Waking moon
五章・双翼主(世界)






『私は眠ります・・・』
リーフグリーンの色をした彼女が静かに凛とした声でそう告げた。
『そしてこの存在は隠れます・・・・・いつか来る『       』が現れる時まで』
そしてその声と共に、彼女自身はまるで水面に溶けるかのように消えた。
残された者達はただ彼女の帰りと、その『存在』の出現を待つばかりとなった。
今は『それ』を預かりながら。







心地の良い水の上に存在する波紋を目指し、そこに出現した己の体を必死に浮上させる。
「ぷはぁっ!」
「アイス!!」
水面に顔を出した途端振ってきたのはセレスの声で、それがとても懐かしいものの用に感じられた。
「・・・あっ、セレス。ってことは・・・俺達戻ってきたのか?」
「そうだよ・・・すぐにそこから上がるんだ」
そう言って手をかしてくれる彼のがそのよく似た顔のせいで母に思えた。
他の面々も各々泉から這い上がる。
「・・・・・殿下が、2人いる」
泉から這い上がり、アイスと並ぶセレスを見たルシアが呆然と彼を指差してそう言った。
「・・・・・誰?」
「ルシアっていうんだけど・・・それぞれに対する説明は長くなるからまた今度」
アイスのその言葉に呆然としていたセレスも、みるみるうちにその表情を笑みに変えていった。
「ということは・・・また会いに来てくれるということかな?」
「・・・ああ、この件が無事に片付いたらな」
そう言い先ほどからじっと何も喋らずその場にいたトーンを鋭い瞳で見つめる。
そのトーンのアイスを見る瞳はどこか気体に満ちていると同時に、なにかの強い思い入れがこめられているようだった。
ここを旅立つ前にアイスに向けていた瞳とは大違いである。
「城と奈落の現状は?」
「・・・奈落は変わりありませんが・・・城の方では、『夏』がスノウの封印のみ、詰問するため力のみを封じた状況で解きました。それに『春』も荷担しています」
「・・・なして、アイスに敬語つこうとるんや?」
ブリックの言葉はもっともで、トーンはここを旅立つ前にアイスと話していた時は、普通に溜口を聞いていた。
それが帰ってきて口調も態度もまるっきり変わっているようだった。
「・・・・・・・すぐに解るはずだ」
そう言って微笑むトーンに一同はただ首を傾げるだけだった。
「それでは、奈落城に戻りましょうか」
「・・・でも、俺はまだなにも見つけてないぞ」
「いいえ。見つけているはずです・・・・・貴方様がここに帰ってこれたのがその証拠。見つけられていないのなら、まだ時間の旅をしているはず」
そう言ってまるで喜びを露にしているようなトーンに、アイスは無意識うちに納得したかのように首を縦に振った。
「それじゃあ、すぐに城に・・・」
「はい」
「・・・待って、アイス」
すぐにトーンに頼って城へ向かおうとしたアイスにセレスが不意に声をかける。
「なんだ?」
「この件に決着つけて、将来君が無事に即位できたら・・・」
「できたら?」
「この天上を君にあげるからね」
微笑んでそう言ったセレスの言葉に、一瞬全員言っている意味が理解できず呆けたが、次の瞬間理解すると一斉にそれぞれの驚愕の仕方を見せていた。
それがとても信じられない内容であったのだから当然といえる。
「だから、無事に終わらせるんだよ」
「・・・・・・ああ」
ただアイスだけはそれが本気であるということをすぐさま理解し、肯定の言葉とともに微笑んで見せ、そして礼を言う変りにその右手をあげて見せた。
「それじゃあ、行きますよ」
「ああ・・・それじゃあまたな」
アイスがそうしばしの別れの挨拶を口にした途端、アイスたちの姿はそこから消え、残されたセレスは虚空を眺めながら一言呟いた。
「・・・『君』も、これで良かったと、言ってくれるよね?」
その言葉を贈る相手は今ここにはいないけれども。








通常からは考えられないほどの静寂と、奇妙な雰囲気の城の中、2人の人物を見上げながら、真っ白な子供の姿をしたその人物は2人を睨み付けていた。
「・・・答える気なんてないよ」
状況的には自分の立場のほうが随分弱いにもかかわらず、スノウは強気の口調で2人を挑発するかのようにそう言った。
「そうれで許されると思ってるの?」
「あんたなんかに許して欲しいと思ってないよ〜〜」
べっと舌を出してそっぽを向くスノウに、『春の守護王』は怒りが頂点に達しようとしていたが、その前に冷静な『夏の守護王』の言葉が紡がれた。
「もう1度きく・・・・・お前はどういうつもりで奴らを逃がし、『時越えの泉』まで使わせたのだ?」
「・・・・・・・・・」
「答える必要はないぞ、スノウ」
突然のその声にその場にいた3人が反応した次の瞬間、その声の主であるトーンとそのトーンに連れられたアイス達の姿があった。
「お待たせ!スノウ」
「『秋』!」
「あ〜〜・・・名前もらってな。トーンって呼んでくれ♪」
嬉しそうに話すトーンにスノウも嬉しそうな明るい表情で笑む。
「・・・どういうことだ『秋』」
だが、一瞬明るくなった雰囲気を、『夏の守護王』の冷たい言葉がいっきに暗くする。
そしてそれに賛同するように『春の守護王』もうっすらと笑みを浮かべている。
「そうね・・・『四季の王』ともあろう者が・・・そんな奴らに味方するなんて」
「そんっ・・・」
「・・・・・すぐに、そんな口聞けなくなるぞ」
『春の守護王』の言葉に頭に血が上ったアクラが言い返そうとしたが、それを遮り不適な笑みと共にトーンがそう宣言した。
「・・・だったら、それを見せてもらおうか。・・・・・『春』」
「了解!」
『夏の守護王』の言葉に『春の守護王』は、にやっと笑うのと同時に一同の目の前からその姿を消した。
そして次の瞬間、音もなくアイスの背後に現れ脚を狙って蹴りを放つ。
それにコンマ単位で気がついたアイスはぎりぎりそれをかわす。
「それなりの感と体裁きね〜〜」
「・・・それはどうも」
それも予想の範疇に入っていたと言わんばかりの『春の守護王』の言葉に、アイスは皮肉を込めた言葉を返した。
他の面々も『春の守護王』を睨み付ける。
「余所見をしている暇があるのか」
「ぐはっっ」
後ろから聞こえた声に振り返るよりも早く、『夏の守護王』の放った衝撃波のようなものでブリックが壁に叩き付けられる。
「ブリック!」
真っ先にそれに反応して駆け寄ろうとしたシャルトも、『春の守護王』によって首許に手刀を叩きつけられ、そのまま床に伏せて気絶する形になる。
「・・・念のため言っておくが、魔法は呪文封じをさせてもらった」
立て続けにシャルトまでもがやられてしまい、魔法で反撃しようとしていたところに『夏の守護王』の無情の一言が突き刺さった。
「ならっ!」
「・・・・・妖魔」
フルートを出したルシアを見て、妖魔であるということを確信した『夏の守護王』がぴくりと眉を吊り上げる。
「なら、先に寝てもらいましょうか」
それとほぼ同時に『春の守護王』が瞬時にルシアの真正面に現れ、その鳩尾に膝蹴りを直撃させルシアを沈黙させた。



攻防の中、一瞬の隙を突くかのようにアイスが苦々しそうな表情をしながらも、『夏の守護王』の後ろに回りこみ剣を振り上げる。
「・・・良い動きだといっても良いが・・・・・つめが甘いな」
その言葉と共に、後ろも振り向かず『夏の守護王』が放った衝撃波により、アイスは吹き飛ばされ、そして窓の外にその身を踊らせた。
「兄上!」
「アイス様っ!」
アクラ達の叫び声が聞こえる中、衝撃波で強制的に外に吹き飛ばされたアイスは体勢を変えることもできず、そのまま受身も取れない状態で地面にまっさかさまに落ちるしかなかった。
呪文も封じられており、魔法で助かるてだてもない。
このままでは確実に死ぬと思い、ぎゅっと瞳を閉じた瞬間声が聞こえた気がした。
とても透き通った、全てを見透かすような優しい声が微かに聞こえた。
アイスはその声の主が誰かも解らず、心の中で誰であるかを問いかけた。
それにその声はアイスの問いかけを無視して別の言葉を紡ぐ。

『準備は整っています・・・覚醒してください』



「・・・飛べ」
スノウが厳しい表情と声でそう言った瞬間、窓の外を、落下するアイスを見ていた一同は驚愕に瞳を見開いた。
突然現れたアイスの背の4枚の翼に。
上段は天使とまったく同じ真っ白な翼、下段はルシアのと同じ蝙蝠のような黒の翼で、ただしルシアのものよりも少し大きい。
その翼をばさりと広げ、アイスは地面に激突するぎりぎりのところでその身を宙に浮かせた。
その光景にアクラ達もアイス自身もどういうことか解らず呆然としている。
アイス自身は特に何故自分の背にこんなものが生えたのか、まったく理解ができていない状態だった。
しかし、その中で驚愕に目を見開いているのはアイス達だけでなく、アイスの背の翼を見た『夏の守護王』と『春の守護王』は、アイス達以上の驚愕の様相を見せ、その身体を少し震わせさえしているようだった。
厳しい顔をしながらも、当たり前のことのように平然としているのは、スノウとトーンの2人だけであった。
自分の背に翼が生えた理由は解らなかったが、とりあえずばさっと翼を翻してアイスは自分の落ちた窓まで飛び上がり部屋の中に再び戻った。
「あ、兄上・・・・・それなに?」
「・・・・・・俺が知るか」
指をさし、口をぱくぱく言わせながらの驚きを隠そうとしないアクラの問いに、アイスは半ばやけになったように小さく呟いた。
他の面々はただ驚いて呆然としているだけ。



「・・・・・・・『双条の翼』」
しばしの沈黙の後、未だ驚愕に瞳を見開いている『春の守護王』がぼそりと呟くと、そのまま床に膝をおって座り込んでしまった。
「『双条の翼』?」
「・・・そんな、それじゃあ・・・・・あたし達は今まで・・・・・・・」
がたがたと明らかに『春の守護王』の身体は震えが増していた。
「・・・・・どいうことだ?」
そして今まで小さく身体を震わせながら、驚愕のあまりずっと口を閉じていた『夏の守護王』がスノウに向き直り、睨み付けながら静かに低い声でそう言った。
「その平静ぶり・・・・・お前は気がついていたな」
「まあね・・・・・」
「俺も一応・・・」
スノウだけでなく、トーンのその一言に、珍しくとりみだしたようにな口調で『夏の守護王』は問い質し続ける。
「いつからだ?!」
「・・・アイスが生まれた時から。生まれた時、アレクに抱かせて貰ったから、それで解った」
「俺は・・・天上でアイス様が『時越えの泉』に飛び込む前、握手したからな・・・」
2人のその言葉にぎりっと音をたて、『夏の守護王』はますます2人を睨む。
「それ程まで早く解っていたのなら・・・どうしてこれほどまでに重要なことをすぐに・・・」


『責めるのはそれくらいでおよしなさい。冬は・・・・・スノウは私の気持ちをくみ、アイス様のことを考えて行動したのですから』



突然の姿無き人物の声を聞き、アイス達は何事かと辺りを見回し、『春の守護王』は微かに青ざめ、『夏の守護王』は半ば呆然とし、そしてスノウとトーンの2人はさも当然のことであるように、静かにそのばで厳しい目をしていた。
するとスノウとトーンの見つめる方向に眩い光が現れ、それが段々と人の形を成していき、そしてその光が1人の人物へと変わった。
リーフグリーンの髪と瞳をした、木々の緑の色をした衣を纏っている、そしてその背には現在のアイスと同じ、真っ白の天使の翼と、黒の蝙蝠状の翼が生えている優しげで美しい女性の姿に。
「・・・・・マーテル様」
その姿を確認したスノウは、突然実態時の本来の姿に戻り、その人物に対して膝を折り深く頭を下げた。
トーンも静かに同じ体制になり、呆然としていた『夏の守護王』と『春の守護王』も同様になる。
初めて見るスノウの意外な態度と、今まで自分たちを苦しめていた2人の変貌振りに、アイス達は信じられないという面持ちでその光景を眺めていた。
「面を上げなさい。4人とも」
彼女の鈴を鳴らしたかのような優しい響きの声に、アイスははっとあることに気が付いた。
「その声・・・・・・」
「はい。先程の声の主ですございます」
「兄上・・・知っているの?」
「・・・さっき、窓から落ちた時に声が聞こえてきたんだ」
睨むのに近い厳しい瞳で彼女を見るが、それでも彼女はなおもにっこりと優しい微笑を絶やすことはなかった。
「私の名は、マーテル=マリア=マーリシアスです」
「マーテル・・・・・?」
聞きなれないその名をアイスが口にすると、厳しい表情のスノウが一言呟いた。
「このお方が・・・自然始祖様だ」



暫しの間の後、その人物の正体を知らなかったアイス達全員は絶句していた。
『自然始祖』とはつまり、『四季の王』の主であり、『世界』全ての創造・構築者、絶対的な存在。
その名をアイス達は耳にしたことがあった。
以前の『世界』の住人であったルシアただ1人のみ。
そんな強大な存際であるがゆえ、アイス達はもっと近寄りがたい者だと思い描いていたのだが、目の前の人物を見る限りその予想は完全に覆されている。
「・・・・・・絶対的な存在というのは・・・間違っておりますね」
まるでアイス達の心を読んだように的確にマーテルは微笑んでそう言った。
それがアイスの例の能力と通じるところがあると一同は思っていた。
「それは当然です。・・・・・もともと私が持っていた能力をアイス様がお使いになれても不思議ではありません」
そのマーテルの一言が、はきっりとそうであるということを確定づけた。
「私はずっと・・・貴方様の中にいましたから」
「・・・どういうことだ?」
まったく訳が解らないと1番混乱しているアイスがマーテルに尋ねると、その微笑みを絶やさぬままに口を開いた。
「それでは・・・・・お話いたしましょう」



数多の『世界』を創り上げ、数多の『世界』を無に回帰させ・・・
望むべき姿の『世界』が幾度となく見えてこない中、それを繰り返していたマーテルはある時、虚しさと強烈な罪の意識を感じ始めた。
もっとも罪の意識は最初の『世界』を回帰させた時からすでに始まっていたことだった。
それに蓋をし続け、己の葛藤と戦ってきたマーテルはある時ついに耐えられなくなった。
そこで『魔窟』を創り上げたすぐ後、マーテルは眠りにつくことにした。
自分と『世界』が選ぶ『真の主』が現れるその時まで、『主』を探す、長い眠りの旅につき、己の身は自身にも検討のつかぬ場所に隠れて。
そしてその瞬間、マーテルは自分の配下であり、分身でもある『四季の王』に世界を預けた。

始りの『春の守護王』
猛りの『夏の守護王』
恵みの『秋の守護王』
終りの『冬の守護王』

性格も特性も全てがばらばらであるこの4人に。
新しい『世界』を創り上げる手段、それさえも預けて。
4人の判断次第では『世界』はまた回帰するであろうという不安に押されて、そうなれば『主』は見つからないであろうから。
実際に『魔窟』は不適当と判断され、回帰してしまった。
『四季の王』は考え、その後に2つのことなる『国』を創った。
『神』という半絶対的統治者を置く『天上』と、場合によって支配が変化する『奈落』を。
2つの世界に、何らかの統治者をおき、そしてそれぞれの『国』を、あるいは『世界』そのものを預けた。
しかし、それはただ預けているだけであって元の持ち主がいる、そしてそれを預けている『四季の王』もただ預かっているだけ。
『世界』はあくまでマーテルが探し探し続けている『真の主』のものであるということ。
そして、その『真の主』が唯一全てのものを救い、導いていける存在であることも。
自然始祖であるマーテルやその分身たる『四季の王』は、『世界』を創り上げること、回帰させることの決定権はあるが、それはただの傍観者に等しい。
その『世界』に生きる者達の有様を決めるような行動をしてはいけない。
しかし、『真の主』に関しては話が別。
自由に『世界』の生きる者達に関わり、声を届け、能力も行使し、直に導いていける唯一の存在。

全てを肯定できる存在
全てを否定できる存在
全てのモノに当てはまる存在
全てのモノに当てはまらない存在
その存在でありながら、そうでない存在
死後の世に対せる存在
連なる『世界』が選んだ存在

現在の『世界』と現状の『世界』が選び、マーテル自身が選んだ唯一無二の『真の主』。
それはマーテルが内に留まることのできる唯一の存在であり、当然彼女の持つ能力も全て扱え、同時に彼女にはなしえないこともできる存在。



「・・・それが、貴方様です。アイスリーズ=パストゥール様」
「・・・・・・・・・・・・・はっ?」
「あなた様の背現在生えている、私の背の4枚の翼と同じにして異なる、その『双条の翼』は、全ての『主』たる方の全てに通じる象徴ともいえるものです」
マーテルのその言葉に、アイスが呆けた表情で間の抜けた声を出した。
他の面々も声こそ出しはしなかったが、ほぼアイスと同じ状態で呆けてしまっている。
もっとも、この場合はどうしようもない反応であることは、マーテルの苦笑からも伺える。
「・・・・・お、れ・・・が?」
「はい」
「・・・・・冗談だろう?」
「冗談でこのようなことは申せませんし、アイス様は実際に私の『知詠』・・・『知ることのない事を知る能力』をお使いになっていたではありませんか」
アイス達は「それは確かに」と思い起こすようにそう思い、また「そういう名前だったのか」ということもこの状況下で思っていた。
「私の持つ能力を『真の主』様が扱えて当然ですし、それに『真の主』様以外にはお使いになれません」
「・・・・・・・・・・・・」
「それに今回の『時越えの泉』を渡っての旅も、貴方様の覚醒を促すため、貴方様の中にある未来への決意の再確認と、新たな決意を持たせるため」
「それがどうしてもアイス・・・アイス様が覚醒するうえで必要だったから・・・」
立場上からか、言い直したスノウの「様」付けに、やはりアイスは今までの付き合い上、とてつもない違和感を感じた。
「本来なら、もう少し覚醒も先の予定だったのです。アイス様自身の完全な自由の権利は覚醒すれば多少なりとも制限されますから」
「・・・俺のことを考えて?」
「それもありますが、他にも色々と準備がありまして。・・・ですが、この2人が先走ってしまって・・・・・予定変更せざるを得ませんでした」
その言葉と共に見つめられた『夏の守護王』と『春の守護王』は一瞬びくりと身体を震わせた。
「・・・申し訳ありませんでした。知らぬこととはいえ・・・始祖様の御心を無視したあげく、『主』様にまで・・・・・」
「・・・・・それはある意味し方がありません。私でもアイス様を見つけるには苦労しました。・・・ましてやあなた達では、直接触れねば解らないでしょう」
「直接触れなければって・・・?」
「・・・自分より上の力量の者の探知はできません。ましてや、『真の主』たるアイス様ともなると、アイス様を中心にその1つの街程度の広さは状況不明確になってしまいます」
アイス達はこの言葉で察した。
だから、『時越えの泉』を使っていった両方の時代、『世界』で、自分達はそれぞれの時代の『四季の王』にまったく探知されることはなかったのだということが。



暫くの沈黙が流れた後、アイスは静かに口を開いた。
「別に攻撃されたことはいい・・・こうして一応は全員生きてるし。ただ・・・」
「ただ?」
「謝罪は主にルシアにしてやってくれ。あいつの生まれ故郷の『世界』は・・・」
未だ気絶しているルシアを見ながら、その先の言葉がとても言い辛くてぐっと押し黙ってしまう。
「・・・解りました」
「それは私としても当然のことと心得ております。我々は、今まで取り返しのつかないことをしてきましたから」
『夏の守護王』についで初めて沈んだ様子を見せるマーテルの姿に、アイスは深く溜息をついた。
「ザードに・・・ベリー」
「はいっ?」
アイスの突然の言葉にマーテルが間の抜けた声を発する。
「どうせ『夏の守護王』も『春の守護王』も名前ないんだろう?『夏』がデザートレッド、『春』がベリーピクシア。で、ザードとベリーな」
「あの・・・それは・・・・・」
「受け入れるしかないだろう。全部・・・嘘と思えないし。・・・そうなると、これから付き合っていく上で、名前がないと不便だし」
「ほ、本気なの?!兄上」
それまでずっと黙って呆然と聞いていた一同の中から、アクラがようやく正気になって声を上げた。
「本気だけど?」
「だけど!」
「・・・こいつらへの文句をいう権利があるのはルシアだけだ。・・・別に俺達は直接なにかされたわけじゃなし、スノウやトーンには寧ろ助けて貰ったろう?」
「・・・・・・そうりゃそうだけど」
やはりまだ納得のいっていない様子のアクラだが、これ以上どう反論していいのか言葉が出てこず口篭もってしまう。
「アイス様がそう仰るなら・・・そうしましょう」
「ウォール・・・・・」
「貴方だって、この件には特に反論はないでしょう?テール」
「それはそうですが・・・・・」
「前世の我々も、きっとそれを望んでると思いますが・・・・・」
それを言われてしまうと思わず頷いてしまいそうになった。
実際にテールもアクラもウォールの言う通りに感じていた。
そのやり取りを見ていたマーテルがくすりと微笑んだ。
「・・・やはりアイス様の引き寄せられた『縁』というものでしょうか?」
「・・・・・どういうことだ?」
『縁』ということに関して尋ねてきたアイスに、マーテルは嬉しそうな表情を作って答える。
「今回の件で行った、以前の『世界』で出会った住人達、そしてこの『世界』の過去で皆様の親御殿に関わりのある者達の生まれ変り・・・アイス様の周りには何かしらの『縁』のある者が集まり、貴方様の仲間になっています」
「・・・・・?あたしは違うよ〜〜」
頬を膨らませ、少しすねたように言うシエナに、マーテルは優しく微笑む。
「いいえ・・・貴女もですよ」
「へっ・・・?」
「ただ、今回の旅ではお会いにならなかっただけで。知りたければ、アイス様が『知詠』をお使いになられれば良いです」
「・・・・・・・・・俺、自由に使えないんだけど」
アイスが恨めしそうな表情で言ったその一言に、やはりマーテルはくすっと微笑んだ。
「それは今までは『知詠』を自由にお使いになれるほど成長が足りなかっただけです」
「・・・ということは」
「これから『知詠』は自由にお使いになれます。他にも成長を重ねるにつれ色々と・・・」
そこで一瞬口篭もったマーテルは少し表情を真剣なものにした。
「・・・『死者蘇生』も」
そのマーテルの一言に全員が瞳を丸くして驚いた。
「『真の主』様がお使いになる特異能力には私が使えぬものも当然あります。・・・『死者蘇生』はその特筆すべきもの・・」
「『死者蘇生』って・・・・・・本当に死人を生き返らせれるのかよ?!」
「はい・・・・・・もっとも、その能力は絶対に身に付けて頂かないと・・・・・・」
その言葉を告げながらのマーテルの真剣すぎるくらいの表情と、『四季の王』達の暗い雰囲気に、アイス達は何も知らないながらも危機迫るものを感じた。
「どういう・・・・・・・・」
「生の世界と・・・死の世界は・・・・・1つになれないということです・・・・・・」
その言葉でますます意味が解らなくなったが、例の能力が自由に使えるようになったのなら、後で探ってみればよいかとも思った。



「・・・それでアイス様、本当に・・・」
「・・・・・何度も言わせるな」
『四季の王』・・・正確には『夏の守護王』と『春の守護王』があれだけの無礼をしたため、実際には本当に信じて貰えるのかとやはり心配なのか、不安そうな表情を突然見せたマーテルに、アイスは呆れたように溜息をついた。
「受け入れるしかないと言っただろう。・・・それに、俺の夢のためにも役立ちそうだし」
「アイス様・・・・・」
「奈落に天上にある者が、天上に奈落にある者が、普通に行き交い、どちらでも共に暮らし、自由に歩んでいける『世界』・・・それが俺の幼い頃からの夢だから・・・」
幼い頃から思い描いていた『世界』を思い起こしながらアイスはただ語りだした。
「楽園なんてもの誰にも作れないし、存在するはずもない。だけど、俺はせめて誰もが認め合える、己をどこでも誇示できる自由な『世界』を作りたい」
自分の夢を方語りながら、段々と微笑んでいくそのさまは、かつてこの奈落を過去よりもより良いものにした彼の母のものに良く似ていた。
顔がそっくりというだけではない、どこか別の何かが同じであるその微笑を見て、スノウは自分とアレクが出会った時のことを思い出していた。
「この人物なら、大丈夫だ・・・信じていける」と思った時のことを。
「何があっても未来を信じて、全ての者を信じて・・・望む、望まれる未来のこの『世界』を作っていくさ。誰もが、全てを納得してくれる『世界』を」
  




『世界』が待ち望んだ『主』が覚醒したこの日、この時・・・
地平線の先の空が微かに青い闇に変色していく中、宙天には白銀の月がそれを祝福するかのように掛かっていた。






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