Open life
壱(後)・「計画協力者」
外見から見て広いことは解っていたが、中に入るとさらに広く思えた。
家の中に入ってまず案内されたのが2階に用意された各自の部屋なのだが、そこに行き着くまでに相当な時間を労したように思えた。
手塚が家の見取り図を要求したほどだ。
しかも、きっちり全員個室というのに驚かされた。
聞くと客間は他にもまだあるらしい。
しかも、どの部屋も多少内装が違うが、嫌味さがないくらいに豪華で趣味の良い部屋ばかりだった。
加えていうなら、自分たちの自宅の部屋よりも明らかに広くて、シャワーまでついていたりして、ホテルかと言いたくなる。
「それじゃあ、僕は階段のところにいますので。着替え終わったら来てくださいね」
のほほんとした翔にもう突っ込む気力さえ失せて、さっさと着替えていこうとレギュラー陣は何度目かのあきらめの境地にたっていた。
「それじゃあ、ご飯食べにいきましょうか」
全員が私服に着替え終わって集まってすぐに翔はこういうと誰の了解を得ることもなくささっと先頭をきって階段を下りていく。
もっとも、翔が案内しなければ、この家にはじめてきた者は確実に迷うだろうことが解りきっている。
ついでにいうなら、こうやってこの家の見取りを覚えなければならないのだった。
それだけでも少し頭が痛くなる。
1階に降りて階段をしばらく行った先にある扉の前にくるととても良い匂いがもれていた。
全員は一瞬でここが食堂だと勘付いた。
運動後ともあって食欲をよりそそるその匂いに誰かの中もなったようだ。
それを聞いて微笑んだ翔が扉を開けて一歩足を踏み入れた瞬間・・・・・彼の横を何かが高速で通り抜けたような気がした。
あまりに一瞬のことだったが状況を察して蒼ざめる不二と翔本人以外の一同。
動体視力の良いリョーマと菊丸はそれが何かすぐに何か解り、それが落ちた先を目で追っていた。
それはぞくに調理道具の麺棒と呼ばれるものだった。
「・・・・・ちっ!はずしたか」
「危ないですね〜〜〜。当たったらどうするんですか?」
「包丁でなかっただけありがたく思え・・・」
「それ、当たったら死にますよ」
「安心しろ・・・お前は殺しても死なないタイプだ」
なんて恐ろしい会話を、完全に怒りを露にしながら言っている人物に対し、翔はいつものごとく笑顔で、しかも狙われたにもかかわらず面白そうに言っている。
その時、不二以外のレギュラー陣は「確かに殺しても死ななそう」、と思ったのだが。
「そんなことありませんよ♪」
黒い笑顔をたたえたまま面白そうに自分たちの考えていることに突っ込みを入れてくださった。
人の心を読むあたり、やはり不二の幼馴染だと一同が思っていると。
「どういう意味かな?」
今度はすかさず、不二が翔と同じ事をしてくれた。
逃げ出せるものなら逃げ出したいと思っていると。
「「無理だよ(ですから)」」
今度は2人の声が楽しげにハモっていた。
そんなやり取りにすっかり気をとられて、翔を人物を良く見ていなかったのだが、はっきりと見た瞬間に面食らった。
雰囲気が多少違うが、翔とまったく同じ顔だったのだ。
これで考え付くことは1つ。
「翔さん!双子だったんですか?!」
「そうですよ」
にっこりと微笑んであっさりと翔は答えてくれた。
兄がいるということは聞いていたが、まさか双子だったとは。
しかし、このやり取りで察した限り性格は明らかに違うようだった。
「昇くん、なにそんなに怒ってるんですか?」
「あのな〜〜・・・お袋たちがいない以上、誰がこの家の家事全般してると思ってる?」
「昇くんですね」
「なら、人数が増えればそれだけ大変だから怒っても無理ないだろ?」
「でも、周助くんたち泊めるの了承してくれたじゃないですか」
「ああ・・・それはな。だけど、余計なのがまた1人、飯をたかりに来てるんだよ!!」
そう言って、びっしっと昇が指差した先にいたのは、呑気にくつろいでいる高等部生徒会副会長・双葉・・・その人であった。
「あっ!双葉来てたんですか?」
「よっ!翔」
「・・・・・・・・だから、お前たちは〜〜〜〜〜〜〜〜」
2人の呑気な会話にわなわなと肩を振るわせる昇だったが、その光景に怯えているのはレギュラー陣(やはり不二除く)だけで、当の2人はいたってマイペースだった。
「双葉が来るなんていつものことじゃないですか」
「そうそう。俺1人暮らしでろくなもん食べれないからさ〜〜」
「だったら、1人暮らししなきゃいけねーような学校にくるな」
そう言いつつも、これ以上付き合っていても良いことがないと脱力して昇は諦めたようだった。
そして、レギュラーの面々のほうを見ると近づいて来る。
あの翔の兄だけに何をされるものかと冷や冷やしていたが、ぽんと代表として手塚の肩を軽く叩く。
「お前ら・・・翔が何かしたらすぐに俺に言え。あいつの暴走を完全に抑えられるとは約束できないが、多少なら力になってやれるからな」
「は、はあ・・・」
「本当にこんな弟で悪いな。・・・周の奴にも何かされた経験あるんだろ?解るぞ。・・・あいつは俺たち兄弟の中で1番翔と気が合うからな」
しみじみと語ってくれる昇に対して一同は思った。
最初の行動でとんでもない人かと思ったが、「この人はまだまともだ」と、心から安堵感がこみ上げてきた。
「昇くん、それどういう意味ですか?」
「それに他の皆もね」
やはりこの2人は心を読んでいらっしゃったようだ。
「で、昇くん。ご飯の用意は?」
「あとは、盛り付けて並べるだけだ」
今までの経緯をまるでなかったかのように尋ねてくる弟に対し、深く溜息をつくとそういって奥に消えようとしていたのだが。
「そうだ。周、お前ちょっと来い」
なぜご指名されたのか良く解らなかったが、とりあえず不二も昇について奥のキッチンに消えていったのだった。
夕食の盛り付けをしながら昇は所々で溜息をつきながら不二と話していた。
「お前な・・・・・・相変わらず、自分勝手なところがあるよな」
「そうですか?」
「そうだろ!・・・・・少しは相手の気持ちを尊重しろよ」
「大丈夫です。おとせる自信ありますから」
「・・・・・・・・越前リョーマだっけ?なんか同情するよ」
「それどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
「昇さんたちのは読めないんですよね」
「余計なことばかりあの性悪から教わるな」
小声でいったはずが昇にはしっかり聞こえていたようで、そしてしっかりと突っ込みを入れられる。
「まあ・・・俺は外国暮らしもあってそっち系に偏見はないし、基本的には味方だけど・・・」
「ありがとうございます」
「・・・ゆずには変なこと吹き込むなよ」
「相変わらず譲ちゃんに甘いですよね。ご兄弟そろって」
「うちの妹は可愛いんだから仕方ないだろ」
ぐっと拳を握ってみせる昇も翔同様に極度・・・というか、重度のシスコンなのである。
「でも、今回の計画の立案者は譲ちゃんですよ。譲ちゃんに言ったのはうちの姉さんですけど」
「・・・やっぱり、由美姉さんか。・・・・・頻繁にゆずと連絡とってたしそうじゃないかと思ったけどな」
がっくりと肩を落とした昇は、由美子に対してどこか苦手意識があった。
数分後、リョーマたちの目の前に出された料理は洋食。
そのどれもこれもが、一流店で出されるような品々ばかりで、思わず唾を飲んだものが何人いたことか。
さらに、昇自身のこだわりで冷凍食品や遺伝子組替え食品、添加食品の類は一切使ってないらしい。
「明日は和食か、地中海料理か・・・・・中華は油系が多くて運動後には不向きだから今後夕食ではさけるぞ」
などと何気なく言っているる昇であるが、いったいどういう料理の腕なんだと、一同突っ込みたい気分だった。
「昇くん5歳の時には魚さばけてましたからね〜〜」
この家にしろ一体どういう家系なんだろうと聞きたくなった一同を代表するかのようにリョーマが口を開いた。
「昇さんたちのご両親、何してる人っスか?」
「外交官だよ」
答えたのは昇でも、翔でも、譲でもなく、不二だった。
「2人ともっスか?」
「うん。お2人ともそうだよ」
「で、両親の仕事の都合で俺とゆずは4年前から外国暮らししてたんだ」
一所には留まっていなかったけどとも付け加えた。
「なんで、翔さんは一緒じゃなかったんですか?」
「こいつ昔から妙なところで責任感あって。中等部の1年ですでに生徒会の書記に当選しちまって。それで、『推薦してくれた人や投票してくれた人に悪いから』って、自分だけこっちに残ることにしたんだ」
なんだか、意外なことに一同は初めて翔に純粋な意味で感心した。
ちなみに、紅河が言っていた「竜崎先生が翔の兄が1年の時担任していた」というのは、彼が外国に行く前の1学期の間だけのようだ。
「そういえばこの家のことが気になってたようですけど、この家を建てられたのはお父様たちじゃないんですよね」
たっぷりと海老の入ったグラタンを食べながら翔が一同の知りたかったことを口にした。
「この家は父方のじいちゃんが俺たちの両親の結婚祝いにって建ててくれたんだ」
「テニスコートは僕と昇くんが産まれた時にお祝いで増築されたんですよ。でも、1番使ってたのは譲さんですけどね」
「おじいさんって、何かやってるんですか?」
「あれ?お前達何も知らないのか?」
意外だというように双葉が割って入ってきたが、そこで双葉自身あることに気がついた。
もっとも、この話とはまったく関係のないことだったが。
「そういえばまだ自己紹介してなかったな。青春学園高等部生徒会副会長の双葉紫穏だ、よろしく。ちなみにこいつの相方で親友」
笑いながら、翔のほうを親指で示す。
「特技はスポーツ全般で」
「あの、双葉さん。話がずれてます・・・」
大石が胃を抑えながらいった言葉に双葉がきょとんとして気が付く。
どうやら彼もわが道を行くタイプらしい。
でなければ翔の親友なんて到底勤まらないかと妙に納得してしまったが。
「そっか。で、本当に知らないのか?」
「はい」
「西条・・・・・って、名前でぴんとこないか?」
それでも小首を傾げるレギュラー陣に双葉は少しもったいぶって答えた。
「こいつらの爺ちゃんは、あの西条財閥の御総帥様だ」
その一言に、不二を除くレギュラーは一瞬退いて言葉が出なかった。
「さ、西条財閥って・・・あの、世界有数の大財閥」
「そっ!さらにびっくり。その西条財閥は青春学園はじめ、多くの私立校の経営母体でもあるんだ」
今度こそ一同言葉にならなかった。
そしてそこで、翔が元学園長を追放できたのにはこんな裏があったのかと思ってしまったが。
「あっ!それは僕個人でやったことですよ。そんなことのためにわざわざお爺様の手を煩わせるまでもないですし」
心を読んで言ったであろうその一言に今度は魂が抜けかけたものまでいた。
そして、この人に逆らうのは無謀だとも思ったのだった。
「翔・・・そのくらいにしておけ」
「え〜〜〜?僕は何もしてませんよ」
「お前の発言に魂抜けかけてるような反応の奴もいるぞ」
深く溜息をつきながら、昇は手の動作で一同に「すまん」と伝えたのだった。
「そ、そういえば昇さん。なんで、今回帰ってきたんですか?」
このままではまずいと思い、真っ先に正気に戻った桃城が1番無難と思われる昇に話題を振った。
「ああ・・・・・・・・・・色々、あるけど。俺の仕事の都合もあってな。本帰国することしたんだ」
なにやら間に何かあると感じるがあえて尋ねないのがお互いのために幸せなのだろうと察する。
「仕事って・・・仕事してるんですか?」
「ああ・・・・・」
「へ〜〜〜、その歳で」
「別に俺は学校行くよりも自分の好きなことを仕事でしてたほうが良いだけだ」
そう言うと立ち上がって、自分の食べた分の皿を持ってキッチンのほうに歩いていく。
「なるべく早くに食い終わって、風呂には入れよ。部屋のシャワー浴びるだけでもいいけど」
「ちなみにうちのお風呂は2つあって。洋式のアロマ風呂と和式の総天然檜風呂なんですよ」
少し自慢気に言った譲のお風呂の説明に人一倍反応したリョーマが、すぐさま料理を食べ終わって、さっさとこの場を立ち去ろうとしたのは言うまでもない。
「あっ!越前君、お風呂は階段の所を左に曲がって突き当たりを右ですから」
その言葉に後ろも振り向かずリョーマは頷き、食堂から出て行った。
「檜風呂だな」
「だね」
風呂好き、しかも温泉好きのリョーマの趣味を察してレギュラー一同はこくこくと頷きあった。
「それも計算済みなんだけどね・・・」
くすっと少し怪しい笑みを譲が浮かべたことに気が付いていたのは、この計画を知っている者たちだけだったという。
聖ルドルフ学生寮の裕太は、電話がかかってきているということで呼び出された。
また、以前のように兄からかも知れないと少し気乗りしないで出たが、それは意外な人物からのものだった。
『もしもし・・・裕か?』
「その声・・・・・・えっ、ひょっとして、昇さん」
『そっ、俺』
「えっ・・・・・外国に行ってるはずじゃ」
『昨日帰ってきたんだ』
「なんで、また・・・」
『いや・・・・・話すと長いからそれはまた今度。で、お前の兄貴暫くうちで預かることになったから』
「はっ?」
そこで出てきた兄の名に裕太は少々面食らってしまった。
「また、どうして・・・」
『青学の事件は、知ってるか?』
「ええ・・・まあ・・・・・・・」
ルドルフの中でも結構な話題になっている。
裕太も多少兄のことが気がかりになっていたので、良く知っている。
『それで、中等部のテニスコートが使えなくなたってことで、翔がうちの家のコートをレギュラーに提供したんだよ。ついでに泊り込めとも言ってな』
「か、翔さんが・・・・」
その名で何か嫌な予感がすると瞬間的に裕太は察した。
兄も何か1枚噛んでいるのではとも思ってしまった裕太だが、まさか姉まで噛んでいるとは思っていない。
『まあ・・・それで、お前にとりあえず報告しとこうと思ってな』
「はあ・・・どうも」
『・・・・・・・・・・・裕』
電話越しにもどこか遠い目をしながら言っているのが想像できる昇の声に少し裕太は心配になった。
『お互い・・・・・・強く、強く生きていこうな』
「・・・・・・・・そうっスね」
片や兄、片や弟だが、お互いの健闘を称えあい、涙をのみながら2人は静かに受話器を置いて、互いの理解者との会話を終えた。
あとがき
どうしようもなくくだらない話Part4。
ようやく昇が出せました。
このパラレルのオリジナルキャラの中で、おそらく2番目にまともな人です。
1番は以外にも変人ぞろい生徒会役員内にいます(彼女だけまとも)。
次回、とうとう譲に潜入(?)まがいの事をしてもらいましょう。
ええ・・・スパイ(?)です。