Open life
弐(前)・「予選準備中」
越前リョーマはその日の朝からとても憂鬱だった。
正確にいうのなら、朝のHRからである。
その理由は、現在クラスメーイトが密集して取り囲んでいる席に座っている人物のせいだった。
「西条さん、帰国子女ってほんとう?」
「どこの国に住んでたの?」
「趣味ってなに?」
「どうしてこの学校に通おうとおもったの?」
なぜか自分のクラスに転入してきた一種の嵐、現在クラスメイトから質問攻めにあっている西条譲のせいであった。
譲が突然担任と朝のHRに現れたときは正直言ってかなり面食らった。
出かけに何やら怪しい微笑み向けていたのはこのためかとリョーマは今更ながらに思った。
とりあえず、譲のほうから何も話しかけてこないので今は自分のところに被害はきていないが、これから被害がこないという保証はどこにもない。
第一、この騒がしさだけでもすでに迷惑極まりないものである。
普段なら特に気にしないが、状況が状況であるだけに心中穏やかにはなれない。
考えた末、リョーマは授業が始まる前に屋上に退避することに決めた。
どうせ次の授業は英語でさして問題もないし、屋上で寝ておこうと考えたのである。
「あれ?越前、どこ行くんだ?」
「ちょっと、屋上・・・・・・」
堀尾に呼び止められてそう答えると、リョーマはさっさと屋上に向かって歩き出した。
その後、少ししてから英語担当の教師が少し早い時間にもかかわらず来たので、譲の席に集まっていた生徒も慌てて各々の席に戻った。
しかしその瞬間、譲が携帯で誰かにメールをうっていたのを誰も知らない。
屋上に到着したリョーマはようやく一息ついた。
教室とは雲泥の差で静かだし、風も気持ちよく空も青くて絶好の睡眠日和だと思う。
ごろんと、アスファルトの上に寝転んでいると、突然自分を何かの影が覆った。
「あれ?越前くん。こんなところでどうしたの?」
「えっ・・・・・・不二先輩?!」
そこには意外そうな表情をした不二がリョーマの顔を覗き込む形で立っていた。
尋ねられはしたが、リョーマのほうにしてみれば、何故ここに不二がいるのかのほうが不思議で仕方がない。
それを見透かすように不二はにっこり微笑んで答える。
「僕は1時間目サボろうと思ってね」
「へ〜〜。意外っスね」
「なにが?」
「不二先輩って、授業サボるタイプに見えないっス」
「そう見える?」
「・・・・・・まあ」
考えてみればあまりじっくり話したことがないのだから、そんなこと外見で判断していただけで、実際はどうか解るわけがなかった。
「そういう越前くんは?」
「・・・・・・教室が騒がしかったんで非難してきたんっス。ついでに1時間目もサボろうと思って・・・・・・」
「そんなに騒がしかったの?」
「・・・・・・転入生のせいっス」
「ああ、譲ちゃんね」
転入生というのだけでも騒ぐことは騒ぐが、譲は昇が力説するぐらい可愛いらしい容姿をしているため、確かに輪をかけた騒がしさになるだろう。
もっとも、不二としてはそのおかげで今リョーマとこうしていられるわけだが。
「ねえ、1つお願いしても良いかな?」
「なんスか?」
「越前くんのこと『リョーマくん』って、呼んでいい?」
「はっ・・・・・・?」
不二の突然のその要求にリョーマははっきりいって面食らってぽかんと口をあけて目を丸くしてしまっている。
「なんでっスか?」
「やっぱり、お互いに交流を深める第一歩としては名前で呼び合うのが1番だと思わない?」
「思いません・・・・・・」
というか、その解釈だと自分も不二のことを名前で呼ばなければならないのかと考えてしまう。
「いいじゃないね?良いでしょ?」
いくら言っても向こうも引く気がないらしくあまりにもしつこいので、結局深い溜息をついて折れてしまったのはリョーマのほうだった。
「解りました!ただし、人のいない場合と、俺からは今までどおりの呼び方に限りますから」
「うん、それで良いよ。ありがとう」
そう言って本当に不二が嬉しそうに微笑んだので、リョーマもなんだか照れくさくなって少し頬を赤らめてしまった。
「じゃあ、リョーマくん。お昼もここに来てご飯一緒に食べない?」
「・・・別にいいっスよ」
そう言って返事を返すリョーマの頬はまだ少し赤かった。
そして、不二はリョーマを名前で呼ぶことを了承してもらっただけでなく、お昼を一緒に食べる約束までできた喜びから、リョーマが屋上に行くことをわざわざメールで報告してくれた譲に深く感謝した。
「ところで、『出し物大会』の方はどうなってるんですか?」
昨日の一件から、練習に参加することが許された譲が突如もらした言葉でレギュラーたちはぴたりと動きを止めた。
今は放課後、場所は西条宅のテニスコートである。
色々と衝撃的なことがありすぎて忘れていたが、考えてみれば初日に双葉がそんなことをいっていたような気がするし、昨日も校内放送で言われていたような気がする。
「そういえば・・・他の部活に入ってるクラスの奴らがなんか急がしそうにしてたような・・・・・・」
「賞品でるっていってたしね」
いきなり話題はそちらのことで持ちきりになる。
「お前たち、ちゃんと練習・・・」
「まあ、いいじゃない手塚」
今日のリョーマとの一連の件で終始怖いくらい至極ご機嫌の不二が騒ぐ菊丸たちのフォローに回る。
「それに、ああいうイベント関連は翔さん大事にする人だから」
ないがしろにしてると後が怖いよ、という含みを感じて手塚は少し後退する。
「・・・・・・そういえば、あの生徒会の人たちって、そういう人が多かったな」
「そういやタカさんって、初日にあってるんスよね?どんな人たちでした?」
桃城のその問い掛けに河村はただ静かに首を横に振るだけだった。
聞かないでくれ・・・そう言いたいのであろうことが読み取れて、一同はあの後何があったのかを考えると少し恐ろしいような気がした。
「ま、まあ・・・とりあえずそれは置いておくとして。本当にどうしようか?」
「あと2週間っスからね」
「ん〜〜〜・・・でも、その前にふるいにかけるって言ってましたよ」
思い悩んでいる一同に譲がさらに気になる言葉を言った。
「ふるいにかけるってどういうこと?」
「なんか、かけ兄の話だと、『高等部と中等部合わせると、多くなるから少しふるいにかける』って」
「くじびきとか?」
「そんな単純なものじゃ面白くないって言ってましたよ」
ふるいにかけるのに面白さを求めるあたりがあの人だとこの3日間の付き合いで察して一同は引きつった笑みをこぼしていた。
「明後日にちょっとしたイベントをして決めるって言ってました」
「それもなにするの?」
「えっと・・・生徒会役員総出によるオリエンテーリングみたいなものだって言ってましたね」
その『みたいなもの』のあたりに不吉な予感を覚えるのはレギュラーたちの気のせいではないはずである。
「とりあえず、それに勝ち残った部に出場権を与えるとも言ってました」
なんだか話を聞くだけでも疲れてしまうような内容に一同が肩を落とす。
別にこのイベント実態が疲れるようなこととは思えないのだが、翔をはじめ今までに会ったことのある高等部生徒会役員がとんでもない者ばかりなために少し気が滅入ってしまう。
いっそのこと、そのイベントで出場権を逃したほうが練習にも打ち込めて帰って良いのかもしれない。
「ちなみに、かけ兄は他の人たちよりも賞品を1つ多く用意してるんですって」
「へ〜〜〜、なに?」
「たしか・・・・・・今度のテスト対策・問題予想を書いたノート・・・らしいですよ」
これには一同の目が光り輝いた。
翔のテスト対策・問題予想のノート・・・・・・それはすなわち、今度のテストの答えも同然の代物である。
日頃から成績の伸び悩んでる者や、勉強をしたくないという者にはおいしすぎる賞品だ。
「でも、それは・・・・・・」
「よっし!絶対、優勝するぞ!!」
「オーーーーーーー!」
すでに完全にやる気満々になってしまっている者たちの異常に盛り上がった声のせいで譲が言おうとしたことはかき消された。
「・・・・・・まあ、良いか」
あれだけ盛り上がってしまっているのだから、下手に話の腰を折る必要はないだろうと思う。
それに、譲としてはどうしても本選に出てもらいたいある理由があったのだった。
譲がこの『出し物大会』でないを企んでいるのかは、この場にいる者たちはまだ誰も知らない。
その頃高等部生徒会役員室では、『出し物大会』に先立って行う明後日のイベントに向けての準備と、普段からの生徒会の仕事の混合によって慌しさが増していた。
「西条会長!この決算書に判子をお願いします」
「はい。そこに置いておいてください」
「う〜〜〜・・・・・・それにしても、こんな時にも双葉副会長はいったいどこへ」
「いつものことだろ、綾瀬」
「それがいけないんですよ!第一、明後日には1つ行事を控えているのに!!」
紅河の言葉に勢いよく言い返しながら、綾瀬はその場で地団駄を踏みたい気分であったが、さすがにそれは理性で留まる。
「大丈夫ですよ。明日は前日だからきっちりやってくれますよ」
「会長がそうやって甘やかすのもいけないんです」
「でも、紫穏先輩のああいう性格は今に始まったことではありませんし」
「依鈴・・・・・・・・・・」
涙ながらに語っていることに水を刺され、さらにそれを言った呑気に構えている人物を見て綾瀬はなんだか泣きたい気分になった。
「綾瀬・・・・・あまり、根詰めると悪いと占いに出てますよ」
「不吉なことをさらりと言わないでくださいよぉ」
「本当のことですから」
「・・・・・でも、綾瀬の言う通りだぜ。依鈴の占いはほんとに恐いくらい当たるからな」
以前、依鈴の占いで大凶が出てしまい、その占いの内容がことごとく当たり散々だった紅河は綾瀬とは別の意味で涙を流していた。
しかし、翔はその光景をのほほんと、むしろ楽しそうに眺めていた。
「確かに良く当たりますよね。おかげでこの間は対処が早く済んでよかったです」
「この間の中等部の件?」
「ああ・・・・・雪芽さん。お帰りなさい」
「はいっ!ポスターすってきたわよ、会長」
「ありがとうございます」
「話を戻すけど・・・・・さすがにこの間のは半信半疑だったけど、当たったもんね」
「おかげで助かりました」
「僕としては、はずれてほしかったです」
他が楽しげにしている中で、綾瀬だけは深い溜息をついた。
実は4日前の中等部の事件は依鈴の占いに出ていた為、生徒会役員は全員前もって知っていたのだ。
その為、事件のあった後、朝1番に翔が学園側に今後の対応を進言していたのだった。
「解ってたのなら、回避できなかったんですか?」
「俺の占いは、前もって解っていれば何とか回避できるものと、解っていても回避できないものとあります。今回のケースは後者に当てはまりますので」
つまり、どうあがこうが回避できなかったということを淡々と語る依鈴はがっくりと肩をおとす。
「いいじゃない、いっくん。あたしは中等部の後輩たちが来て面白いけど」
「そうそう。俺もタカに久々にあったしな」
「僕も色々と良かったです」
「・・・・・・・・良いですね。皆さん、気楽で」
事態を呑気に構えている現在この場にいる先輩3人を恨めしげな目で綾瀬は見た。
「それじゃあ、皆さん。仕事に戻ってくださいね」
「はいは〜〜い。でも、そういうことはしぃくんにこそ言うべきよね」
「またっくです。・・・・・・そういえば」
ふと綾瀬はあることを思い出して翔に尋ねる。
「そういえば、会長。この間お渡しした、小型のカメラと録音機能付きの拾音機ですが・・・・・」
「ああ、あれですか?さすが、綾瀬くんの自作だけあってとても性能良いですよ」
「それはありがとうございます。・・・・・って、そうじゃなくて!あれ、何に使うおつもりなんですか?」
「・・・・・それはちょっと内緒です」
翔の笑みの理由を知らない綾瀬はただ首を傾げるだけであった。
あとがき
不二先輩、リョーマさんに名前を呼ぶことを了承してもらいました!
なんだか急展開なきもいたしますが・・・・・・(それを言ったらお終い)
譲は今後こうやって事細かにリョーマさんの状況を不二先輩にすぐさま報告してくれることでしょう。(だから、スパイまがいなんです)
屋上での会話はすべて譲さん聞いてました。と、いうより後で聞きましたね。
一樹(綾瀬)作の拾音機(録音機能付)で。
あと、小型のカメラはお風呂で利用されてます。
何に使っているのかは・・・・・ご想像にお任せします(爆)