Open life
六:「旅行1日目」
「青い海、白い砂浜、眩しく輝く太陽!」
などとありきたりな言葉を菊丸ははしゃぎながら口にしていた。
実際に目の前には確かに、青い海も、白い砂浜も、眩しい太陽もあるのだから、嘘ではないのだが。
「よ〜しっ、1番に泳ぐぞ!」
「あっ、英二先輩ずるいっスよ!」
別に順番なんてどうでも良いだろうと、一同が心の中で突っ込みを入れる中、菊丸と桃城は競争して海へ飛び込んでいった。
「ねえ・・・周助」
「なに?リョーマくん」
そんなほのぼのとした光景を眺める中、リョーマは突然溜息をつき、不二に尋ねる口調で話し掛ける。
「・・・なんで俺と周助が同室なの?」
「えっ?だって、2人部屋だったら当然の結果でしょう?」
「翔さんと西条使って謀ったでしょう」
「えっ〜、そんなことしてないよ」
「・・・じゃあ、なんで昇さんが部屋決めの時、他の皆には解らないよう、俺に無言で謝り倒してたのさ」
「・・・リョーマは僕と同室は嫌なの?」
不二は形勢不利と見るや、論点を多少ずらし、少し悲しげな表情をする。
それを見たリョーマはその作為を多少解っていながらも、それでも多少動揺する。
「それに、他の誰かとリョーマが同室なんて、僕耐えられないよ・・・」
「周助・・・・・」
けんかになると思いきや、いつの間にか良い雰囲気を作り上げているバカップルに、周りはこの日差しの下ただ悔しさから、「暑苦しい」という意見を共にしていた。
「よー、遊んでるか〜?」
「皆〜ビーチバレーしませんか?」
ようやく現れたこの旅行の主催ともいえる兄妹が仲良くご登場した。
そう、ここは西条家が持っている幾つかの別荘のうちの1つ、とプライベートビーチなのだ。
ゆえに周りにはこの旅行のメンバー以外の人間は1人も見当たらない。
別荘で持ち主が普段使用していないとはいえ、埃がたまったり等しないように、別荘には常時数人の使用人が待機している。
ただ今回の旅行に関しては、気兼ねすることなくという配慮から、前日のうちに昇が連絡して使用人はこの旅行の間は別荘から撤退してもらっている。
そして旅行は最低でも1週間は続くということである。
「ビーチバレー?!やる、やる〜」
そう言ってまずすぐに食らいついてきたのは菊丸だった。
その後も次から次へと参加表明をみせる一同に、どう見てもパーカーの下は水着という姿の昇は、木陰でその光景をみながら目を光らせる。
「・・・うちの妹に手を出したら、ただじゃ済まさないぞ」
そう一言だけ告げた昇の威圧感に、一同びくりと体を震わせる。
いくらリョーマが不二のものになったとはいえ、この場にいるほとんどが未だリョーマが気になる者ばかり、
しかしそれでも、普段から男ばかりの男子テニス部にいる彼らとしては、美少女の部類にはいる譲の水着姿は、多少なりとも癒されるものがあったようだ。
それに不二が常にリョーマを独占しているため、近くに寄れないと言う理由もあったのだろう。
純粋にビーチバレーをしたいというのも1つの理由だろうが。
「それじゃあ、チームはどうする?」
「ああっ、俺は遠慮しておくよ」
「えっ?乾どうして?」
「良いデータが取れるかもしれないからな」
きらんと眼鏡を光らせ、怪しく笑う乾に、「ここに来てまでデータか」とほぼ全員が心の中で突っ込みを入れていた。
「でも、そうなるとうまく分けられないな・・・」
「あっ!じゃあ、昇さ〜ん」
「んっ?」
着替えているくせに特に遊ぼうともせず、木陰でなにか読んでいるらしい昇が、状況が解っていないのか首を傾げてこちらを見る。
「昇さんもやりませんか?」
「・・・俺はい」
「のぼ兄〜、一緒に遊ぼう〜〜」
「もちろんだ、ゆず」
最初は断ろうとしたくせに、譲が呼ぶと即座に答えて駆け寄ってくる、そんな昇のシスコンぶりに一部を除き一同は遠い目をした。
Aチーム:河村・桃城
Bチーム:不二・リョーマ
Cチーム:手塚・大石
Dチーム:菊丸・海堂
Eチーム:昇・譲
「・・・この組み合わせ、1部陰謀を感じるような気がするな」
「・・・まだ昇さんと譲ちゃんはいいけど」
「何か言ったかな?」
くじで決まったにも関わらず、都合の良い組み合わせに文句を言う一部を、不二は笑顔で黒いオーラを出し威嚇した。
危険を感じ取った一同はびくっと体を震わせ、そのまま黙ってしまった。
「・・・周、もう少し友達や後輩を大事にしろ」
昇が漏らしたのその一言は虚しく響くだけだった。
ゲームは総当り戦ということで、スタートした。
どの試合もビーチバレーにしてはありえないのでは?という打ち方をするものが続出する中、試合は一応順調に進んではいた。
「・・・・・武のダンクスマッシュはまだいいとして・・・薫のスネイクとか、国の零式とか・・・絶対にありえないだろう」
「そう言いますけど・・・昇さん」
溜息をつきながら突っ込みを入れる昇に対し、現在その昇と譲のチームと対戦している菊丸は、引きつった笑みを浮かべながらびしっと昇を指差した。
「そういう昇さんは、なんでそんなに上手いんですかー?!」
激しい突っ込みが昇に突き刺さった。
「何でって言われてもな・・・」
「だっておかしいじゃないですか!昇さん、普段から運動してないはずじゃないですか?なのに、今のところ全勝ってなんですか?!」
菊丸の突っ込みは確かにもっともで、昇と譲のチームはほとんど昇の活躍で勝っているようなものである。
普段からほとんど家にこもっているような人間ができる芸当とは思えなかった。
「あれ?でもうちで1番運動神経良いのって、のぼ兄ですよ」
きょとんとした瞳の笑顔でそう言った譲の言葉に、一同の動きが暫し停止した。
「ゆ、譲ちゃんじゃなかったの?」
「違いますよ〜。あたしはテニス専門ですから。まあ、かけ兄よりはあたしの方がいいですけどね」
「まあ・・・付け加えるなら、俺はオーストラリアにいた時、週に5日の割合で友達とビーチバレーして遊んでたしな」
昇のその発言に、「そりゃ上手いはずだよ」と心の中で悔しそうに呟いていた。
こうした混乱のあった中で、昇と譲のチームは菊丸と海堂のチームにも勝ち、今のところの連勝を決めた。
「ゆず・・・・・棄権していいか?」
次の試合を前に動きの止まった昇が口にしたのはこの一言だった。
次が最後の試合になるわけだが、次の試合の相手はというと、不二とリョーマのチームだった。
「どうして?」
「・・・周単体ならまだ良いんだが、リョーマと一緒だからな」
「ああ!ゆみお姉ちゃんに怒られるか」
ぽんっと手を打って事態を理解した譲に対し、周りの面々は良く解っていないようだった。
「そう・・・この2人のチームをもし負かした場合、由美姉さんからどんな報復がくるか・・・」
「のぼ兄、ゆみお姉ちゃん苦手だもんね〜」
譲の言葉にこっくりと頷く昇の姿に、一同は意外さを隠し切れない様子だった。
「試合して、わざと負けるような真似はしたくないし・・・だから棄権する」
「うん、良いよ〜。あたしとしても、この2人は無敵カップルでいてほしいから♪」
本気で目に見えない何かを恐れている昇に同情しつつ、譲のある意味とんでもない発言に一同は冷汗を流した。
「それじゃあ、昇さんと譲ちゃん・・・これを」
微妙な空気の中、逆光とともに突然2人のすぐ傍にきていた乾が、何やら透明なコップにピンク色の液体を入れて立っていた。
「げっ・・・」
思わず悲鳴に近い声をほとんど全員が無意識のうちに漏らす。
「棄権するということなので、これを飲んで貰いましょうか?」
光る眼鏡と楽しそうなその笑みに、全員「狙っていたな」と内心顔を引き攣らせる。
「・・・解った。ただし、俺のせいだからゆずの分も俺が飲むぞ」
「まぁ、いいでしょう」
2つのコップに分けていたのを1つに分けて昇に差し出す。
そしてそれを暫く見つめた後、昇は意を決したように一気に飲み干して、当然のように倒れた。
「昇さんっ」
慌てて一同が駆け寄ってきたその瞬間、昇はよろよろと起き上がった。
「・・・気持ちわる・・・・・・」
昇が口を抑えながら言ったその発言に、「そりゃあ、そうだ・・・」と思いながらも、これほど早くによく起き上がれたな、とほぼ全員が思っていた。
「やっぱ、不二の幼馴染だから?」
「いや・・・一応飲んだあと倒れはしたし」
「それに、味覚音痴ならあんなに美味い飯が作れるか?」
「皆、今の発言は僕に対する挑戦かな?」
かなりの小声で話していたにも関わらず、しっかり聞き取って背後から威圧感を漂わせている不二に発言した面々は身の危険を感じ取った。
「だから周・・・・・友達や後輩をもう少し大事にしろっ・・て」
少しだけ蒼い顔をした昇はその状態でも根性で不二に注意すると、口許を抑えいかにも気持ち悪そうにしている。
「それじゃあ・・・俺はこれからすることあるからこれで、切り上げるけど・・・・・お前達はしっかり遊んでおけよ」
そう言いながら力なく歩き出した昇の背中に一同が同情の念を送っていると、思い出したように昇が振り返り一言付け加えた。
「本当にしっかり遊んでおけ。・・・・・『鬼』のいないうちにな」
昇のその一言に、今まで昇を心配していた一同は昇の心配から一気に自分達自身への心配でいっぱいになり、全員顔面蒼白となっていた。
昇のいった『鬼』・・・
それは間違いなく明日遅れてくる高等部生徒会メンバーのことであった。
中等部テニス部レギュラー陣(1部除く)が顔面蒼白にさせているちょうどその頃、その場所から遠く離れた青春学園高等部生徒会室にはまるで正反対の状態にいる人物がいた。
「仕事も終わりましたし、これで心おきなく明日から旅行にいけますね♪」
「なあ、翔。あの中等部の連中も来るんだろう?」
「というよりも、昇くんや譲さんと一緒にもう行ってますよ、双葉」
翔のその言葉にきらりと双葉の瞳が光る。
「楽しみだな〜〜♪あいつらからかうとおもしれーし!」
「それに関しては同感ですね」
楽しげにこれからある意味で不吉なことを言っている会長&副会長の親友コンビを見ながら、綾瀬はいつもの頭痛がしだしていた。
「・・・僕達、行かないほうが良いんじゃないでしょうか?」
「まあ、まあ、綾瀬。あの2人はいつもあんな感じなんだし。それに俺も便乗してタカを少しからかってみようかなって思ってるしな。本当にやるかは解らないけど」
紅河までそんな発言をし、綾瀬は涙をこらえ明日からの旅行に不安を募らせ続けるのだった。
当の旅行地にいる面々に場面は戻る。
ただそこには昇の発言をすでに忘れているのでは、というくらい慌てふためいている人物達と、それをある者は呆然と見、ある者は同情の視線を送り、そしてある者は両手を合わして目を閉じ合掌している者もいた。
「いっ、いやだ〜〜〜!」
「ぜっったい飲まないっスからね!!」
目の前に出された先程昇に気分を悪くさせたピンク色の液体を、しかも昇の時よりさらに多いジョッキサイズを2杯、1人に1杯ずつ出され、河村と桃城の2人は顔面蒼白、パニック状態にあった。
「最下位になったんだ・・・飲んでもらうよ」
まるでこれを狙っていたがために参加しなかったのでは?と思いたくなるような怪しくも楽しそうな笑みを乾は浮かべていた。
「そんなの横暴っスよ!最下位の罰ゲームは別にきめてあったじゃないっスか!」
「そ、そうだよ乾」
「問答無用」
乾のその一言を見計らったように、河村と桃城は何者かによって拘束されてしまう。
「って、不二?!」
「譲ちゃんまで!」
「なんだか面白そうだなって思って」
「周兄に同じくです♪恨まないで下さいね、先輩方」
不二はいつものことなのでともかくとして、その譲の明らかに楽しんでいるといわんばかりの、しかもどこかで見聞きしたことのあるような調子の声と表情に、「ああっ、やっぱり翔さんの妹で不二の幼馴染だな」っと、最早諦めにも似たことを一同は思ったという。
これで前々から解ってはいたが、改めて西条兄妹でまともなのは昇しかいないと断言ができた。
「それじゃあ、いくぞ・・・」
乾のにやりとした笑顔と同時に出たその言葉に、河村と桃城は走馬灯が見えた。
そして、次の瞬間いっきにそのピンク色の液体を飲まされた2人は、よく昇はあの程度ですんだな、と思うくらいの状態にたたされていた。
「ああっ、そうそう。ちゃんともう1つの罰ゲームの『明日の皿洗い全部』もしてもらうからな」
倒れる前に聞いた乾のその無常の一言は、河村と桃城には地獄の声に聞こえた。
「リョーマ、どうしたの?ご機嫌斜めだね」
「別に・・・」
そうは言っていてもリョーマの頬は膨れ、目線を不二からそらしていて、明らかに怒っていると主張している。
そして不機嫌そうにリョーマがぼそっと呟いた。
「周助って・・・西条と仲良いよね」
最初は呆気にとられ過ぎて言っている意味が良く解らなかったが、それを理解した途端、みるみる不二の表情は笑みがこぼれはじめる。
「リョーマくん、可愛いv」
ぎゅっと不二に抱きしめられ、リョーマは顔をみるみる紅潮させていく。
「ちょっ、こんなところでっ・・・!」
「別に良いじゃない、見せ付けてやれば。それに嫉妬してくれるなんて僕は嬉しいんだからv」
「なっ・・・嫉妬なんて」
「してるんでしょう?大丈夫だよ。譲ちゃんのことは単に幼馴染としか思ってないし、むしろ譲ちゃんは僕達の仲の味方なんだから。それに、僕はリョーマ一筋だからv」
「・・・・・ばか」
不二の言葉でますます顔を紅潮させ、表情は先程とそう変わらないが、先程と違いどこか幸せそうな、照れたような雰囲気を纏いながら、リョーマはぎゅっと不二の手を握り締めた。
「あのさ・・・あいつらこの状況・・・」
「放っておけ!・・・・・命に関わるぞ」
手塚の発言にそれもそうだと頷き、我関せずを決め込む一同の前には、無残にもピンクの液体で散ってしまった2人の姿があった。
そのあまりにも哀れな2人の姿と、この状況下でいちゃついているむこうにいるバカップルとの明暗の差に、世の中の不条理さを感じてならない一同だった。
あとがき
やっと旅行編アップです・・・・・;
実はもうとっくに書いていたのですが、「連日更新しようかな〜」とか無謀なことを考えて今までアップできずにいました(^^;
しかし、それは無茶でこのままだといつまでもあげられないということから、結局連日更新断念でアップすることにしました。
根性ないやつですいません;
ちなみに2人部屋とありますが、それはあくまで客用であり、昇や譲達の部屋はちゃんと自分達の(1人)部屋があります。
別荘といっても、普通の家よりもよっぽどでかいですよ;;
次回、噂の『鬼』達がそろってやってきます;