構美味しかったわよ、あんたの血v」
そう言って、口許に少し付いていた血をぺろりと舐めとって、かなり上機嫌で告げる。
当の言われたテール本人は何が起こったのか理解しがたく、放心状態にあった。
「血ぃ?!」
よく見ると、ルシアが噛み付いたテールの腕の噛み傷から血がかすかに出ていた。
「そっ!あたしは吸血鬼なの?」
「吸血鬼?!!」
「吸血鬼には2種類あるの。1つは他人の血がご馳走で、他人の血を糧として生きている種族」
それを聞いて未だ放心状態のテールを引きずってかすかに後ず去る一同に、ルシアは期待どうりに反応だとおかしそうに笑った。
「まあ、それが何も知らない奴の反応よね。でも、残念ながら、あたしはもう1つの方だから」
何が残念なのかは解らないが、あえて突っ込みと入れないことにした。
「あたしは達は、さっきの説明した奴らと違って、主食は普通の果物よ。でも、同じ吸血鬼って言われてるのは・・・」
「言われてるのは?」
「血から、その血を吸った相手の血に含まれてる情報を取得できるからよ」
「血から情報を取得?」
「そっ!例えば、あんたの血液型はBで、年齢は15歳、結構苦労性で日頃から胃が痛むことあるでしょう?」
「せ、正解です・・・・・・」
なんだかテールが多少恨めしそうな瞳でアイスとアクラを見ている。
その視線の意味を問いただそうとしたが、2人には思い当たることがありすぎ、反論される可能性が高いので、ぐっとこらえてなにも言わなかった。
「血の中に含まれてる情報は全て引き出せるからねv正確な健康状態なんかもばっちりと」
「へ〜〜、ある意味で便利といえば、便利かもな」
「他にもあたしたち吸血鬼以外も、人魚とか、狼人なんていうのも・・・・・・」



「ルシア!いる?!」
話は途中で遮られ、突然開いた家の扉には1人の少女が立っていた。
髪は長いオレンジの髪で、蒼翠の瞳をした白い肌の少女で、年齢はルシアと同じくらい。
「シェルっ!どうしたのよ?さっき、湖いっても居ないと思ったら急に」
「そんなこと言ってる場合じゃないの!ティーアーユの街がおちたって情報が入ったの!」
シェルという名の少女からそう話を聞いたルシア顔に、今までのものとは明らかに違う緊張が走るのが解った。
「それ・・・本当?!」
ルシアの言葉にシェルがこくりと静かに頷いた。
「パロとスフレが確認に行ってる!このままじゃ、この街も・・・・・・」
「シェル・・・・・・少し、落ち着いて」
震えてその場に座り込むシェルの肩をぎゅっとルシアは強く抱きしめて落ち着かせようとした。



ルシアと突然現れたシェルの2人のやり取りに、何が起こっているのか解らない異邦人であるアイス達はただ呆然と取り残されているだけだった。
そんな中、ぽつりとアクラが声を漏らした。
「なんだろう・・・・・・」
「?アクラ、どうしたんだ?」
「あの子・・・・・・何故か知ってるような・・・・・・感じがする」
大きく見開かれたその瞳には、今だ震えているシェルが映し出されていた。





あとがき

ついに新キャラ登場させることができました。
前々から考えていたキャラなんですけどね、ルシアは。
「魔窟」は「まくつ」と読んで、この世界の妖魔というのは、いわゆるモンスターですね。
ちなみに、ルシアのタイプの吸血鬼は血を吸った相手が吸血鬼になるということはありません(笑)
もう1つのタイプのほうがそれに近くて、血を吸った相手を操ることができます・・・というのは余談です。




BACK 1   NEXT